Shangri-La
                      第48話
       フルプレート・アーマー
                      2011/05/30 UP





  全身を豪華なフルプレイト・アーマーで身を固め

 両手持ちの長いトゥーハンド・ソードを握り締めたその男は

 金髪の長い髪を風になびかせながら、ゆっくりと歩き出した。

 フルプレート・アーマーとは鋼でできた鎧の事で

 全身を隙間無く包み込む事で、いかなる攻撃からのダメージを軽減する。

 この時代の武器でこの鎧を貫通して身体にダメージを与える事は

 非常に困難である。

  クバードはその男の目を睨んだまま動かない。

 「ボス……」 モラもクバードの緊迫した表情に気づき動揺している。

 そして、少年『悟』も驚愕していた。

 「あ、あの男は……」 唇が震える悟。

 そう、見覚えのある長い金髪の男は牢獄で鎖につながれていた

 あの男であった。

 鍛えられた鋼のような筋肉と全身に刻み込まれた生傷を一目見たときから

 ただ者ではないと悟にさえ理解できたあの男は

 凶悪犯のリーダーどころではなく

 この円形闘技場にて、前人未到の千人斬りを果たした英雄的存在

 フルプレート・アーマーの屈強な戦士『アルスレイ』であった。

 ヒッタイトの精鋭部隊が壊滅状態になったと思いきや

 床下から現れるシュチュエーション

 今まで、このレイド戦がメインイベントと誰もが疑わなかったはずなのに

 まさか、このレイド戦がお膳立てであったとは。

  悟はアルスレイと語った兄の話を思い出した。

 あの時、アルスレイは「兄に恨まれている」と言った。

 あの時、アルスレイは「家を継がずに他にすべき事があった」と言った。

 「あ……あんたのすべき事とはこれなのかっ!?」 悟は全身に力を入れて激怒した。

 人間は少しでも共通点があれば、分かり合える生き物である。

 しかし、この時の悟は、分かり合えたのか疑問ではあったが

 同じ兄を持ちながら色々な人生があるものだと考えさせられていた。

 「一目置いた俺が馬鹿だったよ」

 「千人斬りって、何だよっ!」

 「それって、ただの殺人鬼じゃないのかよっ!」

 おそらく、悟にとってアルスレイはこの無秩序な世界に対する

 反乱分子のリーダーか何かだと決め付けていたと同時に

 意味も解からず円筒闘技場で命を懸けて戦闘を強制させられる

 この状況を打破してくれる存在ではないかと期待していたのだろう。

 だが結局、悟が積み上げた期待は裏切られ、音を立てて崩れてしまったようである。

 「ちくしょうっ!ふざけやがってっ!」

 歯を食いしばり強がって見せたものの危機的な状況は変わってはいない。

 この目の前の千人斬りの英雄をどうすれば良いのか?

 「俺にどうする事もできやしない……」

 確かに、龍児と同じ世界にいた悟にとっては

 とてもアルスレイに勝てるとは思えない。

 ここまで生き延びて来たのが精一杯であった。 



  この時点で像三頭は像使いによって引き上げられ

 場内に倒れた死体、負傷者は裏方(うらかた)と呼ばれる処理班によって片付けられて行く。

 「さーて、緊張が高まる中、邪魔なオブジェは片付けられたぞ」

 「これで安心してフェアな戦いが望めるという事だー」

 「フェアね……」 進行役の台詞にプロキウスは苦笑する。

 アルスレイの登場で生き残った歩兵も士気を持ち直し

 剣闘士達にじりじりと間合いを取り始めた。

 尻餅をついていたタバルナ王もようやく立ち上がり鞭を構える。

 まだ戦いは終わってはいないのだ。

  ここに生き残った『ツワモノ』と称される剣闘士達は

 各々の戦いを見ればお互いの力量が分かり

 戦わずして優劣の検討がつくと同時に暗黙のうちに誰が一番強いのかを理解している。

 「バーツ、あんたなら勝てるっ!」 

 「そうだっ!そうだっ!」

 おそらくこの面子の中でこの『バーツ』と言う剣闘士が一番強いのであろう。

 「ま、待ってくれ……」 バーツは冷や汗をたらしながら言う。

 「いつもの様に軽く吹き飛ばしてくれよっ!」

 「そうだっ!そうだっ!」

 ダバルナ王や歩兵達をかき分けてアルスレイはこちらへ向かって歩き出した。

 ゆっくりと、向かって来るアルスレイは、まるで血に飢えた亡者のような目をしている。

 「バーツっ!バーツっ!」 剣闘士達がバーツコールを始めると

 それが観衆達にも飛び火し

 闘技場内にバーツコールが響き渡った。

 「バーツっ!バーツっ!バーツっ!バーツっ!」

 「あうっ……」 あまりの歓声に朦朧とするバーツは言葉を失った。

 戸惑うバーツの足は震えているが、ここで出ない訳にも行かなくなり

 「くそうっ!やってやるっ!」

 大きな斧を振りかざしながら、アルスレイへ突撃した。


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  龍児の住んでいる世界に、決して交わる事の無い異次元界の者が次々と訪れている。

