ツパク・アマル革命運動

コミュニケ

No.1

No.2

No.3

No.4

No.5

No.6       

ペルー日本大使公邸にひるがえるMRTAの革命旗


 ここでは現在もペルーの日本大使公邸を占拠しているツパク・アマル革命運動(MRTA)が発表したコミュニケを収録した。原文はスペイン語だが、インターネット上のMRTA Solidarity Page(MRTAに連帯するページ)にアップされている英語に翻訳されたものを重訳して掲載した。

 翻訳作業は北のりゆき・死売狂生が行った。しかし英語に関しては素人であり、急ぎの仕事でもあったので思わぬ誤りがあるかもしれない。お気づきの点は連絡先まで知らせていただければ幸いである。なお、翻訳にあたり K.Yamasaki’s Home PageとMoMo’s Home Pageにアップされていた資料を参考にさせていただいた。


リマ 1996年12月17日 

コミュニケ  No. 1

 ツパク・アマル革命運動(MRTA)は、我らの愛するペルー人民に呼びかけ、本日宣言する。12月17日午後8時25分、我らの組織の特殊部隊 EDGAR SANCHEZ が日本大使公邸を軍事占領し、政財界や外交関係団体の人々を捕虜として捕捉した。

 我々はこの作戦に「沈黙を破ろう――人民は自由を欲する」というスローガンをもつ「c. OSCAR TORRES CONDESU」 という名称を与えた。この作戦は、MRTA司令官c. HEMIGIDO HUERTA LOAYZAの指揮下で行われている。

 我々は、ペルーの日本大使公邸の軍事占拠の瞬間から、あらゆる行動がそこで捕捉された人々を肉体的道徳的に保全するように取られてきたと宣言する。大多数のペルー人民に悲惨の増大と窮乏以外の何物ももたらすことのなかった経済政策だけでなく、フジモリ政権によるあらゆる人権侵害を支持しわが国の政治に干渉する日本政府に対する抗議を我々はこの軍事占拠により現実化したのである。

 我らはまた、我々の組織の数十名のメンバーとリーダーたちの生命を救うためにこの極端な手段を取ることを強制されたということをも我が人民に伝えたい。彼らは、人間以下の状態で肉体的、精神的な絶滅を目的とした刑務所組織のもとに苦しめられ投獄されている。彼らは、フジモリが「彼らは腐敗し、死んで出獄する以外にないだろう」と繰り返したその言葉通りのまさに「墓場の監獄」に投獄されているのだ。このフジモリの言葉は、我が民衆の幸福のための闘いに武器を取る社会的な戦士に対する不合理な怒りを明らかにしている。

 この意味で我々は、捕捉した人々の身体的に無傷な状態を尊重しているということを宣言し、そして政府が以下の要求に応じる場合にのみ彼らを解放するだろうと強く述べる。

 1. 政府は、大多数の幸福を目的とした正しいモデルに経済政策を変更すること。

 2. MRTAに属する全ての服役囚と我々の組織に属するということで告訴された全ての囚人がともに解放されること。

 3. 日本大使公邸に入ったコマンドとMRTAの全ての政治囚を中央ジャングルに移送すること。保障として、捕らえられた人々の何人かが選ばれ同行すること。我々がゲリラ支配地区に到着した時、解放されるであろう。

 4. 戦争税を支払うこと。

 MRTAは常に対話のための提案に回答するための組織を有している。しかし、これはただ政府から排撃され嘲笑されてきただけだった。今日、我々は対立状態にあり、捕捉されている人々の生命を危機にさらすようないかなる軍事的な選択もその責任は完全に政府にあり、同様に要求に応じない場合取るであろう我々のいかなる行動についてもその責任は政府にある事は明白である。

大衆とともに、武器を携えて、PATRIA O MUERTE VENCEREMOS!


