Shangri-La
                      第59話
            混乱
                      2012/03/04 UP




  それはまさに地獄絵図のようであった。

 大海賊キャプテン・キーンによって数百体もの屍が呪いの魔力によって操られ

 とうとう桜庭病院は包囲されてしまった。

 逃げ場を失った武装集団のボス、アジャースポンは屋上から脱出する事を決意した。

 ここでもう一度、情報を整理するとしよう。

 この桜庭病院の死体安置所に『マディーの書』を片足の男マラード・渡辺が隠していた所

 悪魔ロケムが、手下であるヤバランに探知させて、アジャースポンに奪取することを命じた。

 また、それとは別にロケムは、ドローエルフ達に『チェルビラの剣』を奪取させる任務を与えていた。

 ドローエルフのフレイラ、ハールギン、ドュナロイの三人は

 もう少しの所でチェルビラの剣を確保できるところであったが

 キャプテン・キーンとリッチ『アリシャン』が造り出したアンデッド・ウオーリアーによって邪魔され

 絶体絶命のピンチに追い込まれた。

 しかし、龍児の覚醒によるアンデッド・ウオーリアー撃退とドローエルフ『ドュナロイ』の

 ゲートの呪文で、辛くも一旦退却することに成功した。

 龍児とチェルビラは、敵対していたドローエルフのフレイラ、ハールギン、ドュナロイと

 一緒に退却する形になった。

 だが、退却先はドローエルフのアジトではなく、マディーの書の力で桜庭病院に引き込まれた。

 面白い事に、『マディーの書』はアジャースポンではなく、ドローエルフのドュナロイが手に入れて

 『チェルビラの剣』と龍児はドローエルフ達ではなく、アジャースポンに連行されていると言う

 当初の目的があべこべな形になっている。

 とは言え、どちらも今現時点ではロケム配下の手中に収まっており、ロケム本人の手に渡るのも

 時間の問題であろう。

 マディーの書はシャングリ・ラまでの道しるべになり、チェルビラの剣はゲートポイントを開閉する

 重要なアイテムとなる。

 選ばれし者がこの二つを手にいれ、あとはそこへ行くだけである。


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  「一体これはどう言う事なんだ?」 猫柳警部は眉を細める。

