Shangri-La
           特別編VOL-01
  暗殺者から暗殺者へ
           2008/11/26 UP



 「色んな人間を相手にしてきたが」

 「まさか、お前のような少女がイシュリッド・キラーだったとはな……」

 鋭い刃物がその男の喉元を捉えた瞬間だった。

 身動きが取れない状況と男の短く蒼い髪と額の間からにじみ出る汗は

 次に何が起きるのかを想像するには非常に簡単であり

 それ故に、その男は自分の最後を悟った。

 少女の鋭い刃が間髪いれずに蒼い髪の男の首筋を掻っ切る。

 「ごふっ!」 強靭な男も急所を狙われるとひとたまりも無い。

 暗殺者はターゲットをしとめる場合、出来る限り速やかに処理をしなければならない。

 力押しではなく、急所を狙う事でモラのような少女でもアサシネイトできるのだ。

 「やはり、俺には無理だったのか……」

 男は膝を折りながらゆっくりと倒れた。

 「無理……?」 その台詞はモラの耳にも届いたが、その意味までは

 この時点では理解できなかった。

 遠く遥かかなたを見つめていた男の視線と、体より抜け出すオーラ。

 遠くを見つめていた眼球の活気が消えて行き、肉体を超越した魂は天高く上って行く。

 「ん?」 ヤーンの剣は何かに気がついたのか?

 「この男……天には召されぬようだなも」

 人をあやめた魂は地獄に落ちるとでも言いたいのか?

 イシュリッドに寄生された者をターゲットに暗殺を繰り返し

 もう幾日が過ぎたのであろう。

 イシュリッドとは脳に寄生する生命体で、寄生された人間は凶暴化し、人を襲う。

 まだ年端も行かない少女モラは宿命とはいえ、人の命を屠って来た。

 しかし彼女はそれが当たり前の出来事で疑問など持たない。

 今回は、相手のアジトまで突き止めターゲットを始末した。

 風通しの悪い部屋には銃やナイフがきちんと並べて配置されており

 窓には活き活きとした植物と読みかけの本が数冊あるが、はみ出さないように積み上げられ

 洗面所のタオルは綺麗な物がかけられている。

 これがどういうことか?

 「今回の奴は同業者っぽいがや」 ヤーンの剣は空中に舞いながらモラに話しかけた。

 この知能を持ったヤーンの剣はモラの良きアドバイザーでもある。

 「おそらく、武器だけでなく弾の数まで数えてりゃす感じだて」

 今までも、確実な仕事をこなしてきた証かしだろう。

 何もかもが計算されていたこの部屋には無駄が無かった。

 「あ、この熊のぬいぐるみかわいい」 モラはベッドにおいてある熊のぬいぐるみを抱き寄せた。

 たった今、この場で暗殺の仕事を終えたばかりなのに、しかも相手の持ち物である

 熊のぬいぐるみを抱き寄せて「かわいい」と発言する。

 この部屋の主とは対照的なモラ。

 これでも暗殺者なのか?

 逆言えば、モラはこうだからアサシンが勤まると言う事なのだろうか?

 暗殺者の心理は理解しがたいと言われているので彼女の行動もよく理解できない。

 「あんまり、物色しやーすな」 ヤーンの剣も、やはり気になっているようだ。 

 「あ?」 モラは壁に突き刺してあるダガー(短剣)に興味を持った。

 「きれいなダガー……」

 壁にメモ書きとともに突き刺してあるダガーは、かなり力いっぱい突き刺したようで

 モラはそれを一生懸命に、かつ慎重に引き抜いた。

 メモ書きにはへたくそな字で『すまない・俺には出来ない』とだけ書き残されていた

 がしかしこの時、モラはこのメモ書きには気づいてはいなかった。

 「はっ!」 モラがそのダガーを抜いた瞬間

 モラの目の前が急に真っ白になった。

 「モラっ!どうしやーた!」 ヤーンは声をかける。

 モラは激しい耳鳴りに襲われ、三半規管が麻痺したようだ。

 そして後頭部に激痛が走った。

 「ああぁぁ……」 唇が半開きになり悲鳴が漏れる。

 瞳には活気が無い。いや目が見えていないようだ。

 真っ白な光の中、かすかに見える風景。

 このかすかに見える風景だけではここが何処なのかは解らなかった。

 そして、風景は見えて来たがまだ音がない。

 まるで無声映画のようである。

 まったく理解できないモラの耳に

 次の瞬間、急に音が飛び込んできた。

 耳鳴りの音がとてつも無い大きな音で頭が割れそうである。

 しかも、その苦痛がしばらく続き精神的にも限界値を超えていた。

 

  どれくらい時間が過ぎたのか?

