Shangri-La
                      第61話
          Temporarily(一時的に)
                      2012/12/02 UP




  冷たい石造りの部屋の中央には玉座が一つ配置されており

 ロケムはそこで頬杖を付いてヤバランの報告を聞いていた。

 「なんだとっ!?」 ロケムはまるで悪魔の様な形相で聞き返した。

 「間違いありませんゲロ」 ヤバランはロケムの参謀で

 30フィートほどの暗闇の霧に包まれた空間の中に潜んでいる。

 いささか参謀としてはここの所、お叱りばかりであるが

 このヤバランはあまりにも醜い姿がゆえに暗闇の魔法であるダークネスで身を隠しているらしい。

 「あのクローム教のパラディンがアンデッド・ウオーリアーと化しただと?」

 「さようでございますあるゲロっ!」 あまりの緊張にヤバランの語尾が裏声になる。

 「確か……名はギルバードとか言ったな」

 「はい、ギルバードはパリスの幼なじみでしたなケロ」

 「パリスを今生から逃がすため輪廻転生させる際に命を賭けて盾役となったケロ」 ※23話『消え行く世界』参照

 「聖戦士のアンデッド・ウオーリアーともなれば、あの場において最も強力な戦士ですケロ」

 「リッチめっ!」

 ロケムは冷たい石造りの玉座から思わず立ち上がった。

 「先ほどからやたら時間が止まると思ったら……」

 「おそらくは、プラチナキャップ、『ラサン』を連続で使用していると思われますでゲロ」

 ラサンは太古の偉大な力を持つやからが創り出したと言うプラチナ製のキャップで

 一度着用すると二度と取り外す事が出来ない呪いがかかっている。

 頭部には十三のルーン文字が刻まれ、その一つ一つに強大な魔法が封じ込められており

 その強大な魔法を使用するたびに着用者はおろか、周辺の者まで肉体的年齢を奪い取られてしまう。

 しかし、リッチはアンデッドのため年齢は無限にある、いわば年をとる事は無いので

 強大な魔法をいくら使用しても全く問題が無いのだ。
 
 以前に最強の組み合わせと言われた理由がこれであった。
 
 この宝具の製作者も、おそらく最終的には自分もリッチ化する事を前提で、こしらえたのだろう。

 「調子に乗りすぎだな……死にぞこないめ」 ロケムはこう言ってはいるが

 早くそのリッチに会いたくて仕方が無かった。

 そこへ突然、赤いワニかカエルの様な外見の亜人間(デミヒューマン)が姿を現した。

 「スレッジか?」

 しばらくそのスレッジと言う種族の亜人間は動かない。

 「なに?それは本当あるかゲロっ!」」

 おそらく、ヤバランはテレパシーのようなもので報告を受けていたのであろう。

 はたから見ると台詞が抜けているように見える瞬間であった。

 スレッジ族は言葉にしないで意思疎通が出来るようだ。

 ヤバランが驚きつつ、ロケムに説明をする。

 「マイグレーターの件あるゲロ。ギス族が確保した宝剣の抹殺に失敗したゲロとの事です」

 「なんだと」 ロケムの形相は一層恐ろしく変化した。

 マイグレーターとは異次元を自由に移動でき、強力な魔力を持つ宝具を主食とする生命体である。

 ロケムはこのマイグレーターを利用してゲートポイント(シャングリ・ラ)を狙う第二、第三の

 の宝剣を排除しようと企んでいた。

 「ギス族は宝剣を既に手にしておりますゲロ」

 「という事は、まさかマディーの書を狙っているという事か?」

 「チェルビラの他に宝剣がある事はわかっておったが……」

 「確かに、ギス族もゲートポイントまでの道筋は解からないという事ゲロ」

 「わざわざ別世界のテリトリーにまで進入して道標を奪いに来るとはな」

 「距離さえつめる事が出来れば、その方が早いあるゲロ」

 「ギス族め……」

 ようするに、チェルビラと同じ宝剣が異次元界にも存在し

