北のりゆき

読書・ゲーム日記02

2005311

吾妻ひでお『失踪日記』を読む。

 吾妻ひでお先生は、すごい作家です。現在のオタク文化の源流を作り出した人といっても過言ではありません。20年ほど前、まだ「オタク」という言葉が生まれたか生まれなかったかくらいのころ、オタクの二大巨頭といえば吾妻ひでおと大友克洋でした。大友克洋がリアル・クール系の源流だとしたら、吾妻ひでおは美少女・不条理系の源流でしょう。

 たとえば、重要なオタク記号であるネコミミ。オレが知るかぎりでは、この元祖は吾妻ひでおが78年に少年チャンピオンで連載した『シャン・キャット』です。最近は、オタク記号をキャラクターコンテンツなんていって日経新聞や役所までが持ち上げています。その源流のひとつは吾妻ひでおにあるのです。

 たとえば、美少女同人誌。この第一号は、吾妻ひでおがアシスタントとともにコミケで発行した『シベール』です。週刊連載を持っていた売れっ子漫画家が、同人誌を引っさげてコミケに登場したのです。今ならよくあることかもしれませんが、当時としては考えられないことでした。この『シベール』をきっかけに、やおいとファンジンばかりだった同人誌界に、爆発的に男性向け同人誌が生まれたのです。当時のロリコンブームはたいしたものでした。ちょっと自慢ですが、シベールの2から7巻までオレ持っとります。今となっては文化財ですね。だれか1巻譲ってください。

 さて、当時描いていた作品もすごかった。『不条理日記』『どーでもいんなーすぺーす』『狂乱星雲記』『ひでお童話集』などなど。手塚治虫系の端正な線で、天才にしか描きようがない作品を次々に発表していました。当時学生だったオレは、「この世にこんなに面白いものがあるのか!」と感動し、何をカン違いしたかマンガを描いて出版社に持ち込むという挙に出ました。そこで編集者に「好きな漫画家は?」と問われ、「吾妻ひでお先生です」と胸を張って答えたら、「吾妻ひでおの悪い影響を受けている」と言われたのも、今となっては良い思い出です。

 吾妻ひでお作品のどこがそんなにすごいのか、具体的に答えるのは困難です。文章にして説明できるタイプのすごさではないんですね。独特の感覚。線。投げやりなようで計算された話の流れなど、水木しげる、つげ義春を美少女にした感じ? こればかりは「読んでくれ」としか言いようがありません。

 吾妻ひでおが断筆したのは89年のことでした。当時所属していた漫研で「吾妻ひでおが発狂した」という噂を聞いたのは、それからしばらくしてからです。そんなわけあるか! と当時は思っていましたが、天才というのは一歩間違えると耳をちょん切ったり、自殺したりと破綻をきたしてしまうようです。この『失踪日記』でもしょっぱなから自殺未遂が描かれています。自殺未遂と書くと、くらーい感じがしますが、この本に限ってはそんなことはありません。第三者的視点で悲惨で暗いことを明るく面白く描いています。これは、やはり才能でしょう。

 『失踪日記』の作画は、最盛時のクオリティにせまる勢いです。超えているかもしれません。コマとコマのつながりを重視した絵ではなく、どれか一コマだけ取り出して100倍に拡大しても、ポスターとして十分に見ることができるという完成された絵柄です。現在のオタク系作画は、大多数のアニメ絵と少数のマンガ絵に分けられると思います。どちらが描くのが難しいかと問われれば、おそらくマンガ絵でしょう。アニメ絵は、才能がなくても手から血が出るほど練習すればなんとか見ることのできる絵にできそうですが、マンガ絵は才能がないと描けませんから。『失踪日記』の作画は、マンガ絵の到達点のひとつでありましょう。

 『失踪日記』は、おおむね四部構成になっています。最初は自殺に失敗し、そのままホームレスになってしまう『夜を歩く』です。第一話だけ他の本で発表された作品が収録されています。以前第一話を読んだときは、家出して数日程度放浪した程度だと思ったのですが、とんでもない。ゴミ箱をあさったり、雪が降っているのに屋外で寝て凍死寸前になったり、本物のホームレスです。警察に捕まり家族の元に帰されるところで終わります。警察に捕まったときは「コジキか」といじめられたのに、漫画家と知れると刑事にサインをねだられるなど、なんというか微笑ましい?です。第二部は労務者編です。再び家出をしてホームレスになり、手配師に引っかかってそのままガス工事の労務者になります。失礼ながら社会の底辺にいる変人のみなさんが登場します。第三部は、それまでの漫画家生活の回顧です。短いですが漫画家のハードな生活の一端を知ることができます。