 やっと潮が引くようにその耳鳴りと頭痛は遠ざかっていった。

 まばゆい光の中、見た事ない風景がだんだんと形どられて行く。

 「ここは?……」

 「ここは保健室だよ。大丈夫かいモラ?」 

 意識を取り戻すと、そこには龍児がいた。

 「龍児……どうしてここに……」

 「記憶が混乱しているようだね」 龍児は安心した顔つきで話し始めた。

 「睡眠不足からなる軽い貧血状態で急に倒れたんだよ」

 「えっ……」 モラはあんぐりとしている。

 「心配したぞモラ」

 強がっていたモラの緊張は糸が切れたようで、瞳がじんわり潤み始めた。

 「心配?……」

 その二文字は過去のモラにとって縁の無いものであった。

 暗殺者であるモラにとって、はっきり言って心配してくれるような仲間はいなかったのだ。

 『何時やられるか分からない暗殺者を心配する』なんて事自体が滑稽(コッケイ)である。

 「心配……してくれたの?」 シーツで顔を隠すモラの瞳から涙があふれた。

 「当たり前じゃないか」 龍児は怒り笑いしながら言った。

 涙顔を見せたくないモラはシーツの中から顔を出せずにいた。

 「なんだ?泣いてるのか?」 

 「泣いてなんかないもん」

 あまり味わった事のない感情にモラは戸惑いを隠せない。

 胸が締め付けられるような、胸が張り裂けそうな

 そんな複雑な心境だった

 涙は次々と溢れ、止まる事は無かった。



  夕方、下校の時間になり

 「モラ、大丈夫か?送っていくよ」 龍児が優しく声をかける。

 「あっ、いいよ」 モラは不器用であった。

 適当に送ってもらえば良いものを、自分の隠れ家のみすぼらしさが、ばれる事を恐れたようで

 断ってしまった。

 「遠慮すんなよ。病み上がりだろ?」 

 「いいってば」

 「じゃあ近くまで、いや、あの公園までなら良いだろ?」 今日は、やけに気が利く龍児。

 夕暮れ時、二人の影が伸びる。

 やや後ろを歩くモラ。

 「はっ」 モラが何かに気がついた。

 「ん?どうした?」 龍児が不思議そうな顔をして訊いた。

 龍児の影にモラの影がくっついていたのだ。

 「んんん……なんでもない……」 頬を赤らめうつむくモラ。

 「へんなやつ」 龍児は前を向きなおす。

 龍児に気づかれないように影を重ねるモラ。

 「えへへ」 照れ笑いをするモラ。

 「何だよ、変な奴だなぁ」 龍児もなんだかおかしくなって笑う。

 「いいの、えへっ」

 ちょっぴり照れながらのかわいい笑顔。

 以前のモラにはとても想像できない光景であった。

 生きて行くためには手段を選べない

 彼女の住んでいた世界は、それほど過酷な状況だったのだ。

 「はっ」 龍児が後ろを振り向いた。

 「えっ?」 モラはそれには気がつかなかった

 キラリと光る……
 
 キラリと光る刃が龍児の首に滑り込むのにモラは気がつかなかったのだ。

 ほんの一瞬だった

 一瞬の

 一瞬の出来事だった

 「いやぁぁぁ!」 モラは思わず悲鳴を上げた。

 「ああぁぁぁ」 悲鳴から泣き叫ぶ声へとつながる。

 ささやかな

 ささやかな一瞬も許されないのか?モラには?

 「ひっひっひっ」 龍児の首を掻っ捌いた男は笑いながら暗闇へと去っていく。

 必死で出血を止めようとするモラ。

 がしかし、急所を確実に切られている。

 この切り口からしてアサシネイトに間違いない。

 気づかれないように陰に潜みつつ足音を殺して背後からの一撃。

 かなり手練(てだれ)の暗殺者だ。

 「止まらない……止まらないよぉぉ!」 涙声で言葉になっていないモラ。

 止血できる状態ではなかった

 新鮮な血液は次々と勢い良く噴出してくる。

 「お願い……だから……」 顔中、血まみれになりながらも、なすすべが無い。

 やがて血圧低下とともに出血が収まる

 そして、ぐったりする龍児

 まるで空気の抜けた人形のようである。

 龍児の頭を抱きしめるモラ

 モラはうずくまり、肩をひくつかせながら号泣する。

 人の命を奪うことは出来ても、守ることさえ出来ないのか?と

 モラは心の中で何度も、何度も繰り返すのであった。

 

