はじめに

この記事は、データハウスから発行された「危ない28号 1」に掲載されたものです。 


怪放送をながそう

              北のりゆき

 復讐に防災スピーカーやテレビを使えば、巨大な成果をもぎとることができるでしょう。敵の悪口を大衆の皆さんに無差別に流しまくるのです。そんなことができるのかって? できるんですよ。実際やったヤツらもいます。

 1985年6月23日夜9時45分ごろ、東京都杉並区に104基設置された防災行政無線スピーカーが突然鳴りだし、東京都議選に立候補を予定している現職区議会議員を攻撃する放送が流れだしました。25分間にも渡りボリュームいっぱいの音量で区内全域に響き渡ったため、多くの区民が街頭に飛び出すなど大騒ぎになりました。

 怪放送の内容はというと、なかなか無茶なもので「杉並区の皆さん。人殺しを賛美する×××××(立候補予定者の実名)が、私たち区民をたぶらかして都議会議員に成り上がろうというたくらみをもう絶対に許しておけません……(略)。都議選に立候補している×××××はひどい男です。人殺しをほめたたえ……(略)。×××××は人殺しーぃっ。×××××は人殺しーぃっ。×××××は人殺しーいぃっ。」というシロモノです。実は筆者もその場にいたのですが、夜の夜中にアタマから突き抜けるような女の声でこんなことを繰り返して叫ぶもので、パジャマ姿の区民が「なんだ、なんだ」と外へ飛び出して大変な騒ぎでした。杉並区の人口は50万人ほどなのですが、ほぼ全員がこの怪放送を聞いたでしょう。たいした危険もなくこれだけのことができるのですから、なかなかコストパフォーマンスの高い嫌がらせじゃないでしょうか。

 この立候補予定者は中核派の支援を受けており、宿敵革マル派がこの怪放送を流したといわれています。ポスター破りや顔抜きの選挙妨害や、立候補予定者が行っている産直野菜販売組織の車が4台も川に突き落とされたり、宣伝カーなどが盗まれて高速道路に持ち出され8台も焼かれ大渋滞になったりと、創意工夫あふれる(?)妨害工作が続いていたのです。中核派もパトロール隊を繰り出して、ポスター破りの革マル派を補足、区内数か所で鉄パイプを使用した乱闘が繰り広げられました。

 防災無線をジャックするのは意外と簡単です。ここでは杉並区の防災無線を例にしますが、どこでもシステムに大きな相違はないと思います。学校や公園などに取り付けたスピーカーにはそれぞれ電源がついており、区役所からの無線を拡大してながす仕組みになっています。スピーカーからながれる音声は、半径250から300メートルの範囲で聞き取ることができ、当時の杉並区の場合は104基で災害時の避難指示や注意事項などを住民のほぼ全員に伝えることができるようになっていました。つまり防災無線をジャックしちまえば、強制的に区民全員に言いたいことを聞かせることができるわけです。

 放送を開始するには、まず特定周波数の放送開始信号を発信しスピーカーの回路を開いてそれぞれのスピーカーが区役所の基地局からの無線を受信するというシステムになっています。第三者がこの放送開始信号を知っていて信号と放送を流せば、回路が開き防災無線をジャックできるわけです。ですから問題はこの放送開始信号です。革マル派の諸君は、時報用チャイムを流す際に発信した開始信号を傍受、解読したようです。故障をチェックするため役所は毎日時報用チャイムを流しますので、根気よく傍受していけば放送開始信号を解読できるんじゃないでしょうか。関係書籍を読んで最低限の知識を得ることは必要でしょう。もちろん良いツテがあれば、防災無線システムを受注した企業の社員か役人にカネでも掴ませて情報をゲットするのが手っ取り早いと思います。

 注意点としては、特定の場所に無線局を作って強力な電波を長時間流すと逆探知されてしまいます。無線車を作り、移動しながら電波を発信すればその点安全でしょう。しかし、最近では警察の車番自動読取装置(Nシステム)が随所に設置され、いちいち自動車のナンバープレートを読み取って記録していますので、その時その場所でウロウロしている車があったら一発でチェックされ足がつきます。ナンバープレートに細工するか、装置をコンパクトにして自転車かバイクを使うなどの工夫が必要です。最近のパトカーには『パットシステム』と呼ばれる端末が取り付けられており、走行中でもナンバーを入力すると盗難車のチェックができるようになっています。届出があってから数時間で割り出しが可能になるそうなので、自動車を盗んで使うのはやめておいた方がよいでしょう。

