Shangri-La
                      第47話
           即席部隊
                      2011/03/14 UP




  「この様な建築物は見たことがありませんな」

 シャーマンであるゴゼットは驚きよりも好奇心に満ちた表情で言う。

 それもそのはずで、アベリアン大陸出身のゴゼットとリディルは

 高層ビルなんてものを見たことがない。

 アベリアン大陸の建築物は中世のヨーロッパ時代並である。

 さて、アリシャン号と言う名のガレー船は次元の狭間であるエーテル界を移動してゆく。

 キャプテン・キーンの海賊船と同じようにエーテル界を移動できる魔法の船である。

 次元の狭間を航海するこのアリシャン号は、龍児たちの住む世界から

 見ることができない。

 まあ、たまに霊感の強い者が幽霊を見る事ができるが

 そういった類の者であれば、ひょっとしたら見る事ができるかもしれない。

 「この様な所に今のパリス様は生活しておられるのか?」

 タキシードを着たゴゼットは、そびえ立つビルディングを食いつくように眺めている。

 「スター・マース様の情報によると、もう少し南西の方角だ」

 「現在は杉村龍児と言う名で、チェルビラの剣と共に高校生活を送っておられるはずだ」
 
 表情一つ変えないリディルは遠く離れた異世界にいるパトロンのスター・マースにコンタクトをとる事で

 龍児とチェルビラの剣の所在を察知しているようだ。

 「おそらくは、ロケムも必死になってチェルビラの剣を探しているに違いない」

 ゴゼットは不安な表情で言った。

 「パリス様は、もはや別の人間の体。襲われては一溜まりも無いのでは……」

 「案ずるな、ゴゼット。クローム神の力は強大だ」 人形のように無表情のリディルの肩に

 一羽のカラスがとまり、羽をつくろっている。

 「ここまで来れば」 リディルは衣装箱の中から大きな水晶球を取り出した。

 「な、なにを?」

 「船を一旦ここで停泊させる」

 「はあ、ここでですか?」

 「そして、この水晶球で杉村龍児と言う少年を探索する」

 「できますかな?」

 「解からないが、やってみよう」

 そう言うとリディルは呪文を唱え始めた

 「パリス様はクローム神の御子息、クリスタルボールで見る事ができますかな?」

 ゴゼットは不安で一杯であったがリディルの呪文を、ただ眺めるほか無かった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 


