Shangri-La
                      第51話
          心が無い
                      2011/07/15 UP




  以前、チェルビラは龍児とこんな話しをした。

 人間には『心』がある。

 たいていは体の中心、いわゆる心臓の辺りにある。

 思っている事や感情などがその『心』にあてはまるのだが

 実際にそれらは頭で思考される。

 にもかかわらず、心臓の辺りに『心』があると言うのは変である。

 人間はその『心』を必死で守る必要がある。

 心臓を刃物で突き刺されれば、一瞬で死んでしまうし

 また精神的に損失した場合も、廃人と言う形で

 今までのその人では無くなってしまう。

 『心』とは物理的に体を司る存在、精神を司る魂の受け皿。

 どちらにせよ、これを失った時、人は死ぬ。



  両者一歩も譲らない戦いに大観衆は釘付けとなった。

 収容人数、五万人による大歓声は

 まるで、雷(いかずち)が落ちた時の轟音の様である。

 二刀流の構えで距離を詰めるクバードは

 アルスレイの懐まで潜り込もうと機会を伺っている。

 機動力こそ低いが、一歩踏み込み長剣を振り下ろせば

 いつでもクバードに届く距離をアルスレイは維持している。

 イニシヤチブを握っているのはアルスレイで

 攻撃を仕掛けるのもアルスレイからであった。

 「ぼ、ボス……」 モラは唇をかみ締める。

 素早い攻撃が武器であるクバードが後手に回っている

 その様にモラは心配せざるを得なかった。

 なにしろ、こんな戦いを見るのは始めてであったのだ。

 クバードの仕事は速く、いつもなら意図も簡単に決着が付くが

 このアルスレイと言う男を前にして、クバードが苦戦をしている。

 そもそもクバードは素早さを生かすための鎧である革の鎧を

 いや、それ以下のレザージャケットみたいなものしか着しておらず

 防御力『ゼロ』に近い。

 二の腕なんか肌むき出しである。

 反してアルスレイは鋼のフルプレート・アーマーと言う

 難攻不落の要塞の様な防御力を誇る鎧を着している。

 これらを比較しても雲泥の差であった。

 「言っただろ、クバードよ」 プロキウスは目を細めた。

 「街中で気づかれていないターゲットを暗殺するのとは訳が違う」

 「この円形闘技場では隠れる事ができる場所はねえ」

 「ましてや、相手は戦いにおいての専門職」

 「まともに戦っては勝ち目は無い」

 勝ち目は無いと言いながらもプロキウスは薄気味悪い笑みを浮かべる。

 「はあああぁっ!」 気合の入った掛け声とともに

 アルスレイが踏み込みながら長剣を振り下ろす。

 <まただ……> クバードは心の中でつぶやく。

 踏み込む距離が近すぎる。

 攻撃を繰り出してくるアルスレイは時より

 接近しすぎる傾向にあり、クバードの攻撃範囲に入り込んでしまっていた。

 アルスレイの装備している『トゥーハンド・ソード』は槍ほどのリーチがあり

 クバードの装備している『ロング・ソード』でアルスレイに命中させるには

 この長いリーチを掻い潜って懐に潜り込む必要がある。

 アルスレイが攻撃しては少し距離を取る戦法を取れば

 クバードは手も足も出ないという訳だ。

 「いやいや、そうともかぎらねえ」 プロキウスは、ほくそ笑みながら言った。

 「毎回先に仕掛けるアルスレイの攻撃をクバードは余裕でかわしている」

 「単発で繰り出すアルスレイの攻撃ではクバードを捕らえる事はできねえ」

 「それがクバードの素早さって事だ」

 「これではラチがあかねえ」

 「そこでアルスレイは時々、牽制に加えて、わざと一歩踏み込みクバードの距離にまで近づき」

 「誘っていると言う訳よ」

 プロキウスは今まであらゆる剣闘士を育ててきた男だけあって

 戦闘の分析も正確である。

 「クバードが自分の剣が当てられる距離に来たアルスレイを攻撃した瞬間に」

 「アルスレイのカウンターが襲い掛かるって戦法だ」

 クバードとアルスレイはお互いに相手の『心』を読み、切り札を直隠しにして戦っている。

 普通の戦士には無い、経験の豊富さが驚くような戦い方を作り出すという訳だ。

 「アルスレイの戦法にクバードはまだ気づいていない……」 

 「問題はそこよ……」

 あごをさすりながらプロキウスはクバードを睨みつける。


