一週間後。
稽古で忙しい三人に代わり、出来上がった服は大神が取りに行った。
彼は雑用を頼まれて何度もその店には行ったことがある。
店員の方も顔馴染みなので、すぐに対応してくれた。
その約一時間後――衣裳部屋において、昼休みを利用して、新しい服の試着兼お披露目をすることになった。
マリア用に作られる服がスカートであるという情報が広がり、好奇心を少なからず刺激された一同にせがまれたのである。
「…本当にこれを着なきゃだめ?」
新しい服を前にマリアが困ったように言う。
彼女が希望したのは、紺とグレーを基調にした、スカートと上着のスーツだった。
生地は確かに選んだものを使っているのだが…
実際に出来上がってきたのは、彼女の思い描いていたものとはかなり異なるデザインだった。
スカートはともかく、問題は上着である。
ジャケット風の襟がついていて、前はダブルの合わせ。
ここまではいい。
だが、何故か袖がなかった。
いわゆるノースリーブである。
それに体の線に沿ったデザインになっていて、あまりゆとりがない。
これに合わせるブラウスもやはりノースリーブで、襟元をブローチで留めるようになっているのだが、そのすぐ下がダイヤ型にカットされていた。
マリアは自分の予想を大幅に超える出来上がりに、眩暈がする思いだった。
ボトムをスカートにするだけでも自分は相当覚悟したのに、この服を日常生活で着ろというのだろうか。
「着なきゃだめだよぉ。せっかくステキなのに。みんなだって楽しみにしてるんだから。」
既に新しい服に着替えたアイリスが怒ったように言う。
「もうすぐ午後の稽古が始まる。急がないと時間が無駄だよ。」
レニも既に着替えを済ませている。
(観念するしかないようね…)
年少の二人にそう言われてしまっては、もはや逃げ道はない。マリアは溜息をつくと、そろそろと着替え始めた。
「遅いですね…。」
衣裳部屋の外では、大神をはじめとする花組のほかのメンバーたちが今か今かと扉が開くのを待っていた。
「まったく、マリアさんも往生際が悪いですわ。」
なかなか三人が現れないので、皆も中の様子が気になって仕方ないらしい。
おそらくはマリアが新しい服を着るのを躊躇っているのだと容易に想像はできたが。
「それにしても、スカートをはいたマリアはん、どないなんやろ?」
確かに、花組隊員の誰もマリアのスカート姿など見たことがなかった。
本人いわく、最後にスカートを穿いたのは革命軍に身を投じる前だというから、無理もない話である。
「心配要りませーん。
美人はどんな服を着ていても美人なのでーす。」
織姫の人に対する評価は時に厳しいこともあるが、ほとんどは的を得た的確なものであった。
その彼女がそう言うのだから間違いはないだろう。
「もしかしてサイズが合わなかったんじゃねぇか?」
カンナが心配するが、オーダーメイドなのでそれはありえない、とすみれが言う。
場の雰囲気が停滞してきた頃、ようやく衣裳部屋の中からアイリスとレニが先に現れた。
アイリスは冬服と同じペパーミントグリーンと白を基調とした涼しげなドレスで、レニは深い青のブラウスにベージュのキュロットと、それぞれの新しい夏服もかわいらしいと評価は高かった。
それでも一同の期待は未だ現れないマリアに向いてしまう。
「もー、マリアったら早くぅ!」
「で、でも…」
再び衣裳部屋へ突入したアイリスが、尻込みしているマリアを強引に引っ張り出そうとする。
これではどちらが年上なのかわからない。
結局、マリアはそのまま押し出される形で部屋から出ることになってしまった。
廊下で待ち続けていた一同は現れた彼女を見て一様にぽかんとした様子で、そのうえ誰も言葉を発しようとしないので、見られている方は急に不安になる。
(やっぱり似合わないのかしら…)
「ステキ…」
「いやー、女性のファンが泣くで、ホンマ。」
「こういうの、オトナのみりょくって言うんだよね。」
「やっぱり美人は何を着ても似合うでーす!」
「まぁ、なかなかお似合いですわね。」
沈黙は一転して歓声に変わった。
皆が一瞬言葉を失ったのは、各人の想像以上に新しい服がマリアに似合っていたからである。
普段パンツスーツを着用しているだけに、こういった服を着ると女性らしさが強調されるのだ。
その姿は同姓から見ても十分魅力的であった。
慣れない服を着ているためだろうか、着ている本人だけは居心地が悪そうである。
