Shangri-La
                      第60話
          デミゴッド
                      2012/04/05 UP




  なだれ込むゾンビ達を迎撃する武装集団。

 その屍の腕や脚を打ち抜いても、再び起き上がってくる。

 「屍の頭か心臓、もしくは脊髄をねらえっ!」 アジャースポンは屍の弱点を部下に告げた。

 「無駄だまを撃つなよ」 村田も警告する。

 バイポッドで固定したマシンガンの射撃は的確に屍をとらえた。

 「た、ただ、弾薬が心配なんだな」

 「塚越さん、こんな状況で笑っていられるとは、余裕ですねっ!」 島崎は塚越に嫌味を言う。

 「わ、笑ってる訳じゃないんだな」

 塚越は歯を食いしばっているのだが、その表情は微妙に笑っているように見えるのだ。

 「植田っ!左から回られてるぞっ!」

 「菊池さん、すみませんホローよろしくっ!」

 「しょうがねえなっ!」

 「ぶあはっはっはっはっ!屍どもを全滅させろっ!」 アジャースポンは勢いに乗り馬鹿笑いをする。

 ここまでは武装集団のペースであった。

 「こいつら、どんだけいるんだ?」

 「こ、これって、ノルマンディー上陸作戦の、ど、ドイツ側の心境だよね、萌えるなあ」

 「塚越てめえ、それ負けるって事かよっ!」

 「べ、べつに、そういう意味じゃないんだな」

 薬きょうが地面に散乱する際に発する金属音が心地よく聞こえるのは

 屍共を景気よく迎撃できているからであろう。

 「はっ!」 龍児は夜空を見上げた。

 「どうしたの?」 チェルビラは心配そうに龍児を見つめる。

 「こ、この感覚……」 龍児の背筋が凍り付く様な感覚を憶えた。

 「こ、これはっ!」 チェルビラも険しい表情になる。

 いつしか龍児が違和感を覚える時がしばしばあると言っていたあの感覚であった。

 そして、武装集団の面々を見た龍児が、その違和感が何だったのかを理解できた。

 「み、みんなが固まっている……」 龍児は目をこすりながら再び確認した。

 「どうしたんだ?みんなが動かない……」

 景色がモノクロームになり色彩が失われている。

 そして、この場の全員が固まって、全く動く気配がないのだ。

 「た、タイムストップよ……」 チェルビラの震える声が聞こえ、龍児は振り向いた。

 この空間で、龍児とチェルビラだけは普通に動けるようだ。

 「ど、どういう事なんだ?」 龍児は、たまに起きるこの不思議な現象は

 龍児自身の錯覚であると思い込んでいた。

 それが、今この時点で錯覚ではなかった事を確信したのである。

 「強大な力を持つ者だけが、時間を止めると言う無茶な事が出来るのよ」

 「な、なんだって……?」

 「止められたとしても、常人は気が付かないわ」

 「今まで何度か、こういう違和感を感じた事があるよ」

 「そう、あなたは感じる事ができる」

 「ええ?」

 「いや、逆に言うと、タイムストップは龍児には効かないのよ」

 「ど、どういう意味?」

 「タイムストップって言うのは、術者が時間を止めて、その間に色々な行動をとる事が出来る」

 「例えば、戦闘の直前、もしくは途中で戦況を変えたい場合に使用されるのよ」

 「よく解からないよ」

 「タイムストップを使用した者は動く事が出来るから、時間が止まっている間に剣で切りつけたり」

 「別の呪文を掛けたりする事が出来るのよ」

 「そ、そんな……」

 「前回は確か、リッチが浮浪者の屍をその場に呼び寄せたわ」

 「あの時か……」

 「私は太古のアーティファクトだから、タイムストップは効かないわ」

 「じゃあ、僕はどうして?」

 「あなたは、聖戦士パリス、すなわちクローム神の息子、いわゆるデミゴッドだから効かないのよ」

 デミゴットとは神的な力を持つが神ではない、また神の出来損ないと言う皮肉が含まれているが

 聖戦士パリスの場合はそうではなく、クロム神の体の一部を分け与えられて作られたと言われている

 神の息子と位置付けされていた。

