Shangri-La
                      第49話
        嵐の前の静けさ
                      2011/06/05 UP





  「バーツっ!バーツっ!」

 バーツコールが闘技場内にどよめき

 もう何度もバーツが突進を仕掛けては踏みとどまっている。

 そう、アルスレイの長剣がバーツの突進を牽制しており懐に入り込めないのだ。

 アルスレイの長剣の脅威がここまで戦況に影響するのか?

 バーツのバトルアックスの届く距離に入り込むという事は

 アルスレイの長剣の射程距離に入り込むという事だ。

 「入り込む前にアルスレイの長剣がバーツを貫くだろうな」

 奴隷商人であるプロキウスは何度と無く闘技場での戦いを見てきたが

 これほど興味深い戦いは今まで観た事が無かった。

 加えて言うなら、この後、あのクバードとアルスレイが

 どういった戦闘を繰り広げるのか?

 と考えただけで胸が躍らずには居られなかったのだ。

  吹きすさむ風に砂埃が舞う。

 舞い上がった砂埃にバーツもアルスレイも目を細める。

 「このままでは……」 いい加減、痺れを切らしたバーツは

 腰に装備された小型の手斧を密かに手に取った。

 「よしっ!」 バーツは気合の入った掛け声とともに突撃を開始した。

 アルスレイは重心をいっそう低く構え、バーツの攻撃に備えている。

 それはまるで流れるような攻撃であった。

 バーツはバトルアックスを振り上げると同時に

 手斧をアルスレイの顔面めがけて投げ込んだ。

 「むむっ!」 アルスレイは低い重心より脚力を使い跳ね上がる。

 「そうか、バーツは投げた手斧をアルスレイが長剣で弾き返すその隙に飛び込むつもりかっ?!」

 プロキウスは嬉しそうな口調で叫んだ。

 ところが、手斧は頭部にめがけて投擲されていたため

 伸び上がったアルスレイの腹部に命中した。

 「なにっ!剣で弾き返さないのかっ!」

 バーツは既にアルスレイの長剣の間合いに入り込んでいた。

 手斧の鋭いエッジはアルスレイの鎧の胸当てに食い込んだ。

 頭部に命中していたら、間違いなく即死していただろう。

 がしかし、手斧の威力ではフルプレート・アーマーは貫通できない。

 むき出しの頭部に命中するか、手斧を長剣でディフレクト(剣で弾き返すテクニック)する

 この二択を想像していたバーツの作戦は残念ながらフルプレート・アーマーで防ぐという発想が無かった。

 それは、バーツ自身がフルプレート・アーマーを装備した事が無かった事が要因だったのかもしれない。

 「はあぁぁぁーっ!!」

 そして次の瞬間、逆にアルスレイの長剣がバーツの頭部を捕らえていた。

 「おおおぉーっ!」 歓声が響く。

 意識を失っているバーツのバトルアックスの軌道はわずかにそれ

 アルスレイは軽くかわした。

 「わあぁぁぁぁーっ!!」 もの凄い大歓声。

 バーツの頭はかち割られており、倒れたまま身動き一つしない。

 「何と言う戦い方だ……偶然にしては出来過ぎている」 プロキウスは度肝を抜かれた。

 「バーツ……」 剣闘士達は動揺を隠せない表情で一歩後退する。

 「なるほど……」 クバードは渋い声でつぶやく。

 クバードは思い出していた。

 随分前の話ではあるが、ある蛮族の族長とアルスレイが一騎打ちをした時の事を。

 あの時もアルスレイが最後に取った行動は、相手の攻撃をフルプレート・アーマーで防ぎつつ

 自分の長剣を相手に命中させると言う戦法だった。

 偶然などでは無い。

 「動きが鈍い分、無駄を省く事で補っているという事だ……」

 「しかし、オリジナルを超える事はできまい」 クバードは腕組をし重低音の声でつぶやく。

 「オリジナル?」 モラは時々クバードがもらす台詞に疑問を感じるのであった。

 それは、クバードが全ての言葉を口にしていないため、よく解からないのだ。

 聞き返すモラにクバードは気づいていないため、それ以上話すこともない。

 会話は成立していない。

 まあ、クバードの独り言にいちいち聞き返すモラもモラであるが

 返答が無いクバードに膨れっ面なモラ、ちょっと可愛い。


  
  バーツの亡骸を裏方(うらかた)が片付ける。

 「バーツがやられた……」

 「おい、どうすんだよぉ」

 「お前行けよ」

 「一人じゃ無理だっ」

 剣闘士達が浮き足立ち始めた。

 「モラっ!」 クバードがモラを厳しい表情で睨む。

 「はっ、はい!」 かしこまるモラ。

 「あのフルプレートは動きが遅い」

 「お前のリハビリにはもってこいだ」

 軽く言ってくれる

 モラはそう思った。

 今までの展開からして、この台詞はありえないだろう。

 しかしボスの命令、モラは気合を入れなおして立ち上がろうとすると

 クバードがアルスレイの方へ向かって歩き出した。

 「ど、どういう事?」 モラは口をあんぐりとさせた。

 モラのリハビリにもってこいだと言っておいて

 クバードが出撃する?

