相談したいことがあるから、とかえでに言われ、大神は副司令室を訪れた。
部屋に入るとかえではまずコーヒーを二人分淹れ、大神に勧めた。
欧州で過ごした経験のある彼女は、彼の地でこの飲み物に魅了されたという。
角砂糖をひとつ入れてかき混ぜ、口に含んだ。
少し苦味のある褐色のこの飲み物は、暑い夜だというのに何故か気分を落ち着かせる。

「さて、まずは大神君の悩み事を聞かせてもらおうかしら?」

カップをソーサーに置き、かえでが切り出す。
大神は話すのを躊躇ったが、花組のみんなに心配をかけているという副指令の言葉に従った。

「実は、マリアの夏服を見に…」

暑さの苦手なマリアに、涼しそうな服を贈ろう、と思ったのである。
昼食を終えると、彼は帝鉄に飛び乗った。
向かった先は横浜。
外国人が多く集まるこの街なら、彼女に似合う服があるに違いないと思ったのだ。
到着するとまもなく、舶来ものの洋品店のショーウィンドウで素敵なワンピースを見つけた。
しかし、ガラスの向こうに飾られた服は、びっくりするほど高価なものだった。
とても大神の懐の中身では手が届かない。
他の候補を探して横浜の街を歩き回るうちに、彼は自分がマリアの服のサイズを知らないことに気づいた。
男物でも女物でも、服を選ぶにはサイズが必要である。
かと言って、本人に直接聞くわけにもいかなかった。
服のサイズを教えてほしい、などと言ったら変な誤解をされてしまいそうだし、計画を知られた場合、彼女のことだから断るに違いない。

「ふぅん、なるほどねぇ…。」

大神の話を黙って聞いていたかえでは、頷くとコーヒーを口に運ぶ。そのあとで口にした言葉は、実に意外なものだった。

「ちょうどよかったわ。」

「は?」

かえでの意図がつかめずに困惑していると、彼女は付け加えた。

「花小路伯爵がね、賢人会議で紐育へ渡航したときにマリアにとても世話になったから、個人的にお礼がしたいらしいの。
彼女の好みのものは何か、って訊ねられたんだけど、私はまだマリアの好みまではわからなくてね。
で、どんなものがいいか大神くんに聞こうと思って。」

どうやら、かえでの相談事とはこのことだったらしい。
しかし、大神はなぜマリア本人でなく自分に聞いたのか不思議に思った。

「だってあなた達、恋人同士なんでしょう?」

かえでのストレートな物言いに、大神は飲みかけていたコーヒーを噴き出しそうになった。
確かにマリアのことは大切に思っているし、先の大戦のあとに彼女の里帰り先のロシアへも同行している。
そのことは報告書を読めば一目瞭然なのだが。

「ど、どうしてそう思われるんですか?」

コーヒーにむせながら、彼は訊ねる。
花組隊長に復帰してからの彼は、少なくとも表向きは彼女を特別扱いしないようにしていたつもりだった。

「あら違うの?
マリアに話しかけるときの大神くん、とてもいい顔をしているわよ。」

帝劇に来てから日の浅いかえでが二人の関係に気づくほど、自分の態度はあからさまだったのだろうか。
恋人気分を引きずっては困る、米田にもそう言われていたというのに。
あちゃー、と言わんばかりに頭を抱える大神に、かえでは続けた。

「心配しなくても大丈夫。
別にデレデレしたりニヤついたりしてるってわけじゃないもの。
…人の表情にはね、これまでの経験で得たものが積み重なって現れるのよ。
大神くんと初めて会ったとき、この人はいい恋愛をしているな、って思ったわ。
そのときは相手まではわからなかったんだけど。」

紐育から帰還したマリアを見てそれは確信に変わった、とかえではいう。
その洞察力にはつくづく頭が下がる思いがした。
前の副指令だった彼女の姉も勘の鋭いところがあったが、それとはまた違った鋭さをかえでは持っているようだ。

「誰かを大事に思うのはとても素晴しいことだわ。
その気持ちは大切になさい。
だけど、周りの人に気を配ることは忘れないようにね。
特に女性の勘は鋭いわよ。」

女性ばかりの部隊を率いる男性である自分という存在――これは大神が抱える悩みの一つでもある。
出自や性格もそれぞれの八人の乙女たちを相手に適切な助言や行動をとることで、隊員たちの彼に対する信頼は強まっていく。
しかしこの行為が彼女たちの独占欲を刺激するのか、日常生活のいろいろな場面で『大神の奪い合い』が繰り広げられるようになった。
この場合、大神の意向は完全に無視されていることは言うまでもない。
そんな状態で誰かを特別扱いすることは、その他大勢の総スカンを喰らうことにもなりかねないのだ。
今回の計画も、他の隊員に知られたらとんでもないことになるだろう。

「まあ、程ほどに、ね。
時々は協力してあげるから。
それより本題に入りましょう。
予算も出ることだし、思い切ってオーダーメイドはどうかしら。
サイズは本人を連れて行って採寸するのが一番だわ。
あとはどうやってマリアを引っ張り出すかだけど…」

かえでとの協議の結果、アイリスとレニに協力を依頼することにした。
銀座の帝国歌劇団行きつけの店に、アイリスとレニの服を作りに行くというのが名目だ。
マリアにはその付き添いという形で同行してもらう。
行った先で二人にマリアにも服を作るようたきつけてもらえばよい。
馴染みの店なのであらかじめ話を通しておけば店員も協力してくれるだろう。
横浜で見た服を着せられなかったのを大神は残念に思ったが、それは別の機会にすればよいことである。

「お洋服買ってくれるの!?
わーい、アイリスやる〜!」

「了解。
ボクももう少し着替えが必要と思っていた。
日本の夏は予想以上に暑いから。」

アイリスもレニも事情を話すと二つ返事で了承した。
二人の反応は少々異なっていたが。
かくして、計画は実行された。
予想通りマリアは自分の服を作るのを渋ったが、あの二人にせがまれては断りきれなかったらしい。
それでも長袖のスーツにしようとする彼女に夏らしい服を選ばせるのは大変だった、とアイリスは語った。
仕立てあがるのは一週間後だという。
マリアたちが夏服を新調したという話は他の隊員たちの耳にも入ることとなった。
三人だけ服を作ってもらうのはずるい、と言う声に対しては、花小路の意向であることをかえでが説明する。
もちろん真の発案者が大神であることは伏せられているが。

前へ        次へ


小説の間へ

Topへ