南風のたよりNo10


    南の島の話し、あれこれ、その10-アスワンの話 


    季節は確実に「夏」になっています。Dumagueteは初夏です(3月1日現在です)。もしもDumagueteに長く住んでいる人が私のDumaguete初夏宣言を読んだとしたら、「おいおい、ちょっと待てよ・・・」と言う向きも有るかも知れませんが、私は断固として、今が初夏と言い切ります。
    夏になると日本ではオバケのシーズンでも有ります。フィリピン、ビサヤ地方にもオバケがいるのです。ビサヤ語圏のオバケとタガログ語圏のオバケは微妙に違うようで、タガログ語ではこれを「オゴ」と言います。セブの沖合いの島を買い取って住んでいる日本人の書いた本に「オゴ」が出て来ますが、セブもビサヤ語なので「オゴ」ではありません。また「オゴ」を妖精のようなもの、と書いていましたが、妖精はまた違うようです。「オゴ」のことをビサヤ地方では「アスワン」と言います。そして、タガログ語圏の人でも「オゴ」を知らない人がいるのに不思議な事にビサヤの人たちは誰もが「オゴ」を知っています。
    詳しく調べた訳では無いので私もインチキ臭いのですが、「オゴ」も「アスワン」も妖精と言うよりも、サターンに近い存在のようです。ビサヤにはもう一つオバケの類いがいてこれを「アバット」と言います。こちらは幽霊の類いとでも言いましょうか。
    「アスワン」は悪さをするので恐れられています。時々人をたぶらかし、死ぬような目に合わせたり、死んでしまったりするようです。<ビサヤの「アスワン」とタがログの「オゴ」の話しを聞いてみました。すると、内容がとても似ていて、多分、伝わる過程で分家しただけで元は同じものではないかと思いました。
    どんな悪さをするのか?妖怪では無いので直接暴力的な事はしないようです。どちらかと言うと、妖術使いのような事をするようです。
    あらわれる時刻は日本の丑三つ時より少し早くて、12時頃と言われています。黒いのと白いのがいるらしく、黒は大人の、大抵は老人で男の事が多いと言われています。こちらはいたって凶悪だそうです。出会ってしまったら間違い無く悪い事が起き、出会って尚かつ呼ばれてついて行ってしまうと、殺されるそうです。この場合は直接手が下されるのでは無くて、呼ばれて歩いて行った先が崖で、そこから落ちて死ぬ、とか、海に落ちて溺れるとか。と言うような事らしいです。乗り移られてあやつられてしまうのか、幻覚を見せられるのか、「アスワン」に出会ってその術に嵌った人は死んでしまっているので、真相は分らないのです。
    私はけっこうな人数に「アスワン」について聞いて見ましたが、みんな一様に恐れている話をするのですが、「黒いアスワン」を見たと言う話は一つも聞く事ができませんでした。それもそのはず、出会った人は死んでいるのですから・・・・?ではどうして「アスワン」に出会ったと言えるのでしょう。また、老人と子供がいる事などは何故分かっているのでしょうか。そして、現れた時間も。矛盾なんて当たり前のフィリピン人に聞いてしまった私が間違いだったのですが、答えは「昔からそう決まっているんだ」と一言でした。
    白い「アスワン」は出会っても生きて帰る人も多いので、時々出会った人の話しを聞く事が出来ました。しかし、私も白い「アスワン」に出会った事がありますので、私のナマの体験を書いてみます。
    それは夜の11時でした。12時頃に出ると言われているのですが、私は日本人なのでフィリピンタイムではなく、日本時間の12時に出たのでしょうか?。たぶん、この解釈で良いのでしょう?・・・・?。
    その時、私はラムコークをしたたか飲んで酔っていました。北東の風が強く、ヤシの葉がざわざわと鳴っていました。昨日が満月だったのはダイビングの潮を見るために確認していたので、この日もまだほとんど真ん丸の月が出ていたはずです。トイレの電気がつかないので、外に小便をしようと出た時の事でした。開けたドアの影から何かが走ったような気配を感じました。その先には幹の直系が1メートル以上はある古いマンゴーの木がありました。その木の下に「アスワン」は立っていました。私の酔った目には6〜7才の女の子が立っているように見えて、しかも、かねてから聞かされていた通り「おいでおいで」をするのです。私と「アスワン」の距離は7〜8メートルです。その木の下に何か見間違うような物が置かれてはいない事を私は知っていました。昼間ちょうどその木の下に置いてあったビール瓶のケース2つを片付けた日でしたので、そこに何も無い事は確信していました。
    私は軽い身震いをしました。白い「アスワン」に出会ったからではありません。限界間近、漏れそうになった小便の影響でした。私は最初「アスワン」が立っている木の根元で用足しをするつもりでしたが、「ありゃりゃ、子供がいるよ・・・」と反対方向に走り、塀の方へ行って用を足しました。さて、すっきりとし、緊急事態を脱出し風に当たったせいもあり、正気がいくらか戻ったのか、「あれはなんだったんだ」と急に木の下の子供に意識が走りました。