  その時、一人の女性が姿を現した。

 栗色の長髪で美しい顔をした女性で

 一本のダガーをとても大切そうに所持している。

 モラが引き抜いた美しいダガーだ。

 「……で、依頼を受けて頂けるでしょうか?」

 モラは何がなんだか分からない表情でその女性を、ただ見つめるだけであった。
 

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2008/12/02 UP

  抱きかかえていた龍児の体が徐々に消えて行く。

 「ま、まぼろし……」 気の抜けた表情のモラ。

 混乱する中、目の前に現れた一人の美しい女性が優しく、いや、悲しくさびしく話しかける。

 「決して贅沢ではなく、ささやかな暮らしでした」

 目元は涙の枯れ果てた事を意味するように色あせていて

 「愛する人を失うまでは……」

 唇は振るえ、力強く自分の意思を伝える事など、もう二度と出来ないくらいに乾ききっていた。

 「愛する人を……失う……」 モラはたった今見た幻を思い返した。

 驚くほど現実に近く、まだ感触さえ残っている。

 これが物理的な痛みではなく、心の痛みというものである。

 「くう…」 モラは左手で右手をつかみ右手で胸を押さえる。

 「暗殺者に、あのひとは殺されたのです」

 あのひと

 彼女は愛する人を『あのひと』と呼びその思い出を語り始めた。

 彼女が語る中、一瞬感情的になった時、モラの脳裏に『あのひと』の映像が飛び込んでくる。

 「わたしの誕生日に熊のぬいぐるみを用意してくれた優しいひと……」

 うれしそうに、待ちきれない表情で走って来るあのひと。

 「はっ!」 モラはベッドの上に転がっている熊のぬいぐるみに視線を合わせた。

 そして彼女の顔を見直すモラ。

 「待ち伏せされていたのよ」 彼女は低い声色に変わり

 瞳は絶望色に変色し、その輝きは失われつつあった。

 「突然、どこからとも無く襲い掛かってきた暗殺者」

 モラが見た幻と同じ光景である。モラの場合は龍児が襲われた。

 この美しい女性は自分の愛する人が暗殺された光景をモラに伝えるために

 あのひとを龍児に置き換えて、まぼろしを見せたと言う事だ。

 彼女の顔つきは徐々に厳しい表情に変って行く。

 「あのひとも、さぞ悔しかったでしょう。暗殺なんて最悪な死に方……」

 暗殺者を非難されてモラは少し落ち込んだ表情になる。

 「わたしは卑怯な暗殺者が許せないのです!」

 俗世間からすれば暗殺者という者は卑怯と見られても仕方が無い。

 モラはこの時また、自分の背負ったものに押しつぶされそうになった。

 涙が止め処も無く溢れて、どうしようも無くなったモラは床にしゃがみこむ。

 自分がしてきた事、もしそれを龍児にされたらと

 モラは龍児への想いに戸惑った。

 モラはふと気が付くと、美しいダガー(短剣)を両手で握り締めていた。

 許されるはずが無い愛と平和。

 それが暗殺業界の掟でもあった。

 しばらく放心状態だったモラの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 
 「どうした?モラ!しっかりしやーかて!」 ヤーンの剣の声がやっとモラの耳に届いた。

 「あっ!」 モラは涙目でキョトンとしている。

 「なにがあったんだ?」 ヤーンの剣は心配で仕方なかった。

 「モラ、いかなきゃ」 モラはダガーを大切にしまいこむと部屋を後にする。

 「行くって?どこへ?」 宙を舞いながらモラの後をつけるヤーンの剣。

 「モラが仇をとるんだ……」 

 何かをかたくなに決心したモラの瞳にはこの時点ではもう悲しみは残されていなかった。

 「モラ、待ちゃーかてこと」 わけが解らず、ただ付いて行くヤーンの剣。


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  自分の隠れ家に戻ったモラは床に座り込みダガー(短剣)を見つめている。

 ランタン(ランプ)の光がダガーに反射して、確かに美しい。

 モラはボーっと考え込んでいるのか?ただそのダガーの美しさに見とれているのか?

