Shangri-La
                      第44話
        自分自身を見直す
                      2011/01/12 UP




  心に余裕の無い悟は、人を簡単に殺せる悟へと戻りつつあった。

 「俺にはどうする事も出来ないんだっ!」

 「ミルキーを助ける事も……」

 「兄さんの様に上手に生きてゆく事も……」

 「母さんに好かれるような子供になる事も……」

 その時、タロットカードのFOOL(愚者)が光を放ちながら空中に浮かんだ。

 FOOL(愚者)のカードには青年が空を眺めながら歩いており

 その先が崖っぷちになっている。

 このまま行けば、青年は崖から転落してしまう。

 まさに今の悟の状態である。

 「二十番、面会者だ」 重い鉄の扉の小窓が開き警備兵が厳しい口調で言う。

 しばらくすると、反対側の石の壁が開き鉄格子のはまったスリットが現れた。

 向こう側にも部屋があるらしく、その鉄格子ごしに少女の顔がうかがえた。

 「き、君は……?」 目の前に現れたのは甚目寺霞であった。

 「まだ私を思い出していないのですね」

 「いや、俺は君の事は知らないが?」

 「ならばいいのです」

 「ちょっと待て!何がいいんだよ」

 悟は自分の状況を知る機会とばかりに質問をする。

 「ここは一体何処なんだ?」

 「俺は何のためにここに居るんだ?」

 「これは誰の仕業なんだ?」

 霞はしばらく口を閉ざしたままであった

 そして悟の目を見つめて次の言葉を発した。

 「命の尊さを学ぶ事ができましたか?」

 「命の尊さ?」

 「そうです」

 悟は自分の質問を、はぶらかされて少し不満に思ったが

 それよりも、この質問に怒りを覚えざるを得なかった。

 「何を言っているっ!俺は昨日、人を殺したばかりだっ!」

 悟は息を荒立てて言った。

 「強制的に人を殺すように命じられたようなものだっ!」

 闘技場では生き残るためとは言え、相手を殺さねばならない。

 「刃物から相手の肉が切れる感触が伝わってくるんだ」

 よみがえる記憶が悟の全身を貫き、手の震えが止まらなくなった。

 二人は再び沈黙した。

 時間だけがひたすら流れる。

 「自分の人生の方向性を変えるのは、やはり自分次第です」

 「何が言いたいんだ?」

 「自分が今立っている場所に存在するのは兄や母親のせいではありません」

 「なっ、何だとっ!」

 悟は拳を力強く握り眉間にしわを寄せる。

 この少女が兄や母の事を口にするとは思いもしなかった悟は

 次第に感情をコントロール出来なくなって行く。

 「兄さんは散々俺の人生を滅茶苦茶にした」

 「そのせいで、俺は母親からも信用を失ったんだ」

 悟の額から汗がにじみ出る。

 かなりの興奮状態である事から、兄と母親の辛い記憶は今も尚

 悟の心の奥に傷となって残っている事が解かる。

 悟の息が落ち着くのを見計らって霞は穏やかな口調で言った。

 「貴方はその状況下で何か打開策を見出し、実行しましたか?」

 「そ、それは……」 悟は回答に困った。

 そう、実際に行動には出ていなかった。

 悟は嘆きこそしているが、母親に話し合った事も無かったのだ。

 話しても無駄であると、自分で決めてしまっていたのだろう。

 「二十番っ!時間だっ!」 警備兵が小窓から叫んだ。

 「良く考えてください。自分自身を見直し、そして実行するのです」 霞はそう言い残し去って行った。

 鉄格子のスリットは再び重たい石壁で閉ざされた。

 「自分自身を見直すだと……?」

 「兄さんを許せると思うのか?……」
 

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  龍児はチェルビラからシャングリ・ラの話を聞き

 この世界が崩壊する事自体が納得できずに居た。

 龍児は自分の立ち位置を今一度よく考える必要がある。

 とは言え、シャングリ・ラの扉を開ける事が龍児の存在理由だとしたら

 今までの高校生である龍児は一体どんな意味があるのだろうか?