 他の第三者がゲートポイントを狙っているという事である。

 ロケムは複数存在する次元を行き来し、色々な世界や生命体を観察してきた。

 長い時が過ぎ行く中、ロケムは次第に興味や関心と言うものが薄れていった。

 世界はある周期で膨張と収縮を繰り返す事も理解できていたが、その摂理の中で

 ゲートポイントと言う存在にロケムは興味を抱いたのだ。

 「その扉の向こうに何があるのか?」 ロケムの眼球の奥深くに、どす黒い輝きがある。

 しかし、その扉の向こうを目指しているのはロケムだけではない。

 アベリアンの世界の住人である、クバード達やフレイラ達も自分達の故郷が

 崩壊してゆく事を防ぐ術がそのゲートの向こうにあると確信している。

 龍児の住む世界も、今現在の時点では何の影響も見られないが、次元を超越する現象であれば

 近い将来にアベリアン同様に消えて無くなってしまうであろう。


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  「そんな話が信用できると思っているんですか?」 

 白鳥はマラード・渡辺の話に懇親の力を込めて釘を刺した。

 甚目寺霞のタロット占いが様々な事件を解決してきた事を不思議に思った猫柳警部と白鳥ではあるが

 霞を追ってこの桜庭病院まで足を運んだ結果、病院内で謎の武装集団とゾンビが戦闘状態になっているなどとは

 いくらなんでも信じられる訳が無い。

 ましてや、犯罪者のマラード・渡辺の証言であれば、なおさら信じる訳にはいかないと言うのが白鳥の心情である。

 「死体はアリシャンと言う名のリッチによって操られている」 渡辺は低い声で言う。

 「アリシャン……ですって?」 白鳥は外人の名前を並べれば煙に撒けるといった幼稚な発言に

 「どこの国の犯罪者かしらっ!?」 怒りを抑えられなくなり一歩踏み込みながら叫んだ。

 「まあ抑えて、抑えて」 

 「この病院自体に何らかの事件が起きている事は君にも解かるだろ?」 かすれた声で猫柳は言う。

 「……」 猫柳警部の真剣な眼差しに白鳥は呑まれそうになる。

 がしかしどうしても渡辺の話を信用できない。

 「出入り口を封鎖して裏口への案内も無い。もうすぐ一時間を越える」 

 ハンティングキャップの位置をを左手で整えながら猫柳は話を続ける。

 「あまりにも不自然すぎるな」

 「だろ?」 渡辺は猫柳警部が摩訶不思議な現象を真っ向から否定するはずが無い事を

 知っていた。逆に言えばこう言った話に食いついてくると確信していたのだ。

 「それで、マラード。お前の狙いはなんだ?」

 「警部?」 白鳥はこの病院の異変の他にマラード・渡辺の衝動にまで目を向ける余裕がある

 猫柳警部に驚いた。

 猫柳警部と渡辺はお互いを睨んだまま沈黙した。


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  「今のタイムストップは……」 チェルビラが周りの様子を覗う。

 時間停止の魔法は常人であれば時が止まった事に全く気づく事は無いが

 太古のアーティファクト(宝具)や神に近い存在にはその影響を受けないため

 空間が一時停止している様が確認できてしまう。

 今まさに、龍児とチェルビラだけが背筋の凍るような感覚を味わっている。

 「頻繁に使用しすぎるわ……」 こうも度々、上位魔法の時間停止を簡単に使用する事自体

 危険なはずと言う認識を持っているチェルビラは更なる危険がエンカウントするのでは無いだろうか?

 と言う不安も込み上げて来ていた。

 「時を司る連中の介入が無い事を祈るしかないわ……」 チェルビラの言葉が唇にぶら下がる。

 「あ、あれはっ!?」 次の瞬間チェルビラは思わず叫んでしまった。

 再び時間が動き出し、ギルバード(白銀のアンデッド・ウオーリアー)

