Shangri-La
特別編VOL-02
セーラー服の暗殺者(EP-02)
2009/02/22 UP




  小柄な女の身体から伸びる二本の刃物は思ったより攻撃範囲が広く

 こんなに離れているのに命中してくる。

 「やばい……」

 このままでは確実に殺される。

 人気のない広場

 誰かに助けを求め、警察を呼んでもらわなくちゃ

 でも誰もいない

 「あっ!」

 見るとそこに散歩の途中の老人が、電動車椅子に乗ってこちらへ向かってくる    

 この際だ

 この老人でも良いや                                               ↑電動車いす こんなやつね

 僕はこの時、よしんば最悪なときはこの老人を盾にするつもりだった

 「少年っ!」

 老人は僕の目を見つめながら手を差し伸べた。

 「はっ……はい?」

 「死にたくなければ、乗りなさいっ!!」

 「えっ?」

 これにのって助かるのか?

 歩く速度より遅いんじゃないか?

 「心配しなさんな」

 老人はそう言うと、足元のレバーを引いた

 「ええっ?!」

 なんと、とてつもない速度で電動車椅子が走り始めるではないか!

 「落ちなさんなよ!」

 「はっ…はい!」

 僕の声は裏返っていた。

 何とか逃げ延びたが、まだ体の震えが止まらない。

 「はあ……」

 ため息を漏らし

 不安にかられた僕は後ろを振り返った

 すると、あの女がまだ追いかけて来ていた

 「おっ!追いつかれるっ!」

 ものすごい速さで走ってくる恐ろしい女は

 ジャンプして電動車椅子に飛び乗ってきた。

 女は刃物を思い切り振り下ろす

 僕は必死でよけたが肩に突き刺さった

 「あうっ!!!」

 「少年!しっかりつかまれ!」

 老人は急ハンドルを切り、路地を右折した

 速度と遠心力により車体が傾き吹き飛ばされそうである。

 そして、コンクリートの壁に車体が激突した

 一番外側にいた女の体がコンクリートの壁にこすり付けられる

 おろし金にかけられた様になった女は耐え切れず振り落とされた。

 「このまま逃げ切るぞ」

 何者なんだこの老人は?

 もう一度振り返りあの女がどうなったのか確認した

 立ち上がった様にも見えたが、暗闇に飲み込まれるほうが早かった。

 「助かったのか……」
 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 


  複数のパトカーと大勢の警察官

 これだけの規模になると、おそらくは殺人事件である。

 「白鳥課長!これを」

 「これは?」

 女課長の白鳥はスポーツタオルを手にする。

 「片桐、これを鑑識にまわせ」

 「はい」

 片桐はスポーツタオルをビニール袋に入れて鑑識に回すためにその場を後にした。

 「解せんな……」

 「田中、お前はどう思う?」

 「は?」

 「先々月の鳳組の殺人事件といい、今回の事件と言い」

 「鳳組の事件はただの内部抗争では?」

 「田中、考えてみろ。ヤクザならどうして拳銃を使用しなかった?」

 「持ってなかったんでしょう?」

 「今回、高校生がどうして?……」

 死体が運ばれていく様を白鳥は、ふに落ちない顔つきで見つめている。

 「課長、ヤクザの内部抗争と女子高校生の殺人事件では何のつながりも無いでしょう?」

 「お前の目は節穴か?」

 「ええっ?!」

 「被害者の共通点は目、耳、口から血を吐いて死んでいたと言う所だ」

 「た、確かに……」

 「あの事件では被害者の大沢は脳に損傷を受けていた」

 「脳みそが無くなっていた、あの怪奇現象ですか?」

 「そうだ」

 「外傷が無いのに一体どうやって脳みそをかき出す事ができたんでしょう?」

 「専門家の話では口からストローのような管を入れて吸い出したとしか考えられないと言っていたわ」

 「何のために、そんな手の込んだことを?」

 「それが謎だ」

 「今回もその怪奇現象が?」

 「とにかく、死体解剖の結果待ちだな」

 「同一犯の可能性があると?」

 「行くぞ田中」

 二人は現場を立ち去ることにした。
 
 白鳥は、ひるがえる校舎を振り向きざまに眺め

 「課長?行きますよ」

 後ろ髪がひかれる様に何度も立ち止まった。

 
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 


  僕はあの後、意識を失ったらしく、気が付くとベッドに寝かされていた。

 ずいぶんと寝ていたのか?