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  武装集団のボスは龍児に問いかけた

 「マディーの書はどこだ?」

 「マディーの書を手に入れて、どうする気なの?」 チェルビラは厳しい眼差しで武装集団のボスを睨む。

 「なんだあ?この小娘は?」 タバコをふかすボス。

 「あなたも、この世界の者じゃないわね」

 この問いかけに一瞬場が静まり返った。

 「ぶわっはっはっはっはっ!」

 武装集団のボスは大きな声で吹き飛ばすように笑った。

 武装集団の連中もチェルビラの発言に苦笑する。

 「何を言い出すかと思ったら、オチビちゃん」

 「誰の命令で動いているの?」 チェルビラは間髪居れずに質問する。

 「リッチか?ロケムか?」

 「む……」

 『ロケム』と言う単語に目の色を変えたボスは

 「オチビちゃん、この状況をよく見てから発言した方がいいぜ」

 「あなた、人間じゃないわね」 食いつくようにチェルビラは言う。

 「ああん?」 うざったいといった表情のボス。

 「心が無い」

 「むむ……」 豆鉄砲を食らった鳩のような目をする武装集団のボス。

 「あなた、デーモン族か何かね?」 チェルビラの視線が武装集団のボスに突き刺さる様である。

 その場にいる部下達も、このやり取りに違和感を持ち始めた。

 「ぶわっはっはっはっは」

 「そうとも、俺には人のような心はねえ」

 「よく悪魔のようだと言われるなあ」

 うまい事言って煙に巻こうとする武装集団のボス。

 チェルビラの真剣な眼差しと武装集団のボスの視線がぶつかり合う。

 武装集団のボスもまた目に見ることができない思念をチェルビラに送り込んでいた。

 「そう言う、オチビちゃんも人間じゃねえな?」

 「心がねえ……」

 龍児もこの二人の会話を聞いていて

 「一体どういうことなんだ?」 口をあんぐりとさせている。

 チェルビラと武装組織のボスは『ESP』(extrasensory perception)の能力を

 使用する事で、相手の『心』を読んでいたのだ 。

 「オチビちゃんこそ何もの……」

 「はっ!」 ボスはふと我に帰り、ドローエルフ達を見た。

 目を細める武装集団のボス。

 「ぶわっはっはっはっは」

 固まったこの場の空気を一気に吹き飛ばすような高笑いをする武装集団のボス。

 「何がおかしいのよっ!」

 チェルビラは言い返す。

 「オチビちゃん、あんたの正体がわかったぜ」

 「え?……」

 「あんた、チェルビラの剣だな?」

 武装集団のボスの頭の中で色々な情報と事柄が結びついた瞬間であった。

 「……」 返答しないで黙り込むチェルビラ。

 「このドローエルフ達はヤバランが送りつけた『チェルビラの剣捜索隊』だな?」

 「ぶわっはっはっはっは」

 「うるさいわねっ!いちいち馬鹿笑いをしてっ!」

 むかつく笑い方に御立腹のチェルビラ。

 「俺はまだ運に見放されていなかったと言う訳だっ!」

 そう、確実な計画のものとに任務を遂行する武装組織のボス『アジャースポン』にとって

 今回予期せぬ出来事の連続でマディーの書を奪取できず

 そうとう苛立っていた所であった。

 彼らの掟にある『失敗は死を持って償う』はボスであろうと

 免れる事はできない。

 そういった意味でも、チェルビラの剣が転がり込んできた事は

 まさに起死回生のチャンスであった。

 「すると、そちらの少年が輪廻転生の聖戦士だな?」

 「そ、それは……」 青ざめるチェルビラ

 龍児と一緒にゲートポイントまで行き

 その扉を開き『シャングリ・ラ』へ辿り着くという計画が

 このアジャースポンと言う男に潰されてしまう。

 絶体絶命のピンチであった。

 「見た所、負傷しているし、もう戦う前から勝負が付いているようだな」

 アジャースポンは笑いをこらえている。

 普段、ここまで感情的になることは有り得ないチェルビラだったし

 また、馬鹿笑いをしそうなアジャースポンにせかされてチェルビラは

 「あなたの言っている事は全部間違いよっ!」

 「私はチェルビラの剣ではなく、彼は聖戦士パリスではないわっ!」

 言葉は考えてから発するものであると後悔した。

 「ほう……そうだったな」

 「はっ!」

 「聖戦士の名は『パリス』だったな」

 この瞬間に、幕は下りた。

 