 が青白いオーラにまとわれている事に気が付いた。

 「何か魔法が掛けられた様ね」 リッチはアンデッド・ウオーリアーに補助魔法をかけたようだ。

 コンクリートでさえ粉砕するほどの威力を持つアンチ・マテリアルライフルを構える塚越は

 ギルバードが何がしらの魔法を掛けられた事は知る余地すらない。

 それどころか、残りの弾の数と先ほどの肩の部分を粉砕した結果から勝ちを確信している。

 「も、もう一発く、く、喰らいやぁがれっ!」 塚越は気合を込めてトリガーを引いた。

 強烈な二発目が発射された。

 凄まじい発射音と辺りに硝煙と火薬の匂いが立ち込める。

 「やったか?!」

 命中したはずだが、ギルバードは無傷である。

 「どういう事だ?!」

 「め、命中した、は、はずなんだがなあ」

 アンチ・マテリアルライフルの弾丸は確かに命中したはずであるが

 貫通せず、弾き返された。

 「あのオーラだわっ!」 ハールギンが叫ぶ。

 「確かに、あのオーラはプロテクションの魔法だな」 ドュナロイも気が付いた。

 「ぷ、プロテクション?」 聞きなれない言葉に村田は状況的に理解しようと必死に考え

 「リアクティブ・アーマーか?何かか?」 おおよその回答を出した。

 「リアクティブ・アーマーだって?」 武装集団の面々も驚いている。

 「アンチ・マテリアルライフルの弾丸を防ぐ事ができる防弾チョッキなんか無いはずだ」

 「あの甲冑の素材か?」 村田は色々考えたが答えは一つ

 「このままでは勝ち目が無い……」

 ゾンビの数と弾丸数。

 切り札であるアンチ・マテリアルライフルは、あのギルバードに効かない。

 退路すら確保できていない。

 「全滅する……」

 ギルバードは絡みつくゾンビ達をなぎ払いつつこちらへ向かって来る。

 「このままではまずい……」 アジャースポンは何とかこの窮地から逃れる術を模索していた。

 魔力を失ったドュナロイとハールギンでは、残念ながらこの場を切り抜けるのは難しく

 唯一の戦闘力を誇るフレイラは未だに目を覚ます様子ではない。

 「さて、この辺でお開きとしようじゃねえか?」 ゾンビ共をコントロールしている

 キャプテン・キーンは勝ち誇った笑みを浮かべつつ前に出る。

 「皆殺しにして、宝剣とマディーの書を手に入れるぞ!野郎どもっ!」

 「ショー、シューッカァー」 骸骨男のリッチ(アリシャン)も何か景気よく発言している事から

 この戦いの終焉を迎えるような雰囲気をかもし出している。

 桜庭病院の屋上はすっかりアンデッド達に包囲されており逃げ場が無い状況である。

 「仕方が無い……」 アジャースポンはギルバードと対峙し

 「この死にぞこないがっ!」 アジャースポンの体から『気』が発せられた。

 「パリス……パリス……」 ギルバードはパリスの名を呼び続け

 無表情で足を止めること無く前進してくる。 

 そして発せられる『気』とともにアジャースポンの外観が徐々に変化してゆく。

 「ボスっ!!」 村田はアジャースポンがこの世の者とは思えない姿に変化してゆく様に驚愕した。

 「本来の姿をさらけ出すというのか?」 チェルビラは唇をかみ締めた。

 自らの姿を変化させる事が出来る者にとって、この本来の姿をさらけ出すという事の意味は

 最終手段である。がゆえにチェルビラにはアジャースポンの決意が理解できた。

 まず肌の色が黒味がかかり、髪の毛は抜け落ち、目玉が飛び出しそうになっている。

 次に顎の骨格が発達し大きく膨れ上がりつつ口が耳元まで裂け始めた。

 からだ自体が巨大化し、身長は2メートルを裕に超え、体重は少なくとも200kgはあるだろう。

 大木の幹の様に太い二の腕と一度つかんだら、ねじり切るまで放さないと思わせる

 まるで万力のような指先。

 比較しても野球のグローブより太いであろうその指先には鋭い獣のような爪がむき出になっている。

 「ば、ばけものだ……」 見たことの無い生命体に対して村田の口からこぼれたその一言は

 目の前のアジャースポンの姿に対する表現としては適切であった。

 ま・さ・に、化物であった。

 そして、驚いたのは何も村田一人ではなく

