これは、歴史の中でもっとも長い一日になるだろう 
 希望と恐怖と、血と汗と、涙にまみれた、 
 歴史の中でもっとも長い一日だ。 
                    「史上最大の作戦」


















 ハンス・アドラーはずっと自分は第十三課に選ばれてもおかしくないと、そ
う信じていた。彼は誰よりも、ヴァチカナンガーズの同僚の誰よりも吸血鬼を
研究していたし、神を信じることも人後に落ちないと自負していた。
 吸血鬼に対しての憎しみもどんな奴にだって負けないと、そう考えていた。
 何しろ彼は吸血鬼に幼馴染の友を殺されていたのだから。
 身長百九十五センチ、体重百十キログラム、アメリカ海軍の海兵隊に引けを
取らない体格だ。毎日神への祈りを欠かさず、化物と異教徒を打ち倒すためな
らば死をも恐れない。
 現に今回のヴァチカン襲撃においても彼は恐怖を感じることなく、率先して
吸血鬼達を銀の銃弾で打ち倒していた、正直に告白するとこれが初の実戦だっ
たにも関わらず、だ。
 狙撃銃PSG−1を操りながら、また一匹吸血鬼の脳天を銃弾で貫き、破裂
させる。いつしか彼は自身の腕前と、化物を打ち倒すという快感に酔いしれ始
めていた。
 ――どうだ、見たか。マクスウェルめ。
 ハンスは一度直接第十三課局長マクスウェルと面会し、第十三課への編入を
訴えたことがあった。自分の射撃成績、格闘成績を列挙し、化物を打ち倒すこ
とこそ神への最大の奉仕と考えていると。
 にこやかに話を聞いていたマクスウェルの返答は至ってシンプルなものだっ
た。たった一言、彼にこう言っただけだ。
「失せろ」
 彼は失意の内に、ヴァチカナンガーズに戻った。第十三課のメンバーを見る
たびに口にできない憎悪を募らせる。どうしてあんな少女や中年男に勤まると
言うのだ。
 自分の方がよっぽど――。
 そんな回想をしながら、また一匹ハンスは吸血鬼を仕留める。ヴァチカナン
ガーズは――もちろん彼の働きだけという訳ではない――全体的に戦闘を有利
に進めていた。陽光で吸血鬼本来のパワーやスピードが抑えられているせいだ。
 動きは鈍く、死人のくせにすぐに息を切らす。
 数は多いが彼等は容易に吸血鬼達を屠っていった。いつしかヴァチカナンガ
ーズの男達にもやれる、という希望が産まれて来た。
 ――そうだ、やれるとも。吸血鬼なんて、恐れるものではない。
 銀に弱く、白木の杭に弱く、陽光に弱く、流水に弱く、棺がないと力は弱ま
り、祝福儀礼にも弱い、弱点だらけだ。パワーやスピードで負けていると言っ
ても彼等は銃弾より疾くは動けまい。
 ヴァチカナンガーズ一番の古株――ほとんどセミリタイア同然だった――マ
クナマス兄弟の父親、かつてイル・ドゥーチェと名乗っていた男が叱咤する。
「油断するな! 弾倉をチェックしろ、剣の血糊を拭け、見張りを怠るな!」
 ハンスは冷笑でもって出迎えた。
 ――あの老人は吸血鬼を恐れすぎる。
 ともあれ、彼の言葉に従って双眼鏡を覗いた男が叫んだ。
「一人、来たぞ!」
 やれやれ、懲りない連中だ。とハンスはスコープを向ける。意外なことに今
度はたった一人だった。だが、これまでとは明らかに雰囲気が違う、まず服が
違った、軍服ではなく黒いコートを着ている。黒いコートは前をはだけている
にも関わらず、彼の黒いコートの中は黒く淀んでいてよく見えない。
 わずかばかり、ヴァチカンガーズがざわめいた。
「……なに、ただの吸血鬼だ」
 そう呟いて頭を狙う。男は走りもせずにぶらぶらと無造作に歩き続けている。
 余りにも容易に彼は吸血鬼の頭を狙って引金を引いた。