    えっ、あれは・・・「アスワン」?「オゴ」?と頭が反応しました。そして今度はゾッとする感覚の身震いがしました。この時私は短パンを引き上げたまま、まだ壁にむいた状態でした。背中に冷たい視線のようなものを感じるのと同時に、いつもなら庭をうろうろしている犬の「ジロウ」とその子供達4匹の姿が見えない事にも気がつきました。私は壁に向いたまま、しかし耳も目玉も背中に回ったかのごとく、五感の総てを背後に集中させていました。
    月明かりは明るいのですが、強い風に飛ばされて来る雲が時折かかり、瞬間的に真っ暗になるいやな状態でした。
    「アスワン」や「オゴ」に出会ってしまったら、呼ばれても返事をしてはいけないと聞かされていました。「アスワン」は声に出して人を呼ぶ事はしません。手で「おいでおいで」をする事が多いと言います。おいでおいでに反応して声を出したら術に嵌るのです。「なに?・・・どうしたの?」などと言いたくなるらしいのですが、声を発したら最後、「アスワン」と共に歩いて言って、海に落ちて溺れるとか、崖から落ちるとか、野原で寝てしまって原因不明の高熱を発する病気になるとか。また本人がなんとも無く無事な場合は、家族の誰かが身替わりになって不幸な出来事が起こるとか?。
    最善の方法は見なかった事にして無視する事だと教えられていましたが、しかし私は、恐いもの見たさで振り返りたい衝動にかられました。私は意を決して、振り返ってマンゴーの木の根元を見ました。そこにはもう何もいませんでした。やっぱり私の錯角だったのでしょう。「アスワン」を見たと思ってから、小便をして振り返る決心をするまで、この間125秒。「アスワン」は無視されたと思って諦めたのでしようか?。
    私は家に入ってからもう一度飲み直して、明かりをつけたまま、24時間放送のケーブルテレビも消さずにベットに潜り込みました。
    翌日友人に昨夜の「アスワン」の話しをすると、その大きな木の下にはこれからもちょくちょく出るだろうから気をつけろ、と言われました。そして、お前には「アスワン」の魔よけが必要だから教会へ行く方が良いと言われました。しかし、教会と言われてはてなと思いました。仏様を信ずる私には、ひょっとして「アスワン」は無力では無いのか?。お守りなら、交通安全と身替わり御神体とか、七福神とか、いろいろ持っているぞ、と思いました。
    その事を友人に伝えると「お前は日本人だから大丈夫なんじゃないか」と言い出しました。こいつはいったい私の話を真剣に聞いているのか怪しいものだなと思えたので、この事についての話はその後打ち切り、そして忘れていました。
    「アスワン」に有った夜から間もなく、私は借家の大家とつまらないいざこざや行き違いが色々発生して、わずか10日後にはこの家を追い出されるはめになったのですが、今にして思えば、これが「アスワン」の仕業だったのかもしれません。
    生命、健康などには何の被害もなかったのですが、金銭的には結構な痛手を被ったのでした。
    いかがでしたか?私の「アスワン」体験記は。私が「白いアスワン」に会ったのは事実です・・・?本当は酔っぱらって、強い風で折れたマンゴーの枝でも見間違ったのか、あるいは、その向こうに生えているパパイヤの木の大きめの葉っぱが舞い落ちるのを見間違ったのかと、他の理由を探せばそれもいくらでも考えられます。でも、私は本気で見たと思っています。
    実は「オゴ」や「アスワン」の事は日本の民話のようなネタになるのでは無いかと思って調べはじめたのです。しかし、ほんの少ししか話は出てこなくて期待外れでした。私は「アスワン」の話しを聞いて行く内に、進んだ医療が導入される以前にまだ呪い師(まじない師)が医療の本流だった頃、原因を「アスワン」にしてしまう事で納得するための話しだったのではないか、と思うようになりました。
    早くから都市化し、街灯や電燈も早くから導入されていったメトロマニラでは「オゴ」の話を聞く事は出来ませんでした。日本でもにたような事が言えると思います。お化けは田舎ほど住みやすいのでしょう。
    「オゴ」や「アスワン」の仕業は原因不明の病気や突然の事故死などの理由付けだったのだろうと思いました。だからでしょうか、病院に行けない生活レベルの人たちほど、いまだに「アスワン」や「オゴ」について真剣に話しをします。
    このまま書き続けてしまうと、呪術師とブラックマジックまで行ってしまいますので、今日はこの辺でお終いにします。
    そうそう、忘れていました。一人の老婆が語ってくれた話では、「アスワン」は時々綺麗な娘に化けて男をだます事があると言っていました。最後は殺されるのですが、その過程は、殺されても本望かな、なんて言うような内容でした。この話もいつかまた今度。

    ではまた


    では、また。

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