Shangri-La
                      第57話
          伝説の死闘
                      2011/11/28 UP




  伝説と言うものは自ら作り出せるものではない。

 観衆のうわさ話や激戦が後世まで語られ伝説となるものだ。

 ここへ来て耳にした伝説、それは

 クバードと引き分けたと言う、冷酷卑劣な四本腕の牛頭の戦士。

 その戦士を一刀両断のもとに倒した、千人斬りの英雄アルスレイ。

 そのアルスレイとクバードのどちらが勝っても不思議ではなかった名勝負も
 
 伝説となりえるドリームマッチだった。

 そして今……

 モラも、つむじ風、風の精霊の歌声という伝説を残す。


  連打を繰り出すモラに対して長剣とフルプレート・アーマーで弾き返すアルスレイ。

 お互いに一歩も譲る事が出来ない緊迫した場面であった。

 「流れる様な攻撃じゃねえか?」

 「見ていて気持ちがいいよな」

 「風が流れるようだ」

 「つむじ風だっ!」 

 「剣を振るときに聞こえるあの音は何だ?」

 「ヒュンヒュンって音が聞こえねえか?」

 「声だ……」

 「風の精霊の歌声だっ!!」

 大観衆の歓声が沸きだつ中

 クバードの放った毒の効果で思うように身動きできないアルスレイに

 勢い良く攻撃を仕掛けるモラ。

 『師匠の仇を討つ弟子』と言うシナリオはいくつもあるが

 「面白い……」 プロキウスがほくそ笑む。

 「クバードの奴め……」

 師弟の連携攻撃で屈強なアルスレイを倒すと言う構図は

 さすがのプロキウスにも全く想像できなかった。

 いや、この観衆達の中にアルスレイの動きが遅くなった原因が

 クバードの放ったダーツの毒の効果であることを見抜けるものが果たして何人居るだろうか?

 ただ、どうしてもプロキウスが納得が行かなかったのは

 どうしてこんな手のこんなだまねを、あのクバードがしたのか?

 目算を誤った可能性は否定できないが、クバード自身では勝てないと思い、モラに託したのか?

 「そうではなく、初めから弟子に勝負させるつもりだったのかも知れん……」

 「確か……今回の闘技場への参加は弟子のリハビリが目的とか言ってたな……?」

 「はっ!そうだ、確かにそう言っていやがったっ!」

 プロキウスは大きく目を見開いた。

 「いや待て、そうだとしても、自分がやられてしまっては意味がない」

 「くそッ!クバードよどうしてやられちまったんだ……」

 プロキウスは少し涙を浮かべている。

 彼自身、クバードとの思いでも深く、自分の夢を託している所があったからだろう。

 「だがよ、クバード、弟子がやられちまっては、元も子もねえぜ……」

 厳しい表情でアルスレイに向かってゆくモラを見つめるプロキウスも

 心の中では、せめてこの弟子が勝ち残ってくれと念じていた。

 「あの鎧の弱点を……」 フルプレート・アーマーの弱点を探すために

 モラは色々試してみた。

 顔面や比較的に防御力が薄い間接部分を狙って攻撃を繰り出したが

 そこはアルスレイも解かっている事なので、いくら動きが鈍くなったとは言え

 簡単に長剣で弾かれる。

 背中を取れれば、後頭部から首筋の辺りに短剣を食い込ませる事が出来るのだが

 そこまで潜り込む事が出来るだろうか?