 銀が彼の穢れた肉体を浄化し、それに伴って肉体が耐えきれずに破裂――。
「……?」
 確かに彼は眉間に当てた、当てたはずなのだ。……にも関わらず彼は自分の
眉間をちょいと触っただけで平然と歩き続けている。
「外したか?」
 当てよう当てようとしていて幻覚を見たのかもしれない、あるいは、間違っ
て鉛の弾丸を込めてしまったのかもしれない。そう、ただの偶然だ。
 ――そうに決まってる。
 もう一度頭を狙う。引金を引く。
 今度は確実に顔面に当たった、鼻がひしゃげた瞬間を確実に捕らえた。だが
それでも彼は平然と向かってくる。
「な、んで?」
 慌てて彼は弾倉に装填されている弾丸をチェックした。この輝きは紛れもな
い銀の弾丸だ。
 歩き続ける彼に、ヴァチカナンガーズがSG550を一斉掃射した。
 無数に撃ち込まれる銀の弾丸。
 とうとう彼の歩みが止まる。おおよそ百発以上の銀の弾丸を彼の肉体は受け
続ける。まさかこれら全部が鉛弾という訳ではあるまい。
「撃ち方やめ!」
 誰かが手を挙げて合図する。次第に銃声が散発的になり、最後に一発、ぐず
ぐずと余韻を残していた銃声がゆっくりと途絶えていく。無数の弾丸を撃ち込
まれた彼の躰はズタズタで、特に集中して狙われた頭は見るも無残な様相に成
り果てていた。。
 誰かが嗤う。
 彼もほっと息をついた。ただ一人老マクナマスだけが厳しい表情で彼を睨む。
「――無駄というものだ」
 声がした。
 男の方から、誰もいないはずの、吸血鬼の方から声がした。
「笑止。――たかが銀の弾丸程度で私は倒せぬ」
 男の顔が再生する。
「やはり……ッ!」
 驚きのあまり、その場にいたヴァチカナンガーズのほぼ全員が凍りついてい
た。なぜ喋ることができるのか、なぜ動くことができるのか、なぜ黒いコート
がもぞもぞと蠢いているのか。
 解答を与えたのは、老マクナマスの叫びだった。
「貴様かネロ! ……ネロ・カオス!」
 吸血鬼に関しての知識があるものはさらに驚愕することになった。
 “混沌”のネロ・カオス。魔術師から吸血鬼へと変貌した男。恐らく死徒二
十七祖の中でもトップクラスに古く、そして最強ランクの実力を誇る吸血鬼。
「私を打ち倒したいのならば、第七の聖典でも持ってくるのだな。
 あの聖典が果たしてこの自分に通用するか、試してみるのも一興か」
 嗤う。
 ゾクリ、と全員の背中に寒気が走った。ハンスもまた、恐怖を覚える。
 ――なんだよ、それ。
「昼間は私も消耗が激しいのでな、悪いが少々――馳走に与かるとしよう」
「! いかんッ!」
 老マクナマスが叫ぶ、だが彼の叫びより幾分早くネロの躰の中から獣が産み
出された。もっとも叫びより遅くてもまるで意味はなかったろう、相対してい
る彼等は完全に無力だったのだから。
 獣の姿に驚愕する。その中で吸血鬼に対する研究に熱心だったヴァチカナン
ガーズ達はすぐにネロ・カオスの特徴を思い出した。
 ――そうだ、“混沌”は躰の内に獣を飼う。
 ネロの躰から巨大な蒼白い狼が二頭飛び出した、充血したように紅い瞳、べ
とべととした涎、そして獣臭、ヴァチカナンガーズ達は怯えて一歩後退。
 ただ一人、老マクナマスだけが一歩前に進み出て二丁の拳銃で獣の脳天をぶ
っ飛ばす。だが死体が残らず、黒い塊に戻るだけであるのを見て舌打ちした。
 ――いかんな、切りがなさそうだ。
 しかし、引く訳にはいかない。ここで引けば、壊滅だ。
「接近戦だ! 全員武器を換えろ!」
 だが、ヴァチカナンガーズ達は――もちろんハンスも――戸惑ったまま動か
ない。冗談ではない、あんな、あんな化物を相手に接近戦だなんて!
