在ペルー大使公邸占拠事件クロノロジー

外務省対策本部が作成した資料に手を加えたものです。96年12月分。

現地時間ベース、( )内は日本時間


1996年

12月17日(火)

19:00(18日 09:00) 天皇誕生日祝賀レセプション開始

20:30頃 (18日 10:30) 大使公邸中庭に面する壁を破壊。銃声に引き続きテロリストが公邸内に侵入。その後も約30分に亘る銃撃戦が継続

21:15(18日 11:15)在ペルー木本公使との電話連絡(銃声が継続し頭が上げられない状況である由−外務省との直接交信第一報)

23:10頃(18日 13:10)女性及び高齢者解放

23:30頃(18日 13:30) MRTA(トゥパク・アマル革命運動)による犯行声明発表及び以下の4要求の発表
 1. 収監されている仲間の釈放

 2. 経済政策の変更

 3. アマゾン地域までの移動の際の人質の連行

 4. 戦争税の支払い

ブリオーネス内相が公邸前にて陣頭指揮

12月18日(水)

04:30(18日 18:30)外務省より青木大使への電話連絡(西語のみにて会話可)

17:00頃 (19日 07:00)パレルモ教育相をMRTAとの対話役に任命

18:00頃(19日 08:00)カナダ、ギリシャ、独大使、仏文化担当官及びペルー外務省局長の5名解放

19:00頃(19日 09:00)ヴィンセント・カナダ大使他、一旦大統領府へ向かい、その後教育省へ移動、パレルモ教育相との会合開始(第一回会合)

21:00頃(19日 11:00)飲料水及び医薬品供与

22:25頃(19日12:25)新たに4名解放

12月19日(木)00:00頃(19日14:00)大使グループ協議終了、教育省を出発

00:25頃(19日14:25)カナダ大使、レカーロス・ペルー外務省二国間政策局長の2名が大使公邸に入る

01:00頃(19日15:00)両名、大使公邸を出る。カナダ大使、公邸前で記者会見を行い交渉継続と発言

07:30頃(19日21:30)食料供給(朝食400人分)

12:00頃(20日2:00)食料、扇風機、歯ブラシ等供給

12:30(20日02:30)パレルモ教育相を中心とするペルー政府代表とヴィンセント・カナダ大使を中心とする交渉団との第2回会合(〜13:00)交渉の仲介者を巡り意見の不一致

17:55(20日07:55)池田外相、ペルー到着

18:04(20日08:04)日系人3名を含む4名の高齢者を解放

20:30(20日10:30)池田外相とフジモリ大統領の会談

21:00(20日11:00)池田外相、引き続きパレルモ教育相と会談

22:45(20日12:45)ヴェッケル独大使が池田外相を表敬、意見交換

23:50(20日13:50)池田外相、アックスワージー・カナダ外相と電話会談

12月20日(金)

00:45(20日14:45)フジモリ大統領と関係閣僚が会合を開催し、テロリストの釈放要求は受け入れられないというペルー政府の立場が再確認された

07:30頃(20日21:30)食料供与

09:30 (20日23:30) 池田外相、ミニグ赤十字国際委員会代表と会談

09:45 (20日23:45) 公邸二階窓から水、電気、電話の接続要請とNHK 記者会見を承認する等書かれたプラカードを3度 にわたって提示

10:45 (21日00:45) 池田外相、ジェット駐ペルー米大使と会談

12:32 (21日02:32) 池田外相、ビンセント・カナダ大使と会談

15:00 (21日05:00) 池田外相、邦人企業関係者と会談

16:00 (21日06:00) 池田外相、日系人と会談

16:58 (21日06:58) 支援物資を搬入

17:14 (21日07:14) ミニグ赤十字国際委員会代表が公邸に入る。5分 後ミニグ代表が公邸から出た時点で、ビンセン ト・カナダ大使、レカーロス外務省二国間政策 局長が、使命は終了したとの声明を発表

19:20 (21日09:20) 韓国、エジプト、伯大使を含む人質39名が解放 。ミニグ赤十字国際委員会代表は右3大使、トレド氏、カンセコ議員とともにMRTAの声明読み上げ

