「夜明け、か…」

久しぶりに白い軍服に身を包んだ大神は、窓から白んでくる空を眺めていた。
この部屋から空を見ることも当分ないと思うと、自分が帝劇を去るということが実感としてこみ上げてくる。
振り返って部屋の中を見渡してみた。
どれも標準的な調度品だが、彼がここへ来たときから使用しているので、一つ一つに思い出があり、愛着がある。

(そういえばアイリスがこの部屋へ来たとき、このベッドで一緒に眠ったんだっけ…)

今朝はそのベッドにマリアが眠っている。
昨夜から眠ったままの彼女だが、まだ目覚める様子はなさそうだ。
よほど疲れていたのだろう。
いっそ目覚めない方がいいかもしれない、と大神は思った。
あと数分したら自分はこの部屋にいないから。
もちろん船の出港までにはまだまだ時間があったが、皆が目覚める前に帝劇を出てしまおうと思っていた。
花組や帝劇の仲間たちに会えば、お互いに別れが辛くなるのは目に見えている。
そのつもりで米田やかえでには昨夜のうちに別れの挨拶を済ませておいた。

 テーブルからトランクを取り、代わりに白地の封筒を置く。
表書きは“To Maria”、昨晩語りきれなかった思いを綴った手紙である。

(元気で…)

名残惜しそうに眠るマリアを見つめたあと、覚悟を決めて彼はドアに向かって歩を進める。

「大神ぃ! ちょっと待った!」

ドアノブに手を掛けたそのとき、外から耳慣れた声が聞こえた。
振り返ると白いスーツを着た男が窓の外にぶら下がっている。
一瞬無視しようかとも思ったのだが、彼には別れの挨拶をしていなかったことを思い出した。
仕方なく窓まで戻って鍵を開けてやると、その男、加山はトウッ、という掛け声とともに部屋の中へ入ってきた。

「たまにはドアから入ったらどうなんだ?」

溜息混じりに大神が言ってみたが、これが月組流だとかで、どうやら譲る気はないらしい。

「大神…こんな朝早くに出発するのか。
さては…花組の皆を悲しませぬように…一人で旅立つつもりだな?」

米田やかえでから聞いたのかは不明だが、彼はすべてお見通しのようだ。
さすがに月組隊長は侮れない。
大神は質問には答えずに話を変えた。

「…お前にも世話になったな。
ところで今日は格言はないのか?」

このちょっと変わった親友は、現れるたびに諺や格言を残しては去っていく癖があった。
その彼によると、男の旅立ちに言葉は要らないのだそうだ。
分かったような分からないような顔をしていると、加山はベッドで眠るマリアの存在を気にするように言った。

「彼女は…起こさないでいいのか?」

疲れているようだからこのまま寝かせてやってほしい、と告げると加山の表情が少々にやける。
どうやら何か勘違いしたらしい。
もっともこの場合、勘違いされても仕方ない状況ではあるのだが。

「言っておくが、お前の考えているようなことは何もしてないぞ。」

軽く咳払いをしながら大神は言った。
おそらく自分の言葉には説得力がないだろう、と話しながら思う。
それでも彼には本気で誤解を解こうという気がなかったので、それもどうでもよいことだった。

「加山…花組のみんなを頼むぞ。」

花組と月組、所属は違っても同じ帝国華撃団。
花組が窮地に陥ったときはこの男が助けてくれるだろう。
彼になら花組を託すことができる。

「わかった。…大神…また会おう。」

そう言った加山の口元にどこか含みがあることに気がついた。
まるで笑いを堪えているような…。
どうかしたのかと訊ねると一度はとぼけたが、もう一度訊ねたとき彼はうっかり口を滑らせてしまった。

「いや…あの状況でよく我慢したものだなぁ、と思ってな…。」

大神は加山の含み笑いの意味をたちどころに理解する。
“あの状況”とは、紛れもなく昨夜の自分とマリアのやり取りを指していた。

「お前、覗いてたな!?」

大神が詰め寄ると加山は一瞬ギクリとしたが、慌てず、ゆっくりと後ずさりながら言う。

「おおっと! 
大声を出すと彼女が起きるぞ?
さぁて、そろそろ俺は退散するとしようか。
じゃあな大神、アディオ〜ス!」

言うが早いか、加山は入ってきた窓から一目散に逃げてしまった。
逃げ足の速いのは仕官学校時代から変わらない。
やれやれ、と大神は溜息をつきながら窓を閉める。

(加山め、覚えておけよ…)

いつか仕返ししてやる、鍵を掛けながら大神はそう心に誓った。

(さて、と…)

気を取り直してトランクを手にした彼は、そっとドアを開けて部屋を出る。
階下へ下り、ついに彼は劇場の外へ出ると、振り返って劇場を眺めた。
いろいろなことがあった大帝国劇場ともしばらくはお別れ。
けれどさよならという言葉は似つかわしくないような気がした。

「『さよならは 言わないの また会えるから』か…」

春公演の主題歌の一節が不意に大神の頭をよぎった。
自分はいつかまたここに戻ってくる。
それまでの期間は自らを磨くための修行期間、そう思えば何ということはない。
新たな旅立ちへ向かって、晴々とした気持ちで大神は大帝国劇場をあとにした。








その後、欧州は巴里の空の下。
フランスパン片手に書割を背負って現れた加山に対し「誰だっけ?」と思いっきりとぼける大神の姿があったとか…。




あとがき
いやー、やっと終わりました(^^ゞ
9月から書いてるのになかなか終わらず、気がついたらクリスマスシーズンになってるし(大汗)
「2」のエンディングというか第13話、大神が巴里へ旅立つまでのお話です。旅立ちへの不安、残される寂しさなど、短期間に様々な思惑が交錯した時期ではなかったかと思います。
遠距離恋愛というのはいろいろな意味でパワーが必要です。
奇麗事では済まされない部分もあるので、そのせいかちょっと暗めの話になってしまってますね。
一応最後は明るいオチにしようと思っていたので、話を途中どうつなげるか悩んだ挙句、加山に登場してもらいました。

実は話の中で大嘘がひとつ・・・。
ゲームでは13話は春公演、そしてキャラクターエンディングから約1ヵ月後のこととなっているのです。
ってことは4月の終わりくらい?・・・桜散ってるって(^^ゞ 
加山の台詞を確認したくて「2」を久しぶりで起動してそれに気がついたんだけど、9割以上書いちゃったあとだったのでそのままにしました。
だって花見やってほしかったんだもん。
それから、話の都合上、登場人物の台詞をゲーム上のものと変えている部分もありますが、そこら辺はご勘弁下さい。


ここまでお読み頂き、有難うございました。

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