園児の血

 

  第一回

    *入園*



泣きながら、お母さんの服にぶら下がったが、かなえてもらえなかった。

今日はどうしても、デパートのパフェが食べたかったのに。

入園式を終え、明日は幼稚園、初登園だ。

 

翌朝。

俺はお母さんにおんぶされて、ベットから居間に向かった。

昨日の入園式は散々だった。

お母さんの背中に深いため息を吐く。

憂鬱だぜ。

 

幼稚園は家から車で数分、離れたところにある。

俺はお母さんに見送られ、幼稚園バスに乗り込んだ。

バスの窓に顔を押し付けて、小さくなるお母さんの姿を見送った。

先生と運転手、そしてバスには俺ともう一人、女が乗っていた。

彼女は一点を見詰め、手を腹の上に組み、シートに深々と腰を下ろしている。

バスの最後尾、女は園帽を少しずらし俺に会釈する。

俺はオカッパをかきあげて、女を横目で盗んだ。

キミコ。胸のバッチににはそう書かれていた。

バスが止まる。

けっ、信号か。

扉が開いた。音で判る。

俺は身を乗り出し、見る。

男が乗り込んできた。

体躯の小さい、鼻の穴が上に向いた男だ。

俺の視線に気づいたのか、すこし歩をゆるめる、

そのままゆっくりとバスの中を中央まで進み、

男は俺の前のシートについた。

、、気にいらねえな。

バスが動き出した。

先生の高い大きな声が響く。

「おはようございます」

さっきも聞いたぜ。

「みんなは紫チームですよ。

これからもよろしくうって」

どうやらバスは、色で組み分けした地域で子を拾い、

幼稚園までを何往復かするらしい。

さしずめ俺ら紫チームは、一番人口の少ない地域の子供達なんだろう。

紫チームか、悪くねえな。

キミコは紫が気に入らないのか、ニコリともせずに、先生の笑顔を凝視していた。

前の席の奴からは、動いた気配が感じられない。

こいつ、俺と似てるかもしれねえなあ。

 

園にバスがつく。

先生の誘導で、俺達は園に入っていく。

鼻の穴が上に向いた男はコウジと書かれたバッチをつけていた。

コウジか、覚えておこう。

「タカシ君」

先生が俺を呼ぶ。

園内はすでに園児であふれていた。

俺は見回す。

よし、俺が一番でかいな。

俺はでかい。

ふと、

うんこがしたくなった。

俺は先生に言って、トイレに連れていってもらう。

その道すがら、俺達は出会った。

ヤスヨ。

彼女は、先生に手を引かれる俺に視線を追わせる。

俺は、先生に手を引かれ遠くなっていくヤスヨの視線に自分の視線を乗せつづける。

やがてトイレの扉をくぐり、二人の視線は遮られた。

ああ、なんていい女だろう。

奇麗な二重、美しいオカッパ、上品な園服の着こなし。

「ちゃんと拭けた?」

先生の問いかけに

「まだあ」

俺は、不機嫌に答えた。

 

園庭に出る。

園児達がちらほらかたまって、

先生にまとわりついていた。

俺はサクラ組の担任コバヤシ先生にまとわりつきに向かう。

ここには、チームと組があり、チームは登園のさいの単位、組は園内の単位である。

俺は紫チームで、サクラ組となる。

コバヤシ先生はサクラ組の担当で20代前半のいい女だが、

少し年を取りすぎている。

コバヤシ先生の左足に抱きつき、太股に顔を押し付けた。

誰かが俺を見ている。ヤスヨか、いや違う。

この感じは、、、、、。

俺が後ろを振り向くと、鉄棒にぶら下がって男がこちらをにらんでいた。

、、、あいつだ。唯一俺よりでかい男。昨日の入園式で俺を憂鬱にさせた男。

「クラト君だわ」

コバヤシ先生の右足から声がする。

コバヤシ先生のバランスが崩れ、俺を乗せた左足が少し前に出ると、

コバヤシ先生の右足に抱き着いたキミコの顔が、俺の視界に映り込んだ。

「知ってるのか」

「すこしね」

「教えてくれ」

「無理よ」

「え」

「あんたじゃ無理よ、クラト君には勝てないわ」

俺は、薄ら笑いのキミコを睨み付け、吐き捨てるように言う。

「勝てるもん」

キミコは少し笑い、コバヤシ先生のジャージのズボンを下げようとした。

コバヤシ先生は右手でズボンを押さえる。

俺はパンツを見ようとしたが、見えなかった。

「ほら、今日はついてないみたいよ」

キミコの言葉に、俺は体を躍らせ、コバヤシ先生の左足から降りた。

「つきは信じない方なんでね」

俺はクラトの方へ、奴のいる鉄棒の方へ、ゆっくり、ゆっくり、歩いていった。

 


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