 「また、パリスか……」

 龍児は何かにつけてそのパリスと比較される事に嫌気が差していた。

 そんな事を望んではいないし、そんな大そうな人間じゃないと思っているからである。

 以前にも龍児は口にしているが、高嶺は望んでいる訳ではなく、平和で平凡な一生を送る事が龍児の望みであった。

 「き、来たわよっ!」

 時間を止めてその戦況を変えるべく投入されたのは

 「一際大きい屍よ!」

 「あ、あれは……」

 「アンデッド・ウオーリアーだわっ!」

 「あの屍が、さっきから僕を呼んでいるんだ」

 「なんですって?」

 「あの屍は僕を知っているみたいなんだ」

 その屍は何処かの貴族か宗教団体のパラディンが着す豪華な白銀のフルプレート・アーマーで身を固め

 片手に剣、もう片方には盾を装備している。

 カレンが病院の外で見たものと同一で、武装集団の村田と植田がグレネードで吹き飛ばそうとしたが

 まったく無傷であった、あの強靭なアンデッド・ウオーリアーであった。

 そして、時間が動き出し、屋上の全員が一触即発な状況に陥っている事を理解した。

 「ま、まじか?あの屍は……」 村田の額から汗が滴り落ちる。

 「村田の兄貴!やばいですよこれは!」 植田も青ざめる。

 アジャースポンの視界にもその白銀のアンデッド・ウオーリアーが飛び込んできた。

 「アンデッド・ウオーリアーか……」 奥歯を噛み締めるアジャースポン。

 「と、とりあえず行って見るんだな」 塚越がバイポットで固定されたマシンガンをぶっ放す。

 辺りのゾンビもろとも、弾丸の餌食となり、マシンガンの弾丸が肉片を撒き散らす。

 「ど、どうだっ!」

 無数のゾンビの死体、いや肉片が散乱しているが、一体だけが仁王立ちのままでいる。

 そう、白銀の鎧は傷ひとつ負っていなかった。

 「だめか……マシンガンで駄目という事は、PDWではとうてい無理だな」

 武装集団の士気が見る見るうちに失われて行き、いわゆる負けムードが立ち込み始めた。

 「どうすればいいんだ?こいつ一人のせいで、俺達は全滅かよっ!」 植田は泣きそうである。

 「ちくしょうっ!」

 すると塚越はマシンガンを手放した。

 「こ、こんな所でこれを出す、は、ハメになるとは、そ、想定外なんだな」 

 塚越はブツブツと呟きながら背中の大きなバックから何かを出して組み立て始めた。

 150cmほどもある、なにやら大きな重火器を組み立てているではないか?

 「塚越さん、それって……」 島崎は嬉しい表情で冷や汗をたらしている。

 「アンチ・マテリアルライフル……」

 「持って来てたのか?」 村田も生唾を飲む。

 今回の作戦では用途が無いはずの武器で、なぜ塚越がこれを持ち歩いていたのかは謎であるが

 「15キロはある重量を背負いつつ今回の作戦に望んだと言うのか……」

 この時ばかりは村田も感心した。

 アンチ・マテリアルライフルとは12.7mm以上の口径を持つ狙撃銃の事で、1000m先の

 コインを打ち抜くほどの威力を持ち、距離によっては強化ガラスやコンクリート越しでも

 相手を狙撃する事が可能である。

 ヘッドショットでなくとも体のどこかに命中すれば、ターゲットは再起不能であろう。

 「塚越のは50口径だっ!これであの鎧野郎も木っ端微塵だぜっ!」

 「いや、準備するまであの鎧野郎を足止めしないと」

 「ど、どうやって……?」

 アジャースポンはドローエルフの方を見た。

 「ハールギン、お前の魔法で何とかできないか?」

 「わ、私の神の力で?」

 ドュナロイが冷たい視線でハールギンを見る。

 「で、出来ない事もないけど……」

 「そうか?やってくれ」 アジャースポンは嬉しそうに言う。

 「こ、こんな小娘に何が出来るんですか?ボス」 村田は不思議で仕方がない。

 「まあ、見てなって」

 龍児の世界ではおとぎ話でしかない魔法だが、ドローエルフの世界ではその魔法が

 科学のように当たり前に振舞われている。

 どうして龍児の世界には魔法が存在しないのか?