 「仮想パーティーか何かでしょうか?」 白鳥は息を呑んだ。

 目の前のアンデッド達を見て度肝を抜かれた状態の二人。

 「ここは危険ですよ」 

 二人は振り向くと、そこには甚目寺霞が居た。

 「な、何をしたんだ霞さん」 猫柳は尋ねる。

 「タロット・カードの仕業なの?」 白鳥も尋ねた。

 「違います」 無表情で答える霞の顔色は青く、目は光を失っている。

 「病院はどうなっているんだ?」

 「もう私の力ではどうにもならないわ」

 気力を使い果たした霞は倒れこむ。

 「大丈夫かっ!」 猫柳が抱きかかえた時には、既に霞は意識を失っていた。

 「警部、このゾンビたちみんな病院に入って行きます」

 「病院で何が起きているのか?調べる必要があるな」

 甚目寺霞は悟に誤った道からの軌道修正をする機会を与えたが、残念な結果に終わった。

 いや、今の現状からすると、それ所では無い。

 病院の中へ入るのは非常に危険である。

 「本当に入るのか?猫柳警部」 突然背後から声がした。

 猫柳と白鳥が振り向くと、足を引きずりながらマラード・渡辺が現れた。

 「お、お前は……マラード」 驚いた表情で猫柳は言う。

 「ま、マラードって……」 白鳥はマラードに会ったのは初めてであったが

 マラードと言う名前は知っていた。

 「確か、鳳組の抗争事件で……指名手配中の……」

 「まあまあ、そんな昔のことは」 渡辺は白鳥の話の腰を折る。

 「昔の事じゃないわよ、つい最近の事じゃないっ!」 犯罪を犯す者の軽い口調に怒りを覚える白鳥は

 渡辺の発言を聞き流す事が出来なかった。

 「それより、一体何が起こっているんだ」 猫柳は白鳥を制し厳しい表情で尋ねた。

 状況的に一刻を争うと判断した猫柳は既に過去の渡辺の事に興味は無いようだ。

 「おっと、簡単には教えられねえな」 渡辺は白い歯を光らせながら笑う。

 「何が望みだ?」

 「例のあれ、チャラにしてくれないか?」

 「あの件のことか?」

 「猫柳警部、こんな輩の口車に乗ってはいけませんよ」 今度は白鳥が猫柳を制する。

 横目で白鳥を見て猫柳は

 「いいだろう」 しゃがれた声で答えた。

 「警部っ!」 この時点で白鳥はどう言った取引が渡辺と猫柳の間で成立したのかは解からなかったが

 犯罪者の要求をのむ猫柳に不信感を抱いた。

 ある意味、白鳥よりも猫柳の方が事件を解決する手段を選ばない傾向にあるようだ。

 逆に言うと、白鳥の方が正義感に満ち溢れていると言う事だろう。

 「信じられないかもしれないが驚かないで聞いてくれ」

 渡辺はゆっくりと状況を語り始めた。


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  「パリス……パリス……」 龍児の脳裏にパリスを呼びかける声が鳴り響く。

 「誰なんだ……」 頭が割れそうな龍児の唇からこぼれる。

 「ボス、もう逃げ場はありませんよ」

 病院の屋上に出た武装集団の一行

 「ボス、へ、ヘリはいつ来るんですか?」

 夜空を見上げるボス。

 「も、もうすぐ来る……」

 「よっしゃ!それまで持ちこたえてやるっ!」

 部下達は出入り口にバリケードを築きアンデッドを迎え撃つ準備をしている。

 ボスのアジャースポンは屋上から下を確認した。

 「飛び降りるには高いな……」

 たいていの物語であれば、この時点でヘリコプターが屋上で待機しているが

 アジャースポンのシナリオ、いや作戦ではアンデッドの強襲は予想されていなかった。

 「数が多いとは言えアンデッドは無限じゃねえ」 アジャースポンの額から汗が滴り落ちる。

 「迎え撃つ気なんだ……」 チェルビラが少しあきれた口調で言う。

 アジャースポンがチェルビラを睨む。

 「脱出用のヘリって用意してないんじゃない?」

 「黙ってろっ!」

 「まさか、ゾンビを全滅させるだけで済むと思ってないでしょうね?」

 「……」

 「その後にリッチが来る事くらい解かってるでしょう?」

 「リッチには借りを返すつもりだ」

 「やる気なんだ」

 「うるさいっ!」

 アジャースポンの声でドローエルフのハールギンとドュナロイが目を覚ました。

 「ここは……」

 全く状況が飲み込めないハールギンは、アジャースポンの顔を見て驚いた。

 「アジャースポン……何で貴様がここにいるのよ」

 「き、気が付いたか?」 少し嬉しそうなアジャースポン。

 「どう言う事なの?」

 「俺達は現在、ロケム様の任務を遂行中と言う訳さ」

 アジャースポンはドローエルフの勢力を利用すれば道は開かれると判断し

 状況を説明し始めた。


  「誰かが僕を呼んでいるんだ……」 龍児の独り言にチェルビラは気が付いた。

 「まさか……」 チェルビラは何がしらのテレパシーを感じた。

 「パリスって……僕の事だよね?」

 「龍児っ!、その声を聞いちゃダメよっ!」

 「懐かしい声なんだ……」

 虚ろな目で遠くを見つめている龍児。

 「ぼ、ボスっ!来ましたよっ!」 部下が慌てた口調で叫んだ。

 「来たかっ?! と言う事だ、手を貸してくれ」 アジャースポンは部下に答えつつも

 ドローエルフ勢に説明を終えた。

 「あの死にぞこない共め、借りを返させてもらうわ」 ハールギンの瞳から燃え上がる炎が立ち上るようであった。

 大勢の屍が、なだれ込んで来るその様は常人の士気を奪い取り、浮き足立たせ

 はっきり言って非常に怖い。

 「もう逃げ場はねえんだっ!」 部下達も唇を震わせながら、自分に活を入れる。

 「撃ちまくれっ!!」

 屍めがけて部下達は一斉射撃を開始した。

 ゾンビ共が全滅するのが早いか?

 重火器の弾薬がつきるのが先か?

 それは、終わってみなければ解からなかった。



つづく

 



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