  「本日のメインイベントを前に皇帝コモドゥス様の来場ですっ!」

 進行役と観衆に軽く手をふり、挨拶代わりとする皇帝。

 落ち着いた表情で皇帝と元老院の数名が王族専用の視聴席に着いた。

  「それでは皆の衆!」

 「死闘の末、生き残ったツワモノどもの入場だぁー!」

 五万人を超える大観衆が、この円形闘技場に熱気の渦を巻き起こす。

 熱狂的に我を忘れる観衆たちの中に、このレイド戦を見守る者が二人居た。

 一人はクバードとモラを手配したプロキウスと言う奴隷商人。

 もう一人は悟を導いた甚目寺霞であった。

 耳鳴りがするほどの大歓声の中、モラとクバード、そして少年『悟』のいる小隊が入場する。

 悟の体は震えが止まらなかった。

 「今日で終わりだな」 と言う警備兵の言葉が頭から離れない。

 モラの体も震えていた。

 唇をかみ締めるモラ。

 よく見れば囚人達も、剣闘士達も皆震えている。

 そう、命のやり取りをするここで、緊張しない者は居ないのだ。

 「あの囚人たち、びびってるぜ」 観衆たちの中には遠眼鏡を持っている者がいる。

 「本当だ、握っている剣が音を立ててるぞ」

 「囚人だけじゃねえ、剣闘士達ですら震えが治まらねえみたいだぜ」

 「ほ、本当だ……」

 「生きるか死ぬかだ、なんかわくわくしてきたな」

 「おい、あれを見ろっ!」

 「なんだ?」

 「一人だけ震えていない奴が居る」

 「どれ?」

 「何もんだ、あの男は?」

 両腕を組み、目蓋を閉じているクバードは、いまだに剣を抜いてはいない。

 それ所か、口元には余裕の笑みを浮かべている。

 「クバードよ、お前の本当の企みとは……いったい何だ?……」

 プロキウスは嬉しそうな顔つきでつぶやいた。

 既に場外から象の雄叫びが聞こえてくる。

 「き、きたっ!」

 待機している象たちも興奮しているようだ。

 「皆の衆っ!おまちかねっ!」 進行役に大観衆の視線が集まる。

 「ヒッタイトのタバルナ王の入場だーっ!!」

 三頭の象と歩兵部隊が陣形を取りつつ入場してきた。

 「こ、こんなにでかいのかよっ!」

 「マジかよっ!聞いてねえよっ!」 浮き足立つ剣闘士と囚人たち。

 「ツワモノ揃いとは言え、このヒッタイトの無敵部隊の前になす術はあるのかーっ!」

 進行役も興奮しているようで、台詞の所々が乱れている。

 「戦争開始〜っ!みんな、みんな、殺せーっ!」 進行役がそう叫ぶとドラが鳴り響き

 歩兵部隊が突撃を開始した。

 訓練された足並みと真っ直ぐ剣闘士達に向けられた鋭利な剣先は

 陣形を横一直線に組んで、まるで押し寄せる津波のようである。

 「あの歩兵部隊の奴ら、上等な鎧を着てるじゃねえかっ!汚ねえぞっ!」

 囚人たちは、この場に置いても愚痴をこぼしている。

 「俺がハルバードでなぎ払ってやるっ!」 勇ましく鍛冶屋が前に出ようとした。

 「待てっ!」 クバードが止める。

 「密集の陣形をとれ」 バラバラになりかけた小隊にクバードは命令した。
 
 「外側に盾持ちを整列させろっ!」
 
 「接近戦になるまでは矢が降り注がれるぞっ!盾持ちが外側だっ!」
 
 像の上から弓隊が囚人たちに矢を放つ。

 「早くしろっ!」

 盾を持った囚人たちはすぐさま移動を開始し、盾でカバーした。

 放たれた矢は次々と盾に突き刺さる。

 大観衆の声が一斉に沸きだった。

 「ほお……」 プロキウスは、ほくそ笑んだ。

 囚人たちは続いて打ち込まれる矢も見事に盾で防いでいる。

 「おーっとこれは見事だっ!」 進行役もこの展開に驚いている。

 「弓隊の攻撃で死傷者なしだーっ!」

 元老院たちも立ち上がり驚きをあらわにしている。

 弓隊は同士討ちを避けるため、歩兵部隊が隣接する間際に打ち方を止める。
 
 続いて歩兵部隊の突撃だ。

 「剣闘士っ!前へ出ろっ!歩兵達を蹴散らして来いっ!」

 「まかせろっ!!」

 さすがに生き残ってきた剣闘士達は強かった。

 数で勝る歩兵達と互角以上に戦っている。

 「なるほどっ!、そう来たかっ?!」 見事な入れ代わりにプロキウスも興奮し大声を上げる。

 そこへ象部隊が突入してくる。

 「スピアとハルバード前へっ!」 

 長いポールの先に槍が付いている武器を持った囚人たちは

 地面にポールアームを固定して

 突っ込んでくる象が自ら串刺しになる様に仕向ける。

 これに突撃するという事は自殺行為に等しい。

 「これでいいのか?」 悟もスピアを地面に固定した。

 狂ったように象が雄叫びを上げて突っ込んでくる。

 「本当にこれでいいのか?」 悟は恐怖で体が震え、心臓が飛び出しそうである。

 悟だけではなかった。

 この象の突撃してくるさまに囚人たちは耐え切れず

 「無理だーっ!!」 逃げ始めた。

 「むむむ、やはり……怖いよな……」 クバードは少し笑いをこらえながら言う。

 「ヒーハーっ!」 タバルナ王役のデブが歓呼の悲鳴を上げる。

 逃げる囚人たちを弓兵が狙い打つ。

 「陣形を崩して孤立すれば弓隊の的になるっ!もどれっ!」

 囚人たちは聞く耳を持たず、散り散りに逃げ始めた。

 「ちょっと、まずいな……」 クバードはモラを見た。

 「モラ、作戦通りに行けっ」 

 モラはうなづいて駆け出した。

 両手にショートソードを構え、弓隊の矢の的にならぬように

 サイドステップしつつ象に接近する。

 それはまるで風に舞う花びらの様であった。

 「ちょこまかとっ!」 弓隊はモラを捉えることができない。
 
 「何をしているっ!入り込まれるぞっ!」

 デブは鞭を振るうが命中せず、モラはそのまま通り過ぎる。

 「通り過ぎただとっ?どういう事だ?」 デブは怒りを覚えた。

 すると後方の象の鞍(クラ)がずり落ちた。

 「鞍のベルトを切りやがったのかっ?!」

 鞍ごと弓隊も落下し、象は制御されないまま暴走し始めた。

 「な、なんだとおっ!」 タバルナ王役の醜いデブは

 顎が外れた様な大きな口をあんぐりと開けて言った。

 モラの動きは素早く、既に二頭目の鞍のベルトを切り裂いていた。

 この時点で像による突撃は意味を成さなくなり

 暴走する象に歩兵達が踏みつけられていった。

 「こっ!これまた思わぬ展開だっ!」 

 元老院たちは苦虫を噛み締めたような表情で落胆のため息をつき

 逆に観衆たちは大喜びで総立ちになった。

 盾持ちは盾で歩兵を押し倒しスピアで止めを刺す。

 まさに快進撃であった。

 「とうとうヒッタイトのタバルナ王も引きずり下ろされたぞー!」

 象を失ったヒッタイトの部隊は剣闘士達に取り囲まれた。

 すると、この期に及んで醜く太ったタバルナ王は助けを呼んだ。

 「英雄っ!千人斬りの英雄よっ!出番だっ!!」

 すると、闘技場の中央の地面開き、中から一人の男が姿を現した。

 全身を豪華な鎧に身を包まれ、右手には両手持ちの大きな長剣を握り締めている。

 長い金髪が風になびく。

 「さすが皇帝コモドゥス様主催のイベントっ!これまた嬉しい展開だぞ!」

 「コロッセオ史上初の千人斬りを達成した英雄のお出ましだーっ!」

 剣闘士達はたじろぐ。

 「ま、まじかよ……」

 囚人たちの中にはこの英雄の事を知らない者も居るかもしれないが

 剣闘士達の中では知らない者は居なかった。

 「最近では四本腕の牛頭を一刀両断した事でも有名でありますっ!」

 大観衆の声で進行役の台詞も、かき消されそうである。

 「こ、ここで出てくるとはな……」 プロキウスの顔から笑みが消え

 恐怖を押さえきれない、いびつな表情へと豹変した。
 
 今まで活気付いていた剣闘士達が水を打ったように沈黙する中

 クバードの視界にもその英雄が飛び込んできた。

 緊迫した空気が辺りを包み込んでいる。

 そしてクバードは、ゆっくりと、低い声でつぶやいた。

 「ア…アルスレイ……」



つづく

 



  戻る