 「うわぁぁっ!!ばけものだ!!」 武装集団の部下達もパニックになり

 「うてぇ!!」 なんと、アジャースポンに向けて発砲し始めたのだ。

 「ま、まてっ!」 アジャースポンの制する声も残念ながら部下達に届かなかった。

 「こ、これは……」 龍児も唖然としている。

 「何をしているんだ!」 ハールギンは武装集団のボスに銃を発砲した部下達を愚かに思ったが

 それはアジャースポンの正体を知っておりデーモンを見慣れているドローエルフ族と

 おとぎ話や物語でしか聞いた事の無い龍児の世界の住人達の差であり、仕方のない事である。

 その隙にアンデッド達は距離を着実に詰めて来ていた。

 「まずい」 ドローエルフ勢も武器を構える。

 距離を詰められた武装集団の部下達は見る見るうちにアンデッドの波に呑まれて行く。

 「植田っ!!」

 菊池は植田をカバーしようと試みたが、既にゾンビ共に押し倒され

 植田を目視する事が出来ない状況であった。

 菊池は植田に背中を預け、共に戦ってきた記憶を思い返した。

 「植田……」 少し年下で菊池の事を無邪気に慕ってくれていた。

 「この野郎っ!!」

 菊池は植田に群がるゾンビ共を蹴散らして叫ぶ。

 「うえだあー!!」

 しかしゾンビ共は無常にも菊池の体中に牙を立て、今度は菊池がゾンビの群れの中に消えて行く。

 「こ、このままでは、あうっ!」 このままではと口にした瞬間にゾンビが塚越の足にかじりついた。

 激痛に歯を食いしばる塚越。

 白い歯をむき出しにした、そのいかつい顔はやはり笑っているように見えた。

 「塚越さんっ!」 笑い顔に見える塚越の姿も徐々にゾンビの群れに沈んでゆく。

 そして島崎も必死で対抗してはいるが、時間の問題である。

 「お、俺は皆と違って家族があるんだっ!」 銃のストックでゾンビを殴り倒す島崎は

 目を潤ませながら言う。

 「帰りを待っている子供達がいるんだっ!」

 「こんな所で朽ち果ててたまるかっ!」

 「うわーっ!!」 断末魔の叫び声はゾンビ達のうめき声にかき消され

 景気よく発砲されていた銃声が徐々に静かになってゆく。

 「龍児……」 チェルビラが泣きそうな表情で龍児の裾をつかむ。

 「ひ、ひどすぎる……」

 龍児は武装集団の部下達が次々とゾンビの餌食になる様を見てえずきそうになっている。

 「ちくしょう!魔力さえ回復していれば……」 ドローエルフ達も奥歯を噛み締めて悔しがる。

 屋上の隅に追いやられた龍児たちも、とうとう逃げ場を失い絶体絶命のピンチに陥った。

 すると、大きな笑い声とともに、屋上に一人の少年が姿を現した。

 「さ、悟っ!!」

 そう、少年『悟』であった。

 甚目寺霞のタロットカードで精神を闘技場へと導かれ、心の病と前向きに戦う機会を

 与えられたにもかかわらず、残念な結果に終わった、少年『悟』は

 屋上に来たとたんに、大笑いをしてこう叫んだ。

 「何もかもが悪いんだっ!!」

 「全てが悪いんだっ!!」

 両手を広げて、大きな口をあけて叫ぶ悟の目には既に輝きは消えており

 タロットカードの愚者に描かれている崖っぷちの少年同様、今にも足を踏み外す寸前である。

 「様子がおかしいぞっ!」 村田は気が付いた

 「C−4かっ!?」

 『C-4』とはアメリカ製のプラスチック爆弾の事で、3kあれば小型トラックを簡単に破壊できる。

 悟は体中にそのプラスチック爆弾をくくり付け、左手に起爆装置のコントローラーを握っている。

 「うわはっはっはっはっはっ!!」 狂気に笑う悟。

 「何もかも皆、爆破したいっ!わーぁぁおっ!!」 

 「悟っ!その量は笑い事ではすまないぞっ!」

 屍どもが悟に気が付き襲い掛かる。

 この瞬間に悟の目に映るのは、ゾンビ共の強烈な形相か?

 いや、そうではなく悟の幼年期の頃の思い出であた。

 「兄さん……」 確かにいやな思い出もあったが

 一緒に遊んでくれたいい思い出もあった。

 「母さん……」 母のぬくもりがこの場において皮肉にも込み上げて来る。

 「カチっ!」

 悟の体中の細胞が生きたいと願い、走馬灯のようにいい思い出を思い出させたのか?

