Shangri-La
                      第55話
         モラはつむじ風
                      2011/10/08 UP




  プロキウスは立ち上がったまま放心状態であった。

 今まで見たことがない激しい戦いは

 あっけない幕切れだった。

 「あのクバードが負けた……だと……」

 プロキウスは心の底でクバードを応援していた。

 いや、勝つと確信していたのかもしれない。

 どこの国にも属さない傭兵を営みとしていた若い頃に

 共に血と汗を流した戦友のクバードが現役で戦うその姿に

 自分の夢を託していたのだろう。

 ゆっくりと腰を落とすプロキウス。

 また、タンクトップの女性、ヴァレリアも意気消沈していた。

 「これが……あなたの目的だと言うの?」

 「つまらないプライドを賭けて戦い、そして朽ち果てて行く……」

 フードを深く被りなおしたヴァレリアは止め処もない涙を流しつつ闘技場を後にした。



  レイド戦の流れは急変した。

 「近衛兵どもっ!何をしているっ!残党狩りだっ!」

 ダバルナ王はその醜い体を揺さぶりながら命令する。

 「生き残った囚人達を皆殺しにしろっ!」

 クバードが倒れた今、もう怖いものは無いと思った

 ヒッタイト部隊の面々は、隊列を組みなおし突撃する。

 剣闘士達も、それぞれ武器を構えなおし再び乱戦が始まった。

 「おーっとっ!これはまた凄まじい展開だっ!」

 「まだまだ戦況は互角だ!どうなるのか解からないぞーっ!」

 進行役がやっと調子を取り戻した。

 少年悟は突撃してくる近衛兵を迎え撃とうと必死になっている。

 どう見てもこの展開はヒッタイト部隊の勝ち戦で

 戦意を喪失し、ひたすら逃げ回る囚人も居るが

 いくら逃げ回っても、この闘技場には逃げ隠れできる場所はなく

 簡単にヒッタイト部隊の歩兵に殺されて行く。

 盛り上げるのが進行役の勤めとは言え

 凄まじい展開は解かるが、既に終焉である

 と誰しもが思った。

 だが、そんなか

 まだ幼い少女が、流れるような攻撃で大食漢の歩兵どもを倒してゆく。

 何かの錯覚ではないかと誰もが目を疑った。

 「まるで、つむじ風の様だっ!!」 

 「何者だぁっ!」 ダバルナ王も驚き叫ぶ。

 今回のレイド戦において、既にメインディッシュを完食し

 今更、食べ残ったオードブルに手を出す事もないと

 観衆達はこの残党戦にしらけた感覚すら覚え始めた

 そのさなかに、驚きのデザートが来たと言ったところであろう。

 そう、そのデザートと言うのはモラの事である。

 モラは見せた事の無い形相で

 たくみに鎧の間を狙い、致命傷とまでは行かないが

 戦闘不能にする位の損傷を歩兵に与えており

 痛手を負った近衛兵は傷口を手で押さえたり、しゃがみ込んだりして

 戦闘離脱して行く。

 クバードほどの腕力がなくとも、戦い方次第では

 この状況を乗り切ることができると言う希望を剣闘士や囚人達に与えたのだ。

 「象の革ベルトを切った、あのチビだっ!」

 「あのチビを何とかしろっ!」 ダバルナ王は大声で叫ぶ。

 全般的に歩兵たちは重い鎧を着ている事もあり

 モラの素早い動きに全く付いて行けない。

 そこに、身長が二メートルを超える大柄の歩兵が一人

 「そうはさせぬっ!」

 ダバルナ王を守るべく間に割って入った。

 モラは軽く空中に飛び上がり、大柄の歩兵の顔面を蹴る。

 顔面こそ蹴られた大柄の歩兵も根性を見せて

 着地するモラを押さえつけようと手を伸ばす。

 大柄の歩兵が押さえつけることに成功すれば、そこで勝負がつくであろう。

 がしかし、モラはまた素早く空中に飛び上がったので

 「だめだっ!」 掴もうとした腕は空振りに終わり、大柄の歩兵は思わず叫んだ。