 一人がくぐもった悲鳴をあげながらシグP550を撃ち捲くった、半ば錯乱
している。その彼の顔面をネロの躰から凄まじい勢いで飛び出した烏の嘴が貫
いた。
 さらにネロが近づく、やはり躰から巨大な脚が飛び出した。獣の脚ではない、
恐らくは昆虫か甲殻類だろう、まるでパワーショベルのような腕。
 現実にはまず有り得ないような幻惑的な光景に、ヴァチカナンガーズ達は銃
も撃てずに茫然と立ち尽くす。
「……伏せろ!」
 その言葉に反応できたのは、ごくわずかだった。彼の近くにいたヴァチカナ
ンガーズ達はその腕の無造作なまでの一撃に、上半身がこの世から消滅するこ
ととなった。
 余りにも無造作で大雑把な一撃――しかし、それで簡単に人は死ぬ。
 ヴァチカナンガーズ達はその圧倒的な事実の前に怯み始めた。銃を捨てて逃
げ出したいという思いに駆られる。
 歴戦の勇士ならば、例えば第十三課や騎士団の人間ならば踏み止まれたかも
しれない。しかし、彼等はヴァチカンの外から出ることは滅多になく、次第に
歴戦の勇士という存在はヴァチカナンガーズから姿を消していた。
 ただ、少なくともこの場には一人だけいた。
 右手に銃剣を、左手に拳銃を持ちながらネロ・カオスから産み出される獣を
片っ端から剣で突き刺し、射撃で仕留めていく。動きは鈍重に見えるにも関わ
らず、戦場で培った勘で巧みに獣の攻撃を捌いていく。
 その姿にようやく彼等も自信を取り戻し、銃剣や槍を使って獣達に立ち向か
い始めた。祝福儀礼を施されたそれらの概念武装は獣を突き、斬るたびに彼等
を混沌に戻す。
 しかし、後から後からネロの躰から獣が涌き出てくるのもまた確かだった。
 狼、虎、豹、獅子、それくらいならまだいい、出てくるなりヴァチカナンガ
ーズを食い千切ったホオジロザメ、長い体を伸ばして絡みついて三人をまとめ
て押し潰した大蛇、そして現実にはまず有り得ないような巨大なカマキリ、蟻、
蠍。
 そして伝説でしか聞いたことのないような化物達。
 興奮して吼えかかった男の口を巨大な犀の角が貫き、三つ首の犬が腕や首を
思い思いに食い千切る。
 たった一人の吸血鬼から産み出される化物に、二百人以上の本隊は大混乱に
陥っていた、そして更に悪いことに新手の吸血鬼が空から現れた。
 ローターの音に気付いて空を見上げた男の脳味噌があまりにも唐突に風船の
ように弾け飛んだ。フルオートで発射された弾丸が立て続けにヴァチカナンガ
ーズの頭にヒットする。
 高嗤い。
 泣き女(バンシー)の叫びのように甲高いギターの音。
 ギターにステアーAUGと銃剣を装備した兇器“スクリーミングバンシー”
を扱う男など、世界でもただ一人しかいない。
 ――ジグムンド・ウピエル。
 恐らくイノヴェルチの吸血鬼の中で、いわゆるキメラヴァンプを除けばもっ
とも年若い男。しかし、その実力を見誤っているものは一人とていなかった。
 ヘリのドアから全身を晒し、右手一本で躰を支えながら左手に持ったギター
の引き金を引く。
 言うなりウピエルはギターを弾き始めた、今度は先ほどのようにただギター
をただ闇雲に掻き鳴らすのではない、ちゃんとした音楽だ。曲目は彼が人間で
あった頃のヒット曲の一つだ。
「Got ist tot(神は死んだ)」
 下にいるヴァチカナンガーズにとっては怖気がするようなメロディだった、
美しい狂気の音、このまま弾き続ければ、間違いなくどんな世代の人間でも正
気が軋って錯乱状態を引き起こすだろう。けれど唐突に音は止んだ、そして間
奏のように、今度はギターに付けられたステアーAUGから音を炸裂させる。
 悲鳴と銃声が交わり、銃弾と脳漿が性交を繰り返す。内臓がぶちまけられる。
 ぶちまけられた内臓は傍らの誰かの顔に張りつき、悲鳴をあげようとすると
脳漿が口腔内に侵入して戦友の脳味噌を胃袋に収める羽目になった。
 阿鼻叫喚の乱交パーティ、またもや激しく掻き鳴らされるギターが狂乱状態
を呼び起こす、空に向かって出鱈目に射撃を繰り返すが、まるで当たらない。
「畜生!」
 空を見上げるヴァチカナンガーズに、存在を忘却されたネロの獣が殺到した。
「ふむ、この程度か。些かの苦労や労力を感じる暇もない、他愛ない。
 ……貴様の責任だぞ、楽士」
 楽士と呼ばれたウピエルはわずかにニヤリと笑みを浮かべると、ヘリのドア
から無造作に飛び降りた。空中で一回転しながら、ネロのすぐ横に着地する。
「そう呼ばれたのは久しぶりな気がするぜ。だが俺を楽士などと呼ぶんじゃね
ぇ、次に呼んだらブチ殺すぞ」
「ふむ、ではウピエル。急ごうか、刻が無いという訳ではないが限られたもの
は最大限に有効活用するべきだ」
「分かったよ、くそ、あの唐変木の騎士様みてぇな口の利き方だな。
 まあいいや、で、だ、学者さんよ、ここの残り滓はどうするんだ?」
「ふむ……なるべくなら先を急ぎたい。この場は後ろにいる彼等に任せること
にしよう」
 その言葉にウピエルが背後を振り返り、お、と驚きの声を漏らす。いつのま
にか背後に百人以上の吸血鬼が立っていた、彼等の手には世界最初の突撃ライ
フルと呼ばれるMP43か、さもなくばかつてのドイツ制式軍用サブマシンガ
ンであるMP38/40を二丁携えていた。数は少ないが、スコップとパンツ
ァーファストを両手に構えている男もいる。
 被った黒のスチールヘルメットにはハッキリと、今は無き、いや無いはずの
国の親衛隊の証である“SS”の紋章が鈍い輝きを見せていた。