 それとも彼は常に迷っていたのか?それは解からないが

 それでも起爆スイッチを押した理由は、結局複雑な悟自身の心境の中に閉ざされたままであった。

 とてつもない爆発が巻き起こり、覆いかぶさっていたゾンビ共が吹き飛ぶ。

 「さ、悟……」 村田とアジャースポンは爆風を両手で遮りながら

 飛び散る悟とゾンビの肉片を前に呆然とする他なかった。

 「何の音だっ!?」 猫柳警部は屋上を見上げると、なにやら黒い液体が降りかかってきた。

 「あ、雨かしら……」 

 そして次の瞬間、悟の頭が目の前に落ちてきた。

 「きゃーぁぁぁっ!!!」

 ただ事ではない状況である事と、白鳥の叫び声。

 「一体何が起きているっ!」

 猫柳警部はもう居ても立ってもいられない状態で、とうとう走り出した。

 立ち尽くす白鳥と屋上を見て笑みを浮かべるマラード・渡辺。

 「さて次は何が起きる?」 渡辺は嬉しくて仕方が無い少年のような眼をしていた。


  悟の爆発でかなり多くのゾンビが吹き飛ばされたが状況は何も変わらなかった。

 「もう後には引けない」 全てを失いかけたアジャースポンが小さく呟いた。

 「これ以上……させるかぁーっ!!」 アジャースポンとギルバードが

 白熱した戦いを繰り広げる。

 ギルバードの装備しているフルプレート・アーマーはこの戦いにおいても頑強であり

 アジャースポンのグローブの様な拳から繰り出される攻撃にビクともしなかった。

 また、ギルバードはアンデッド(屍)であり、は既に死んでいるため

 生命体の弱点である活力、精神力などと言う数値が無い。

 ようするに疲れることが無いのだ。

 すなわち、自分が粉砕されるまで一定の攻撃を永遠に繰り返す事ができると言うことである。

 そして持久戦の末、とうとうギルバードの一撃がアジャースポンの懐を貫いた。

 ギルバードの使用している聖剣は星のマークが4つ入っている神がかりのもので

 皮肉な事に魔族の体を切り裂くには絶好の武器だった。

 この条件下、あまりにもアジャースポンが不利である。

 「ぐおーっ!!」 人間の声帯では発する事が出来ない凄まじく大きな叫び声であった。

 「くそっ!そんな馬鹿な……」 苦しそうに地面に倒れこむ武装集団のボス、アジャースポン。

 煙管をくわえたキャプテン・キーンの口元がゆがみ

 「勝ったなっ!」 勇ましく拳を上げる。

 「どうしてこんな事に……」 龍児は額から滝のような汗を流し、チェルビラを抱きかかえる。

 「神ロルスよ……」 天を仰ぎハールギンは力の無い声で祈る。

 「マトロン候補のこの私が……こんな所で……」

 ハールギンは昏睡状態のフレイラを悲しい表情で見つめた。

 例えフレイラが目覚めたとしても魔力が回復しておらず、この窮地を打破する事は難しいだろう。

 誰もがこの戦闘、アンデッドを操るリッチ・アリシャンと海賊船長のキーンが勝利したと疑わなかった。

 と、その時である。

 空間よりガレー船が姿を現した。

 魔力を原動力とするそのガレー船は全長約40mほどで

 ガレー船にしては小ぶりである。

 そう、それは、ゴゼットとリディルが乗るアリシャン号である。

 空中を移動するその姿は龍児の世界ではありえない光景である。

 しかも突然に。

 「パリス殿ーっ!!」 ガレー船からパリスを呼ぶゴゼット。

 桜庭病院の屋上にある空調室外機とコンプレッサーを破壊しつつアンデッドの群れに突っ込んだ。

 施設は大爆発を引き起こし塊となって群がっていたゾンビ共は爆風で吹き飛ばされて行く。

 「こ、これはっ!!」 龍児は強烈な爆風から逃れようと床に身を伏せた。

 龍児の目には吹き飛ぶゾンビ共がゆっくりと宙に舞うように映った。

 それはあまりにも突然すぎて頭の中で状況を処理出来ないため、その様な錯覚を覚えたのであろう。

 「なにーっ!!!」 冗談ではないという表情のキャプテン・キーンと骸骨の顎をカクカクさせるリッチ・アリシャン。

 「オー、レノ、フーネー」 アリシャンの喉元辺りから声にならない空気音が発せられた。