 掴み損ねた所をモラは、すかさず全弾攻撃態勢だ。

 「はうっ!」

 大柄の歩兵は地面に倒れた。

 あまりの見事な攻撃にダバルナ王も仰天している。

 「こ、こっちに向かって来るではないかっ!」

 モラはもの凄い勢いで突進して来る。

 ふと見るともう、ダバルナ王の盾役となる歩兵は居なくなっていた。

 「ああっ!ま、まてっ!」 ダバルナ王はひざまずいて命乞いをするような姿勢をとる。

 がしかし、モラの焦点はダバルナ王ではなかった。

 その向こうに居る

 アルスレイであった。

 倒れたクバードの骸(むくろ)が裏方によって片付けられてゆくのを見たモラは

 さらに怒りがこみ上げて

 「ゆるさないっ!」

 一心不乱で突撃する。


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  謎の武装集団のリーダーであるアジャースポンは

 部下達に屋上へ拠点を移すように指示をした。

 気を失っている三人のドローエルフも部下達によって運ばれて行く。

 「足手まといになる奴は殺してかまわんぞ」

 「急げっ!アンデッド達が来るぞっ!」

 今まで余裕の表情であったアジャースポンが少しあわてている。

 「やっぱり、そうか……」 チェルビラは何かを理解した口調で言うと

 アジャースポンとチェルビラは睨みあいになった。

 「お前はアンデッドを相手にしたくないようね?」 チェルビラは言う。

 「むっ……」 何か言い返そうとして口を閉ざしたアジャースポンは

 「何をしているっ!さっさと移動しろっ!」 部下達に当たってみせた。

 「お前の得意な攻撃もアンデッドには通用しないか?」

 チェルビラの口調が変わった。

 それは長い年月を過ごしてきた者の口調で

 アジャースポンに対して上から目線に変わったのだ。

 「くっ……」

 「お前の超能力はアンデッドには効かない、そうであろう?」

 超能力。

 人間には様々な能力があるが

 超能力の定義づけは、そう言った能力のない人間が区別したもので

 現在の自然科学では合理的な説明ができない現象として

 簡単に片付けられてしまっている。

 逆に、超能力を使える者にとっては

 それが当たり前で何の疑問も感じない。

 水の中でしか生きられない魚達から見れば

 陸上に住む動物は超能力保持者であろう。

 現代社会において人間もまた進化を続けている

 そのうち超能力を使える者が現れても不思議ではない。

 「部下達をコントロールすようには行かないだろう」

 チェルビラは少し笑みを浮かべながら言う。

 超能力は相手の精神に影響を与えるものが多い。

 例えば、相手の思考を読み取るESPや

 相手の脳に情報を送り込むテレパシーなどは

 相手に思考回路がなくては意味を持たないのだ。

 人間はそれを言葉と言う伝達方法で行っているが

 超能力者はそれを言葉ではない方法で送り込む事が出来る。

 アンデッドには感情や思考回路がない者がほとんどで

 アジャースポンの得意とする精神攻撃も通用しないと言う事である。

 簡単に言えば、ぬいぐるみの犬に

 お手をする様に言っても言う事を効かないのと同じである。

 「ばかめ、サイキック攻撃は精神的なものだけではないわ!」 

 アジャースポンは強がって主張してみせる。

 「ほう、では何故そんなに焦っているのだ?」

 「むっ……」

 「口に出来ない様だな?」

 「小娘っ!何を知っているのだ?」

 「お前の瞳の中に隠された紋章だ」

 「な、なにっ?!」

 「その紋章を見るからに、お前はオルカスの配下だったな?」

 鋭い目つきで微笑するチェルビラ。

 オルカスとはアンデッドを司る神で

