Shangri-La
                      第46話
      レイドと呼ばれる団体戦
                      2011/02/20 UP




  灼熱の太陽が闘技場を照らし、五万人を超える観衆たちの声援が地響きを起こす。

 太陽の熱よりも観衆たちの熱気のほうが熱くたぎっていた。

 「さーっ皆の衆っ!過去の栄光、タバルナ王の率いるヒッタイト部隊がー」

 中央の踊り場に皇帝コモドゥス主催のイベント進行役が喉も枯れんばかりと大きな声で

 次の催しの説明をする。

 闘技場には十数名の囚人が粗末な武器を手に中央に集められている。

 囚人達はこれから一体何が起きるのか?

 全く解からない。

 「見よっ!タバルナ王の部隊の入場だーっ!」

 鎖が巻き上げられ、重い扉が徐々に上昇開閉して

 姿を現したのは、なんと

 巨大な象であった。

 しかも三頭もいる。

 「ゆっくりとトライアングルを描く陣形での入場だぁーっ!」

 全長8メートルはあるだろう。(中学校の教室の端から端が約9メートル)

 体重は8000キログラムを超えるだろう。

 (競馬の駿馬が400〜500キログラム、ワゴン車が2000キログラム)

 この象は相当でかい。

 巨大な象の背中には座席つきの大きな鞍(クラ)が装備されており弓兵が五人乗っている。

 見晴らしの良い展望台からの攻撃は一方的な展開になりそうだ。

 三頭のうち、先頭の象には鞭(ムチ)を持った巨漢と弓兵が二人とあわせて三人が騎乗している。

 鞍の単座に腰をすえている鞭を持った巨漢は醜く太った男で、口髭がなんとも不潔な印象を与える。

 巨漢がいなければ弓兵が五人は乗れただろうに、なぜ?と考えさせられるほどデブである。

 デブはさておき、この巨大な像だけでも敵としては強烈なインパクトを与え士気が下がるにもかかわらず

 足元には鎧に身を包んだ歩兵がわらわらと護衛している。

 「ヒッタイトのタバルナ王であーるっ!」 進行役が大きな声でアナウンスすると再び観衆がどよめく。

 巨漢は立ち上がり両手を高く上げて観衆に答える。

 どうやらこのデブがタバルナ王らしい。

 離れたところから見る観衆にとって、これくらいの巨漢でないと王を演じるには力不足なのかもしれない。

 中央の囚人達の表情は青ざめており、お互い顔を見合わせている。

 「さあーて戦闘開始だあーっ!!」 進行役は手を上げて合図をする。

 ドラがなり、歩兵達が囚人に向かって突撃を開始した。

 囚人達も武器を構えて歩兵達と対峙する。

 歩兵達が接近戦をする前に象に騎乗している弓隊がまず矢を放つ。

 程よく囚人達の前衛が矢を浴びて陣形が崩れた所に歩兵達が体当たりをかます。

 歩兵達と囚人達は乱闘になった。

 兵舎で習う戦術の基本中の基本と言えるべくセオリー通りの展開である。

 だが違うのはここからである。

 なんと、そこへ容赦なく象が突入するではないか?