 「なるほどね。そのダガーで仇うちをねぇ」 ヤーンの剣は謎の多いダガーを前に考えている様子だ。
 
 「そのメッセージに感情移入しやーたか?」 テレパスで触れた特定の相手にメッセージを伝える

 と言う手段はモラの世界では極まれにあるとヤーンの剣は認識していたが

 まさかモラ自身がそれを体験するとは思っていなかった。

 「ようするに、その女性の依頼を受けて」

 「その暗殺者を探すつもりきゃあ?、おみゃあさま」 ヤーンの剣はモラの覚悟がいかほどか確認する。

 「探す必要はないわ」 モラはダガーを布で手入れをし始めた。

 「めぼしが付いとりゃすのかね?」

 モラは小さくうなずいた。

 「でもよう、本来の任務とは関係にゃあで、やばいに」

 「モラ、この依頼をやりとげないと」 モラは立ち上がり

 「次の自分に進めないもん」

 今回の依頼をやりとげる事で、何かを乗り越えようとするモラの決意は固く

 今の心境ではおそらく本来の任務もまともに遂行できないとモラは解っていたのだろう。

 「しょうがにゃあな」 ヤーンの剣は既にモラが覚悟を決めている事を確信した。


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  モラは出発の準備を整え終わり出かける直前に

 「そうだ。ダガーの事をネノにたずねてみよっと」

 指輪に呪文(コマンド・ワード)を唱えて一体の人形を呼び出す。

 魔法の力を機動力とするゴーレムを召喚した。

 「マスター・コマンドを」

 ショートヘヤーで美少女のそのゴーレムは人形のように無表情である。

 「ネノ、このダガーを調べてほしいの」 モラは謎の多いダガー(短剣)を手渡した。

 「了解。アイデンティファイを実行します」

 「なるほど。その手があったか」 ヤーンの剣は珍しく冴えるモラに感心する。

 このネノと言う名のゴーレムは思考が別世界とリンクしている。

 「コンタクト・アウタープレーンとはええ考えだがや」 

 表情のないネノの目が白目を向いた。

 しばらくこの状態が続き、ネノはどこかにアクセスしているようだ。

 そしてようやく

 「質問を……」 ネノが口を開いた。

 「ネノ、このダガーの持ち主は?」 モラがたずねた。

 「パウル・E・スミス」 ネノは答える。

 「その名前は……」 モラが考え込む前にヤーンの剣が口を開いた。

 「さっき始末した同業者だがや」 

 まあ、この答えは想定内であった。

 「その前の持ち主は?」 モラは再びたずねた。

 「リチャード・モーリス」

 「その前は?」

 「ウイリアム・バッカーノ」

 「その前は?」

 「ダイヤモンド・ドック」

 「その前は?」

 「ギランドゥ・M・テイラー」

 モラは驚きのあまり目が開いたままになった。

 「こっ!これは……」 膝から崩れるモラ。

 「どうしたモラ?何がわかったんだ?」 ヤーンの剣もあせった口調だ。

 「伝説の暗殺者たちの名前よ……」

 「なんだって!?」

 そう、出てくる名前は全て、アサシン業界ではもはや伝説となっている

 トップクラスのアサシンの名前だった。

 「伝説のアサシン達が使ってきたダガー……」 モラは震えが止まらなかった。

 「という事は、その伝説のアサシン達もメッセージの依頼をっ?!」

 そんな伝説の暗殺者と今ここで肩を並べるほどの依頼を受けた事に

 モラは動揺を隠せないでいた。

 ガクガクッと膝が震えて立ち上がれない。

 ガタガタ震えてしゃべる事も出来ない。

 「どうしやーた!?モラっ!」 ヤーンの剣はこんなモラを見た事がなかったのだ。

 強く握り締めたダガーを見つめなおすモラ。

 「と、とんでもにゅあダガーだがや」

 「暗殺者から暗殺者へ……」 モラの唇から小さな聞こえない声が漏れた。

 そのダガーはかなり昔から、暗殺者から暗殺者へと渡り歩いたということだ。

 そして今度は急にモラの髪の毛が逆立った。

 「ひぃぃっ!」 モラは呼吸を飲み込むような叫びをあげ

 「あの張り紙……」 

 ここで思い出したのは、この美しい短剣が突き立てられていた時のメモ書きであった。

 『すまない・俺には出来ない』 とへたくそな文字で書かれていた、あれだ。

 モラは短剣を思わず床に落とした。

 床に突き立つ短剣。

 「彼には出来なかったんだわ……」 

 「そう……恐怖のあまり……あきらめて壁に刺したのよ!」

 あきらめた……

 ではモラには出来るのだろうか?自問自答するモラ。

 伝説の暗殺者と肩を並べると言ったプレッシャーに潰されないだろうか?

 それとも、その仇をたおす事自体が出来ないかもしれないのでは?

 同業者だったあの男の張り紙の文字には余裕も力も見られない。

 むしろ恐怖の中で書いたような、そんな筆跡だった。

 悟ったのか?死ぬずいぶん前に書いたダイニングメッセージとも取れない事もない。

 「その仇は、それほどまでに強敵と言う事か?」 ヤーンの剣は落ち着きなく舞いながら言う。

 とその時、モラはじっとこちらを見ている視線に気がついた、と言うより目と目が合った。

 それは、なんとドアから首だけを出しているではないか!?

 この世のものとは思えないほど恐ろしい顔のそれはじっと今までの話を聞いていたのか?

 「モラ!危険なエネルギー体が進入してきたがや!」 ヤーンの剣にもそれが識別できた様だ。

 ドアをすり抜けてそれは進入してきた。

 モラは依頼主の彼女から聞いていた仇の姿を思い出していた。

 「こ、こいつが仇よっ!」 モラは手の震えを押さえながら二本の愛刀を抜いた。

 そして力強く二刀流の構えで、その仇をにらんだ。

 「間違いないわ」

 ステップしながら間合いを取るモラ。

 「こいつを許してはいけない!」 間を空けずに飛び掛るモラ。

 しかし体がいつもの様には動けていない。
 
 「こいつが依頼主の大切な人の命を奪ったのよっ!」

 連続でモラは攻撃を繰り返した。

 しかし、モラの攻撃をその仇は上手に交わす。

 「交わせると言うの!?」 モラは自分の放った攻撃がこんなに簡単に交わす相手を見た事がなかった。

 モラの攻撃を交わせると言う事はすなわち、それだけ素早い攻撃も繰り出せると言う事だ。
 
 相手の細長い腕が風を切りながらモラを狙う。

 鋭い攻撃だ。これでは、うかつには懐には入り込めない。

 一進一退を繰り返していたが徐々に押され始めたのはモラの方であった。

 モラの太ももにその仇の一撃が滑り込む。

 「ああぁ!」 モラは苦痛に悲鳴を上げる。

 モラはまだ一度も攻撃を相手に命中させていなかった事にジレンマを感じて、やや無謀な賭けに出た。

 相手の攻撃を受けつつも切り込む事を選択せざるを得なかったのだ。

 「あああぁ!」 またもやモラの左肩に相手の攻撃が命中し血がにじみ始める。

 モラの攻撃も相手に命中している。

 「命中した!」

 がしかしその仇は表情を一つ変えないではないか?