 以前、龍児はこの事をチェルビラに尋ねた事があった。

 チェルビラに言わせれば、それは魔法を司る神が存在しないからだと言う。

 この世界の摂理にはそれぞれ理由がある。

 物事は摂理や法則と定義つけられて、当たり前に思われているがそうではない。

 全ての事柄を司る神の存在によって成り立っていると言う事だ。

 解かりやすく言うと、時を司る神が居るから時間と言うものが存在する。

 生命体を司る神が居るから命と言うものがあり地球上に生命体が溢れているのだ。

 この生命体が死を迎えるのは、死を司る神が同時に存在しているからで

 死を司る神が存在しない世界であれば死が訪れることがないので、子孫繁栄と言う

 生命をつなぐ行為も必要なくなるのだ。

 生命を司る神と死を司る神はお互いライバル的な存在で、神々の間での対立もしばしばある。

 がゆえに生命体は遺伝子レベルにしてわざわざ次の世代に

 その技術を伝授するなんで言う面倒くさい事をしなければならないのだ。

 また、人間が想像できるものは、おそらくどこかの世界に存在する。

 存在する世界から何らかの情報が漏れたので想像出来るようになったと言う事らしい。

 まあ、その話を聞いた時の龍児も口をあんぐりさせるだけであったが

 実際に異世界から来た者が魔法を唱えるその光景を見た龍児は腰を抜かしそうになっていた。

 「ウリスカペルト、ウリスカペルト……」 ハールギンは呪文を唱える。

 武装集団の全員がハールギンに注目している。

 神がかりの光がゾンビ達に向かって発射された。

 「あ、あれを見ろっ!」

 白銀の鎧のアンデッド・ウオーリアーに数匹のゾンビが絡みついたのだ。

 「おおっ!仲間割れをしているぞっ!」

 「どうっ!すごいでしょっ!ちゃんと足止めしてるわよっ!」

 「マトロン候補のプリーステストの力量としては……いささか残念ですが……」

 「うるさいわねっ!ドュナロイは!」

 アンデッド・ウオーリアーは一瞬、困った表情を見せたように見えた。

 『おいおい』と言うコメントがアンデッド・ウオーリアーの頭上に付きそうである。

 善の神の力をもってすれば、アンデッドモンスター共を粉砕すら可能であるが

 ハールギンの崇拝している神はロルスと言う悪の神がゆえに、アンデッドを粉砕する事は出来ず

 自分のコントロール下に収められてしまうのだ。

 前回の浮浪者のアンデッド戦では、浮浪者のゾンビを同士討ちさせる事に成功したが

 所詮ゾンビ同士、どちらも決定打に欠ける泥仕合となり

 あまりパッとしないその様に、ドュナロイも『しれているなあ』とため息をついた。

 がしかし、今回は白銀の鎧を着したアンデッド・ウオーリアーの足止めに成功し

 塚越の準備を整えるための時間稼ぎとしては十分であった。

 安全装置をはずしコッキングする塚越が妙に格好良く全員の期待を一身に背負っている。

 スコープを除き照準を定める。

 「こ、こいつはどうだっ!」 ゆっくりトリガーを引く塚越。

 40g以上もある弾丸(アサルトライフルでも精々10g以下)を初速800m/secで発射される

 その反動は凄まじく、それを軽減するために銃口部に大きなマズル・ブレーキが装着されている。

 弾丸が発射された瞬間に銃口がコッキングすると同時に薬きょうが排出された。

 全てのゾンビがその発射音に気が付いた様子で塚越の方を見る。

 そして白銀のアンデッド・ウオーリアーに命中し、アンデッド・ウオーリアーの肩部分が吹き飛んだ。

 「おおおっ!!!」 

 「は、反動が思ったより大きいな……」 

 しっかりホールドしていた塚越ですら、その反動でターゲットをやや外した。

 喜び勇む武装集団たちとは裏腹にハールギンとドュナロイは、あっ気に取られていた。

 「な、なんと言う破壊力だ……」 

 魔法を持ってしても、なかなか衝撃を与える事が難しいアンデッド・ウオーリアーの肩部を意図も簡単に

 破壊したその武器に恐怖を感じられずには居られなかったのだ。

 「これがこの世界の兵器技術なの?」

 正直言って、このアンデッド・ウオーリアーと互角に戦うためには、それなりの訓練が必要で

 昨日今日に現れたひよっこには歯が立つ相手ではない。

 だがしかし、この武器を持ってすれば、極端に言えば老若男女とわず互角に戦えるではないか?

 しかも、この兵器を大量に作れば……

 この時点で、ドローエルフたちはアンデッド・ウオーリアーよりもこの武器を所持している

 この世界の人間達の方が恐ろしいと思った。

 確かに、このアンチ・マテリアルライフルの破壊力は凄まじく、先に述べたように

 コンクリートも破壊するほどである。

 補足すると現代社会において50口径弾は、あまりの破壊力に対人使用は国際法で禁止されている。

  バランスを崩した白銀のアンデッド・ウオーリアーは冷気を発しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 「パリス……パリス……」

 白銀のアンデッドはパリスの名を呼ぶ。

 龍児は何かに取り付かれたように放心状態になっている。

 「龍児……」 心配な顔つきで龍児を見つめるチェルビラ。

 すると龍児が無意識のうちに呟いた。

 「ギルバード……」

 「え?なに?」

 「僕を命がけで救ってくれた友達だよ……」

 「龍児を救ってくれた?」

 そう、白銀の鎧のアンデッドはパリスをロケムから命がけで輪廻転生させたギルバードの亡骸であった。

 「よく……よく解からないんだ……」 頭を抱える龍児。

 この複雑な心境は龍児をパニックへと陥れた。

 と、その時

 再び時間が止まった。

 「ま、まただわ……」 焦りを隠せないチェルビラ。

 何が起きているのか?

 この後、何が起きるのか?

 全く想像がつかなかった。





つづく

 



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