 歩兵だろうと囚人だろうとお構いなしに踏みつける。

 走り去る象の跡には死体が残り

 それを見て観衆は興奮の坩堝となった。

 囚人の半数は戦いを放棄し逃げ始めたが、この闘技場には逃げ隠れできる場所は用意されておらず

 象の上から放たれる弓兵の矢に次々と背中を貫かれていった。

 「なんとも見事な闘いだーっ!」

 見る見るうちに囚人達は全滅し

 闘技場は観衆の大歓声で湧き上がり、しばらくおさまる事は無かった。

 そして

 「皆の衆っ!本日はこれで終わりではなくー」

 注目を浴びる進行役。

 「これからが始まりであるっ!」

 「ヒッタイトの無敵の部隊に立ち向かうのはーっ!」

 「ここ半年間も生き延びてきたツワモノ部隊だーっ!」

 「っと、その前に二十分間の休憩だぁーっ!」


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  〈俺達の計画を邪魔するとは一体何者なんだ?〉

 武装集団のボスは6番の入り口で待ち伏せをして

 その計画を邪魔するやからを排除するように部下に命令した。

 思いもしなかったイレギュラーに動揺するボスの所へ村田が龍児達を連れてきた。

 「ボス、この子供たちがブツを隠したようです」

 そう、時間が勝負の今回の作戦は、定刻間近にもかかわらず未だにターゲットを確保できていない状態だ。

 それに加えて脱出路の消失。

 自分のこめかみを指で押さえて考えるボス。

 「正直まいったな……」 ボスは龍児たちの前に近づいて来た。

 サングラスをしているボスの顔を睨みつける龍児。

 ボスは龍児たちを見回しながらうなづいている。

 そして気を失っているフレイラたちを見て

 「こ、これは……」

 額から汗をにじませながらボスは驚きの表情を一瞬見せた。

 サングラスをずらし再度確認するボス。

 「信じられないようですが、この子供たちがチョロたちをやったんです」

 警告するような村田の発言をさえぎる様にボスが

 「やられるはずだ……」

 「え?」 村田は聞き返した。

 「ドローが三匹もいるとはなあ……」

 「村田……お前、よくこの黒いの三匹をやっつけたなあ」

 「は?ああ……どうも」 状況が飲み込めないまま褒められる村田。

 ボスは龍児の顔を見て

 「小僧、マディーの書は何処へやった」

 「マディーの書……」 この発言に龍児より先にチェルビラが反応した。

 〈どうしてこの男がマディーの書の事を知っているのか?〉

 チェルビラは龍児の後ろに隠れながらボスの顔を睨み付けた。

 どうやらこの男もまた龍児の住む世界の人間ではなさそうだ。
 
 マディーの書の存在を知っている武装集団のボス。

 次元を超えて旅をしてきたチェルビラはこのマディーの書についても詳しかった。

 アベリアンと呼ばれる世界に不老不死の力を得た魔術師がいた。

 マディーと言う名の女性で、その魔術師が自分の精神力を触媒に作り出した書物が

 マディーの書である。

 龍児がこの世に輪廻転生する前、聖戦士パリスの頃からマディーはパリスに友好的であった。

 それはパリスの父であるクローム神にマディーが救われた事があったからである。

 ロケムにパリスが殺された時にマディーは恩返しの意を込めて

 パリスの魂を輪廻転生することで蘇らせる事に成功したが

 その代償によってマディーの生命力はそこを尽きた。

 世界が崩壊を初め、マディーは自分自身の力ではその崩壊を止めるのは不可能である事を悟っていたゆえに

 クローム神の息子である聖戦士パリスに全てを託しゆだねる事にしたと言う訳だ。

 書物には、マディーの魂が宿っているかもしれない。

 そして、おそらくはドローエルフのドュナロイの発動させたゲートの呪文の力を捻じ曲げ

 龍児をここへ導いたのであろう。

 武装集団のボスがここまで知っているとは思えないが、どういった経緯でマディーの書の情報を知ったのか?

 また、このアイテムを何のために手に入れたいのか?

 「マディーの書を手に入れて、どうする気?」 チェルビラは厳しい眼差しで武装集団のボスを睨む。

 「なんだあ?この小娘は?」 タバコをふかすボス。

 この空間にいるもの全員が静まり返り緊張感が走る中

 チェルビラとボスが睨み合ったまま微動足りとしかった。


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  「ヒッタイトの部隊が囚人達をあっさりと皆殺しにしたそうだ」