 ヴァチカナンガーズは写真や映画でしか見たことのない彼等に驚きの色を隠
せない。目の前にいるのは、目の前でこちらへの戦闘態勢を整えているのは、
紛れもない武装親衛隊。ナチスだ。ドイツ第三帝国の吸血鬼達。
「フン、ナチスドイツの亡霊、武装親衛隊(WAFFEN SS)の連中か」
 やはりただ一人、老マクナマスは驚かない。何が出てもいまさら驚くような
年齢ではない。たとえ神様が目の前に現れてもだ。
 ネロ・カオスとウピエルが真っ直ぐこちらに向かって歩き出す。
「全員ッ! 構え!」
 命令にヴァチカナンガーズの躰が反応する。闘志は取り戻せなくとも、鍛え
に鍛えた肉体と思考は勝手に戦闘モードに切り替わる。老マクナマスはネック
レスにあつらえたケルトクロスにキスをすると、隣で死んでいる若者からハル
バード――もちろん、儀礼用のレプリカではなく、本物――を取り上げた。
 そして右手を上げる。
 武装親衛隊も武器を構えながらネロ・カオスとウピエルの後を追って走り出
す。老マクナマスは彼等が十分な距離に到達したのを見計らって右手を下げた。
「撃て」
 両方の陣営がほぼ同時に言った。
 一斉射撃。ウピエルは地に伏せると、這うように動きながらステアーAUG
を掃射する、フルオートで撃ち続けながら同時に標的に狙いをつける。人間で
は到底成しえることのないであろう吸血鬼の絶銃技。
 狙われたヴァチカナンガーズは一人残らず眉間に孔が空いた。
 銀の弾丸が武装親衛隊達を破裂させる、鉛の弾丸がヴァチカナンガーズの脳
天を臓物を吹き飛ばす。
「接近しろぉ!」
 誰かが――どちらの陣営からもそう叫んだ。スコップを、銃剣を、ハルバー
ドを、ナイフを持ち出し、咆哮する。
 突撃。祝福儀礼を施された銃剣が吸血鬼に突き刺さる、鋭利に鍛え上げられ
たスコップが容易にヴァチカナンガーズの首を刎ね、ハルバードの穂先が吸血
鬼の腸を抉ったかと思えば、人間の咽喉に親衛隊のナイフが食い込む、ナイフ
の刃に刻まれている言葉は“我が名誉は忠誠なり”。
 ただ一人、ネロだけは泰然自若とした風に前へ前へと突き進む、立ち向かっ
て来る者のみを無造作に獣の力で仕留め、最短距離を最短時間で。
 ウピエルが彼の後に続く、背後からヴァチカナンガーズが斧で襲いかかった
が、振り向きもせずに銃剣で咽喉を突き、顎から脳天まで真っ二つに斬る。
 彼等二人のみが、とうとうヴァチカナンガーズの防衛線を突破してしまった。
「くそ!」
 追いかけようとした老マクナマスに吸血鬼が立ち塞がる。
「どけ! この糞ナチ!」 
 拳銃を構える暇もなく、吸血鬼は老マクナマスのハルバードで両断された。
 ネロとウピエルを追いかけてハンスが二人の背中にライフルを乱射した。
 黒コートの背中から再び三つ首の犬が産み出される。躍りかかったその化物
はハンスの腕や足、胴体に食いつく。
 ――そうだったのか。
 ハンスは初めて理解した。第十三課に入ることを希望していた自分が何とも
みじめで滑稽に思えた。こんな連中と戦うなんて、そんな狂ったことができる
訳がない。自分はまともだった、あの女や神父のように狂うことなど、絶対に、
無理、で、
 胴体がねじ切られ、ネロとウピエルに向けていた銃口が、彼を追いかけよう
としていた老マクナマスに向けられる。
「くそ!」
 咄嗟に横に飛んだが間に合わない――内臓に弾丸が食い込んだ。もんどりう
って転がった拍子に全身を地面に打ちつける、息が止まる。
「ぐ――――」
 弾丸を受けた衝撃が時限爆弾のようにカウントを始める。一、二、三。激痛
が濁流のように神経に叩きこまれる。血なのだか内臓なのだか分からないドロ
ドロした代物を思い切り吐いた。脇腹に炎が灯ったような激痛、それは徐々に、
しかし確実に大きくなっていく。
 ――致命傷だ、ちくしょうめ。
 目に霞がかかる、くそ、冗談じゃない、身を起こそうとする、何度銃弾の雨
をかいくぐったと思っている、くそ、冗談じゃない、敵の銃弾ではなく味方の
銃弾で倒れるのか、くそ、冗談じゃない、なんて、なんて、馬鹿げた――。
 目の霞みが完璧な白へと移り変わる。


                ***


 ――大事なことは、巻き込まれないことだ。
 シスターと神父が狂乱しながら走り回るエチオピア・カレッジを悠然と歩き
ながら、アルバ枢機卿は呟いた。
 末端まで自分のことが届いているとは思えない、有象無象の彼等と一緒に逃
げていては彼等の持つマシンガンで一斉掃射されてしまうだろう。ここは一つ、
知己であるナハツェーラーやモーガン卿を待つべきだ。何処かに篭り、安全に
なったら連絡して出迎えてもらおう。
 彼はそう考えて、一番目立たないトイレに篭った。ここでひっそりと待つつ
もりだった、携帯電話は残念ながら圏外だが、なあに、連絡する方法はいくら
でもある。
 トイレに入った瞬間、物凄い力で襟を掴まれて個室に引きずり込まれた。
「こんにちは、枢機卿!」
 アルバは口を開く前に、まず彼の拳の直撃を食らった。やわな人生を送って
きた彼は一発で鼻骨が粉砕した。
 今度は絶叫しようと口を開く、突き出た腹にボディブローを叩き込まれた。
 これでもう悲鳴をあげることはできない、なんとも苦しそうに呻き声をあげ
るだけだ。
「いくらだ?」
「うぅ」
 呆れたようにアルバを二発殴りつけたジャック・クロウは、団子虫のように
床に丸まった彼の背中を蹴った。
「いくらだ? いくら貰った? いや質問を変えよう、何を貰った?