 「さ、最終回かっ?!」 ドュナロイも思わず声にする。

 「マラードっ!一体何が起きてるの?」 あまりの自体に携帯電話で問いかけるカノン。

 「とんでもない事になってきたな……」 マラード・渡辺が片足を引きずりながら言う。

 「アンデッド達が屋上に向かってるわ」 カノンはマラードに指示を仰ぐ。

 「カノン、合流するからそこで待ってろ」

 「ええ……」

 そして桜庭病院の屋上の真ん中辺りに不時着したガレー船はほとんどのゾンビを蹴散らし

 ギルバード(白銀のアンデッド・ウオーリアー)も巻き込んだ。

 いや、武装集団のボスであるデーモンと化したアジャースポンも巻き込んだようだ。

 もう無茶苦茶である。

 そして、甲板より縄梯子が降りて来て

 「パリス殿、いや龍児殿っ!それにつかまって下されっ!」

 蛮族のシャーマンであるゴゼット・チャベスが叫んだ。

 「ぼ、僕を知っている?」 龍児は上を、すなわち甲板の方角を見上げた。

 同時に、また自分の事をパリスと呼ぶものに対するコンプレックスを抱いたが

 今はそれど頃ではなく、考えるより先に行動に移す事にした。

 「うぐっ!」 龍児は左腕が肘から無い事を再認識し

 縄梯子を登る事はおろか、体を支えてしがみつく事すら間々なら無いと思った。

 「俺はいいから知恵、先に登ってて」 チェルビラに先に登る様に勧める龍児。

 「龍児……」 心配そうな表情が溢れ出るチェルビラは小さく龍児の名を口にする。

 すると大きなカラスが上空から舞い降りてきて龍児を鷲掴みにした。

 「うわあっ!」 龍児は声を張り上げながら運ばれて行く。

 「カラスっ!?」 チェルビラもカラスの鷲掴みには驚いた。

 「あのカラスは……」 ドュナロイが目をまん丸にしてカラスを見ている。

 「あのカラスに見覚えがあるのか?」 ハールギンが問いかける。

 「り、リディル様」 急に眼の色が変わったドュナロイは魔法を唱え始めた。

 「おい!ドュナロイ」 ハールギンには意味が解からない。

 呪文を唱え終えたドュナロイは空中遊泳しながら甲板の方へ移動し始めた。

 「何をしてるんですか?皆さん。撤収ですよっ!」 途中で引き返した来たドュナロイは

 フレイラを抱きかかえて再び上昇してゆく。

 「よく解からないが、この船に乗り込むしかなさそうね」 ハールギンは金属製の棒の尖端に

 金属製の柄頭を取り付けた複合型の殴打用棍棒であるメイスを振り回し

 近寄るゾンビ共をなぎ払いつつ縄梯子をよじ登った。

 龍児を甲板に下ろすとカラスが人形のような無表情ではあるが魔の香りを漂わせ

 可愛い顔つきとは反比例した不気味さを放つ少女、リディルへと変身した。

 「どうやら全員回収できたようね」 人形のような無表情の少女リディルが言う。

 「発進っ!」 右手を進行方向へ振りかざしながら、ゴゼット・チャベスは景気よく合図を出し

 ガレー船は速やかに病院を離脱し始めた。

 「あの船を止めろっ!」 キャプテン・キーンの命令にアンデッド共が反応し

 アンデッド共は手を伸ばしガレー船を掴もうとしているが、その行動に意味があるのか?

 「つかめるわけねーだろっ!野郎どもっ!!」

 すると、追いかけようとするキーンの肩をアリシャンが掴み

 「コヒュー、サー」 アリシャンがガレー船とは別の方角を指差した。

 「あ、あれは……タイムガーディアンか?」

 紫色の雲間から七色のオーロラの様なものが展開し始めている。

 「まずいな、タイム・ストップを使いすぎたんだ。俺達も撤収するしか無いな……」

 「ええい、もう少しの所をっ!」

 海賊船長キャプテン・キーンと骸骨男リッチ・アリシャンは地団駄を踏みながら桜庭病院を後にする事にした。



  かくして最悪の修羅場を脱する事に成功した龍児たちはこの後どうなるのであろうか?

 それは次章の講釈で。





つづく

 



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