 オルカスが存在する世界にはアンデッドが存在すると言われ

 いわば、アンデッドモンスターの創造主的存在である。

 その神を殺してしまえば、その世界からアンデッドと言う

 存在は無くなると言う事だが

 まあ、そう簡単に神的存在を殺すなんて事はできないが。

 「貴様ぁっ!!」 こめかみの血管が浮き上がるアジャースポン。

 「なのに、何故アンデッドを怖がっているのじゃ?」

 「むっ……」

 「アンデッドなど、自分の支配下に納めてしまえば良いではないか?」

 「……」

 「オルカスの部下であるお前なら簡単な事であろう?」

 「……」 返答する事ができないアジャースポンは視線をそらした。

 「出来ない理由がある……そうだな?」

 「くっ……」

 目をそらしていたアジャースポンが再びチェルビラの顔を見る。

 「それは……」 チェルビラが説明しようと口を開く前に

 「うるさいっ!!」 アジャースポンは大きな声を張り上げた。

 「小娘に何が解かるっ!!」

 「おれが……この数百年間、どんな苦しみを味わった事か……」

 両手を高く突き上げアジャースポンは苦しそうな表情で言う。

 「組織と折り合いが悪かった、そう言いたいのか?」

 「魔族の中にも居るものだな……秩序の保てない者が」

 「俺は間違ってはおらぬわっ!!」

 「そして組織を裏切ったと言うわけじゃな?」

 「……」

 「オルカスの角笛を手土産に」

 「そこまで知っているのか?」

 オルカスの角笛とは、カエルのような爬虫類と山羊が混じり合った顔で

 下半身は醜く太った人型の悪魔の彫像でその角の部分が角笛になっていて

 大きさ的にはホルン位である。

 この角笛から出る霧状の音を浴びた生命体は

 オルカスの力によって命を奪われたあげく

 アンデッドモンスターに豹変してしまうと言う

 おぞましく凶悪なアイテムである。

 「まだ続きがある」

 「むっ!」

 「その角笛を逃走の途中でリッチに奪われた」

 「違うっ!あれは交渉の結果だっ!」

 「おおかた、喧嘩を吹っかけて、負けたのじゃろ?」

 「角笛だけで済んだのは幸いであったな」

 「どちらにせよ今のお前はロケムにすがるほか無いわけだ」

 キャプテン・キーンと骸骨男のリッチの手に

 その、オルカスの角笛が渡ったのは事実のようで

 経緯からすれば、アジャースポンが逃げたくなる気持ちが

 少しだけ解かるような気もする。

 一度戦って負けた者に再戦を挑むには、今の段階では

 いささか準備が足りないのであろう。

 皮肉な事にその角笛で造り出されたアンデッドによって

 アジャースポンはこの拠点を放棄せざるを得なくなったと言う事だ。

 「ちっ!貴様、生かしては置けぬな」

 「お前ごときに、この私を葬る事はできぬ」

 「いろんな意味でな」 チェルビラは微笑しながら言う。

 「な、なら、この小僧を殺してやる」

 アジャースポンは片腕しかない龍児の右腕を掴み上げた。

 「痛いっ!」 龍児は思わず声を出す。

 「龍児……」 一変して困った表情に変わるチェルビラ。

 ここへ来て妙な展開になってきた。

 おそらく、このアジャースポンはチェルビラの言うとおり

 オルカスの部下であったのだろう。

 組織に追われロケムの所に逃げ込み、一命を取り留め

 そしてロケムのもとで動いている。

 「小娘に姿を変えて、えらそうな事を言うが、所詮、アイテムなんだよ貴様は」

 アジャースポンは、勝ち誇った笑みとあせった表情が混ざり合った顔つきで罵倒した。

 「さっさと移動しろっ!小娘がっ!」

 そして全員が拠点を移すべく屋上へ向かった。






つづく

 



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