Shangri-La
                      第50話
          プレッシャー
                      2011/06/19 UP





  漆黒の石造りの部屋には玉座が一つだけ配置されており

 そこにロケムが座っている。

 首から提げているアミュレットを手にとって眺めているその様は

 雨の日に部屋で退屈している子供のような、そんな風にも見える。

 だが、外見はそうではない。

 じめっとした爬虫類の尻尾のような髪の毛は不気味な群青色で

 眼球は金色で白目が赤く、口は耳元まで裂けている。

 ロケムは何とも恐ろしい形相で、間違いなくこの世の者ではない。

 「ヤバランっ!まだ、チェルビラの剣を奪取できんのか?」

 「いったいドローエルフ達は何をしているっ!」

 鋭い牙が唇からはみ出したまま、ロケムは強い口調で言う。

 「もう少しの所で、屍どもに邪魔され、一旦ゲートにて退却したようでゲロ」

 暗闇から、語尾にカエルの鳴声の様な口調で返答するヤバランは姿は見る事ができない。

 「しくじったと言う事か?」

 「申し訳ございませんゲロ」

 黒い霧の様なものが空間を覆い、その中にヤバランは潜んでいるようだ。

 「あのリッチがアンデッド・ウオーリアーまでも使ってきましてゲロ」

 「ほう、それは興味深い」

 「ゲートの魔法が無ければ、危うくドローエルフ共も全滅する所でしたゲロ」

 「そうか……」

 ロケムの表情は恐ろしいが余裕の笑いを浮かべているようだ。

 「では、マディーの書はどうなっている?」

 「残念ながらロケム様、アジャースポンからの伝令ではマディーの書は未だに入手できていない様でゲロ」

 「ヤバラン、マディーの書『は』でなく、マディーの書『も』だろ?」

 「うぐゲロ、申し訳ございませんゲロゲロ」

 「アジャースポンは時間に厳しい男のはず……」

 「確かに、彼にしては珍しいですなゲロ」

 「5年前から、あちらの世界に潜伏させておいた駒だ」

 「アジャースポンは武装組織の構築に成功しましたゲロ」

 謎の武装集団のボスは、どうやらロケムの手下のようだ。
 
 「マディーの書さえ抑えてしまえば……もう少し待つか……」

 ロケムは口元から冷たい冷気を吐きながら不気味な笑みを浮かべた。

 「それより、気になる事がありますゲロ」

 「なんだ?」

 「私の探査魔法によるとゲロ」

 「マイグレーターが動いているようですゲロ」

 「マイグレーターが動いただと?」

 「さようでございますゲロ」

 「チェルビラの剣を喰らうつもりだな?」

 「それが、我々がターゲットとしているチェルビラの剣ではなくゲロ」

 「他の次元界へ移動を開始したようでゲロ」

 「そうか……とうとう軸が回り始めてしまったと言う訳か……」

 「二番目、三番目のチェルビラの剣がパートナーを確保するために動き出したという事になりますゲロ」

 「では、マイグレーターに協力して、二番目、三番目のチェルビラの剣を始末しろ」

 「御意でゲロっ!」

 マイグレーターとは軟体動物のような外見をした奇怪な生命体で、強力な魔法で造られた物質を

 主食としている。

 いつ、誰がこの様な生命体を作り出したのかは謎であるが、ロケムですら気にかけるほどの

 力を持っている。

 「もう少しで、私も出られるようになる……」

 「待ち遠しいのう……」

 感情の読み取れない爬虫類の目は薄気味悪く、裂けた口元がつり上がっている事から

 かすかに笑っているように見えるロケムは

 この冷たい玉座より離れていられる時間に限りがあるようだ。

 どれほどの時間、下界に降りられるのかは解からないが

 圧倒的な力を持つロケムが相手では、今の龍児では全く歯が立たないであろう。
 


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  乾いた風が舞い上がり、アルスレイとクバードを包み込む。

 砂埃で一瞬お互いの視界が見え隠れする中、両者ともに間合いを計りつつ距離を詰める。

 緊迫した殺し合いを幾度と無く目の当りにしてきたモラではあるが

 こんなに張り詰めた空気の中で戦うボスを見たことが無かった。

 「ボ、ボス……」

 このアルスレイと言う男を見るとクバードより背も高く

 頑丈な鎧を着ている。

 「ボスが負けるはずが無い……」

 モラは何度も心の中でつぶやく。

 しかしアルスレイが構えている両手持ちの長剣を見ると不安が横切る。

 「あの長剣は卑怯だわ……長すぎる……」

 長すぎる剣の脅威をモラも認めざるを得なかった。

 「大丈夫、ボスの素早さには勝てっこないわ……」

 モラはクバードの敏捷性が長剣の脅威を陵駕していると信じている。

 いや、信じたかった。

 「きっと大丈夫……」

 モラの瞳が揺れながら輝きを解き放つ。

 万が一の場合は自分も参戦するつもりである。

 「ボスなら勝てるっ!」

 モラの言葉は、乾ききった砂埃にまみれて、クバードまで届いてはいなかった。


  目を細めるクバードとアルスレイ。

 ゆっくりと間合いを詰めるクバードにアルスレイが長剣で牽制する。

 長剣を構えるアルスレイに対して、クバードはまだ武器すら抜刀していない。

 バーツの時もそうであったが

 命を懸けた戦闘に入る前は、誰だって二の足を踏む。

 「どうしたっ!」

 「武器も抜けないのかっ?!」

 「さっさと攻撃しろいっ!」

 観衆は手を出さない二人に対して苛立ちを覚え暴言を吐く。

 「何時まで突っ立ってるつもりだっ!」

 「長剣が怖くて手が出せないのかっ!」

 口々に勝手な事を言う観衆に対してプロキウスは苦笑する。

 「愚かな観衆共め」

 「これが、あの男の戦法だ。二の足を踏んでる訳じゃねえ」

 そう、これはクバードの戦い方の一つで

 どういった攻撃をするのか?