 「モラ!大丈夫か!」 ヤーンの剣は声をかけると同時にネノを見た。

 ネノは待機したままになっているのに驚いた。

 「ネノ!どうして防御システムを稼働していにゃあ!?」

 ゴーレムのネノは通常、召喚者であるモラの危険を察知すると防御システムが稼働して

 敵を排除しようとするはずなのだが

 無表情のネノは、ぴくりとも動かずに待機状態である。

 「モラ!コマンドだっ!ネノにコマンドをっ!」 ヤーンの剣は自らも参戦しながらモラに呼びかけた。

 ヤーンの剣がかろうじて敵の攻撃を受け流している状態で、モラはまともに攻撃できる状態ではなかった。

 「ネノ……モラをガードしてっ!」 モラは、か細い声でネノに命令した。

 ネノは瞬きをするが、一向に行動に移さない。

 「どうしやーた!ネノ!モラを守れっ!」 ヤーンの剣が叫ぶ。

 「ガード……?」 ネノはまた瞬きをしている。

 「早く敵を攻撃しやーてことっ!」 切羽詰ったヤーンの剣が珍しく怒った口調で言う。

 「攻撃対象……なし」 

 「なんだってー!?何言っとりゃあす!」 ヤーンの剣はネノが故障したとしか思えなかったが

 「いやっ!ちがうがや!」

 「ネノにはこの敵が見えていにゃーんだっ!」 と確信した。

 ネノには見えない、いや、認識できない敵とは……!?


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2008/12/06 UP


  「ん?扉が開いている?……」 黒装束に身を包まれた人影が部屋に霧のように侵入していく。

 男はやや腰をかがめながら部屋を見回し何かを探しているようだ。

 「熊のぬいぐるみ?」 男はぬいぐるみを手に取り調べはじめた。

 動作に無駄がない男の動きは足音一つたてやしない。

 また、物色のし方から見て間違いなくプロであろう。

 モラにこの部屋で抹殺された同業者パウルの仲間?もしくはパートナーか?

 「共通点は熊のぬいぐるみか……」 何も出てこなかったぬいぐるみを元に戻す。

 調査は続行され、男は何かの痕跡を目で追っているようだ。

 壁のキズをじっと見つめ、次に床のメモ紙を発見し手に取った。

 文章を読み眉間にしわをつくる。

 続いて血痕を発見。

 「先を越されたか?……」


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  モラとヤーンの剣は依頼主の仇である、恐ろしい顔の暗殺者と必死に戦っていた。

 モラの二刀流とヤーンの剣を合わせて三刀流の攻撃をここまで繰り出して

 無傷であった相手は居なかった。

 何度か命中しているはずだが、ビクともしていない。

 身長は約180cm、ひょろりとした細身で、なんと言っても腕が異様に長い。

 この二本の長い腕が先ほどよりモラの攻撃を交わしつつも逆にしつこく強襲してくるのだ。

 東洋系の鋭い目が死んだ魚のようで、どこに焦点が合っているのか解らない不気味さをかもし出している。

 紫色の薄い唇は半開きで耳までは無いがかなり横に長い。

 きっとこれらの特徴から非常に恐ろしい顔の暗殺者と表現されてしまうのであろう。

 ま、それはさて置き

 不意打ちを喰らわす事が出来なかった暗殺者にとって、長期戦は不利であり

 状況的に見てもモラの体力はそろそろ限界である。

 「モラ、このままでは、だちかん!」 ヤーンの剣も現状をよく理解している。

 「解った、ネノ撤収!」 そう命令するとモラとネノは窓から脱出することを決意した。

 脱出するには、ここらが潮時と言う事なのだ。

 アサシンにとって、最も得意な戦法は一撃離脱である。

 モラの繰り出すその一撃はおそらく一流の技に部類するであろう。

 そして当然、モラはいかなる場所からの脱出もまた一流なのだ。

 窓から脱出するモラは飛び出す前に振り向き敵をにらみ付ける。

 すると恐ろしい顔の暗殺者は

 「に・が・し・は・し・な・い……」 

 耳元で小声で喋り掛ける時のような

 圧縮機が放つエアーのような

 そんな声が耳に届いたモラは、背筋の凍りつく様な感覚をおぼえた。

 「モラ!早くしやーて!」 ヤーンの剣がはやし立てる。

 モラは悔しさに奥歯をかみ締めながら飛び降りた。

 怪我をしているモラは足を引きずりながら必死で走る。

 ネノが敵を認識できていない事が敗因なのか?

