Shangri-La
                      第54話
           終止符
                      2011/09/11 UP




 
  「間違いないっ!アルスレイの動きが鈍くなったんだっ!」 プロキウスは叫んだ。

 「効き目が現れたな……」 クバードは鋭い目つきで勝ち誇った笑みを浮かべた。

 クバードはアクロバット的なジャンプをして空中から攻撃を仕掛ける。

 決着をつけるつもりなのであろう。

 「まずはこれだっ!」

 腰のサックより手のひらに納まるほどの大きさの白い弾を取り出し

 アルスレイに向けて投てきした。

 アルスレイはバックステップで白い弾をかわしたが

 白い弾は地面で弾けて煙を噴出した。

 「え、煙幕弾かっ?!」 プロキウスはクバードの突拍子もない行動に胸が躍る。

 煙幕で辺りが見えなくなり、刺激臭で嗅覚が痙攣を起こす。

 「こっ!これはっ!」 二人に注目していた誰もが驚いた瞬間であろう。

 咳き込むアルスレイは両目の目蓋を閉じており視界すら奪われた状態で

 「やはりな……」 クバードは何か確信した様子で、二本の剣を振りかぶり突進する。

 そしてクバードは言った。

 「いつから左目が見えるようになったっ?!アルスレイっ!!」 

 「……っ!!」 硬直するアルスレイから焦点を外さないクバードは

 さらに言った。

 「お前の左目は義眼のはずだっ!」

 何の事だか解からない周りの者たちは、二人のやり取りに口をあんぐりさせている。

 最上段から二人を見ていた黒髪でタンクトップの女性はそれを理解していたようで

 「こんな所で昔話を出すなんて……」 小さな声でつぶやいた。

 それはクバードとアルスレイが、まだ若い頃の話であった。

 「大丈夫か?アルスレイ」 クバードはしゃがみ込むアルスレイに近寄った。

 「左目をやられた……」 アルスレイの左目を押さえる手から血が滴り落ちる。

 「パイレルは?」 クバードは問いかけると

 「に、逃がした……」 アルスレイは肩を落として吐き捨てるように言った。

 「おーい」 仲間であるエルフ族のプロストが走り寄って来て状況を語る。

 「あかん、逃がしてもうた」 フルプレイト・アーマーで重装備のアルスレイとは真逆な

 軽装備のプロストですら追いつかなかった事に

 追撃をあきらめたアルスレイは悔しさだけが残った。

 「次は……必ず仕留めるっ……」 拳を地面に叩き付けるアルスレイ。

 地面を這いつくばるアルスレイはこの時

 高貴な貴族の誇りと冷静さなど全て投げ出して号泣し

 「ブルランドの仇は……必ず……」

 血の混じった涙が次々と地面にこぼれ落ちた。

 また、その悲惨な光景はクバードの瞳にも焼き付いていた。

 クバードの瞳がズームアップされて

 再び闘技場の二人が対峙した場面に戻る。

 「あの時、お前は左目を失ったはずだ」

 クバードは険しい表情で話し始めた。

 「左に回りこんでも見えている事」

 アルスレイは少しふらつきながらもクバードを睨んだ。

 「煙幕弾をくらった時の左目」

 長剣を握りなおすアルスレイ。

 「ふきすさむ風に舞い上がった砂埃……」

 クバードも二本の剣を構えなおした。

 「今のお前は両目が見えているっ!!」

 クバードは再び踏み込んだ。

 アルスレイも突進を始めた。

 「俺の知っているアルスレイじゃあねえっ!!」

 終止符を打つべく

 力と力、技と技がぶつかり合った瞬間であった。


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  「僕を呼ぶのは誰なんだ?」 龍児の耳から頭蓋骨に響く謎の声が