 ぎりぎりまで相手にその手の内を読ませない戦法なのだ。

 背中と腰に装備された剣を抜くのか?

 それとも、ダーツ(手裏剣)を投げるのか?

 この段階では解からない。

 二人が対峙して、いくらか時間が経過しているが

 その間にも、クバードは『どういった攻撃をしてくるのか?』というプレッシャーで

 相手に精神的なダメージを与えているのだ。

  長剣の脅威に対して、バーツは多大なプレッシャーを与えられ

 結果、バーツから仕掛ける破目になった。

 「プレッシャーに耐え切れねえ奴が先に手を出す」

 「俺は今まで数え切れないほど緊迫した戦いを見てきたが」

 「大概、硬直した戦いでは、先に手を出した奴が負ける」

 「余裕がねえんだろうな……」

 プロキウスは嬉しそうに言った。

 そして

 動いたのは

 アルスレイだった。

 「余裕がねえのはアルスレイの方だったかっ!」

 プロキウスはクバードの勝ちを確信した笑みを浮かべた。

 「んっ!?」 クバードは目を見開いた。

 アルスレイのチャージ(突進)。

 凄まじい金属音と

 目が眩むような光源が二人の間からほとばしる。

 アルスレイの一太刀をクバードの剣が受け流した。

 両手持ちから繰出すアルスレイの一撃は

 クバードの片手持ちの剣では押さえきれない。

 クバードはアルスレイの一撃を受け流す事しかできなかった。

 そしてクバードが驚いたのは

 アルスレイが突進をしてきたその距離であった。

 長剣が届く距離ではなく

 そこから、もう一歩踏み込んでから攻撃してくる。

 <どういう事だ?> クバードは疑問を感じた。

 もう一歩踏み込むという事は

 クバードの攻撃の範囲に入ってからと言うことになる。

 すなわち

 クバードの剣もアルスレイに届く距離だという事だ。

 アルスレイは間髪いれずに剣を振る。

 クバードはその攻撃をかわす。

 「バーツの時とは戦い方が違う」 プロキウスも驚いた。

 長剣のリーチを生かす戦いではなく

 踏み込んだ距離での戦いだ。

 避けきれない攻撃をクバードは剣で受け流す。

 「ボ、ボス……」 モラは手に汗を握る。

 心配でたまらないモラ。

 それはクバードが防戦一方な光景もまた、見た事が無かったからだ。

 両腕から繰り出されるアルスレイの攻撃は速度、威力ともに

 片手で扱うクバードの剣より勝っている。

 「やられるっ!」

 アルスレイの連打にクバードは体制を崩した

 地面に倒れれば、その瞬間に勝敗がつく。

 「おわりだっ!」

 倒れそうになったクバードは後ろへ後退するのではなく

 なんと、アルスレイの方へ突進した。

 「なにっ!」

 「懐に入ればどうだ?」 クバードの渋い声。

 振り上げた長剣、腹部はがら空き

 そこへクバードが潜り込んだ。

 このまま振り下ろしても、アルスレイの腕がクバードに当たるだけだ。

 クバードは瞬時にブーツから小刀を取り出しており

 アルスレイの胸当ての側面から攻撃を開始していた。

 胸当ての付け根部分を狙っていたのだ。

 「させんっ!」 アルスレイは足のばねを生かし

 膝でクバードの顔面を攻撃した。

 鋼の鎧を装備した膝が顔面を捕らえれば

 間違いなく顔面は粉砕する。

 アルスレイほどの脚力であれば

 その膝は鉄槌の威力にも匹敵するであろう。

 「それはどうかな?」

 クバードは驚く事にその膝に足をかけ

 勢いに乗って後ろに跳躍した

 「俺の膝を踏み台にしたと言うのか?」

 さらにその瞬間にクバードはダーツを放っていた。

 「はうっ!」

 ダーツは三本

 アルスレイはとっさに一本、弾き返し

 もう一本はフルプレート・アーマーが弾き返した。

 そして、最後の一本は頬をかすめた。

 アルスレイは目を見開き

 「あ、危ない所だった……」

 ひとつ間違えれば顔面にダーツが食い込んでいた所である。

 距離をとったクバードは背中の剣を抜く。

 これで両手持ちの長剣アルスレイに対して

 右手、左手に一本ずつ

 二本の剣を構える二刀流で対抗するクバード。

 「で、出るか?六本腕の悪魔」 プロキウスは久々に見る

 クバードの二刀流に心が躍った。



つづく

 



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