 「ボスっ!大変です」

 「植田か?どうしたっ!?」

 突然の報告に緊張が走る。

 「6番から侵入者多数っ!」

 「なんだとっ!?」

 植田は無線機で報告しながら必死で6番出入り口で応戦していた。

 「こいつら、撃っても撃っても死にませんっ!」

 「いくら弾があっても、弾がもたねえっ!」

 アジャースポンと村田は首をかしげながらお互いの面を眺めている。

 「ちょっと俺が行ってきます」

 「頼んだぞ村田」

 村田の判断と行動は早かった。
 
 脱出の際にも使用するはずであったワゴン車が何者かに奪われたという

 暗号の連絡を受けたアジャースポンは植田に

 6番出入り口より待ち伏せをするように命令していた。

 ワゴン車の運転手は今も尚、拘束されているようで

 武装集団は作戦通りに帰還できない状態であった。

 「ワゴン車を強奪したのはこの俺さ」 片足の男、マラード渡辺は

 フレイラに病院送りにされた田中の見舞いに桜庭病院を訪れていた。

 「俺の隠したマディーの書を横取りしようなんて」

 渡辺は白い歯をちらつかせて笑う。
 
 「ゆるさねえよ」

 渡辺はワゴン車の運転手から閉鎖された桜庭病院の秘密の進入路を聞き出した。

 そして、身軽なカノンに潜り込むように指示していた。

 たが、この後、渡辺も武装組織の連中も全く想像できない状況に陥ったのだ。

 「これは一体どういう事なの?」 カノンは6番で入り口に近づこうとした時に

 人影を発見して身を伏せた。

 人影はゆっくりと6番出入り口へ向かって行った。

 待ち伏せしていた植田によってその人影は奇襲攻撃を受け

 消音機の付いたアサルトライフルの無機質な音とともに

 人影は肉片と化した。

 カノンが先に到着していたら、あの肉片はカノンの物であっただろう。

 植田は人影が複数居る事に気が付き

 残りの弾数を計算した。

 次々進入してくる人影に3発ずつ打ち込んだ全てが命中!

 見事な腕前である。
 
 が、しかし問題はここからであった。

「まだ死んでいないのか?」

 一度は床に血まみれになって倒れこんだその侵入者は

 ゆっくりと起き上がるではないか?

 「防弾チョッキか?」

 植田はアサルトライフルの引き金を再び引く。

 「いや、血が吹き出ている、命中しているはずだっ!」

 侵入者は複数人

 一人当たり既に10発は打ち込んでいる

 ところが

 侵入者は血まみれになっても尚、立ち上がり

 植田に襲い掛かってくる。

 「な、何なんだこいつらっ!」

 あわてて植田はボスに無線で連絡をしたというわけだ。

 「植田っ!大丈夫か?」 村田が応援にかけつけた。

 「村田の兄貴っ!」

 「こいつら、いくら撃っても死なねえんですっ!」

 「なんだとっ!?」 

 「あの少年たちといい、この不死身な敵といい」

 「一体何が起きているのだ?」

 村田は少しだけ冷静さを失っていた。

 少しだけ。


 木の陰に身を伏せていたカノンは

 渡辺に状況を連絡した。

 「それは……アンデッドだ……」 

 渡辺は低く落胆した声色で言った。

 「あ…アンデッド?」 

 カノンもアンデッドの存在は聞いた事があったが

 実際に見るのは初めてであった。

 「あれが……アンデッド……」

 既に死んでいるので、ライフルで撃たれても死なない

 あのアンデッドをカノンが持っている剣で斬ってどうなるのか?

 囲まれでもしたら、終わりだろうと言う想像はいとも簡単にできる。

 背筋を冷たいものが走ったカノンは生唾を飲み込んだ。

 そして

 「あ、あれは?」

 複数の人影の一番最後に淡い光を放つアンデッドに気づいた。

 よく見るとそれは他のアンデッドとは異なり

 白銀の鎧をまとっていて一回りほど大きい

 「あれが……ボスなんだわきっと」

 「なんだって?」 渡辺が聞き返す。

 「なんか、一際大きくて、鎧を着た奴が居るのよ」

 「鎧を着ているだとっ?」

 「そうよ、白い鎧で豪華な……」

 「まじか?」

 「あんな豪華な鎧を持ってるのは、どこかの貴族か、修道院の聖戦士しか居ないわ」

 「そ、それはまずいな」

 「え?」

 アベリアン地方の一般的な事柄であれば知識として持ちあわせているカノンも

 アンデッドの事となると、その範囲を超えていた。

 「アンデッド・ウオーリアーだきっと」 渡辺は緊張した声色で言う。

 「なにそれ?」

 「カノンっ!絶対に近づくなよっ!」

 「ええ、わ、解かった」

 渡辺は、ワゴン車の窓から紫色の夜空を眺めながら

 「アンデッド・ウオーリアーを操れるなんて……」

 「リッチしか居ねえな……」

 「厄介だぜ……」

 すこし諦めの表情をしてつぶやいた。


 「さて、今度こそ手に入れるぞ、チェルビラの剣」

 海賊船の船長『キャプテン・キーン』と 骸骨男『リッチ』が暗闇から

 このアンデッド共を眺めていた。





つづく

 



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