 パリスと言う名前を連呼していた。

 「龍児っ」 チェルビラも何がなんだか解からない不安に駆られる。

 「なんだこの小僧……」 アジャースポンも一瞬、気にはかけたがそれよりも

 「ボスっ!どうします?」 無線から聞こえる村田達の防戦の方が気がかりだった。

 「グレネードで対応しろ」

 「諒解、やってみます」

 アンデッドは次から次へと6番出入り口から進入してくる。

 「いったい何人居るんだっ!」 植田は青ざめた顔つきで言う。

 海賊船長と骸骨男のリッチが後ろ盾をしており

 「アンデッドが進入できる入り口が見つかったぞっ!」

 前回とは比較にならないアンデッドが送り込まれている。

 「わーはっはっはっはっ!」

 海賊船長のキャプテン・キーンは遠眼鏡を片手に高笑いをして

 「舟のこぎ手、全員突撃しろっ!」

 あのクラシカルな海賊船のオールを漕いでいた数百人の船員が

 桜庭病院を取り囲む。

 「包囲戦だっ!敵の城はもうじき落ちるぞっ!」

 「グレネードを使う、下がってろっ!」

 村田は腰から手榴弾を取り出して投げ込んだ。

 そして爆発と同時に肉片が飛び散り

 そこはまさに地獄絵図と化した。

 病院の壁に飛び散った赤黒い血液。

 まだ動いている切断された手。

 首だけが床に転がり落ちて、こっちを恨めしそうに見ている。

 嘔吐きそうな風景にもかかわらず

 「やりましたよっ!」 植田は喜んでいる。

 すると、奥から淡い光を放つ一際大きいアンデッドが進入してきた。

 「パリス……パリス……」 ゆっくりと進入してくるそのアンデッドは白銀の鎧を着している。

 「こいつっ!」 村田は白銀の鎧のアンデッドに手榴弾を投げつけた。

 凄まじい爆風と煙で視界が遮られる。

 「どうだっ?」 植田は目を凝らした。

 盾で防いだのか?

 白銀の鎧のアンデッドは吹き飛ばされていなかった。

 「きいてねえよっ!」

 冷静な村田は決断した。

 「植田、ここは一時撤退するぞ」

 「ええっ?」

 アンデッドは数え切れないほど進入してきている。

 「きりがない」

 「了解」

 全ての進入路を塞いだ意味はこの時点で無駄になった。

 作戦とはこういったもので

 たった一つのほころびが全てを台無しにしてしまうのだ。

 逆に言えばマラード・渡辺に牙城を崩されたという事になる。

 アンデッドも手伝って、今回のアジャースポンの作戦は

 もはや当初のものでは無くなりつつあった。

 「く、なんと言う事だ……」 アジャースポンは奥歯を噛み締めた。

 「脱出路を失いました、どうしますか?」 部下が焦った口調で言った。

 「あわてるな」 額に汗をたらしながらもアジャースポンは落ち着いて見せた。

 「拠点を移すぞ」 

 「外には出られませんよ」

 「解かっている」

 「ではどこに?」

 「屋上だ……」

 そこしか選択肢は無かった。


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  「クバード……いったい何が目的なの?」 

 終止符を打とうとするクバードの瞳を見た

 黒髪のタンクトップの女性は、あの時の事を思い返していた。

 長年住み慣れた街を出てゆくクバードを

 必死になって止めた

 あの時を。

 スラム街をクバードは薄汚いマントで身を隠すように歩いていたあの夜。

 後を追いかけて、やっとその背中を発見した彼女は

 クバードがどう言った理由でこの街を出なければならないのか?