 「そりゃそうだろ、ヒッタイトの部隊には巨大な象がいる」

 「そうだ、あれは闘技じゃねえ、死刑執行だ」

 闘技場の控え室で準備をする剣闘士たちが騒ぎ立てる。

 その一角にモラとクバードが居た。

 「ボス……」 

 「どうしたモラ、怖気ついたのか?」
 
 「ちょっと……」

 モラとクバードもこの控え室で次の戦闘の準備をしているという事は

 どうやら次のレイドに参加するようである。

 「俺たちも、お払い箱と言う事かっ?!」

 「まじかよっ!」

 「お前ら、さっさと武器庫へ行けっ!」

 警備兵が騒いでいる剣闘士たちに怒鳴りつける。

 レイドと呼ばれる団体戦は少なくとも十数名の剣闘士が必要で

 そう何度も行えるものではないが、皇帝主催の時に限っては

 日に複数回行われる事もあった。

 生き残ってきた剣闘士だけでは人数が補えず

 即席の囚人達も借り出される事が多いのだが

 ただの囚人達は戦闘の経験もなく足手まといに過ぎず

 生き残ってきたツワモノの剣闘士の足を引っ張るだけである。

 剣闘士達にとっても迷惑な話だ。

 そこへ少年『悟』も連行されて来た。

 「一人不足してたよな」 木札とともに悟を引き渡す警備兵。

 「受領印たのむ」

 「ご苦労さん」

 悟は無理やり部屋に押し込まれ、転倒しそうになった。 

 一瞬、控え室の男どもが注目する。

 見た目も強そうでもない悟を見て特に関心も持たず、どうでも良い様だ。

 生き残ってきたツワモノの剣闘士にしてみれば

 『弓矢の盾にでもするか』と言った所であろう。

 「さあ、準備に掛かれ、時間がないぞ」 警備兵は立ち止まっている剣闘士達に発破をかける。

 「おれ、初めてなんだ」 髭を生やした囚人の一人が言う。

 「どんな武器を使えばいいんだ?」

 「はあ?」 古傷の多い剣闘士は苛立ちを覚えた。

 「あんた剣闘士だろ?なあ、頼む死にたくねえんだよ」

 「知るかよそんな事、自分の身は自分で守れよ」

 このレイドの闘いにおいては派手な武器が用意されていて

 剣闘士達は生き残るために自分で武器を選択する事が許されていた。

 まあ、『最後の望みをかなえよう』と言う事なのだろう。

 各々武器を選んでいる男たちの瞳は絶望が浮かび上がっているような

 死んだ魚のような眼をしている。

 「そいつは俺が先に選んだんだっ!かえせ」 大柄な男が怒鳴りつける。

 「何を言ってるんだ、俺のほうが先だっ!」 小柄な男も負けてはいない。

 窮地に立たされている者同士の必死な争いである。

 「よさねえか」 渋く低い声でクバードは二人を止める。

 「何だおめえはっ!」 大柄の男は、クバードを上から睨みつける。

 「戦う前からそんなんじゃ皆殺しになるぞ」

 「お前、図体ばかりでかいが、仕事は何をしていた?」 クバードは問いかける。

 「なにって、鍛冶屋だよ」

 「威勢が良いな」

 「なんだと?」

 「そのでかい盾はお前には必要ねえ」 クバードはそう言うと奥からハルバードを出してきた。

 「握ってみろ」 

 「ポールアームか?」 鍛冶屋の男はハルバードを片手で振り上げて見せた。

 さすがに鍛冶屋だけのことはあるようで武器に詳しい。

 ハルバードとは長い柄の先に大きな斧が付いている武器で豪腕でなければ扱う事が難しい。

 長い柄の武器類はポールアームと呼ばれ、対歩兵よりも対騎馬に有効的である。

 「腕力に自信があるようだが」 クバードは台詞と同時に鍛冶屋の握ったハルバードをたたき落とした。

 「ポールアームは両手でしっかり握る事だ」

 「お、おめえさん、いったい……」 鍛冶屋はクバードの目を見て恐れを感じた。

 「解かったか?」

 「ああ、解かった……」