 「こ、ここは?」

 「きがついた」

 見るとそこに人形を抱いた女性が座っていた。

 「きがついたかね?」

 あの老人が杖を突きながら部屋に入ってきた。

 僕は記憶が少し混乱して意識に集中できない。

 「ここは、我々の集会場じゃ」

 「集会場?」

 「と言っても、ただのマンションの一室じゃが」

 「もう!猫はだめって言ってるでしょ!私猫アレルギーなのよ」 ドアの向こうで声がする

 「知るかよそんな事」

 玄関のほうが騒がしい

 「おっ?みんなが来たようじゃな?」

 「みんな?」

 「今日は『これからを考える』全体会議の日なんじゃ」

 「全体会議?」
 
 「少年は怪我をしているから、もう少し休むといい」

 「いや、もう大丈夫です」

 「おお、そうか、さすがにすごい回復力じゃ、若さゆえじゃのう」

 いったい何をしている連中なんだ?

 集会?あやしい宗教か?

 そこにはソファと机が配置してあり

 右から

 どう見てもヤクザな男が一人

 七三に髪を分けた眼鏡の中年男が一人

 さっきの人形を抱いている二十代中ごろの女性が一人

 水商売系の女の人が一人

 金髪の少年が一人

 猫が一匹……

 ……猫はさておき

 最後に助けてくれたあの老人

 「遅れてすみませんね」

 あ、もう一人来た

 黒いスーツ姿の男性

 「ハンターさん、今日は来れなかったのでは?」

 「ちょっと仕事が速く片付きましてね」

 「それは良かった」
 
 「あら?今日はニューフェイスさんがいらっしゃるのね?」

 そのハンターさんと呼ばれている男性は僕に近づいて

 「かわいいわね」

 正直言って、男性にかわいいと言われたことが無かった僕は驚いた。

 「中学生?」

 「は、はい」

 「うぶね」

 な、なんか変な気持ちだ

 「まだ、アウェイキンしてないわね?」

 「そうなのか?」

 「なんだって?」

 みんなが騒ぎ出した

 なにかいけない事なのか?

 アウェイク……目覚めるっていう単語だよな

 「ちゃんと起きてますけど」

 一瞬場が固まって

 「うまい!やられたがなほんまに!」 金髪の少年が言う。

 「わっははははははは!」
 
 そしてみんなが爆笑した

 笑える所なのか?

 「はあぁ……うぶな少年、名前は?」 笑いが収まらない途中でハンターさんは問いかけた。

 「西春拓巳」

 「たくちゃんね」

 やめてくれ『たくちゃん』は……と思ったが口に出来なかった。

 「拓ちゃん、タコ食べられる?」

 「はあ?」

 今度は何の話だ?タコだと?

 おかしな連中の集まりか?やっぱり宗教か何かだ

 展開があまりにおかし過ぎるだろ!

 「食べられますよ」

 「じゃあ、イカは?」

 え?何が言いたいんだ?イカは……

 「イカは……最近食べられないって言うか、吐き気が……」

 「そう」

 すると、ソファに腰掛けている彼等が

 「オレもイカが嫌いになってもうた。いかがわしいやろ?わっはははー!」

 金髪の少年が言う。自分で言って自分で受けている。

 「パツキンの彼は藤岡君ね関西出身のギターリストよ」 「よろしゅうな!」

 「わたし、たこ焼きがだめになったわ」

 水商売系の女の人が笑みを浮かべて言う。
 
 「色っぽい彼女はキャバクラクイーンの有希子、ユキちゃんよ。こう見えても18歳」 「はああい」

 「僕はですね、ナメクジが無性に飼いたくなりましてね。観察しているんですわ。ほおぉ」
 
 七三に分けた眼鏡の中年の男が言う。

 「この渋いおじ様は吉野先生。中学の教師よ」 

 「おたまじゃくしを見ると、愛しくならねえか?」

 見るからにヤクザの大男が言う。

 「おっかない彼は中西堅夫さん。ヤクザ屋さんよ」 「少年、よろしく頼むぜ」

 「……」 人形の頭をなでるあの女性はこの会話に入ろうともしない。

 「人形を抱いている彼女は岩井芳子さん。あまりしゃべらないのよ」

 じゃあ何でここに居るんだ?!