「ったく、恥ずかしがることねぇだろ。…ほら、隊長も何とか言えよっ!」
カンナに背中を叩かれた大神が、よろよろと最前列に躍り出た。
他のメンバーがひととおり感想を述べている間もぽかんと口を開けたままになっていたが、ようやく我に返る。
「あー、その…何と言うか…」
なかなか感想を言い出せない大神に対し、マリアを除く全員はあきれた様子である。
危うく大神の糾弾の場になるところを、カンナの一言が救った。
「さぁ、稽古の時間だ。
そろそろ行かないとな。
ああ、三人は稽古着に着替えてから来いよ。
じゃ、先に行ってるぜ。」
カンナは他のメンバーを促すと、去り際にマリアにウインクし、自らも稽古の現場へと向かっていく。
アイリスとレニもそれぞれの部屋へ着替えに戻っていったので、大神とマリアだけが残される形となった。
場を何となく気まずい空気が流れる。
「えっと、みんなの前では言い出しにくくてね。その…よく似合ってるよ。」
照れくさそうに大神が言うと、マリアの頬が紅潮した。
それを見て、言い出した方も赤くなる。
「あ、ありがとうございます。
こういう服には慣れていないので少々恥ずかしいですけど、そう言っていただけて嬉しいです。
ですが…」
マリアが言うには、この服は上着に愛銃・エンフィールド改を忍ばせておくゆとりがないという。
「内股にベルトで固定する方法もありますが、慣れていないので反応が遅れてしまいます。
いざというときにみんなを守れないようでは困りますし…」
いかにも生真面目なマリアらしい。
真剣に悩んでいる様子に、大神は噴き出しそうになってしまった。
「ああ、それなら心配いらないよ。」
大神はマリアの露わになっている肩に手をかけ、耳元に顔を近づけると優しく囁く。
「マリアのこともみんなのことも、俺が必ず守るから。」
「!!」
耳まで真っ赤になるマリアを見て、彼は悪戯っぽく笑いながら言った。
「もったいないけど、そろそろ着替えなきゃね。みんなが待ちくたびれちゃうよ。」
その言葉にマリアはハッと我に返る。
慌てて衣裳部屋から先程まで着ていた稽古着を持ち出すと、大急ぎで自分の部屋へ戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、大神は今回の一件が自分のアイデアであることを言いそびれたことに気づくが、言わずにおこうと思い直した。
こういう贈り物は独力で行ってこそ価値がある。
今回は花小路の出資であるため、自分の手柄とは言いがたい。
予定外だったのは、計画の実行に当たってアイリス・レニ両名の洋服代を負担する破目になってしまったことだ。
事情を話せば花小路は快く予算を出してくれたと思われるが、そこまで頼ってしまうのも気が引けた。
敢えて自腹を切った結果、当初予定していた予算より多くかかってしまったのだ。
尤も、二人分の洋服代を合わせても、はじめに横浜で見た服を買うには程遠いのであるが。
いつかあの店でマリアに似合う服を贈ろう。
たとえそれがずっと先のことであっても。
そう固く心に誓う大神であった。
はじめのうち恥ずかしがっていたものの、快適さに気がついたらしく、スカート姿のマリアをたびたび見かけるようになった。
その後いくぶんか涼しくなった気候との合わせ業で、彼女にとって受難の夏を乗り切ることが出来たそうである。
終
あとがき
マリアの夏服(盛夏服と言うべきか)、今更ですが『轟華絢爛』第二話ネタです。
あの服はデザインから言ってマリアが自分で選ぶ服ではない気がしたので。
じゃあ誰が選んだんだろう、と疑問に思ったのが始まりでした。
うちの旦那が『花小路のオヤジ趣味なのでは?』というので、それもありかなと思いつつ。
でもサイズ知らないと服は買えないので、いろいろ考えた結果こうなりました。
実は「熱帯夜」とちょっと続いています。夏のマリア第2弾、ということで。
もっと暑いうちに完成できなかったのが悔やまれました。くくく…
ちなみに、昼食でみんながそうめんを食べているのは、この場面を書いているときに私が食べたかったからです。
主食だけじゃ栄養バランス悪いかなー、と冷奴も足してみました(笑)。
でもカンナあたりじゃ物足りなそうだなぁ。
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