Shangri-La
                      第53話
         六本腕の悪魔
                      2011/09/04 UP




  クバードはアルスレイの目を見ていた。

 いつ攻撃を繰り出すのか?

 どういった動きをするのか?

 ここまで戦いの経験を積んだ兵(つわもの)であれば

 相手の目を見ればそれを理解できる。

 一瞬も目を離せない瞬間であった。

 息を呑む大観衆

 心配そうな顔つきのモラ

 意味ありな面構えのプロキウス

 切迫した表情の少年悟

 何かを知っているかのような眼差しの甚目寺霞

 ダバルナ王も

 近衛兵たちも

 剣闘士たちも

 囚人たちも

 約五万人がこの二人に注目している。

 「けっこうあるのね……この階段」 肩で息をしながら

 闘技場の最上段まで登りつめた女性がつぶやいた。

 黒い髪を後ろで束ねたその女性は

 細い肩を露出したタンクトップの上から

 マンテッラの様に短い羽織物をしている。

 遠くを見るように彼女は空を眺め

 しばらくして我に返り、闘技場を見回した。

 「もう始まってるのね……」

 闘技場の最上段だけに風が強い。

 「この大観衆の中で二人が仲間だった事を知っている者が居るのかしら?」

 クバードとアルスレイの共通する過去を知っているこの女性は何者なのだろうか?