 その異次元界の者の共通点は自分達の住んでいた世界が崩壊し始めているという事だった。

 ある者はその崩壊を阻止する方法を求めて。

 またある者は生き延びるために。

 ホームレスを大量に殺害し、その屍を操り利用するなどと言った事は

 龍児の住む世界ではありえなかった。

 異次元界の者の介入で龍児の住む世界も少しずつ崩れ始めているのだ。



  水晶球に特別な呪文を唱えるリディルは龍児の所在をつかむ為に必死であった。

 ソフトボールくらいの大きさの高価な水晶球に龍児の姿が映し出されるという。

 「どうですかな?」 シャーマンのゴゼットは心配そうに尋ねた。

 魔法使いにしては図体ががっしりしているゴゼットは蛮族のシャーマンである。

 龍児の世界にまぎれ込むためにタキシードを着して

 リディルの召使役を演じるつもりである。

 「むむむ……大きな建築物に捕われている様だ」 無表情な顔つきでリディルは答える。

 小学生くらいの身長だろうか?

 リディルはどこかのお嬢様のような格好をしている。

 「パリス様は?」

 「面影がある……」

 「私にも見せてくだされ」

 「ダメだ」

 「ええーっ?」

 配役が良かったのか、このやり取りを見ると

 全く疑問を感じないほど、お嬢様と召使である。

 これならうまく龍児の世界に溶け込めると

 リディルは確信しているのだろう。

 「お預けプレイですか?」

 「馬鹿を言うな、所有者以外の者には見えないのだ」

 「んっ!……これは」

 無表情のリディルの瞳が揺れ動いている。

 「どうなされた?」

 「杉村龍児は何者かに拉致されている」

 「な、なんですとっ?」

 リディルとゴゼットは今一度、龍児の居る方角を確認し

 アリシャン号の進路を再設定し発進する事にした。

 進行方向を眺めながら右手で合図をし

 「発進!」 


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  「バーツっ!バーツっ!バーツっ!バーツっ!」

 円形闘技場は、もの凄い『バーツ・コール』が響き渡っている。

 乾いた風が場内を吹きすさむ。

 バーツは長年愛用してきたバトルアックス(戦斧)を力強く構えた。

 バトルアックスとは斧を戦闘用に改良されたもので

 特徴としては伐採用と比べるとエッジが鋭く

 このエッジが缶切のように鉄板をつらぬき相手に多大なダメージを与える事が可能である。

 また、重量が3000gから5000gと重く(マキを割る斧が約1500g)

 その重量がダメージへと変換されるのだ。

 そして最大の特徴は両刃になっている事である。

 羽をひろげた蝶のような形をしている。

 このアルスレイとバーツの一騎打ちを奴隷商人のプロキウスはこう分析している。

 「武器の相性は悪くない」

 フルプレート・アーマーへの攻撃は切り裂き武器ではほとんどダメージを与える事ができない。

 鋼を切り裂く事ができないからだ。

 これは、打撃系の武器に対しても同じことが言えよう。

 また、槍や弓矢のような突き刺す武器も不利である。

 フルプレイト・アーマーは矢じりの直撃を防ぐような流線型のデザインが施されているので

 鎧自体に命中したとしても、斜め後ろへ先端がそれてしまうだろう。

 エッジの鋭いアックス系の武器は唯一、このフルプレート・アーマーを貫通する事ができる。

 しかも両刃のため、片方のエッジがこぼれても

 もう一度チャンスがあるという訳だ。

 バーツはもちろんその事を今までの経験で知っていた。

 でなければ、逃げ出していただろう。

 「問題は、あの長い剣だな」

 プロキウスは冷静に戦いを見ている。

 そう、いくら鋭いエッジを持ってしても

 鎧までアックスが届かなくては意味が無い。

 あの長い剣の間合いをかいくぐって

 アルスレイの懐に飛び込む事ができるであろうか?

 「俺の分析では、アルスレイの出で立ちは、最強の戦闘スタイルだ」

 「クバードよ、お前の鋭い刃も、あのスタイルには刃が立たん」

 「どうするつもりだ?」

 吹きすさむ風の中、腕組をしたまま睨みをきかすクバード。

 じっとしたまま動きはしない。

 バーツとアルスレイの間を烈風が駆け抜け砂埃が舞う。

 アルスレイは両目蓋を閉じ、バーツは手のひらで突風をさえぎった。

 「んっ!あれは……」 クバードは低い声で思わず口を開いた。

 「え?」 モラが振り返りクバードの表情をうかがう。

 「そういう事か……」

 険しかったクバードの口元がほころび

 笑みを浮かべた。



つづく

 



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