 永遠の命ご招待予約チケットか? 巨万の富配布予定表? それとも単に殺
さないであげる権か? または全部?」
「なぁんの――」
 ことだ、などととぼける余裕はなかった、脇の部分に鋼鉄の編上靴のつま先
蹴りがヒットする。肋骨にヒビが入った。
「おぇぇ!」
 朝食に食べたスクランブルエッグがトイレの床に汚いしみをつける。漂う臭
気にジャックは顔を背けて鼻を摘んだ。
 足音。
 それも明らかにこちらに駆け寄ってくるものだ、輸送用ヘリで間一髪脱出で
きた――できるはずのエチオピア寮の少年達や、何人かのシスター、高位の司
教の方向へ。
 ジャックは無理矢理アルバを立たせると、彼の腕をしっかりロックして背中
に回った。彼が何を考えているか、戦闘に関してはおおよそ素人なアルバにも
分かる。
「やめろ! やめてくれ!」
「神の為に少しばかりその身を捧げてくれ」
「ちくしょう! やめろ、離せ! くそったれ!」
 騒ぐ声が外に漏れたのだろう、足音がピタリと止まった。囁き声、アルバは
自分の運命を呪った。そして唐突に浮かび上がる一つの疑問。
「教えてくれ。なんで私が裏切り者(ユダ)だと?」
「ああ、それは簡単」
 腕のロックは緩めず、ゆっくりと前に進む。
「たった今分かったところだ」
 どん、と勢いよく前に押し出されたアルバはトイレの外へ転がり、即座に射
殺された。射殺した吸血鬼は即座にジャックに射殺された。
 わずかばかりの静寂。
「間に合わなかった、か」
 ジャックは空を見ながらぽつりと呟く、一匹狼で神への信仰が極端に薄い彼
は、既に八割以上の確率でヴァチカンの敗北だと見当をつけていた。
 本来なら聖ヨハネ騎士団、グレゴリオ浄歌隊、その他大小合わせて様々な部
隊が今日の夜中にでも集結する手筈となっていた。しかし、それまでに吸血鬼
が襲来してヴァチカンを占領されたのならば無意味だ。
 だが、まだ終わってはいない。
 儀式が終わるまでヴァチカンを占領され続けたのなら、完全にこちらの敗北
だろう、逆に言うと儀式が終わるまでにヴァチカンを取り返す、あるいは儀式
を失敗に終わらせれば、こちらの勝利だ。
 例え何千何万という人間が犠牲になっていても、だ。
「こちらはまだ鬼札が二枚残ってるぜ、吸血鬼ども」
 そう、まだヴァチカンにはとっておきの鬼札が二枚残っている。そして彼は
その二枚の戦闘能力に絶対的な信頼を置いていた。

 まあ、人間的にはともかくとして。


                ***


 死闘の趨勢は定まってはいなかった。ヴァチカナンガーズはここで踏み止ま
らなければならぬと必死の抵抗を見せていたし、昼間ということもあって吸血
鬼の動きも鈍かった。
 しかし、数が圧倒的に違っていた。一対一なら吸血鬼相手に有利に戦いを進
めることができても、二対一、三対一になるとそうはいかない。イノヴェルチ
の増援が、あるいはミレニアムの増援がヴァチカナンガーズを覆い尽くし、蹂
躙し、凌辱していく。
 吸血鬼のヴァチカナンガーズの殺し方は何とも凄惨なものだった、何しろ吸
血鬼と違って人間は屍体が残る。首を切断し、噴き出す血を浴びて恍惚とし、
肉と血管を食い千切って腹を満たし、顔の皮を剥いで被っては道化師のように
はしゃいだ。
 いつしか戦争は吸血鬼の人間に対する私刑へと移り変わっていた。
 陽光に照らし出される虐殺の数々、人間ならば怖気がし、寒気がし、怒りに
震えるような、吸血鬼ならば歓喜で絶叫をあげそうな光景。おぞましい血肉の
饗宴が始まっていた。ヴァチカナンガーズは次第に数を減らしていき、最後に
五人が残った。無論、この五人も殺そうと吸血鬼達は思っていたが、誰かが―
―生まれついて悪魔のような残酷さを秘めた誰か――こう言った。
「最後の一人に俺達のすることを見ていてもらおうじゃないか」
 人の皮を被ったイノヴェルチが嗤う、武装親衛隊が歓声をあげる、屈強な吸
血鬼が二人がかりで抑えつけ、もう一人が目を閉じないようにしっかり瞼を開
かせ、舌を噛まないように口に布切れを詰める。
 最後の一人は強制的に、自分の仲間が、友人が、襤褸切れのように切り刻ま
れる際の苦痛と絶望の表情を見せつけられ、「助けてくれ」「殺してくれ」と
