南風のたよりNo66


    変化の激しいドゥマゲッティー・・・?


       
     懐古趣味などはあまり無いと思っていますが、しかし、この頃やたらと昔が思い出されてなりません。それも日本の昔では無くて、ドゥマゲッティーを中心とするフィリピン、セブなどの事です、と言ってもそれほどの昔を知っている訳でも無いのですが。
    先日セブのピア1に、JPフェリーの乗船に必要なターミナルチケットを買いに行って、オーシャンジェットが1艘真っ暗な海にゆらゆら浮いているのを見て、かつてドゥマゲッティーに向けて走っていたデルタキャットを思い出しました。船形が似ていて、スーパーキャットに比べると船らしい形が好きでした。
    今ではオーシャンジェットもスーパーキャットも廃止になり、旅行者が取り得るドゥマゲッティーへの移動手段は、陸路に限定されてしまいました。
    海路として、JPフェリーとコカリオンがセブからドゥマゲッティーを経由してミンダナオまで行っていますが、短期の時間限定の旅行者が利用するのは現実的では無い手段です。
     以前同じような事を書いたのですが、ドゥマゲッティーとセブはかつては飛行機が飛んでいました。その当時は海路も充実していて、セブとドゥマゲッティーはとても近い街でした。まず空路が廃止になり、その後料金競争から陸路のブィハイヤーやセレスライナーが勢力を伸ばし、隆盛だった海路は徐々に苦しくなって行ったようです。便数が減り、直行がボホール経由になり、ドゥマゲッティーからダピタンまで行っていたスーパーキャットが廃止になり、とうとうこの航路が全廃となったのが今年の5月です。当初は燃油の高騰が治まればとか、例年の割り引きシーズンを過ぎれば再開とか噂が流れましたが、どれも単なる憶測でしか無かったようで、6月10日オーシャンジェット再開の噂も沈没してしまいました。

       これも噂ですが、ドゥマゲッティー好きなら某かの思い出が有るだろうあのWHY NOTが閉店するそうです。これには真しやかな裏話の尾ひれも付いていて、どうも本当のようです。買い手も決まっていてMusic Boxは直ぐに再開するだろうと言われていますが、どうなる事でしょうか。
    ここが閉店すると困る人が中にも外にも沢山居て、知り合いの1人は間もなくマニラに行くのだと言っていました。新しいオーナーは隣のHoney comといっしょだと言う事なのでもう少し上品になるかも知れません。それにしてもビール一本の飲み代で入れたディスコのライブバンドが聞けなくなるのは寂しい限りです。
     以前新しいホテル、プロビダがオープンした頃に、WHY NOTにエルドラドから送り込まれる客が減ったなあと書きましたが、こんなに早く結果が出るとは思ってもみませんでした。
    そう言えば、腹立たしいのはそのプロビダです。あそこも少し順調なものだから当初とは打って変わった態度で、他のダイビングサービスが部屋を予約してもコミッションはおろか、宿泊客以外がプロビダの器材洗い場を使う事さえダメだと言って来ました。ダイビングのボートも真ん前に着けてはまかりならんと言い出す始末。MDSでは一番高い部屋をお盆に3部屋も予約を入れて、部屋代の前金まで支払ってあると言うのに。そして部屋代は、わずか半年で17ドルも値上げして来ましたから、強気も絶好調と言う所でしょうか。フィリピンでは、驕る平家は久しからず・・・通じませんかね?

     ロオックのトシーノプラザの真ん前に昨年からコンクリート3階建て(4階建てだったかな?)のビルが建築中です。何だろうなぁと思って見ていたのですが、どうやら新しいホテルのようです。
    ドゥマゲッティー近辺には思っていた以上に沢山のホテルが有り、有名リゾートから連れ込み、木賃宿まで入れれば、私でも14〜15は数える事が出来ます。そして、色々事情が有って夜に空き部屋を探してみたりすると、これが結構塞がっているものなのです。ダウンタウンから外れると空きも見つかりやすくなりますが、中心部で、トライシクルで一足などと言うロケーションでは、早い時間に埋まってしまっていると言う事です。
    こんなところに目を着けた人が建てているのかどうか、なかなか立派な建物のようです。ただし、ロオックと言う場所柄から、一般旅行者よりもペンションハウスやロッジハウスの安宿系ではないかと私は予想します。

     先日マクタン空港に到着した私は、いつものホテルに向わずにピア1に向いました。コカリオンの夜行でドゥマゲッティーに行こうと思っての事でした。しかしピア1に着いてみると今日はJPフェリーの日だと言われ、ピア3に移動することになりました。ピア1とピア3は歩いても4〜5分とかからない距離です。てくてくと歩いてピア3に到着すると金網のフェンスに横断幕が掛けてあり、You pay a terminal fee if you want to go on board. Buy it with peer 1.と書かれているでは有りませんか。私はまたとぼとぼとピア1へ逆戻りです。
     ターミナルフィーのチケットを警備の警察官に見せて港内に入ります。しかし、大きな船が3〜4隻停泊していて、どれもがJPフェリーで、行き先は書いては有りません。薄暗くて広い岸壁はあまり楽しい雰囲気の所では無く、私は警官のところへ戻ってドゥマゲッティー行きの船を訪ねました。警官が指差したのは目の前の一番小さな500トンクラスのフェリーでした。岸壁の薄暗い所に机が3つ4つ並べられ、行き先別に乗船名簿に名前を書かされます。ぼやっとした船特有の照明が灯るデッキに上がって行くと、小さな机の前で行列が有り、これが切符売り場でした。私は順番を待ちながら皆の行動を観察し、会話を聞き取るのに神経を集中させました。まず間違い無くドゥマゲッティーに寄港する事、その時間、料金、部屋のランク等の情報が知りたかったからです。私の順番になり、行き先のドゥマゲッティーを告げ、一番高い部屋はいくらか、個室は無いのかと訪ねましたが、フィリピン人の爺さんは私の片言ビサヤ語も英語も聞き取ってくれず、お前は一番安い部屋を所望か?と聞かれてしまいました。近くに居た品の良さそうなおばさんが英語で助け舟を出してくれて、私が一番良い席を望んでいる事を確かめて、爺さんに伝えてくれました。結局2段ベットが並ぶエアコン付きの部屋が一番上等の部屋でした。それが650ペソです。
     私は部屋に入りベットに荷物を置き、軽い貴重品だけのバックを持って再度金網の囲いの外に出て、港の通路にへばりつくように並ぶ小さな屋台でプソとトシーノとビールの夕食をとりました。港は人が引っ切り無しに出入りしているのに喧噪が無く、オレンジ色の街灯に照らし出される影は何だか寂しさを誘います。風が無く蒸し暑い夜で、意外に冷えたビールを出されて嬉しくなり、私はレッドホースを3本飲んで少し良い気持ちになって船に戻りました。11時の出港までまだ2時間近くも有るので、ピーナッツと缶ビールを2本買ったのですが、それを飲み終わってもまだ船は動く気配はありませんでした。私が寝付いたのが何時だったのか良く覚えてはいませんが、機関室から聞こえる減速の合図のチンチンと言う音や、バックに入れる合図の音、舫いロープを引き出す接岸の準備の音で目が醒めてデッキに出てみると、既に船は接岸していて、目に入ったのは見慣れたドゥマゲッティー海岸通の景色でした。
    時刻は3時40分。皆が到着は4時半だとか5時だとか、船員まで似たような事を言っていましたが、海が静かで早く着いたのでしょう。
    港のゲートの先にはトライシクルが幾台も客待ちをしていて、私はその中の一台を拾ってマングナオの家に戻りました。

    ではまた。

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