 「龍児が納得するには時間が掛かりそうね」 チェルビラは少し落胆のため息をついた。

 「それよりここから脱出するほうが先決だな」 ハールギンは随分回復した様子だが、完治ではない。

 「私のマナが回復すればゲートの呪文が使えるのですが……」 ドュナロイは言う。

 ゲートの魔法とは空間に別の空間をつなげる扉を作り出す魔法の事で

 前回、アンデッドの群れに襲われたカフェテラスの場所でドュナロイがゲートの魔法を使用して

 龍児たち五人は脱出に成功したのだ。

 「次は大丈夫でしょうね?あんたのゲート魔法のせいでここに閉じ込められたのよ」 ハールギンはドュナロイを睨む。

 「申し訳ない……」ドュナロイは本当に申し訳なさそうに言う。

 本来であれば、脱出先を指定できるはずであったが、何らかのトラブルで

 この桜庭病院へ座標自体が狂ってしまった様である

 「まあ、それよりフレイラを何とかしないと」 ハールギンは言う。

 「僕に見せてください」 龍児はフレイラの傷を見ようとしたその時。

 背後の空調より村田が舞い降りた。

 そして、ドュナロイの後頭部をマシンガンのストックで殴打した。

 気絶したドュナロイを後にして、すかさずハールギンに襲い掛かる村田。

 何とも素早く計算された動きである。

 「なっ!なにっ!」 ハールギンが村田の存在を確認できた時にはすでに遅かった。

 「あうっ!」 ハールギンの首を後ろからマシンガンで締め付ける村田の

 「そこまでだ」 と言う低い声が部屋に響き渡った。

 ハールギンは、もがきながら抵抗するが村田は力をゆるめる事はしない。

 唇から唾液があふれ出し、手の力が抜け、村田に反撃するはずだったメイスが

 手からすべり床に転がり落ちる。

 「動くな」 龍児に牽制をかける村田。

 窒息寸前のハールギンは白目をむいて倒れた。
 
 龍児は全く抵抗できなかった。

 「龍児……」 チェルビラは龍児の後ろに隠れながらか細い声で言った。

 村田はマシンガンを構えつつ無線で連絡を取る。

 「死体安置所を確保した」

 何ともあっけない幕切れであった。

 この無線を聞き島崎と塚越が部屋に突入してきた。

 「や、やりましたね……え?……」 島崎と塚越は喜びの表情から驚きの表情に変わる。

 「こ、子供じゃないっすか」

 「油断するな、チョロと坂下、渋谷までがやられた」

 「まじっすか?」

 「まずは死体を片付けろ」

 「了解」

 島崎と塚越は理解できないと言う顔つきで死体を運び出す。

 「ボス、どうしますか?」 村田は無線でボスに連絡をする。

 「物はどうした?」

 「例のロッカーを調べましたが、物はありません」

 「なんだと?」

 「おそらく、この子供たちが隠したと思われます」

 「まずいな……時間がない……」 ボスの口調が険しくなった。

 「とりあえず、つれて来いや」

 ボスはソファーより立ち上がりながらタバコをふかした。

 「子供だろうが関係ねえ。拷問で吐かせるまでだ」

 ボスは薄気味悪く笑みを浮かべた。


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  直径約200メートル、高さ約50メートル、収容人口は約5万人と言う

 何とも馬鹿でかい円形闘技場で狂ったような観衆が大歓声を上げる。

 現代のドーム型野球場に勝るとも劣らない規模の娯楽施設である。

 この円形闘技場では奴隷や犯罪者を中心に真剣勝負の殺し合いが既に八十日も続いていた。

 古代ローマ帝国時代にも円形闘技場が存在したが、国を統治する一環として利用され

 国民を飽きさせない為に珍獣や猛獣までが出し物とされる様になった。

 この闘技場も同じ様なもであろうか?

 この日の午後、皇帝コモドゥス主催のイベントが開催されると言う。

 そのイベントとは?

 「モラ、あせらず、いつものように戦え」

 「うん……」

 モラの眼差しは何時もにも増して真剣であった。

 アサシンとは言え、ある程度の戦闘技術が必要であると言う考え方は

 クバードの持論で、先任のギルドマスターとは、よく意見が衝突していた。

 確かに、暗殺だけを考えれば戦士や剣闘士のような技術は必要なく

 ターゲットを毒殺したり、不意打ちをする事を優先すべきであろう。

 しかし、クバードは剣を握るのであれば、それなりの実力が必要であると考えている。

 この考え方には理由があった。

 それは、クバードがまだ駆け出しの頃に出会った冒険者の影響を受けているからである。

 エルフの魔法使いと蛮族の戦士に命を救われ、しばらくの間、共に冒険をしていた。

 繊細な妖精族のエルフは凛とした顔つきの美男子で魔法に長けていた。

 その魔法使いのエルフを体をはって守り抜く蛮族(バーバリアン)の戦士。

 もっぱらクバードはその戦士の戦い方に影響されたのだ。

 図体、態度、思考、あらゆるもの全てが規格外の、その戦士の戦い方は

 それまでのクバードの戦闘スタイルを見直す必要があるとさえ思わせる戦い方であった。

 人は、なかなか自分を見直すという事ができない。

 それは、頑なな心であったり、エゴであったりと、年を重ねるほど難しくなるものである。

 今まで自分が良かれと思ってしてきた事は、時を重ねる事でより頑固になり

 それを否定される事は自分自身の人生を否定されると同様で、受け入れる事自体を拒否してしまう。

 ようするに、拒否を続ける事で進歩する事が出来なくなってしまうと言う事である。

 自分自身を見直す機会を与えてくれた、その戦士にクバードは今も尚、感謝している。

 「俺たちなら出来るはずだ」

 ゆっくりと立ち上がり、クバードは眩しい日差しに目を細めながらつぶやいた。




つづく

 



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