いう懇願とそれに対する返答である吸血鬼の嘲笑を聴かされ、挙句に口の中に
布切れの代わりに彼等の肉片をたらふく詰め込まされた。
 これで気が狂わない方がどうかしている。二人目で彼は正気の世界を放棄し
た。四人目が彼の眼前に現れた時は手を叩いて喜んだ。五人目の時はうっとり
として、我が死を受け入れた。
 その他の場所に位置したヴァチカナンガーズも程度の差こそあれ、おおむね
似たような経緯を辿り、敗走した――結果的にこの臆病な行為は吉と出た――
ほんの一部を除き、ほぼ壊滅状態となった。
 遠くで吸血鬼達の邪悪な歓声が上がる、どうやらサン・ピエトロ広場に迎撃
に出たヴァチカナンガーズ達も壊滅したらしい。
 気付けば太陽は既に夕刻の様相を見せており、吸血鬼達が望む夜は、もうま
もなく訪れる。
 どうやら今夜の宴は歴史に残る凄まじいものになりそうだった。

 政府宮殿にネロとウピエルは入り込んだ。牙が疼いた。あちこちに隠れてい
るのが丸分かりな処女のシスターや童貞の子供。くそ、ごちそうを前にしてい
るっていうのに、お預けを食らうとは何とも気分が悪いことだ。ウピエルは不
機嫌さを隠せない。
 その点、ネロ・カオスにとってはお預けなどしても意味がない。彼は自分の
内に潜む獣を遠慮なく解き放った。
「……くそ」
 ウピエルが呟く、自分もああいう能力が欲しいと思った、少なくとも今だけ
でいいから。
 部屋のあちこちから絶叫が響き始めた、ウピエルはその苦痛や絶望のハーモ
ニーにたちまち不機嫌さを解消して陶然とする。思わず彼等の悲鳴に合わせて
ギターを弾きだした。ギターの切なげで囁くような高音に悲鳴がよく似合った。
「いい曲だ」
 ネロがそう言うと、ウピエルは満足げな笑みを浮かべながら尚も弾き続けた。
 やがて悲鳴が止む、ギターの音も合わせて止まる。
 ウピエルの鼻孔を血の香りがくすぐった。どうやら終わったらしい。部屋か
ら狼が、犬が、鰐が、大蛇が、その他ウピエルの知識に存在しない生物までが
ぞろぞろとネロの元へ集結する。
 皆、その口に人間の破片を持っている、シスターや子供の腕、首、脚、胴体、
内臓、中でも大柄の虎は噛み砕くことなくシスターの首を持ってきていた。
 ネロがふいに後ろのウピエルを見る。
 虎の持ってきた首を掴み、まだ血が滴り落ちるそれを彼に投げ渡した。
「いいのかい?」
「充分あるからな」
 ウピエルの問いにネロはそう答えると、獣達を彼等の狩って来た獲物ごと呑
み込んだ。
「ふむ」
 満足気に呟く。便利な躰だな、とウピエルは羨望を新たにしながらシスター
の首から血を啜った。さすがに量は少ないが今はこれで充分満たされる。唇の
端から零れ落ちそうな血を舌を出して掬い取った。
 ネロはまるで物見遊山のようにきょろきょろと首を左右に振る、もちろん見
学ではない――探し物だ。
 だが、それを何となく感じることはできても、なぜか何処をどう曲がってい
けばいいのか見当がつかない。右のようでもあり、左のようでもある、階下に
行けばいいと思うが、上にも気配が感じられる。
「やはり我が身では探すこと敵わんか」
 ため息をついて、彼は自分の肉体から異物を取り出した。彼の獣ではない、
カインの右腕を。ネロの固有結界外に出されるなり、それは闇雲に暴れ出した。
「ウピエル、ナハツェーラーから渡されたものを貸してくれ」
「ああ、これか……ほらよ」
 首のお返しとばかりに、ウピエルが彼にそれを放り投げる。投げ渡されたそ
れは金属の物体だった、短刀ほどの大きさの巨大な針とでも言おうか、柄にあ
たる部分は存在せず、鋭く尖った先端が次第に丸みを帯びた終端になることで
代わりを果たしている。終端の部分は円形にくり貫かれていて、そこに赤い糸
が通っていた。
 ネロはそれを握り締めてカインの右腕の甲に突き刺す。びくり、と右腕が痙
攣する。無論、苦痛などではないだろう、ただ突き刺さったものに対する肉体
的な反射に過ぎない。
 ネロはその右腕を床に放った、右腕はしばらく痙攣を繰り返していたが、や
がて指を動かして肘の部分を蠢かしながら、前に進む。
「なるほどな」
 ウピエルが納得したように頷いた。脳裏にこびりついていた疑問、あの愚劣