 その訳が知りたかった。

 「随分とめかし込んで、どこへ行くつもりなの?」

 フードをかぶったクバードは何も話はしなかった。

 「ここを出るつもりだね?」

 一度は足を止めたクバードだが、再び歩き出す。

 「バッカスの犬がバッカスを出て、どこへ行く気なの?」

 遠ざかるクバードに一際大きな声で

 「クバードっ!憶えてるっ?!」

 「女、子供をやれない奴は、アサシンにはなれやしないってっ!」

 無言で足を止めるクバード。

 「当時、あなたが口癖の様に言ってた台詞」

 横目で睨むクバード。

 「あの頃のあなたは輝いていたわ」

 クバードの背中に近づく彼女は強い口調で

 「なのに、今のあなたはどうなのっ?!」

 「よその国のお偉いさんに良い様に使われてっ!」

 「どう言うつもりなのっ!」

 「いったい何が目的なのっ?!」

 ついに彼女はクバードの襟元をつかみ一心不乱になって問いかけていた。

 その姿を冷たい視線で見つめるだけのクバード。

 「何とか言ったらどうなのよっ!」

 真一文字に結んだ口をようやく開いたクバードは

 「良くしゃべる様になったな……ヴァレリア……」 一言だけ低い声で言った。

 「クバード……っ!」 彼女の次の言葉を遮るようにクバードは

 「俺とはもう関わるなと言っただろ」 と言うと再び背を向け歩き始めた。

 「待ちなよっ!」

 彼女はクバードの正面に立ちふさがり

 クバードの瞳をじっと見つめた。

 少しの間、沈黙が続き

 思いつめた表情で彼女は

 「まだ……あの事にこだわっているの?」

 「……」 

 「誰にでも過ちはあるものよ」

 「……」

 「ねえ……もういいじゃない」

 「……」

 「私はこの通り生き返ったわ」

 一瞬、厳しい目つきをしたクバードはまた歩き出した。

 振り切るように。

 そして、クバードは二度と立ち止まる事はなかった。

 「クバードォーっ!!」 

 彼女の声はスラム街の暗闇に吸い込まれる様に消えていった。

 過去の記憶を思い出すたびに彼女の心は引き裂かれてゆく。

 ひびが入った宝石が元に戻らない様に

 人の心もまた同じであった。

 「あの時、もっと無様に止めていれば良かったのかも知れないわね……」

 「いつも解からない……あなたは一体何を企んでいるの?」

 「どうして二人が戦わなければならないの……」

 彼女の思いとは裏腹に二人の戦いはクライマックスを迎えていた。

 
  「いかんっ!クバードっ!その距離はアルスレイの罠だっ!」

 プロキウスが当初より気にしていた妙な距離

 そう、アルスレイの長剣の方が圧倒的にリーチが長く

 クバードの剣が届く距離に入らずとも攻撃が出来るにもかかわらず

 あえてクバードの攻撃が届く所まで踏み込んで攻撃するその訳は

 やはり、アルスレイの罠であり

 この短い戦いの中で張りめぐられた布石だったのだ。

 単発の攻撃ではクバードを捕らえきれないと思ったアルスレイは

 あえてクバードの剣が簡単に届く距離まで踏み込み

 クバードが手を出すまでじっと待っていたのだ。

 「ああっ!」 プロキウスは言葉にならない声を発した。

 クバードの攻撃に対して

 アルスレイは待ってましたとばかりにカウンター攻撃を繰り出していた。

 そして、クバードはアルスレイの鋭い一撃で貫かれ

 「うぐぐ……」 口から血を吐き出した。

 次の瞬間、大歓声が巻き起こった。

 「しょ、勝負が付いたーっ!!」 今まで息を呑み一言も話さなかった進行役が

 ようやくアナウンスした台詞がこれであった。勝負が付いた事は見れば解かる。

 「ぼっ!ボスっ!!」 モラは叫んだ。

 危ない展開であればモラも参戦するつもりだった

 もう一息でクバードが勝つような流れだった

 アルスレイのたったの一撃でクバードが沈むとは想像もしていなかった。

 この時、クバードが倒れこむ姿はモラの瞳にスローモーションで映るのほど

 あまりにも衝撃的な出来事であった。

 「ボぉースっ!!」 何度も声に出しながら

 「おのれっ!!ゆるさないっ!!」

 モラはアルスレイに向かって一直線に突撃していた。





つづく



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