 「やっぱりあそこしかないわ」 モラは鎧の隙間をつないでいる所に狙いをしぼる事にした。

 ただ、狙っている事がアルスレイに悟られない様にフェイントをかける必要がある。

 おそらくチャンスは一回であろう。もし、その一撃で刃を滑り込ますことが出来なかったら

 アルスレイは警戒して、逆に次に仕掛けた時にクバードのように

 カウンター攻撃を喰らう事になりかねない。

 モラはこの様に、戦いの最中に駆け引きをする事が今までなかった。

 ほとんどの攻撃がアサシネイト(奇襲)だった彼女は、泥仕合にもつれこむと

 たいてい不利になっていたからだ。

 胸の鼓動が高鳴り、心臓が口から飛び出しそうで、全身が震えていたモラは

 次に繰り出す連続攻撃の中で勝負する事に決めた。

 軽快な足取りで突進するモラ。

 「おおっ!また風のような攻撃だっ!!」

 「でたっ!つむじ風っ!!」

 「いてもうたれやっ!!」

 体を回転させて宙を舞うモラの攻撃は美しく見るもを魅了する。

 アルスレイもカウンター攻撃の機会を伺っている。

 モラの一撃目はフェイントだったので、アルスレイが少し体勢を崩した。

 モラはそれを見逃さない。

 アルスレイは次のモラの攻撃は避けきれないと判断して、肩の鎧で防ぐ

 この時点でモラの短剣はアルスレイのどこにでも攻撃できる距離まで潜り込めている。

 長剣では攻撃できない距離と判断したアルスレイは拳と膝でモラを迎撃する事を決意。

 相手は体重も少ない小娘、掴みあげてもいいかもしれない。

 だがそれを考えている余裕はなく、モラのラッシュが続く。

 モラの短剣はアルスレイの顔面を捕らえる。

 と思いきや、タッチの差でアルスレイのガントレット(籠手)が弾き返した。

 視界を確保するためにガントレットを顔面より下ろすアルスレイは

 モラの顔が目の前に迫っている事に度肝を抜かれた。

 一瞬、時がとまったように見えたのだが

 有り得ないほど、モラの顔がアルスレイのすぐ目の前にまで接近していた。

 アルスレイはモラの瞳に吸い込まれそうになりつつも

 こんな可愛い女の子が自分の相手をしている事に愕然とした様子だ。

 この一瞬の隙がモラの次の攻撃を防ぐ事が出来なかった要因だったのだろう。

 モラは狙い通り、フルプレート・アーマーの胸部の側面を攻撃することに成功した。

 この胸当ての側面には蝶番が内部にあるためこれを破壊されると

 胸当てのパーツがはがれ、脇腹が露出する。

 うまく行けば胸当てのパーツ自体がはがれ落ちる。

 「ここがこの鎧の弱点よっ!!」 モラは勝ち誇った表情で叫ぶ。

 「なるほどっ!そう来たかっ!!」 プロキウスもモラの発想に歓呼の叫び声をあげる。

 アルスレイはとっさにモラの攻撃を肘で防ごうとしたが

 間に合わず、短剣と肘の鎧部分がきしみ合い金属音を立てる。

 アルスレイの肘はモラの攻撃自体の威力を半減させ

 結果、胸当てのパーツは、残念な事にはがれ落ちなかった。

 「ちっ!!」 この一撃で成功させるはずだったモラは次の攻撃も繰り出していた。

 「いかんっ!鎧がはがれていないという事はっ!!」

 プロキウスの表情が一変した。

 次のモラの攻撃は、胸当てがはがされて止めを刺す一撃であり、胸当てをはがす事ができなかったという事は

 モラの攻撃は胸当てに弾かれ、姿勢を崩したモラに向かってアルスレイの一撃が確実に決まるであろう。

 アルスレイの顔が勝ちを確信した表情になる。

 可愛そうではあるが、これがこの闘技場の戦いにおいての厳しさである。

 クバードに続きモラも、屈強の戦士アルスレイに敗退する事に相成った。

 ところが

 次の瞬間に想像も付かなかった事が起きた。

 なんと胸当てはゆっくりとはがれ落ちるではないか?

 あの攻撃力では胸当ての部品を破壊する事は出来ないと

 モラ自身もそれは解かっていたはずなのだが、それが何故?

 胸当てが何故はがれ落ちるのか?