で危険な生物の復活を行った理由がようやく分かった。道案内役だったのか。
「保険も兼ねていたらしいのだがな、万が一真の肉体が滅んでいた時のために。
 ……この様子ならば杞憂のようだが」
 二人は蛇のように這い進む右腕を追跡し始める、道中に障害となるべき者は
全く存在しなかった。
「全滅したのかね?」
「いや……恐らく、我々が辿り着くべき場に残っているのだろう。
 ところでウピエル、以前から訊いておきたかったのだが、君はなぜこの現世
に舞い戻ってきたのかね?」
 彼の質問にウピエルはしばらく考えてから答えた。
「まだやり足りなかったからな。ほんのちょっと油断した、それだけでこの世
からおさらばする羽目になったんだぜ? 俺はまだ吸血鬼になって三十年ちょ
いしか経ってねぇ。あの糞朴念仁の騎士のせいでよ。
 まっ、最低でもあと三百年くらいはこの世で楽しみたいからなァ」
 血を吸い尽くしてカラカラのミイラのようになったシスターの首を弄ぶ。
 まるでサッカーのように脚で蹴った――が、ウピエルの蹴りに耐えきれるほ
どの頑丈さを持ち合わせてないその首は、蹴ったその瞬間に破裂してしまった。
 ウピエルは舌打ちする。
「で、手前こそなんだって蘇ったんだ? 未練があったのか?」
「未練か……未練は、あったな」
 へぇ、と驚いたような顔をする。
「悟ったようなツラして、未練はあったのかい」
「その為にこの身を死徒に堕としたようなものだからな。混沌の果てを見るま
では、死んでも死にきれぬ」
 右腕が廊下を右に曲がった、その後に二人も続く。
「見た後なら、未練はないのかい?」
「ないとも、だがその時は――最早“私”という存在はないだろうがな」
 廊下の真正面にある扉を右腕がガリガリと引っ掻いた。扉を開く、図書館だ。
 ガイドブックを読めばネロとウピエルがいるあたりは関係者以外立ち入りが
禁止されており、地図を見てもここに扉があることは記載されていないことが
分かっただろう。無論、二人はそんな無意味なガイドブックなど読んではいま
い。
 扉を開く。
 狭いヴァチカンという領土のどこにこのような空間があったのか、そう思う
ほどの広さだった。そしてネロやウピエルの背の高さをも遥かに越えるくらい
の本棚の数々。
 ウピエルは興味なさげに右腕を目で追っていたが、ネロは読みたいという欲
求に駆られた、思わず手近な本の一冊を手に取る。
 黒魔術本だった、タイトルには「吸血鬼展開法」とある。 なるほど、とネロ
は深く頷く。どうやらここにはヴァチカンが非公式に認定した禁書類が集めら
れているらしい。その癖捨てるに捨てられなかったのだろう、この数々の書物
の類は存在しなければヴァチカンの正当性を論じることができず、存在してい
てはヴァチカンの正当性そのものが危うくなる。
 この秘匿は言うなれば苦肉の策という訳だ……存在すると同時に存在しない、
表に出ることはなく、「在った」という事実のみが残る。苦肉の策なりに上手い
方法には違いない……自分達のような連中に奪われる危険性を残しているとい
うこと以外は。
 ――後でゆっくり読むか。
 ネロはそう決めて、ウピエルの後を追う。
 カインの右腕は道が別れていても、ほとんど迷うことなく二人へ正しい方を
指し示す。途中途中に存在する第十三課によって織られた結界も、ネロとウピ
エルの前ではまるで役に立たなかった。二人は力技で結界を突破していく。
 これまでの結界より一段と強力になった結界を突破したと同時に、突然カイ
ンの右腕の速度が上がった。
「おっと!」
 ウピエルが間一髪、右腕に突き刺さった針から垂れている糸を手に取り、ぐ
い、と力強く引っ張る。
「ご主人様のスピードに合わせるんだな」
 右腕はそれでも速度をあげようとするのを止めようとしない、人間ならば腕
が千切れていてもおかしくないほどの力をウピエルは平然と受け止める。ネロ
はそれが人間のよくやる犬の散歩に似ているのを見てわずかに笑った。

 床からわずかに突き出た部分を握って、勢いよく持ち上げる。鋼鉄製の扉は
苦もなく積もった埃と共に開かれる。
 ――隠し扉。どうやらこれは、いよいよ核心に近づいていたらしい。
 両者とも表情こそ平静だが、確かに階下から感じる何者かの気配に、どちら
