園児の血

 

  第四回

  *ラブラブシール*

 

俺はお母さんに泣きついて、ラブラブシールを買ってもらった。

筆箱に、スポーツカーの絵が見えなくなる程たくさん、貼り付けた。

御飯が見えないイクラ丼みたいだぜ。

 

俺は、でっかいクッションのブロックがある所で、

コウジにラブラブシールを見せていた。

園庭には園児達が群れている。

この園内のオアシスは俺達の居場所になっていた。

「すげー量だな」

「ああ。お母さんに買ってもらった」

コウジは俺の筆箱からラブラブシールを一枚はがし、

窓からの陽光に透かす。

透明なゴムのような素材で出来た四角いシールは、俺達の心をつかんで放さなかった。

様々な大きさ、様々な色のラブラブシールは貼ったりはがしたりが醍醐味で、

みな一様に四角かった。

「この星のマークのやつなんてレアだぜ」

コウジは爪の先ほどのラブラブシールを、日にかざしたり、

様々な角度からじっくり観察しながら俺に言った。

「それか、ダブってるからやるよ」

コウジが驚いて俺を見る。

俺はうなずいた。

俺に感謝の言葉を述べながら、自分の筆箱にラブラブシールを貼るコウジを、

遠い目で見守った。俺は頭が痛い。

 

俺は頭痛持ちだ。割と頻繁にこの頭痛は起る。原因は分からない。

お母さんとお父さんが、

心配そうに俺の頭痛の話しをしているところを偶然見てしまってからは、

俺を憂鬱にさせる材料になっている。

 

「どうした、具合でも悪いのかい」

「ああ、いつもの頭痛さ。気にするな」

「、、そうかい。気の毒にな」

そう言うとコウジはクッションのブロックを並べはじめた。

「横になりなよ」

「すまねえ」

クッションで作られたベットは、俺が考案したものだ。

丸や四角、それに湾曲した、ちょうど凹の字のような形のものまで、

多種にわたるブロックを組み立てて作るベットは非常に完成度の高いものだった。

俺はこの作り方をコウジにだけ教えてやったのだ。

 

俺は横たわる。

壁沿いに建造されたベットは、冷たい壁で頭を冷やせるようコウジが気を遣ってくれた。

「幾分か楽だぜ」

「そうかい」

コウジは微笑んだ。

 

俺は頭痛の時、いくつかの習慣を持っている。

まず壁に頭をつけて冷やす、

そして頭痛でない時の事を思い出し、

普段がいかに幸せだったかを考えるのだ。

その悲劇的な自分の境遇は俺にカタルシスを与え、

頭痛をいくらか忘れさせてくれる。

 

遠くでカネダがこっちを見ている。

コウジから少し目線をはずした時、視界の隅にカネダが映った。

俺の目線に気付き、コウジもカネダを見る。

「すまねえが、呼んできてやってくれ」

「かまわねえぜ」

コウジは立ち上がり、カネダの方へ向かった。

 

カネダ。園の中でカネダだけカネダと呼ばれていた。

お母さん達でさえカネダの事は、カネダ君と呼んでいた。

俺達はタカシ君やコウジ君なのに。

カネダは内気な奴で、いつも一人で遊んでいた。

体は大きく、背は俺より低いものの、体重は俺よりずっと重かった。

コウジと同じスミレ組で、俺やコウジはよくカネダを遊びに誘った。

カネダは人形で遊んだりするのが上手く、一緒に遊ぶと面白いからだ。

 

「おう」

「こんちは、、。タカシ君もラブラブシール買ってもらったの」

「まあな、見ろよ」

コウジがカネダに、俺の筆箱を渡す。

カネダは筆箱に貼られたラブラブシールを、

一枚一枚まるで宝石を鑑定するかのように見る。

俺は固唾を飲んで見守った。

カネダは有数のマニアだ。

特にラブラブシールとレゴに関しては、園で一二を争う目利きだ。

「これとこれはレアだよ。これなんか僕も持ってない」

俺はにやけた。

 

ラブラブシールは不透明の袋に入って売られている。

つまり何が入っているか判らないのだ。

当然、園児達は経済が破綻するまで買いつづけてしまう。

ゆえに、ラブラブシール界は園児達にとって鬼のすみかのようなものだった。

 

カネダはラブラブシール界の寵児で、園児達から一目置かれていた。

「お前のコレクション見せてくれよ」

「いいよ、取ってくる」

カネダが肥えた肉体を揺らせ、走り去る。

「カネダコレクション、、」

「、どうしたコウジ」

「何でもねえ。よだれの出るコレクションだぜ」

「ああ、だろうな」

俺は体の力を抜いて、壁に額を押し当てた。

 

廊下の遠くで、壁にかかった自分の園バックを漁るカネダの姿が見える。

園バックから筆箱を取り出し、とりだし、、、カネダの動きが止まった。

「、、ん」

「カネダのやつ、動かねえぜ」

「ああ、」

それでもカネダは動かない。

「コウジすまねえ、見てきてくれねえか」

「ああ」

言い終わる前にコウジは走る。

胸騒ぎがするぜ。

鼓動にあわせ、こめかみ辺りがズキズキ痛む。

「タカシ、ちょっと来てくれ」

コウジが叫ぶ。

「どうした」

俺は頭を気遣いゆっくり立ち上がった。

 

お遊戯の時間が終わり、またグズリ出したカネダを前に俺は嫌な顔をしていた。

「しょうがないだろう。どっかに落としたんだよ」

「違う。落とさない。盗まれた。」

ヒックヒックいいながら話すカネダの言葉はよく聞き取れなかったが、

多分そのようなことを俺に言った。

「誰に」

カネダは一瞬黙り、また泣きはじめた。

「先生に言おうぜ、な」

「言っても、スプリングマンは帰ってこない」

うんざりだ。

スプリングマンとは、ラブラブシールに描かれた絵で、スプリングみたいな男だ。

ラブラブシールの中で一番でかく、一番出難いと噂される、カネダコレクションの目玉である。

スプリングマンのないカネダコレクションは画竜点睛を欠き、その輝きを失うだろう。

カネダのスプリングマンがなくなった。

頭痛の俺はカネダのおもりというわけだ。

 

コウジがこちらに向かってかけてくる。

助かったぜ。

何か口走りながら走ってくるが、ちっちゃいコウジは走るのが遅い。

「どうしたコウジ」

「大変だ、判った」

「どうした何が判った」

俺達の前で、ひざに手をつき息を整えるコウジを急き立てる。

カネダも泣き止み、コウジを見ていた。

「、、、やったのはクラトだ」

。。。

園庭に強い風が吹いた。

俺達三人のオカッパを乱す。

園庭に座り込んだカネダが、膝頭に両手を突いたコウジが、

俺を見る。

「ああ」

俺は二人にうなずいた。

クラトとやるのは初めてだ。

頭が強く痛むぜ。

 

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