 「こ、これはっ?!!」 プロキウスは考え込んだ。

 「ま、まさかっ!!」

 「そうだ、あの時だ」

 「クバードがアルスレイの懐に潜り込んだ、あの時」

 「確か、ブーツに仕込まれた小刀で胸当ての側面を……」

 「あの時、既に胸当ては破壊寸前だったんだ」

 プロキウスの顔の表情は忙しい現代社会のサラリーマンのように

 喜んだりあせったりしている。

 だが、一番あせった表情をしているのはアルスレイであった。

 モラの連続攻撃は胸当て部分の破壊と、鎧のはがれ落ちた、むき出しの肉体への攻撃が

 瞬時に繰り出されるため、この時点では回避する事は不可能であった。

 そして、モラの短剣が見事にアルスレイの腹部に深々と刺し込まれて行く。

 アルスレイの唇が痙攣する。

 モラは間髪容れず、二本目を叩き込む。

 「くたばれっ!!!」 

 モラの恐ろしい目つきと嬉しさにゆがんだ唇。

 きっと今まで感じた事もないエクスタシーを噛み締めた事だろう。

 「腐れ野郎っ!お前なんか……」 涙声で言葉にならない罵声を浴びせるモラは

 地面に倒れたアルスレイに馬乗りになり何度も止めを刺す。

 大歓声が沸きあがり、物が飛び交う闘技場内。

 モラはアルスレイが全く動かなくなるまで刃を付きたてた。

 そして今までの緊張感が一気に開放されて

 行き場を失った怒りと悲しみがこみ上げてきた。

 「こ、これもクバードの計算されたことなのか?」

 「弟子に勝たせるためにわざと鎧の蝶番にダメージを……」

 「ま、まさか……そんなはずはねえよな」

 クバードを美化しすぎのプロキウスは、ただひたすら涙を流すだけであった。

 裏方がアルスレイの死体を片付ける。

 全てを出し切って呆然と立ちすくむモラは、とうとう全身に力が入らなくなり

 しゃがみ込んでしまった。

 大歓声が渦巻く中、モラに駆け寄る剣闘士達と囚人達。

 だが、驚くべき事態はまだ起きる。

 「な、なんだこれはっ?!」

 裏方の驚いた声にモラが気づき、そっちを見ると

 担架に乗せられていたアルスレイの死体に異変が起き始めていた。


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  クバードの遺体は冷たい牢獄に置き去りされて、解剖されるのを待つのみとなっていた。

 その冷たい石造りの牢獄にはもう一人、大柄の男が鎖でつながれていた。

 鍛え上げられた筋肉が屈強さを物語っているこの大柄な男の上半身には

 拷問を受けたような傷が数え切れないほど付いている。

 そう、少年『悟』と兄についてお互い語り合ったあの男

 すなわち、アルスレイである。

 いやいや、少年『悟』と語り合ったあの男が千人斬りのアルスレイで、今まさにモラに倒されたはず

 どうして同じ人物がこの牢屋に閉じ込められているのか?

 それは、これから語られる事になる。


  どれくらい時間が過ぎただろうか?

 鎖に繋がれていながらも意識を取り戻したその大柄な男、アルスレイは

 顔をゆっくりと上げ、クバードの遺体を見た。

 わらなどを編んで作った敷物、いわゆる筵(むしろ)で全身を覆われているので

 その遺体がどう言った輩(やから)なのか確認する事は出来ない。

 この時代では筵を全身に覆いかぶせられたという事は遺体を意味している。

 左腕だけが筵からむき出しになっている事に気が付いた大柄の男、アルスレイは

 「く……クバード……」 声にならない言葉を発した。

 なんと、その腕だけでクバードと見抜いたではないか?