 「わしはナマコが好きじゃったが、もう今は駄目じゃな」

 老人が最後に言った。

 「ご隠居の熊田さんよ」 「一緒に世界平和を」

 世界平和??今そう言った?

 これ以上は耐え切れない!

 世界平和?この面子からして平和というより
 
 どちらかと言うと世界征服だろ?

 自己紹介もおかし過ぎるだろ!

 共通点の無い世代がこうも集まるはずが無い。

 無理やり、みつくろったイカタコ嫌い同好会か?

 こういった感情を僕は抑えつつ

 「で?この集まりは何ですか?」

 僕はもう勇気を振り絞って冷静に言ってやった。

 「実はね拓ちゃん、最近、通り魔が出没しているのよ」

 あの恐ろしい女か?

 「世界平和を望む我々はそれを排除せねばならないんじゃ」

 ご隠居の熊田さんが真顔で言う。

 「拓ちゃんは、その通り魔の犠牲になりかけたでしょ?」

 確かに、絶対殺されると言う瞬間を味わった。思い出すと今でも震えが止まらなくなる。

 「ハンターさんあの写真を」

 「そうね」

 ハンターさんは何やら写真を取り出した。

 「この女の子だった?」

 写真にはピンク色のセーラー服を着た少女が写っていた。

 「こ、これは……」

 可愛く、そして幼さの残る少女の顔は、寂しげな顔つきで、瞳は遠くを見ていた。

 「こんな可愛くなかった……もっと恐ろしい顔をしていました」

 「だまされないで拓ちゃん。この通り魔は犯罪を犯すとき顔色が変わるのよ」

 「その写真は、いわゆる、戦闘前ってやつね」 お水のユキちゃんが言った。

 「女は戦闘前と戦闘中では顔がちゃうねん。ユキちゃんもそうやろ?。わっはははは」

 馬鹿笑いをする藤岡君にムッとするユキちゃん。

 「でもどうして、あなた達が……警察に連絡すればいいじゃないか?」

 「拓ちゃんは、まだアウェイキンしてないから解らないのよ」

 またその単語か?

 「アウェイキンすれば、わたしたちが選ばれし存在だということが理解できるのよ」

 全員の視線が僕に集中した。

 いったいどういう事なんだ?

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  体操座りですすり泣く少女がいた。

 「わたしが……殺したの?……」

 河川敷の堤防で藤堂が一人

 全身を震わせながら

 「体がおかしくなっちゃった……」

 一連の出来事に戸惑わずには居られなかった。

 
  その頃、警視庁では

 「白鳥課長、鑑識からの連絡ですが」

 「結果が出たのか?」

 「例のスポーツタオルは同じクラスの藤堂めぐみのものと判明しました」

 「よし、では藤堂めぐみを容疑者丸一として捜査する。片桐は書類を作成しその許可を取れ」

 「はい!」

 「田中と私は容疑者を追う」

 「西村は被害者と容疑者の関係を同じクラスメイトから聞き込みをして」

 「了解!」

 「西村!どんな、ささいな事でもいいからメモっとくのよ」

 「任してください」

 警察の動きは慌しく、確実に進められていく。

 この調子では藤堂めぐみの逮捕状が出るのも時間の問題である。

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 「あっ……」 人形をなでる手が止まった岩井芳子はつぶやいた。

 「また、目覚めた」

 「何?」

 「場所はわかるのか?」

 「河川敷……」

 「熊田さん!行って」

 「よっしゃ」

 「アウェイキンしたという事は、おそらく警察も動いているわ」

 「警察が動く?」

 「堅夫ちゃん、あなたヤクザだから藤岡君と一緒に警察を陽動して」

 「ああ、陽動作戦ゼロワンだよな?」

 「そう、こないだの私のセミナー通りにやれば良いのよ」

 「ああ、まかせろ!」

 なんだか、岩井芳子さんの一言から急に緊迫感が張り詰めた。

 何が始まろうとしているのか?



つづく

 



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