「――と、まあ、こんな具合です。
リクエストを聞きながら作っていたら、覚えてしまいまして。
…さて、そろそろボルシチの方はいいみたいですね。
ではこちらも仕上げに取り掛かりましょうか。」

話をしながらも、いつの間にかマリアはケーキに使うクリーム二種を作り終えていた。
あとは既に焼き上げたスポンジ台に絞り出すのみである。
ホイップクリームを絞った上にマロンクリームを絞り出していく。
手際よく作る様子には、いつも感心させられる。

「よし、出来ました。みんなも待っていることですし、盛り付けをして持っていきましょう。」

大神が皿を用意して、皆の分のボルシチを盛り付けていく。
その隣でケーキを皿に乗せながら、マリアは今の自分を不思議に思っていた。
こんなに穏やかな気持ちでこの料理を作ることが、ロシア時代の話をこんな風に語ることの出来る日が来るとは、紐育で暮らしていた頃のマリアには考えられなかっただろう。
辛い過去でしかなかったロシア時代の思い出が、こんなに懐かしく思えるようになれるとは。
 マリアにとってこの料理は家庭の味というよりも、革命軍時代の味という印象が強い。
作るたびに、そのレシピを教えてくれた同志たちのことが思い出される。
ボルシチを作るとき、それは故郷のロシアに少しだけ思いをはせる瞬間でもあった。

(皆に感謝しなくてはね。)

「何をだい?」

いつの間にか隣にいた大神にそう尋ねられ、マリアは焦った。

「もしかして、私、今の口に出してました?」

彼が肯くので、マリアはちょっと恥ずかしくなった。
心の中でだけ言ったつもりが、声に出てしまっていたらしい。

「いえ、こんな風に昔の話が出来るようになったのは、隊長や花組みんなのおかげかな、と思いまして…」

帝国華撃団の仲間たちに会わなければ、今の自分はなかっただろう。
そう思うと自然に感謝の気持ちが湧いてくる。
考えてみたら、帝都へ来るまでケーキなど作ったことがなかった。
必要に迫られて独学で学んだのだが、今はどんなものを作ろうか、みんなに喜んでもらえるだろうかなどと、考えるのがとても楽しい。
これも皆への感謝の気持ちの表れなのだろうか。
そして大神――誰よりも守りたい人物。
この頃少し、かつての隊長・ユーリに似てきたような気がする。
姿や性格など何もかもが違うというのに。
もしかしたら、戦場での頼もしい後ろ姿がそう思わせるのかもしれない。

「おーい、マリア。メシはまだかー?」

食堂の方からカンナたちの呼ぶ声がする。

「どうやらお待ちかねのようだね。
そろそろ行こうか。」

「そうですね。
せっかくの料理が冷めてしまわないうちに。」

仲間たちとともに食卓を囲むことができる、そのことがマリアにとっては幸せだった。
もしまた目の前で仲間たちを、大神を失うことになったら…そんな思いが時々頭をよぎるが、同時にそんなことは絶対にさせないという確かな手ごたえが彼女の内にある。
同じ過ちは二度と繰り返さない。
今の自分はあのときの少女ではないし、彼らを守るためなら怖いものなどないから。


みんなの背中は私が守ります…。


休演日というつかの間の休息の時間が、ゆっくりと過ぎていく。

                                          終

あとがき

涼しくなると煮込み料理が食べたくなってきます。
というわけで今回はマリアにボルシチを作ってもらいました。
作っているのは大神では?という突っ込みは無しでお願いします(笑)
要するに「1」のミニゲームネタなわけですが、時間設定は「2」の六話くらいという、なんだかよくわからない話です。
一応マリア寄りの視点から書いてみたんですが、あまりうまく表現できていない気が…。
ところでこのミニゲーム、作るたびに調味料の分量が違っています。
家庭の味といわれるボルシチの味付けが毎回違うのは何故だろうという疑問に、私なりの解釈を加えてみました。
作品中に出て来るモンブランは、私が食べたかったので(←またかよ)、マリアにお願いして作ってもらったものです。
洋梨のタルトとどちらにするかギリギリまで迷ったのですが、家にレシピがある方を選びました。
その方が書きやすかったので。
ちなみに、私はボルシチもモンブランも作ったことがないです(汗)

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