 何かを確かめる様に目を細めた彼女は

 「二人が戦う理由は何?」 唇をかみ締めて小声で言った。

 「地位?名誉?最強の座?それとも憎しみなの?」

 か弱い彼女の独り言は大観衆の歓声に飲み込まれ掻き消されて行った。

 そして、空風がクバードとアルスレイの間を吹き抜け

 「これはどうだ?」 クバードは口元をゆがませて言うやいなや

 素早い踏み込みと同時に襲い掛かった。

 「ほう……左へ回り込んでも見えているのか?」 クバードは笑みを浮かべる。

 アルスレイはクバードの攻撃を長剣で弾き返す

 が、クバードの攻撃回数が今までより多く

 アルスレイはその手数に長剣のさばきが間に合わなくなってきた。

 「これは……」 プロキウスが驚きと喜びが混ざり合った表情で言う。

 長剣で攻撃するアルスレイの一撃は鋭く

 決してそのスピードが遅いわけではない。

 だが、軽装備のクバードは二本のロングソードを巧みに操り

 連続攻撃を仕掛けてくるので、一本の長剣でさばき切るのにも限界があった。

 「六本腕の悪魔がでるのか?」 プロキウスは嬉しそうに言った。

 六本腕の悪魔

 それはクバードの攻撃があまりにも早く

 あたかも腕が数本あるかの様に見える事から

 そう呼ばれていた。

 裏家業の仲間内で、クバードの名前を知らない者でも

 六本腕の悪魔と言う暗殺者がメキアの暗殺集団に存在する事を

 知っているものは少なくは無かった。

 この大観衆の中に、その筋の者が居るかどうかは解からないが

 まさか、ここで戦っている男が

 あの六本腕の悪魔だとは誰もわからないであろう。

 いや、プロキウスを除いてと補足しておこう。

 絶頂期のクバードを知っているプロキウスは正直言って

 今回の闘技場参加には反対していた。

 「クバードよ……」

 「おめえさんもそろそろ引退かとさえ思っていたが……」

 プロキウスはエントリーに来た時のクバードの目を思い出していた。

 「鋭い目には衰えを感じなかった……」

 「何か目的があると言っていたが」

 「何かを企むあの男の目に一点の曇りも無かった……」

 「それどころか、あの六本腕の悪魔が再びお目にかかれるんじゃなかと俺は……」

 プロキウスのクバードに対する期待は大きかった。

 そうこう言っていると

 「どうだっ!!」

 クバードの素早さと連打に、とうとうアルスレイが対応できなくなった。

 「決まったかっ?!」 プロキウスは立ち上がった。

 もの凄い大歓声が嵐のように轟く。

 クバードのロングソードがアルスレイの頭部を貫いた。

 「なにっ?!」

 と思いきや、フルプレート・アーマーの肩のパーツがそのクバードの攻撃を

 防いでいた。

 アルスレイは防ぎきれないクバードの攻撃をフルプレート・アーマーで弾き返したのだ。

 「なるほど、クバードのロングソードではあのフルプレート・アーマーを貫通させるのは厳しいな」

 「だからクバードはアルスレイの弱点となる頭部か比較的細い腕部、もしくはプレートの間を狙っている」

 「そうなるとアルスレイも、おのずとその軌道が読めると言う訳だ」

 そう、肩手持ちのロングソードでフルプレート・アーマーを貫くのはかなり難しいだろう。

 武器だけで言えば先の戦闘でバーツが使用していたバトルアックスの方が遥かに有利である。

 「そんな事は戦う前から解かっているはずだよな?クバードよ」

 クバードの連打が再び襲い掛かる。

 アルスレイは受けきれないクバードの攻撃をフルプレート・アーマーで弾き返す。

 「ぼ、ボス……」 モラはフルプレート・アーマーの防御力に驚愕していた。

 実際にフルプレート・アーマーを装備した敵と面と向かって戦った事が無かったモラは

 『自分ならどうするのか?』と

 モラなりに頭の中でシュミレートしていたが

 一向に打開策は見出されなかった。

 そもそもフルプレート・アーマーは剣による攻撃を意識して改良された鎧であり

 この時代の鎧の中では最高峰である。

 刃物が改良された時代に皮の鎧から鎖帷子に変化し

 鎖帷子に対抗してスピアやハンマーが改良されるようになった。

 スピアやハンマーのような武器から身を守るために

 鉄板を用いる鎧、すなわちプレート・アーマーがその姿を現し始めた。

 そして最終形態がフルプレート・アーマーである。

 欠点はあまりにも重いため機動力を損なってしまう。

 この時代の貴族はこのフルプレート・アーマーを着こなし

 機動力を馬で補っている。

 屈強な脚力を持ったアルスレイであってもその機動力はクバードとは比較にはならない。

 「そろそろだな……」 クバードはつぶやいた。

 クバードは軽快に移動しながら牽制攻撃を仕掛ける。

 普通の戦士であれば、この牽制すらかわす事はできないだろう。

 クバードの攻撃をアルスレイは鎧で弾き返す。

 「んっ?!」 プロキウスは何かに気づいた。

 「ボスっ!もう少しっ!」 モラはクバードの優勢に気持ちが高ぶり手に汗を握る。

 「いけっ!鎧ごとぶっ壊せっ!」 少年悟もクバードを応援する。

 じっと見つめるだけの甚目寺霞。

 「アルスレイの動きが鈍くなっている」 プロキウスは目を見開いて言った。

 今までクバードの攻撃を剣で弾き返していたアルスレイが鎧で弾き返す回数が増えている。 

 「どういう事だ?」 プロキウスは腕組をして考え込んだ。

 「確かにクバードの手数も増えているが」

 「アルスレイの動きが追いつかないようにも見える……」

 「んんっ?!」

 「間違いないっ!アルスレイの動きが鈍くなったんだっ!」 プロキウスは叫んだ。

 「効き目が現れたな……」 クバードは鋭い目つきで勝ち誇った笑みを浮かべた。


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  「村田っ、どうなってる?」 武装集団のボス『アジャースポン』は無線で問いかける。

 「そ、それが不死身の男どもが侵入してきて」

 「不死身だと?」

 「マシンガンで撃っても死なねえんです」

 「……」

 「アンデッドだな」 アジャースポンは村田の情報から答えを弾き出した。

 『アンデッド』と言う言葉にチェルビラはすぐさま『骸骨男』すなわちリッチを連想した。

 ここに倒れている三人のドローエルフとカフェテラスで戦闘になった時も

 複数のアンデッドが現れた。

 その周辺に住み着いていた浮浪者達をアンデッドに作り変えて

 龍児たちを襲わせたのは、アンデッド達の後方に居た

 髭の似合う海賊船長と古びたローブ姿のリッチだろう。

 アンデッドを操るのもさる事ながら、龍児たちに対する奇襲攻撃も見事に成功している。

 あの時もそうだが、今回もリッチはどう言った手段を使っているかは解からないが

 的確に龍児とチェルビラの追跡が出来ていると言う事だ。

 チェルビラは一抹の不安を覚えざるを得なかった。

 一方、龍児は、また悪夢の再現ではないかと

 恐怖に心を支配されかけている。

 一瞬の間にクラスメイトの宮田、吉岡、大岡美香の行方はどうなったのか?

 また、ドローエルフとの激しい戦闘でやられたネノの事を思い出していた。

 そして、時より痛みを生じる左ひじの付け根。

 ハールギンの神の一撃で切断された左腕の肘から先はもう存在しない。

 何かを掴もうと思っても、それすらかなわない。

 「僕はこれから……どうなってしまうんだろう……」 鬱な表情で左腕をながめる龍児。

 と、その時

 どこからか呼ぶ声が聞こえてきた。

 「パリス……パリス……」

 龍児はパリスを呼ぶ声に再び困惑し

 頭を押さえしゃがみ込んでしまった。

 「だれなんだ?」

 パリスと呼ばれ自分自身が呼ばれているかのような感覚が襲う。

 「ど、どうかしたの龍児……」 チェルビラが龍児を心配する。

 瞳孔が開いたような表情の龍児。

 一体何が起きているのだろうか?






つづく

 



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