1996年12月20日

コミニュケ No.2(要旨)

ペルーと国際社会の世論へ

一、MRTAは、日本大使公邸を占拠するとの極端な手段は、過酷な刑務所当局の取り扱いに苦しめられている仲間の命を救う必要からとったものであることを繰りかえす。

一、拘束している人々に対する我々の取り扱いぶりは、人間の尊厳を尊重するという、我々の組織がいつも守っている範囲の中に入るものである。

一、事態を政治的に交渉で解決することを促すため、我々は無条件に女性全員と、高齢のために健康状態が悪化した男性を解放した。これらにはフジモリ大統領自身の家族も含まれる。

一、電話、水道、電気を断つというのは、実際には必要な支援を与えられるべき人たち(人質)に対する抑圧措置である。

一、唯一可能な解決は我々の要求を聞き入れ、投獄されているメンバー全員の釈放をはじめることであることを確認する。

一、(政府が)そのような姿勢を示すことは、対話の道を通じて政治的暴力の問題を包括的に解決し、より恒久的な和平合意へと向かう第一歩となると考える。

一、我々はこの提案を、人質として拘束している人たち、特に外交団方々に伝えた。この人たちを通じて、総合的解決に到達するためのタイムテーブルを示してもよい。

一、政府が今取っている態度を続け、当局や一部報道機関が我々を「殺人者、テロリスト」と呼び続けることは、事態の解決に何も役立たない。

一、我々は、投獄されている仲間の健康状態を知るため、彼らと電話で話せるよう要求することを、赤十字国際委員会を通じて伝えた。

一、総合的な解決提案を強調するのと同様に、我々の要求が強固なものであることも確認する。強硬手段によって、拘束されている人々を身体的に危険にさらすことになれば、それは政府と「テロリストの脅し」に屈するなという人たちだけに責任がある。

司令官エミヒーリオ・ウエルタス


1996年12月28日

ツパク・アマル革命運動(MRTA)

コミニュケ No.3

1 日本大使公邸にいるツパク・アマル革命運動(MRTA)指導部は宣言する。

 A 我々は何人かの政治家やジャーナリストが、私たちにテロリストとか殺戮団などといったレッテルを貼っていることを残念に思う。それは完全に誤っている。それを支えるような事実はない。

 B 我々が再三批判してきた人民に被害を及ぼすような理性のない暴力行使をする「輝く道(センデロ・ルミノソ)」と我々が比較されつづけているが、それは受け入れることができない。

 C 我々の活動を通じ市民への配慮という厳密な枠組みを律してきた。確かに我々にはある種の人々に対する攻撃の行動に責任を持っており、それについては迅速な説明を行なってきた。治安部隊との公然たる戦闘において敵に死傷者を出したが、我々の側も同様である。

 D それゆえに、また我々がペルー人民に負っている重大な義務からしても、何者が非武装の市民に対する無差別テロを行い、一般市民に対する大量虐殺さえ実際的な責任が指摘され、考えられないような方法で繰り返しているのかを可能な方法で明確にすることを求める。

2 我々は公邸からの退去を対話の道によって解決する用意があることを繰り返す。このために重要なのは、なぜこうした極端な状況が生じたのかを分析し、刑務所の状況と投獄された同志たちの家族が何年にもわたって生きてきた悲劇を見つめることである。このことで我々の要求が留意されるべきであるのが理解されるだろうし、それによって全体的で永続的な平和の達成が長期的に可能になるだろうと考える。このことでは、我々は責任を持って参与するつもりである。

3 対話の道を模索しつづける意志の表明として、我々は20人の人質の解放を声明した。

                          敬具

 MRTA全国指導部を代表して

 ネストル・セルパ・カルトリーニ

リマ 1996年12月28日


1996年12月

ツパク・アマル革命運動(MRTA)

コミニュケ No.4

中部ジャングル地帯のいずこから 1996年12月

我らの人民とすべての国際世論に向けて MRTA全国指導部より

リマでの日本大使公邸の軍事占拠は、ペルーを世界の注目の的に変えた。そこでは不釣り合いな戦闘が戦われている。一方には、囚人となっている我ら兄弟の解放を勝ち得る決意を固めている"Edgar Sanchez(エドガル・サンチェス)"コマンドがおり、他方には、新自由主義モデルのむごたらしい適用によって無限の貧困に投げ込まれてきた何十万ものペルー人民の生命にほとんど関心を持たない政府がいる。エドガル・サンチェスコマンドは、断固として行動してきているが、同時に、政治的解決を見出すための柔軟性をも示している。