 実はオレもエロマンガを商業誌に100ページほど描き、半年ほど漫画家のアシスタントをやったことがあります。そこで得た教訓は、漫画家なんぞやるもんじゃないということでした。週刊連載の漫画家の生活といったら…。月曜の昼ごろ呼び出されて、火、水、木、金、土曜の朝5時まで、実質5日で睡眠時間が合計で8時間。1日じゃないよ。5日間の睡眠時間の合計が8時間だよ。食事の際も机を離れることができず、コンビニおにぎりをマンガ描きながら食う。睡眠も机の下で1時間か2時間ゴロ寝です。あの時は、殺されるかと思いました。そこまで極端ではなくても、3日完徹くらいは当たり前です。そんな生活を1年もしていたら、精神状態がおかしくなる人も出てきます。オレの前にいたアシスタントの女性は、気が変になってしまって精神病院に入ってしまったそうだし、副チーフはアル中気味で酒飲むとき手がブルブル震えていました。同僚の女の子は、妊娠したわけでもないのに生理が止まってしまってドクターストップ。退職しました。それなのにセンセーはなかなか辞めさせてくれなかったとか。オレは才能がなかったおかげですんなり辞めることができましたが、辞めると切りだしたときはちょっとセンセー怒りぎみでした。でも、この労働量で月給が手取り12万じゃあ…。

 アシスタントですらこれですから、漫画家の先生のハードさはちょっと考えられません。まして長編ではなく、一作ごとにアイディアをひねり出さなければならないギャグや短編の漫画家の苦労は筆舌に尽くしがたいものがあるでしょう。吾妻ひでお先生が脆弱なのではなく、アル中になったり、気が変になったり、行方不明になったり、早死にしたり、自殺したりは漫画家の職業病に思えます。

 『失踪日記』は、ホームレス編もすごいが、最後のアルコール中毒・強制入院編が本書の目玉に思えます。とうとうアルコール中毒になってしまった吾妻先生を襲う幻覚と幻聴。実はオレも幻覚と幻聴に襲われたことがあります。オレの場合は、アルコールではなくてクスリのバットトリップでした。アレは怖いです。我が人生で最もおっかない体験でした。その恐ろしい幻覚を、丸っこい端正な絵で、第三者的視点で描き、“笑える”作品に昇華しているのがすごい。バットになった時のおぞけ立つような不安感をみごとに描いています。絵ばかりでなくネームもすごい。初めて幻覚に襲われた場面のネームです。植え込みの向こうから幻覚がじっと見ています。


 ひー

 恐ろしいから
 そうだ酒
 日本酒なら飲めるかも

 そうだ
 酒飲もう
 そうしよう

 恐ろしい
 恐ろしいからね

 気が
 狂いそう 

 気が狂う
 気が狂う
 気が

 気
 狂う
 狂う
 狂う

 気が狂うという
 自分の声が
 頭の中に
 ひびいて

 それが
 とっても
 気持ち悪くて

 なんか気持ちが
 悪くて
 気が狂いそう

 死のう

 奥さんがカネをくれなくなったらしく、ペットボトルに入れていた100円貯金を盗んで公園で飲み、ベンチで寝ているところをオヤジ狩りの襲撃にあい袋叩きにされ、とうとう家族に取り押さえられ精神病院に強制入院させられてしまいます。そして精神病院の様子や患者の人間模様、アルコール中毒者の互助組織などの話が続きます。『失踪日記』は、精神病院編の途中で終わっています。現在続きを描かれているそうで、楽しみです。

 実はこの作品、1話以外は商業誌に描かれたものではありません。それどころか出版されるめどもなく描かれたものです。吾妻ひでおファンが集まって作っているメーリングリストに、せっかく描かれたのに出版の予定がない原稿があると話題になり、みんなでおカネを出し合って同人出版でもなんとかならないかなどと相談していたのです。それを目の利く編集さんが聞きつけて出版にこぎつけてくれました。

 発行されてすぐにアマゾンに注文したんだけど、初版は発売と同時に売り切れ。あわててでかい本屋を何店も回ったけど、どこも売り切れ。ようやく新宿紀伊国屋で最後の一冊を買うことができました。売れているようで、良かった!