ともなく思わず生唾を飲み込んだ。
 不安定な螺旋階段を下って階下に降りる。降りきったそこはじめじめした地
下墓地らしき場所だった。一本道であるため、カインの右腕の案内を借りるま
でもなく、前に進む。
 進むにつれてますます感じるプレッシャーが強くなる。空気が固形化したか
のように息苦しい。ここには最早結界は施されていなかった。まともな神経の
持ち主の人間ならば――まともな神経でないものも――ここに居たがったりは
しないだろう。
 最後に扉が立ち塞がった。
 これまでで一番分厚く、そして大きい。鉄製ではなく、樫の木の扉。不思議
なことに長い間ここに在ったであろうにも関わらず、全く腐ったりしていない。
 そして恐らく、この扉の向こうに、
「開く」
「いいぜ」
 不思議なことに開く時に傾いだ音など、出なかった。代わりにところどころ
から耳障りな水滴が落ちてくるのが聞こえる。部屋はだだっ広く、床は石畳で、
延々とそれが続いている。
 しばらく歩く。部屋の真中にそれが在った。
 勇んで飛び跳ねるカインの右腕。だが、ネロとウピエルはその右腕に関わり
合っている余裕はない。
 それは柱に囲まれ、脚を丸めて胎児のように蹲っていた。
 姿形は、伝説に出てくる悪魔そのものだった、血の神の名に相応しく、肉体
は焔のように朱い、頭にはぐるりと曲がった角が複雑な紋様を描いているよう
だ、そして背中には六枚の羽根。
「これが」
 ウピエルが口笛を吹いた。
「神、か」
 ネロが呟いた。両者とも正直に心情を述べると少々拍子抜けしていた。確か
に圧倒的な力を感じることは事実だ、だがそれだけ。並の吸血鬼ならばこの様
子のままでも跪いて服従を誓っただろうが、二人にはただの強者、ただの化物
としか感じられなかった。
 そう、これではまるで(今や右腕だけと成り果てたらしい)プロトタイプと
同じではないか? 所詮神などというのはただの遺物に過ぎないのだろうか?
 二人の疑問に返答が来る。
「そうでもないさ」
 背後からだった、ネロとウピエルは同時に振り返る。初老の吸血鬼がそこに
いた、言わずとしれたナハツェーラーだ。
「いつ来た?」
 ネロが尋ねる。
「今さ」
 ナハツェーラーは答えてから、カインの肉体を見て言った。
「それにしても……ふむ! これがカインか。お目に掛かれて光栄至極……と
いったところかな。予言書通りのお姿だ」
「俺は失望したぜ、ちぇ、そこらの体力馬鹿の吸血鬼と違いないじゃねぇか」
「はは、これは器だよ、ただの器に過ぎない。私とて神がこの程度のものだと
は少々拍子抜けだが……ん?」
 プロトタイプの右腕が三人の吸血鬼が注目する中、蛙のように飛び跳ねなが
ら、カインの真の肉体の首に手をかけた。
「む」
 ネロが唸る。まさかとは思うが、肉体を破壊する気だろうか? 引き剥がそ
うとしてネロは右腕の肘の部分を握る、が、プロトタイプの肉体は三人の興味
深げな視線の中、首と一体化してしまった、表皮は完全に融合していて境目す
ら見当たらない。
「……取り込まれたか?」
「そのようだな、放っておきたまえ。多少の不純物など害になるものか。
 それよりも、これでいよいよだ」
「いよいよ……ねぇ」
「ふむ」
 三人はカインの肉体を囲む、不信さを露わにするウピエル、何かを考え込ん
でいるが顔は表情が枯渇しているネロ、そして狡そうな笑みを隠さないナハツ
ェーラー。
「復活の儀式を始めるぞ」
 魂無き存在であるカインは何も応えない。しかし、この肉体にもう間もなく
神が降臨する。
 降臨した瞬間、世界は逆転するだろう。人間の世から、吸血鬼の世に。
 そしてその刻は間近に迫っていた。対抗する存在である人間は既にほとんど
排除されてしまっている。ほとんど、だ。
 ともあれ吸血鬼と人間にとって最も長い一日となったこの日は、人間にとっ
て最悪の形で終わりを告げた。





 そして今から始まるのは、審判の夜。
















                           to be continued






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