 クバードの左腕の薬指にはめられている指輪が淡い光を発している。

 「と、トロルキン・リング……」 大柄の男はかすれた声で言う。

 垂れた長い金髪の奥に光を失っていない青い瞳が、その淡い光をじっと見つめていた。

 大柄の男はその淡い光に、遠い昔の記憶を思い出していたのだ。


  それは傭兵部隊の隊長を任されていた頃の記憶で、その大きな森を横切る事に

 不安を抱きながらも、敵を欺(あざむ)くためには必要不可欠と

 判断した上層部の命令に従った、あの時の話である。

 数十名あまりの小さな傭兵部隊であったが荒くれどもの集まりだった。

 本来、森を横断するだけの任務だったにもかかわらず、戦闘状態になったのは

 その森の守護者と自称する蛮族、すなわちバーバリアン共との交渉決裂が原因だった。

 彼ら蛮族にとっては、よそ者の侵入は許されるべきものではなかったので

 礼儀知らずの傭兵部隊の荒くれどもとバーバリアン達は、すぐさま戦闘になったのだ。

 兵の数が減ってゆくのを見てアルスレイは和解が出来ないのであれば

 長(おさ)同士の一騎打ちで、この場のいざこざを解決しようとした。

 蛮族とて何も好きで戦っているわけではなく

 これより後方にはバーバリアンの集落があり、そこを守るために戦っているのだ。

 傭兵部隊の隊長アルスレイとバーバリアンの族長の戦いは激しく火花を散らした。

 蛮族の族長が勝てば、傭兵部隊は撤退し、アルスレイが勝てばこの森の横断を許される。

 この頃のアルスレイも強かったが、蛮族の族長も負けては居なかった。

 力量はほぼ互角で硬直状態が続いていた、その時

 バーバリアンの集落にヒドラと言う巨大な化物が何故か突然襲ってきた。

 その化物は見た目は竜の様な姿をしているのだが

 頭が八つもあり、その各々の噛み付き攻撃で集落の者に次々と襲いかかり

 そして不幸な事に族長の娘がヒドラに捕われてしまった。

 決闘どころではなくなった蛮族の族長はアルスレイに勝負を預け、ヒドラとの死闘を決意する。

 また、アルスレイも決して友情が芽生えた訳ではなく

 族長一人では厳しいと判断し、加戦する事にした。

 全長二十メートルはあろうかと言う巨大な化物に

 二人は勇敢にも立ち向かっていったのだ。

 族長の娘は十数メートル上空のヒドラの頭がくわえているので、手も足も出せず

 残りの七本の頭が『早く食わせろ』とばかりに噛み付きにかかる。

 族長は実の娘が目の前でヒドラの餌食となる悲惨な光景を前になす術もなかった。

 愛嬌のある娘でみんなからも慕われていた。

 蛮族達もこの化物に手出しも出来ずに、ただひたすら悲しみがこみ上げるだけであった。

 鋭いヒドラの牙が娘の柔肌に食い込んでゆく。

 と思いきや、次の瞬間

 間一髪で黒装束の男が族長の娘をヒドラの口から救助する事に成功したのだ。

 その場の全員が目の錯覚か何かか?と自分の目を疑った。

 娘の無事に全力でヒドラにぶつかる事が出来るようになった二人は

 掛け声とともに勢い良く突撃して行き

 結果、見事にヒドラを倒す事ができたと言う訳だ。

 傭兵部隊の部下達も、蛮族達もこの時、自分の長(おさ)を誇りに思った事だろう。

 周りの者達は歓呼の叫び声や勝鬨を上げて大騒ぎになり、しばらくの間やむ事はなかった。

 だが、残念な事に族長はヒドラの鋭い一撃を喰らい、致命傷を負ってしまった。

 信頼の厚い族長は、たくさんの仲間に囲まれ息を引き取る事となった。

 惜しい男を亡くしたとアルスレイがなげいていると

 確かに亡くすには惜しい男だと

 娘を助け出した黒装束の男が指輪を差し出した。

 何か獣の犬歯が土台になっており、その先に大きな黒い宝石がはめ込まれたその指輪を

 族長の薬指にはめると奇跡は起こった。

 その指輪の名は『トロルキン・リング』と言い

 またの名を『回復の指輪』と言った。

 トロルと言う妖精族の成れの果ては、凶暴で有名であるが

 その身体能力の一つにリジェネレート能力がある。

 リジェネレートとは新陳代謝が驚異的に早い事で

 傷口はおろか、切断された体の一部ですら元通りに復元すると言う特殊な能力である。

 トロルは一度倒れてもその身体能力のおかげで

 時間はかかるが復活するのだ。

 よく『傷口が見る見るうちにふさがる』と言うあれである。

 そのリジェネレートを止めるには火傷させるか、木っ端微塵に粉砕する必要があり

 細胞組織を破壊する事でその身体能力は停止すると言う。

 黒装束の男がどう言った経緯で回復の指輪を手に入れたのかは謎であるが

 族長はそのおかげで一命を取りとめ

 また、傭兵部隊の森への侵入も許可されたのだ。

 回復した族長が指輪の持ち主に礼が言いたいと申し出た際には

 黒装束の男は既にその場にはいなかった。

 実は、黒装束の男と言うのがクバードだった。

 アルスレイはどうして関係のない蛮族をクバードは助けたのか?

 あの時からずっと疑問に思っている。

 今度会ったら一度聞いてみようと心に決めながら

 今に至ると言う訳だ。

 まあ、随分とまた、昔の記憶であった。

 冷たい牢屋で鎖につながれている大柄の男、アルスレイは

 目を閉じて笑みを浮かべた。


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 「いったいどういう事だ!」

 裏方が担架に乗せていたはずのアルスレイの死体が

 解けてなくなり雪の塊だけがその場に残された。

 「こっ!これはっ!!」 プロキウスも度肝を抜かれた。

 突然体が蒸発し雪の塊が現れたのはシムラクラムと言う特別な魔法の仕業であった。

 「ば、化物だったの?」 モラには意味不明であった。

 正確には化物ではなく、造られし者である。偉大な魔術による産物で

 本物のアルスレイをモチーフに造られる。

 その実力は本物とまでは及ばないが、オリジナルのアルスレイ自体がかなりのツワモノなので

 シムラクラムと言えども、これほどまでに強力だったのだろう。

 辺りを見回すと、わずかな剣闘士と囚人が立っているだけであった。

 モラも含め、生き残った者達は、まるで魂を抜き取られた亡者のようにぐったりとして

 裏方に誘導されながら各々、アーチゲートより静かに退場して行った。

 「あの千人斬りの英雄は魔法で造られたものだったというのか?」

 「そ、そんな馬鹿な……」

 プロキウスもさすがに、そこまでは見抜けなかった。

 
  こうして、千人斬りの英雄とクバード、モラの激闘は幕を閉じた。

 激闘はこの世界において伝説の戦いとなる事は間違いないであろう。

 だが、アルスレイとクバードの物語はまだ終わっては居なかった。


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  回復の指輪の淡い光が徐々に消えてゆくと

 クバードがゆっくりと起き上がり、鋭い目つきでこちらを見る。

 「クバード……」

 「よう、アルスレイ」 とても低く渋い声でクバードはアルスレイの名を口にした。

 「クバード、いったい……」







つづく

 



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