 息を切らすモラ

 「逃がしはしないって言った」 泣きそうな鼻の詰まった声でモラはヤーンの剣に言う。

 「え?何もお?」 ヤーンの剣は聞き取れなかったようで聞き返す。

 「あいつ、逃がしはしないって……」 

 「なんか、どえりゃあ、やばい事になって来たんじゃにゃあか?」 

 ヤーンの剣の警戒態勢は1レベルシフトしたようだが、モラには初めから予想していた様で

 固い決心はこんな事では揺るぎはしなかった。

 しかし、今のモラは明るくなりかかった東の空に寂しく浮かぶ月を見つめながら

 ただひたすらに疾走するしかなかった。

 「ちょっと待ってっ!」

 急にモラが立ち止まった。

 「何かふに落ちないの」 モラは月に話しかけている。

 「どうした?モラ?」 問いかけるヤーンの剣。

 「何かが……」

 「え?何?どうしやーた?」 わけが解らないヤーンの剣。

 モラは方向転換して歩き出した。

 「どこへ行く気だ?モラ」

 「確かめないと」

 「そっちは……」 やりにくそうに付いて行くヤーンの剣。


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  「確かめないと……」 モラの唇にその台詞はぶら下がっていた。

 そして、パウロの暗殺現場に足を運んでいた。

 「モラ、現場に戻るのは暗殺者としては御法度(ごはっと)じゃにゃーか?」

 ヤーンの剣は今まで、このような行動に出た事のないモラに不安を覚えずには居られない。

 「まだこの一件は終わってないわ」 厳しい顔つきのモラ。

 「同業者だで、こんな危険な条件は、そうは揃うものじゃない。やめやーかて」 

 「それは解ってる」

 「仲間が来たらどうしやーす」 

 「はっ!」 モラは息を呑んだ。

 「どうした!?」

 「誰か来た……」 モラの顔つきが、いっそう厳しくなった。

 「なに!?」 ヤーンの剣は身を潜めて辺りを警戒する。

 辺りからは音一つしない。

 「熊のぬいぐるみが動かされている……」

 「え!?」

 モラはじっと辺りを観察している。何かの痕跡を追っているようだ。

 「トラッキング……か?」

 「あの後、誰かがここへ来たと言う事か?」 

 ヤーンの剣は小声でモラに尋ねる。

 メモ紙がなくなっている事にモラは気づいた。

 「なくなってる」 モラがつぶやいた。

 「え?何だって?」

 「メモ紙がなくなってる」

 「ほ、ほんとだがや」 ヤーンの剣はこの時、モラの観察力に驚いた。

 正直言ってこの部屋で、ぬいぐるみを抱いてはしゃいでいたモラにあきれていたが

 どうして、どうして

 「本の向きが変わってる……」

 「ナイフが一本少なくなってる……」

 「花に水が与えられてる……」

 「なんと!?」 

 トラッキングの技を完璧に習得した者には、そこまでの軌跡が読み取る事が出来るのか?

 ヤーンの剣はモラを見直した。

 だが、モラは浮かない顔つきで何かつぶやいている。

 「なぜ?……なぜ花に水を……それも最後の一つには与えられていない……」

 軌跡が解ったモラにも花に水が与えられている事がどうしても理解できなかった。

 これには合点がいかず、ただ疑問詞だけが残る、何とも後味が悪い痕跡であろうか。

 「モラ!」 ヤーンの剣はモラに声をかける。

 「はっ!」 モラの懐にしまい込んである美しいダガー(短剣)が光を放っている。

 「ひいぃぃっ!」 モラの瞳の光が消え、体全体が痙攣を始めた。

 「モラっ!しっかりしろ!またダガーのテレパスかっ?!」

 ヤーンの剣は今までに無い不安を感じ次の瞬間、それは的中へと変った。

 床から徐々に姿を現す、あの恐ろしい顔の暗殺者が圧縮機でつぶす時の様な

 空気が漏れるような声で何か発言したが、ヤーンの剣には聞き取れない。

 「こいつ、何か言ってりゃあすぞ!モラ!」

 ヤーンの剣は問いかけるが、モラの思考と意識は既にここには無かった。

 「あなたは……」 そしてモラは壁のほうに向かって何かつぶやき始めた。

 「あなたは?だれ?」 何者かとコンタクトを取っているモラ。

 少ない時の中でかなり膨大な記憶がモラの脳裏に押し寄せてくる。

 「ああぁ!だめっ!」

 激しい頭痛に襲われるモラ。

 「パウロ?……」

 「しっかりしろ!モラ!」 ヤーンの剣は、たじろぐ事しかできない状況だった。

 「……ああ…きこえるわ」

 「聞こえとれせんがや!モラっ!誰と話をしとるっ!」 ヤーンの剣も必死である。 

 「モラに感謝している?……なぜ?」

 モラは見えない何者かと会話をしている様子である

 「イシュリッドから開放した?モラが……?」

 「そんな……こと……」

 「それより?……ええ?」

 「あの暗殺者には勝てないと言うの?」 メモ書きのことか?