 1. 今回の行動は服役中の仲間のため

 2. 同志の解放以外に解決の道なし

 3. われわれはテロリストではない

 4. MRTAは対話の道を開いている

 5. 収監中の仲間と連絡が取れれば、相当数の人質を解放する

 6. 外交官を人質としたのは安全確保のため

21:00(21日11:00)14個の仮設トイレ設置

12月21日(土)

12:00(22日02:00)支援物資を搬入

13:00頃(22日03:00)パレルモ教育相、伯、韓国及びエジプト大使と会談。引き続きトレド元大統領候補及びカンセコ議員と会談

14:40(22日04:40)池田外相、伯、韓国及びエジプト大使と会談

15:40(22日05:40)池田大臣、トレド元大統領候補及びカンセコ議員と会談

16:00(22日06:00)公邸への水供給再開

18:00(22日07:00)支援物資搬入

19:00(22日09:00)青木大使、テレビ番組の無線交信に応え、ペルー政府とゲリラが交渉を再開するよう呼びかけた

22:45(22日12:45)フジモリ大統領TVを通じ国民向けメッセージ発表(事件発生後、大統領による初の公的メッセージ。MRTAの釈放要求は拒否しつつも、人質全員を解放すれば、政府は武力行使は行わない、との内容。)

22:55(22日12:55)池田外相、フジモリ大統領と第2回会談

12月22日(日)

02:00頃(22日16:00)橋本総理、フジモリ大統領のTVメッセージにおいて表明された提案を支持する旨発表

09:20(22日23:20)池田外相、ペルー出発

14:00(23日04:00)支援物資搬入

20:50(23日10:50)パレルモ教育相、ヴォト・ベルナレス外務次官大使公邸に到着

21:40(23日11:40)フエンテス元労相ら4名が公邸から出て来て、MRTAの声明読み上げ。人質225人を解放

 1. 21日の大統領のメッセージは「降伏」を求めるもので、受け入れられない

 2. 政府と無関係の人質をクリスマスの祝意として解放する

 3. 政府関係者、日系企業代表等、アジア・ラ米外交官の残留

 4. 残る人質の解放は、MRTAメンバーの釈放が条件

21:55頃(23日11:55)人質解放開始

22:00頃(23日12:00)解放された人質のバスによる警察病院への移送開始

23:00頃(23日13:00)バスによる人質の移送終了(バスは全部で4台)

23:00(23日13:00)支援物資搬入

23:45(23日13:45)ミニグ赤十字国際委員会代表他が解放された人質の氏名を読み上げ

12月23日(月)

07:45(23日21:45)池田大臣帰国

09:10(23日23:10)池田大臣外務省にて記者会見

10:20(24日00:20)池田大臣・クリストファー国務長官と電話会談

14:00(24日04:00)支援物資搬入

21:50(24日11:50)橋本総理、フジモリ大統領と電話会談

12月24日(火)

12:00頃(25日02:00)食料(ケーキ等)供給

18:00(25日08:00)食料(ケーキ、日本食等の特別メニュー)供給

18:35(25日08:35)ウルグアイ大使解放(これより約2時間前にウルグアイで公判中のMRTAメンバー2名が釈放)

19:30頃(25日09:30)水の供給(5000リットル)

12月25日(水)

12:00頃(26日02:00)フジモリ大統領令嬢が公邸前に赴き、食料供給

17:02(26日07:02)平田在ペルー大使館書記官解放

12月26日(木)

01:00(26日15:00)アブドラ・マレーシア外相リマ到着

01:47(26日15:47)公邸付近において爆発音が発生

11:45(27日01:45)赤十字国際委員会が、爆発は動物によって引き起こされたもので、けが人ない模様と発表

13:45(27日03:45)マレーシア外相、フジモリ大統領と会談

14:25(27日04:25)グアテマラ大使解放

15:00(27日05:00)シプリアーニ大司教が公邸前で記者会見(自分は仲介役ではないことを説明)

17:00(27日07:00)公邸敷地外へのゴミの搬出

12月27日(金)

09:30(27日23:30)ペルー特別国会開会(冒頭ホイワイ議長、事件解決に向けた国民の団結を訴え)

12:25(28日02:25)フランス大統領府、G7/P8議長国声明発表リマ市内及び周辺部に非常事態宣言(大統領決定が官報に掲載と報道)

13:00(28日03:00)フジモリ大統領、閣議開催(〜23:30)

16:30(28日06:30)国会決議採択(フジモリ大統領への支持表明)

12月28日(土)