 「そしてお前、そのでかい盾を譲ってもらったんだ」 続いて小柄の男にクバードは話をする。

 「は、はい」

 「守りに徹することだ」

 小柄な男は体がすっぽり納まるほどの大きな盾を片手に

 武器はクレイモアを握っている。

 「クレイモアは両手で扱うものだ、止めておけ」 クバードはそう言うと軽いスピアを手渡した。

 スピアとは突き刺す槍の事で片手でも比較的容易に扱う事ができる武器だ。

 「いいか、お前等、武器は見た目で選ぶな」

 「派手な武器ほど扱いにくい」 クバードの言葉には説得力があると囚人たちは納得した。

 「その点、盾は扱い易く、身を守ってくれる」

 「なるほど、言われてみればそうだよな」

 「たしかに」

 こうして、囚人たちはクバードの助言を快く引き受け

 全員、大きな盾と武器は軽めの物を選んで装備した。

 しかし、剣闘士達はそうは行かなかった。

 「おめえさん、見かねえ面だけど何者だ?」

 「そうだ、俺たちは自分の実力で生き残ってきたんだ」

 「今更、あんたに指図される憶えはねえ」

 「だいたい、あんたの装備はどうなんだ」

 三人の剣闘士達に囲まれるクバード。

 囚人たちに盾と軽めの武器を勧めておきながら

 クバードは右左、それぞれに長い剣を握っている。

 いわゆる、二刀流と言う奴だ。

 「いい加減な事言うんじゃねえぜっ!」

 「そうだ、口で言うのは簡単だぜ!」

 剣闘士達が声をそろえてクバードを非難した

 その時

 金属のはじかれる音とともに火花が散り、三人分の武器が地面に落ちて

 その場で何が起こったのか一瞬、わからなかった。

 張り詰めた空気と沈黙が支配する空間でクバードが渋く低い声で

 「俺に盾は必要ない」 と睨みながら言う。

 剣闘士達がそれぞれ握っていた武器がクバードによって弾き飛ばされていたのだ。

 「解かったか?」

 「わ、解かった……」 剣闘士達もさすがに驚きを隠せないようだ。

 そして、クバードはゆっくりと剣を治めながら語り始める。

 「それに、お前らが強い事はわかっている」

 剣闘士の傷だらけの上腕を力強く掴むクバード。 

 「ただ、俺の合図で戦闘開始だ。解かるな?」

 吸い込まれそうな鋭い眼差し。

 「ああ……わ、解かった」

 「知っているとは思うが、レイドは団体戦だ」

 「素人の実力の底上げは戦況を大きく左右する」

 「個人戦とは違う」

 「それはそうだが……」

 「経験者が誘導してやれば実力以上の成果が期待できるはずだ」

 「こいつ等を足手まといなどと思っているうちは我々に勝利はない」

 「ちがうか?」

 「た、たしかに」

 「そうかもな、たいていは囚人たちが一瞬のうちに全滅し、勢力が半分以下になって」

 「あとは生き残った俺たちが大勢の相手になぶり殺しになる」

 「さっきの前哨戦がそのままじゃねえか?」

 「俺たちも死にたくねえっ!」

 控え室はざわめき始めた、その時

 「経験豊富なお前らだ、活躍する機会はいくらでもあるっ!」
 
 「素人の囚人たちとは違う所を見せてみろっ!」

 クバードが活を入れる。

 「当たり前だ、なあ、皆もそうだよな?」

 「そうだ、まかせろ!」

 「そうともよ」

 素人の囚人たちには囚人たちの扱い方が

 プライドのある剣闘士達にはそれなりの扱い方がある事を

 クバードは知っている様子で

 この少しの時間にそれぞれの荒くれどもを、まとめ上げる事に成功した。

 「お前等っ!時間だっ!」

 警備兵の鋭い声に一同は再び沈黙した。

 士気が高まったとは言え、即席の部隊でヒッタイトの精鋭部隊にどう戦うのか?





 つづく

 



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