 「それで熊のぬいぐるみを?」

 テレパスで交信中のモラは身動き一つしない。

 このままでは簡単にあの暗殺者にやられてしまう。

 「モラっ!戻って来いっ!」 ヤーンの剣は敵に突撃する構えである。

 恐ろしい顔の暗殺者はヤーンの剣を軽く弾き飛ばした。

 「ちっ!はじきやがった!」 ヤーンの剣とは、まともにやりあう気がない

 モラ狙いと言う事だ。

 「に・が・さ・な・い・と・い・っ・た」 蒸気が漏れるような声だ。

 素早い一撃だった

 剣先がモラをとらえる

 はずだった、その一瞬にモラは間一髪よけた。

 恐ろしい顔がさらに恐ろしい顔になった。

 モラは意識をと取り戻し

 「やっぱりこいつは許せない」

 「許しちゃいけないんだっ!」

 ステップインでもぐりこんだモラの一撃は強烈だった。

 まともに敵の懐に食い込んでいる。

 「シューッ!!」 苦しいのか?

 いや、嬉しいのか?

 恐ろしい顔なのでよく判らない。

 がしかし、よく傷口を見ると何ともなっていない。

 モラの二刀流が数回素早く切り込んだ。

 全て手応えがあったにもかかわらず、敵は傷ひとつ負っていない。

 「パウロっ!この暗殺者には勝てないといった理由がこれなのね!?」

 モラは叫びながらも攻撃を繰り返した。

 納得がいかない。こんなに手応えがあるのに。

 『あのひとの仇を取って頂けないでしょうか?』

 依頼人の女性の顔が脳裏によみがえってきた。

 モラの胸は張り裂けそうになる。自分の非力を呪った。

 「はっ!」 モラの瞳孔が目いっぱい開いた。

 「自分の非力……という事は伝説の暗殺者達も……」

 「みんな、この恐ろしい顔の暗殺者にやられたという事なの?!」

 パウロはモラにやられたが、それ以外のダガーを所持していた伝説のアサシン達は

 あの美しい女性の依頼を受けていたに違いない。

 ならばこの恐ろしい顔の暗殺者と戦って負けたと言う事になる。

 「なぜなら、この恐ろしい暗殺者が生きているからよっ!」

 モラはここで敵の恐ろしさを再認識した。それも最悪なほどに。

 「モラも……当然やられる……の?」 モラの体はまた震えていた。

 長細い両手が鞭のようにしなり、剣が攻撃を繰り出してくる。

 モラは全身が思うように動かない。

 何とか身をひねりながら交したつもりだったが、太ももを綺麗に裂かれ

 方膝をつくモラ

 「そうだ、モラの剣でだめなら……このダガーで……」

 光を放つ美しいダガーを懐より取り出したモラは敵に渾身の一撃を放つ

 恐ろしい顔の暗殺者の攻撃と同時ならモラも命中するはずだ

 敵の攻撃はモラの急所である首を確実にとらえている。おそらくモラの首は……

 今回も相打ち覚悟の最後の一撃であった。

 

 と、その時 

 突然モラの握っていた美しいダガーは、何者かにジョーロではじかれた。

 それだけでは無く、恐ろしい顔の暗殺者の剣先も同時に弾き飛ばしているではないか?