 「もう、意味わかんないっ!」

  ゆっくりと、クバードは前に出る。

 口元には余裕の笑みを浮かべながら。

 「リーダーが出るぞ、おい!」

 「あの方ならやってくれるんでは?」

 「そうだ、そうだっ!」

 クバードの颯爽とした姿に

 剣闘士達と囚人たちの目に活気がよみがえり勢い付いてきた。

 それを見たダバルナ王が鞭を振りながら叫ぶ。

 「こっ!こいつだっ!この男のせいだっ!」

 ヒッタイトの歩兵達もダバルナ王に注目する。

 「この男がおかしな指令を出していたおかげで、わしは恥をかいたんだっ!」

 ざわつくヒッタイトの歩兵達。

 「ぷっ!これはもう傑作だな」 プロキウスは抑えられない感情をあらわにした。

 「凄まじいバーツコールにもかかわらず、剣闘士バーツは」

 「屈強な戦士アルスレイに敗れた」 進行役のアナウンスに観衆が息を呑む。

 「千人斬りの英雄よっ!この不届者を成敗せいっ!」 ダバルナ王はその醜い姿を振り乱し

 より一層醜い仕草で命令する。

 鎧がきしむ音とともにアルスレイは長剣を構えつつ前進する。

 対峙するクバードもゆっくりと前進する。

 円形闘技場にいる五万人の観衆が今、沈黙している。

 嵐の前の静けさとは、まさにこの事であった。

 いったいこの後どうなるのか?

 この様な展開は皆初めてだったのだ。

 一騎打ちでは無論の事、幾多のレイド戦で数え切れないほどの敵を倒してきた

 このアルスレイと互角のオーラをまとうクバード。

 だれもが拳に力が入る瞬間であった。


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  若いスキンヘッドの植田はアサルトライフル(タムセン)を装備して南の6番出口へ向かっていた。

 この6番出口は、おそらく武装集団の脱出路であろう。

 何かトラブルがあった時、ここを使う手はずになっていた。

 カノンはそうとも知らずに、渡辺の指示でその6番出口から侵入しようと試みていた。

 外はすっかり暗くなている。

 南西の方角を見ると太陽は沈んでいるにもかかわらず

 薄気味悪い真っ赤な雲がどんよりと浮かんでいる。

 カノンはその光景にギルドを出るモラを必死で追いかけた

 あの日の事を思い出した。

 生死をかけた生活の中で唯一仲間と呼べるものを失った

 あの悔しさと悲しみは決して忘れることは無い。

 ルールを破ったのはモラであるが

 ボスの考えも理解できなかった。

 ボスの手腕と掟だけがギルドを支えていたが

 モラの特務の事をもう少しうまく部下に告げる事が出来たのではないか?

 「ボスは昔からそう言った所は不器用なのよね……」

 そう、クバードは思ったこと全てを口にしない。

 唇にそっと指を当てカノンは赤くなった。

 カノンはラム酒の香りが残るボスとの接吻を思い出したのだ。

 あの時は激しく口論となったが

 今なら解かるような気がする。

 渡辺に会い、シャングリ・ラの話を聞き正直驚いた。

 そのゲートポイントの鍵になるのがチェルビラの剣であり

 マディーの書がその方角を示す地図である事と、それを狙う悪魔『ロケム』と

 ロケムの放つ刺客『イシュリッド』の事。

 モラはこのイシュリッドを探知できる特殊な能力を持っていたのが

 ギルドを出て特務を与えられた理由だった。

 「ボスは世界が崩壊している事をあの時点で知っていたんだ……」

 そしてカノンはクバードのあの台詞を思い出した。

 「カノン……。お前、だんだん似てきやがったな」

 「姉のヴァレリアに……よ」

 幼い頃、カノンは血は繋がっていない姉と二人で暮らしていたが

 ギルドに入る頃には一人ぼっちになっていた。

 行方不明になってしまった姉を探す事が本来の目的であるが

 手がかりはほとんど無く、もう諦めかけているのが現状であった。

 「ヴァレリア姉さん……」 カノンは思わずつぶやいた。

 「はっ!」

 6番出口の施錠が解除されるの待っていたカノンは人影を発見し、とっさに姿を隠した。

 「ドアのロックを解除してくれ」 アサルトライフルを構える植田。

 外から物音がするのを確認した植田はライフルのトリガーに震える指をかける。

 「まさか待ち伏せされているとは思うめえっ」 

 そしてドアがゆっくり開かれた。

 「ばかめっ!!死ねやぁぁっ!!」 植田は進入してくる者に向けて思い切りライフルをぶっ放した。

 消音機が付いているためシュルルルルと、まるでおもちゃの様な発射音とともに

 マガジンが空になるまで植田は全弾発射した。

 辺りには血液と肉片が飛び散り

 床に倒れこんだ体はもはや原形をとどめてはいなかった。

 「ざまあ、見やがれっ!!」 植田の目は何かに取り付かれたような不気味な表情をしていた。

 なんとも

 あっけない幕切れであった。





つづく

 



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