 MRTAの提案に直面したペルー政府は、尊大で日本大使公邸の人々の生命に関心を払っていない。捕虜の中には、政府、議会、司法、軍部、警察の構成員も含まれている。彼ら全員が現政権を無条件に支持していたが、彼らの奉仕に対して今日受け取っている報酬は、生命を危険にさらす軍事介入という脅迫なのである。

 MRTAは国内闘争においてもジュネーブ条約を尊重してきたし、これからも遵守するであろう。それゆえに公邸内にいる人々は、人間であり戦時捕虜であるという条件に適合した配慮をもって取り扱われている。彼らが受けている処遇は、ペルー政府が政治囚に与えているものと同じではない。政治囚たちはペルー各地の監獄で、緩慢な絶滅にさらされているのだ。この不合理な行動を正当化するため、政府は社会的な戦士たちにテロリストというレッテルを貼り付けている。そして、「議論としてテロルを利用するかぎり、平和を語るわけにはいかない」とか「暗殺犯やテロ犯の釈放は、ペルーの現下の法体系と国家安全保証という基準からして受け入れられない」などと公然と述べてきた。平和が社会的正義の結果であることをフジモリ氏は忘れている。また、今日のペルーではそうした正義が存在しておらず、それどころかあるのは現政権に対するどのような反対派をも粛清する方法として、国家が行ってきたテロルなのである。

 この四年間、政治囚の数は9000人以上も増大した。彼らはすべて破壊活動団体に所属したとして告発され、横縞の囚人服を着せられてメディアのまえに引き出され、「顔のない判事たち」の軍事法廷で即決裁判にかけられ、法的手続きについて少しの配慮もないままに、禁固25年、30年、無期といった刑を課せられた。これらの人々すべてが、屈辱をこうむり堕落した取り扱いを受けたあとで、監獄から無実を訴えざるをえなかった。このように、いまだに何千もの無実の人々が投獄されており、政府も彼らを釈放するために、釈放委員会をつくらなければならなかったほどだ。しかしながら、何千ものペルーの家族や家庭に与えたおびただしい被害は、まったく補償されていない。失踪、非合法の処刑、逮捕者の拷問死、いわゆる「破壊活動分子」の大量殺害は、国家と政府が実践してきたテロ政策の一部にほかならない。人々に無慈悲な打撃を加えペルー人民の大多数に飢えと悲惨をもたらしている経済政策のせいで民衆のあいだでテロルが語られなくなったとしてもである。

 他方では、殺人、レイプ、拷問、大量虐殺によって告発され有罪とされた軍や警察の将兵は、国民和解に貢献したという口実で政府から特赦を受けている。このように政府は自らの法律を犯し、さらに人権擁護に関する国際条約に違反している。

 こうしたことすべてのため、我々はあらゆる国の進歩的な女性と男性に、ペルー政府に対して政治的解決を要求しつづけるように訴える。そうした政治的解決は、政治犯たちとエドガル・サンチェスコマンドが捕捉した捕虜の解放をともなうだろう。今まで暴力的な結果が回避されてきているのは、この連帯の表明のおかげである。今度はペルー政府が語る番だ。

ツパク・アマル・・・ 彼は生きている・・・ そして勝利するだろう!!

ツパク・アマル革命運動全国指導部(MRTA)


1997年1月8日

ツパク・アマル革命運動(MRTA)

コミニュケ No.5

中部ジャングル地帯 1997年1月8日

MRTA全国指導部は:ジャーナリスト、ヒトミ・ツヨシと通訳ビクトル・ボルハの恣意的逮捕に抗議する

 我々はジャーナリスト、ヒトミ・ツヨシと通訳ビクトル・ボルハの恣意的な逮捕に抗議する。それは我らペルー人民の善意と開放性とに適合する方策ではないからである。MRTAはペルー人民の一部として、大衆、宗教、政治、労働組合団体に開かれている組織である。