 もうひとつ根本的な問題は、電源を切られてしまったらもう放送を流すことができないという点です。杉並区の事件では25分で電源を切られ放送は終わってしまいました。災害が起こった際に大変なことになるので、防災無線の電源を切りっぱなしというわけにはいかないようですが、この攻撃は一度しか使えないと思った方がいいでしょう。4年後の1989年の都議選の際にも防災無線ジャックが行われました。役所も放送開始信号をデジタル化するなどの対策を取ったようですが、戸外で遊ぶ子供たちに帰宅時間を知らせる時報用チャイムを流す際に電波を割り込ませたようです。この方法ならばわざわざ開始信号を解読する必要もありません。「×××××(立候補予定者の実名)は人殺しで地上げ屋だ」という内容だったようですが、3分後には緊急停止装置で切られてしまいました。しかし「音楽はながれないので早く帰りましょう」などと子供に呼び掛けてから切れたそうなので、怪電波をながした方もすぐに切断されるのを予想していたようです。実際、この2度目の攻撃が地域に与えた衝撃は、最初とは比べものにならないほど小さなものでした。

 最も影響力の大きなメディアは、やはりテレビでしょう。このテレビ電波をジャックすれば、面白いことができそうです。実はこれは防災無線ジャックなどよりも簡単にできるのです。

 1978年1月。NHKが昼のニュースを放送中、約10分間にわたりニュースとは関係ない『権力犯罪を告発する国際連帯人民委員会』を名乗る女性のアジ演説がながれるという事件が起きました。新宿、中野、杉並、練馬と半径10キロにも及ぶ広い地域で、最初に革命歌が流れ「水本という人が警察に殺され江戸川に浮いていた」とか「警察権力が様々な陰謀をくわだてている」などといった放送が流されたのです。放送の内容は大部分が革マル派活動家が水死体で見つかり、これを警察の謀殺によるものだとする「水本事件」に関するもの。このことから公安はこの電波ジャック事件を革マル派の仕業だと断定しました。

 テレビというものは人が見ていてくれなければ意味がなく、無理にでも聞かせることができる防災放送とは違います。社会的に大きな影響を与えるには工夫が必要です。視聴率の高い番組をジャックするのはもちろんですが、この事件では反響効果を大きくするためのグループを西新宿の飲食店に派遣し、わざわざテレビをつけさせてテレビジャックが始まると「新聞社とテレビ局に知らせろ」などと騒ぎ立てるというワザを使っています。確認されているだけで7グループいたとか。この反響グループも共犯になるので、実行の際は慎重に行動する必要があります。

 テレビ局の周波数は公開されており、この時ジャックされたNHK総合の周波数は、映像91.5メガヘルツ、音声95.75メガヘルツ、出力12.5キロワットでした。周波数を同じにして、出力をNHKよりも強くすればジャックできるわけです。ただし市販の無線機だけでは95.75メガヘルツの音声電波を発信するのはむずかしく、改造する必要があります。

 秋葉原あたりでFMトランスミッターというワイヤレスマイクを大きくしたような送信機を手に入れれば、簡単に海賊放送局を開くことができます。ただし、これでは出力が小さすぎるのである程度広範囲に電波を流すにはパワーアップのためブースターを取り付けたり専用のアンテナが必要となります。この周波数は技術的にそれほどむずかしくなく、高周波ディバイスも簡単に手に入りますので、いっぱしのアマチュア無線家であればさらに強力な送信機の完全自作も可能なはずです。ちょっとした高校ならアマチュア無線のクラブもあるので、そういった連中ならカネを出してやれば喜んで作ってくれるはずです。ある程度の無線知識がいるとはいえ、放送開始信号を解読する必要がある防災無線ジャックに比べれば楽なはずです。

 音声だけではつまらないという人は、映像も同時にジャックしたらどうでしょうか。87年には、NHKの大河歴史ドラマ『独眼竜政宗』がジャックされ、都議補欠選挙に立候補した中核派系候補を攻撃する放送が流れだしました。「緊急放送を始めます」というアナウンスから始まり「中核派は人殺し」だとか「杉並から追放しよう」などという女の声が流れ、同時に画面には炎上する自動車や候補のポスターが映しだされました。この放送は埼玉の一部にまで流れたようで、前の『人民放送事件』に比べると明らかにジャック技術が向上しています。