 黒装束の男であった。

 「なっ!何者だぁぁ?!こいつはぁ!!」 ヤーンの剣は第三者の介入に度肝を抜かれた。

 モラのあの観察力をもってしても、この男の潜んでいた事に気がつかなかったとは

 「やっぱり仲間が来てやがった!」 ヤーンの剣は絶望した。

 黒装束に実を包まれたその男の目は釣りあがり鋭い目つきでモラを睨んだ。

 「その短剣は使っちゃならねえ」 渋い声だ。

 しかしモラは半分意識を失いかけていた。

 恐ろしい顔の暗殺者は、すかさずモラを必要に狙う。

 「絶対しとめるという強い思念か?」 黒装束の男はジョーロを捨ててもう片方の剣を抜く。

 モラと同じ二刀流の構えであった。

 「モラを避難させにゃあと、やばい!」 ヤーンの剣は自分の剣先でモラを引っ張ろうとする。

 「その必要は無い」 そう言うと黒装束の男は剣を振りかざした。

 その二刀流の構えから繰り出される手数はモラの比では無かった。

 「なっ、なんと言う素早い攻撃だ」 空を切る二本の剣がカマイタチを引き起し、うなる。

 「まるで腕が五本も六本もある様だ……」

 「六本……六本腕の悪魔……」

 恐ろしい顔の暗殺者はたまらず後退し部屋の端に追い詰められた。

 「標的に近づけまい」 

 黒装束の男はモラを避難させるのではなく

 怒涛の攻撃を持って逆に恐ろしい顔の暗殺者をモラから引き離した。

 「この男、何が目的だ!」 ヤーンの剣は意味がわからなかった。

 「ヤーン!そのダガーにディスペルをかけろ!」 黒装束の男はヤーンの剣に命令した。

 「なにっ?!おみゃさん、何でわしの名をっ?!」

 「いいから早くしろっ!!」 また渋い声で言う。

 ディスペルとは魔法を解除するという意味で、ヤーンの剣の特殊能力の一つであった。

 「目的を失いさまよえる力よ……」 ヤーンの剣は呪文を唱え始めた。

 「そ・う・は・さ・せ・な・い」 恐ろしい暗殺者はさらに恐怖の顔になりモラに突進する。

 「させない?こっちの台詞だぜ」 黒装束の男の攻撃が再開するとあまりの攻撃に突進すら出来ない。

 激しい光がヤーンの剣から放たれ美しいダガーに魔法解除の呪文がかけられた。

 すると

 「おおおおおおぉぉー!!」 恐ろしい顔の暗殺者は雄叫びを上げて蒸発して行くではないか。

 「これはっ!?」 ヤーンの剣は消滅してゆく恐ろしい顔の暗殺者を見て驚いた。

 恐ろしい顔が徐々に女性の顔に変化してゆく。

 「この女はっ!?」 栗色で長髪の美しい女性、そうモラに依頼をしたあの女性である。

 そして栗色の長髪の女性の顔が次第に醜い女の顔に変化しつつ最後は消滅し

 あの美しいダガーも徐々に錆びて行く。

 「ダガーが……ん?これは?」 ヤーンの剣はダガーより光が登ってゆくのを見た。

 「魂だがや!ダガーから魂が天に昇っていく」

 黒装束の男も昇って行く幾つかの魂を見送り

 「あばよ、ギランドゥ……」 と一言だけつぶやいた。

 おそらく天高く昇って行くのは伝説の暗殺者たちの魂であろう。

 「ダガーに閉じ込められていたと言うのきゃあ?……」

 「ダガーの事を知っていると言い、わしを知っていると言い、おみゃあ何者だ?」

 ヤーンの剣が問いかけたが、黒装束の男は既にそこには居なかった。

 「どこへ行きやがった?」

 「あうう……」 モラの意識が戻った

 「モラ!大丈夫かや?」 ヤーンの剣は安堵のため息をついた。

 「モラどうして眠ってたの?……敵は?」

 「もう、やっつけたに」

 「あれ?そうなの……」

 「ダブルノックアウトだがや」 ヤーンの剣は作り笑いで言う。

 「あのダガーは?」

 「あ、あのダガーは目的を果たして消えていかっせたなも」

 二人は少し沈黙した。

 「もったいない事したなぁ。綺麗だったのに……」

 「かわりに、このぬいぐるみもらっていこ」 モラは熊のぬいぐるみを抱きしめて

 涙を一筋流した。


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 「あの美しいダガーは呪われた代物で、もう何十年も暗殺者達を闇に葬ってきた。

 その美しさに魅了された暗殺者達は、その罠にはまっていった。

 栗色で長髪の女は自分の恋人を暗殺者に殺されて、その復讐に自らその魂と引き換えに

 呪われたダガーを作り出したという訳だ。この世の全ての暗殺者達に
 
 逆に暗殺される無念さを知らしめるためにな……

 たとえ暗殺者とは言え、感情を持っていない訳じゃねえ。

 テレパシーで情に訴えて、依頼を受け入れた時点で

 ファンタズマル・キラー、いわゆる幻影の殺し屋と言う呪いをかける

 卑劣な手口だ。

 自分を魅了したダガーが根源で、その根源の呪いを解くほかに

 幻影の殺し屋に勝つ方法は無い。

 なぜなら、その幻影の殺し屋は自分の恐怖が創り上げた

 幻だからな……。

 なす術をなくした暗殺者達は命乞いに熊のぬいぐるみを女に差し出そうとしたが

 まったくの無意味だった様だな。

 いくらターゲットにされた者が、暗殺者に命乞いをしても

 暗殺者達は無表情でアサシネイトする様にな……。

 まあ、もっともこの俺には通用しなかったろうがな……」

 「本当かしら?」

 「戦略家の目にはどう映るんだ?スー・ジバン」

 「弟子(モラ)の事を思う気持ちは解かるけど、貴様のやり方にはいつも危険が伴うな。クバードよ」

 「危険の伴わない仕事がどこにある?」

 「今回の貴様の目的は旧友ギランドゥーの魂の開放だったと言う事か?」

 「パウロから奪うつもりが、既にモラの手にあったのは驚いたがな」

 「これなら、コロッセオでの戦闘も問題なさそうだな……」

 「ふっ……次は何が目的だ?」

 「さあな……まあ、いいじゃねえかそんな事は……」

 はぐらかすクバードは、ラム酒を片手に美しい朝焼けを目を細めながら眺めていた。




 おしまい

 
 
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