 今回はちょっと熱くなってしまいました。『失踪日記』は傑作です。一人でも多くの人にぜひ読んでいただきたい。

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 吾妻ひでお 著作リスト

  http://www.rinc.or.jp/~kurata/ajimalst.html

 あじましでお追跡委員会 メーリングリスト

  http://www.h2.dion.ne.jp/~ajimania/pagina/sgchp6/astiml.htm

  失踪日記 アマゾンで買えます。

 アズマニア (2)ハヤカワ文庫 JA (550)  代表作『不条理日記』収録。

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2005318

18禁ゲーム『家族計画 ~追憶~』が発売される。

 18禁ゲームとひとことでいっても、いろいろ種類があります。パソコン紙芝居とでもいうべきノベルゲームとか、将棋を変形したやつとか、ウォーゲームを変形したやつとか、パラメーターをいじって調教していくやつとか…etc

 この『家族計画』は、18禁ノベルゲームの最高傑作ともいわれています。同様に傑作といわれるノベルゲームには『Kanon』と『君が望む永遠』があります。人それぞれ好みもありますが、この3作をプレイすれば、どれかひとつは腑に落ちるものがあるでしょう。しかし、この中であえて1作をと問われれば、オレは『家族計画』をあげます。

 『Kanon』も『君が望む永遠』もたしかに面白い。しかし、これは深刻な問題を解決する面白さとでもいいましょうか、プレイして鬱になる面があります。これに対し『家族計画』は「楽しい」のです。『家族計画』のストーリーに深刻な問題が出てこないというわけではありません。むしろ十二分に深刻な話なのです。それを楽しく、面白く読ませてしまいます。脚本の腕でしょう。

 ストーリーは、底辺にいる人たちが寄り集まって擬似家族を作っていくというものです。こう書くとえらく陳腐な話のようですが、ひとひねりもふたひねりもしており、楽しめます。社会性のあるゲームでもあります。二極化問題や外国人差別、児童虐待など重いテーマを描いているのに暖かくなる面白さです。

 注目すべきはキャラクターです。会社倒産・家庭崩壊の衝撃でちょっと躁的に頭がおかしくなってしまった「お父さん」。結婚詐欺にあい自殺未遂をくり返す、ほんわか「お母さん」。政略結婚いやで家出した麻薬の禁断症状がでてしまっている攻撃的な絵描きお姉さま「長女」。唯一まともな主人公。でも、「家族」に対してトラウマあり。カネのためならなんでもする売春歴あり麻薬の売人もやってる無口キャラ「次女」。密航してきた能天気チャイナ娘「三女」。こいつがチャイナマフィアの麻薬を持ち逃げしたために、主人公は命を狙われます。他人の役に立つことで愛されようとする児童虐待の過去がある元ホームレスの「四女」。

 このゲームでは、お母さんと長女、次女、三女、四女の5人を攻略できます()。同時に一人ずつしか攻略できませんので、5通りの話があることになります。こういう事情のあるキャラたちですから、お話の方も一筋縄ではいきません。家に火をつけられたり、信頼していた人に裏切られたり…。これを笑いのめして読ませるのだから、まったくたいしたものです。

 元ホームレスの「四女」キャラに特に注目です。このキャラ『茉莉』は、エロゲ最強のロリキャラじゃないかと思います。どうでもいいことだけど、森鴎外の娘が『茉莉』で、マリーと読ませます。でも、このキャラはマツリです。ちなみに茉莉花茶は、ジャスミン茶。

 ロリゲーだったらいくらでもあり、ロリキャラもいくらでもいるのですが、みんなどこか作り物です。血肉を感じる、存在感のある、いかにもいそうなロリキャラといったら茉莉ぐらいしか思いつきません。カンのいい人にはホームレス少女というだけでピンとくるでしょう。茉莉は『フルーツバスケット』の透のパクリです。ところがそう思わせておいて実は正反対のキャラなんですね。アニメ『フルーツバスケット』の透くんといえば、無償の愛の人。ほとんど観音様かマリア様です。ところが茉莉たんは、愛されたいために倒れるまで必死になって働くという健気キャラなのです。それだけでもオタでロリな保護欲をくすぐって、もうたまりません。

 『家族計画』は、2001年に発売されました。この年はエロゲーの当たり年で、ほぼ同時期に超名作『君が望む永遠』も発売されています。ところが、我が『家族計画』には声が入っていませんでした。それで人気の面で『君が望む永遠』に一歩ゆずっていました。ところが1年後に音声と立ち絵の追加入りの完全版が発売されたのです。しかし、これが高価いぃぃ。定価9800円で限定1万本。すぐに売り切れてしまい、中古エロゲー屋で2万近い値が付いたこともありました。それがようやく廉価版として再販されるのです。

 共通ルートが長くて繰り返しプレイが少しつらいのと、今回加えられた立ち絵がちょっと下手なのでマイナス2点の98。追加された声はキャラに非常に合っていて、子犬っぽい茉莉やいばったお姉さま声の青葉など特にいい感じです。I'VEKOTOKOが歌ったオープニングの曲も秀逸。おすすめです。 

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 家族計画 ~追憶~ 20058月現在売り切れ。

 家族計画 アマゾンで買えます。音声なしの通常版。

 家族計画~心の絆~ プレステ2用のエロなし版です。

 

 リンク家族計画絆箱(限定版)紹介ページ ~追憶~と内容は同じです。

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