 我々は国際報道機関に連帯を表明し、この種の恣意性が新しい社会では起こらないだろうことを断言する。そこでは真のペルーを形成しているすべての男女、農村地帯とジャングル地帯のコミュニティー、人民食堂、隣人委員会、組合全般の参加をえた市民社会が、議会を通じて祖国の将来を定めるものとなる。戦車や銃によってではない。それらを我々はトラクターと博物館の陳列品に変えるだろう。

 ジャーナリスト諸君! あなたは独裁政権の権威主義の顔を知りつつあり、ペルーでこれらの年月に人民が何を経験したのかさえ理解できるだろう。

 ペルーの兄弟姉妹よ、社会的正義、報道の自由、すべての政治囚の自由をともなう平和に向けて前進しよう。

ツパク・アマルとは自由のことだ!!

ツパク・アマル革命運動全国指導部


1997年1月

ツパク・アマル革命運動(MRTA)

コミニュケ No.6

1997年1月

すべてのジャーナリストに

 我々は対話のために開かれたゲリラです。私たちはつねに人民諸組織、市民社会のその他の部分、ジャーナリスト、さらには警官や兵士との対話にさえも自己を開いてきました。警官や兵士も人民の出身だし、貧しい給料を受けとつて腐敗した政府を護っているのです。その政府はますますおのれを富ませている一方で、人民を飢えに責めさいなんでいます。ジャーナリストたちと話をしたり、公邸内で何が起こっているか観察されることを我々は恐れてはいません。同様に我々は、ジャーナリストが政治囚の状況を知るために監獄に入る権利を得るよう要求します。

 ジャーナリストである友人のあなたは、まさに政府と同様に大使公邸からの女性、従業員、さらには大使を含む400以上の人々の解放が、Edgar Sanchez (エドガル・サンチェス)コマンドのメンバーによる一方的な決定の一部としてなされたことを知っています。それはリマの日本大使公邸占拠事件について軍事的ではない政治的な合意に到達するための、意志表明にほかなりません。それでもただ政府の一部による人道的なジェスチャーが待たれているような状況なのです。たとえば多くの監獄に囚われている女性たちが釈放されていません。我らペルー人民の姉妹、母、そして娘たちが、ペルーの多くの刑務所の拷問室で拷問され苦しめられ強姦されています。その結果、多くの病気に苦しんでいるのです。重病の男女でさえも解放されていません。それゆえに協定に合意するための話し合いが行われていないのです。

 エドガル・サンチェスコマンドは、汚い戦争、拷問、暗殺に関わっていないと思われる人々、ペルー人民に多くの死をもたらしている新自由主義政策の適用にかかわっていないと思われる人々を、軍事的ではない政治的な解決のためできるかぎりのことをするという約束をしただけで解放しました。彼らが良心にしたがって力のかぎりそうしてくれるだろうと確信しています。

いかなる時にもエドガル・サンチェスコマンドは、さらに50名を解放するなどとは述べていません。それはフジモリ氏と彼の情報機関の重ねた嘘です。嘘を基礎にして統治することに慣れているのです。あなたがた全てを牢獄に投げ込むことはできないので、明らかに彼はこの新しい嘘で国際報道機関が自主規制することを望んでいるのです。ペルーには70名のジャーナリストが投獄されています。22歳のジャーナリスト、メリサ・アルファロは、情報機関によって送り付けられた手紙爆弾で殺されました。彼女が勤めていた雑誌『カンビオ』はついには廃刊され、記者と従業員は投獄されています。もっとも何人かは国外へ脱出し、追放生活をおくっていますが。アヤクチョでは、一名のジャーナリストの失踪と『カレタスマガジン』と『ラ・レプブリカ』紙の二名の通信員の殺害に軍部が関わっていたことが証明されています。その他のリベラルな雑誌や新聞は経済的圧力で廃刊しなければなりませんでした。自由な報道に携わる男女に対するこうした抑圧は、生き残りの手段として自ら口封じをする政府御用ジャーナリズムだけを残らせています。 

                          敬具

イサーク・ベラスコ

 MRTA国際代表

ツパク・アマル...彼は生きている...そして勝利するだろう!!


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