10:35頃(29日00:35)ミニグ赤十字代表、シプリアーニ大司教公邸に入る

12:00頃(29日02:00)パレルモ教育相、公邸近くの警察の臨時対策本部に到着

12:10頃(29日02:10)ミニグ代表、シプリアーニ大司教公邸を出、臨時対策本部でパレルモ教育相と合流

12:50頃(29日02:50)パレルモ教育相、ミニグ代表、シプリアーニ大司教と共に、本件発生後初めて公邸に入る(第一回直接交渉)

16:20頃(29日06:20)パレルモ教育相、シプリアーニ大司教と共に公邸を出る

16:55頃(29日06:55)3名の人質(ドミニカ(共)大使、マレーシア大使、輸出協会総裁)解放

17:00頃(29日07:00)輸出協会総裁、MRTA声明を読み上げる

 1. MRTAをテロリストとして評価するのは遺憾

 2. 公邸よりの撤退を対話を通じて解決する用意あり。そのためには同志囚人の家族の苦しみを理解することが重要。

 3. 対話の道を探求し続ける意志示すため、20名の人質を解放する。

17:20頃(29日07:20)17名の人質解放

17:30頃(29日07:30)パレルモ教育相、声明発表

 1. ペルー政府の対話の窓口として公邸を訪問

 2. シプリアーニ大司教の立ち会いの下、MRTAリーダーと非公式対話を行った。

 3. 20名の解放を獲得できた。

 4. 解決に向け前進が見られた。

12月29日(日)

14:00頃(30日04:00)5日ぶりに水の供給(8500リットル)

12月30日(月)

11:30 (31日01:30)国際赤十字が公邸内に入り、清掃開始

11:40(31日01:40)在ギリシャ・ペルー大使館爆破事件発生

14:55(31日04:55)国際赤十字職員、消毒機器を持って公邸内に入る

16:15(31日06:15)ミニグ国際赤十字代表、公邸内に入る

18:30(31日08:30)ミニグ国際赤十字代表、公邸を出る(その後2回公邸を出入り)

18:30(31日08:30)ペルー警察、明日午前10時から12時に報道関係者が15人のグループに分けて公邸正面前の撮影を許可する旨発言

21:20(31日09:20)ミニグ代表、公邸を離れる

12月31日(火)06:30頃(31日20:30)公邸への電気供給再開

08:45(31日22:45)公邸窓に「共同通信へ進入可MRTA謹賀新年」メッセージ出す

10:09(1日00:09)ミニグ赤十字代表、プレスが各社1名ずつ入るが本件には赤十字とは関与しない旨発表 10:15(1日00:15)プレス第1班9名、公邸正門前を撮影。順次第2、3班が取材この間、セルパが邸内よりMRTA声明をメガホンで発表

 1. 収監されている仲間の釈放を要求する

 2. 人質は尊重している

 3. われわれはテロリストではない

10:55(1日00:55)プレス第4班(約10名)として入った共同通信記者1名が「共同通信」と書いたプラカードを掲げ敷地内に入り建物玄関まで近づく。続いて、カメラマン等が建物玄関に押し寄せる

11:00頃寺田大使、フジモリ大統領と大統領官邸で会談(約40分、先方パレルモ教育相同席)

11:00(1日01:00)共同通信記者が公邸に入る

11:05(1日01:05)敷地内のカメラマン等が一列になり、一人ずつ建物内に入る(TBSを含む)

11:15(1日01:15)列に並んでいたカメラマン等入場終了

12:52(1日02:52)第4班公邸退出。警察による身分証明書チェック

13:10(1日03:10)ペルーで、邸内の撮影内容を放映(セルパ等のMRTAメンバーの立ち会いの下、トゥデラ外相、シウラ国会議員、青木大使、小林三井物産支店長の4名のインタビュー映像)

13:40(1日03:40)TBS、公邸内の取材結果を放映

16:53(1日06:53)ミニグ赤十字代表、公邸内に入る

17:00(1日07:00)2名解放(ホンジュラス大使、アルゼンティン総領事)

17:10(1日07:10)シプリアーニ大司教、公邸に入る

18:15(1日08:15)シプリアーニ大司教、公邸退出

18:45(1日08:45)ミニグ赤十字代表、公邸退出


今後97年1月以降分のクロノロジーも順次アップしてゆく予定です。(編)


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