 テレビやラジオの電波ジャックに関しては、警察だけでなく、電波監視車なども装備している専門の郵政省電波監理局も監視しています。自宅から電波を発信したり、調子に乗って何回も繰り返したりすると逆探知されてパクられる恐れがあります。自動車のナンバープレートを読み取るNシステムに注意しつつ、移動しながら電波を発信するのが一番安全でしょう。

 電波ジャックは、社会的影響が大きいわりに罪は威力業務妨害と電波法違反ぐらいで大したものではありません。でも名誉棄損や損害賠償などの民事でカネをとられたりしたらかないません。パクられないに越したことはないでしょう。

 まず、このように公共のものをジャックすると公安警察がでてくることを意識しなければなりません。通常の犯罪捜査を行う刑事警察は、白紙の状態から証拠を集め聞き込みをし犯人に迫っていくという正攻法をとります。ところが公安警察は、犯人らしき者をピックアップし、その一人ひとりを徹底的にあらうという「見込み捜査」の方法をとります。たとえばあなたがだれかを攻撃する電波ジャックを行ったとします。するとまずその人物に恨みを持っている者をピックアップして、そのあと刑事警察ならば犯人と結びつく証拠集めを地道に行うところなのですが、公安警察は容疑者を徹底した監視下に置くという手法をとります。調子に乗ってもう一度電波ジャックをしたら、動かぬ証拠を握られることになるでしょう。ゴミあさりも公安の得意技です。あなたの出したゴミから『ラジオライフ』とか電器屋の領収書でもでてきたらかなりピンチです。あとは別件で逮捕して、自白させるという公安技法がでてくるわけです。こう書くと公安警察は大した組織に思えますが、少ない予算で着実な犯罪捜査を行う刑事警察に比べてカネとヒマがあり、違法スレスレの捜査もあえてするという、まぁ言ってしまえば汚い組織なのです。

 いくつか捕まらないためのポイントを述べておきます。一連の怪放送事件では今までひとりの逮捕者もでていません。注意を守って慎重に行動すれば、まず捕まることはないでしょう。

 1、行動を反復させないこと。

 一度うまくいったからといって、何回も繰り返すのは愚の骨頂です。当然ジャックされた側や警察、電波監理局もそれなりの対策を立てて現行犯逮捕しようとあなたが再び行動を起こすのを待っています。そこに飛び込んでいくのは逮捕されにいくようなものです。少なくとも数年間はあいだを開けるべきです。また、あまり長時間ジャックし続けないように気をつけるべきです。

 2、行動の数日前までに資料は始末しておくこと。

 電波ジャックの場合、物的証拠となるものはゴミの中か家宅捜索でもされなければでてきません。当然復讐放送の内容を分析され、自分も『容疑者』とされていることを踏まえて、行動の数日前までに資料は始末しておくべきです。家宅捜索は裁判所が発行する令状がないとできないので、まず家宅捜索の口実となる物証を残さない。万一家宅捜索されても決定的証拠を残さないようにするという2段構えが必要です。使用した改造無線機は、その日のうちに知人に預けるなどすればよいでしょう。

 3、絶対に自白をしないこと。

 万一別件逮捕されたり、任意で取り調べられたりしても1と2の注意を守っていれば決定的な証拠はでてこないはずです。目撃証言だけでは起訴はむずかしいものです。改造無線機が押さえられたとしても、言い逃れはできます。しかし、自白してしまったらもうどうにもなりません。警察はもっともらしく証拠を握っているようなことを言ってなんとかして喋らせようとするでしょうが、絶対に自白してはいけません。自白してたらそれを元に警察も証拠をそろえますし、おしまいです。たとえ自白したところで罪が軽くなるわけではないのです。必ず自分の行動に自信を持ってシラを切り通すことです。

 怪電波攻撃は、個人に対する復讐にも使えますが、社会に対する復讐に最大の効果を発揮するようです。防災放送を使って「この地域にエボラ出血熱が発生しました。すべての交通機関は遮断され、外出もできません。水道水は飲まないでください。自衛隊の防護班が到着するまですべての住民は自宅から動かないでください」とか、NHKの電波をジャックして「緊急放送をお送りします。クリントン大統領は中ロ国境で核爆発が起きたことを明らかにし、国家安全保障会議をエアフォースワンに招集しました。未確認情報ですが、ソウルにも核爆発が起きたとの報道もあり、現在韓国とのすべての通信が途絶しています」なーんてのを流したら、社会に対して腹を立てている人騒がせ君にはすんごく面白いんじゃないでしょうか。


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