Shangri-La
第41話
新たな方向
2010/11/15 UP




  古い城の大広間に配置されているそのベッドは

 かつての貴族が寝るようなとても大きなもであった。

 今現在ではこの古城は廃墟と化しているようで

 蜘蛛の巣やほこりが積もっているが、ベッドのシーツは

 新しい物であった。

 そして、その大きなベッドにはモラが横たわっていた。

 フクロウの彫刻が付いたハンモックにはピンク色のセーラー服が掛けてあり

 机の上には小瓶と水差しと洗面用具が置いてある。

 そう、モラはドローエルフのハールギンにクイーンズスカージの

 茨の鞭で打たれた際に体内に入ったばい菌により高熱にうなされ

 現代の医学では助からないはずであった。

 モラはこの病気を治す薬をボスであるクバードなら持っていると信じていた。

 そして龍児の家から一人でぬけだしボスのところまで帰還していたのだ。

 扉が開き黒装束の男、クバードが入ってきた。

 クバードはモラの額にあててあるタオルを交換する。

 「り、龍児……」 うなされながらも龍児の名前を口にするモラ。

 苦しそうなモラの寝顔を見つめるクバード。

 すると突然ハンモックに付いているフクロウの彫像が鳴き出した。

 何かの警戒アラームのようである。

 「ん?また誰かこのプレーンに入ってきたのか?」

 クバードの目つきが険しいものと変化した。

 窓越しに外をうかがうクバード。

 「あの小娘め、またタロットカードを使ったな……」


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  塚越と島崎は静かになった事が渋谷の最後だと悟った。

 机でバリケードを築き、死体安置所から敵が出て来た所を狙い打つ作戦を

 変更する気は無いようで、マシンガンを構えてじっと待っていた。

 「さ、作戦を守らない奴は、た、た、たいてい先に死ーぬんだよなぁ」 
 
 塚越は額から汗をにじませながら、生唾を飲み込みながら、つぶやいた。

 待ち構える塚越もかなりの忍耐が必要で、ぐっと歯を食いしばってこらえている。

 がしかし、その歯を噛締める表情は、薄気味悪く笑っているようにも見える。

 「笑い事じゃないっしょ、塚越さん」 少し頭の毛が薄い島崎は眼鏡を掛け直しながら塚越に言う。

 「べ、別に、笑っているわけじゃ、な、な、無いんだな……」



  ドローエルフの戦士であるフレイラは床に伏せたまま動かない。

 武装集団の渋谷に至近距離でグレネードランチャーを腹部に打ち込まれ意識を失ってしまった。

 空調で身を伏せている村田は、マディーの書の情報を得るために息を殺していた。

 何故、武装集団の連中がこのマディーの書を狙っているのかは謎であるが

 確かマラード渡辺とクバードの会話では、渡辺が所持していた事になっていたが……

 おそらくは、マラード渡辺がこの桜庭病院の死体安置所に隠していたのだろう。

 龍児は倒れたフレイラを見つめたまま考え込んでいた。

 遠い昔から彼女の事を知っているような、そんなかすかな記憶が確かに存在している。

 左腕を押さえながら龍児は現実を見つめなおす。

 平凡な暮らしをしてきた事に不満は無かった。

 にもかかわらず、まるで映画のような事件が次々と起こり

 とうとう自分の身に災いがふりかかって

 五体満足だけが取り柄であった龍児は左ひじの付け根から下部を失ってしまったのだ。

 「龍児……痛むの?」 腕を押さえる龍児を見て心配そうにチェルビらが声をかける。

 フリルの付いたゴシック調の黒いドレスを着たチェルビラは、まだ幼い外見をしている。

 「ああ、でも我慢できる」 奥歯を食いしばる龍児。

 このチェルビラの正体は生きた宝剣であり、今は幼女の姿に変身しているのだ。

 龍児はチェルビラの剣を使用したときの事を思い出していた。

 自分の体が他人に支配されていたのか?

 どの様な感覚だったのか?

 人間は40度の高熱にうなされる時、幻覚を見ると言うが

 おそらくは高熱による影響で思考回路が十分に機能できていない状況で

 体をコントロールできなくなる。

 龍児にとってはそれと同じ感覚であった。

 はっきりと体を他人に支配されていたと言う感じではなく

 その時の動きも自分の意識と思える

 夢の中の行動と同じ様な感覚であった。

 しかしこれだけははっきりと憶えている。

 ドローエルフのフレイラとの会話は

 明らかに以前からの知り合いのものであった。

 「前世に知り合いだったのか……」 龍児はつぶやき

 前世とか来世とかを信じた事が無かった龍児はかなり困惑した。

 しかし良く考えてみると、真剣を握った事も無い自分が

 本気で命を奪おうとする相手と互角以上に立ち回れた事

 さらには、神の祈りによる奇跡を目の当りにした事。

 現実を見つめる龍児にはこれらを受け入れざるを得ないであろう。

 「シャンクリ・ラ……」 龍児はチェルビラの言葉を思い出し

 ここ最近ずい分と悩んできたが、最終的にはこのキー・ワードが終着点であった。

 「教えてくれ、チェルビラ」 龍児はチェルビラの肩をつかんだ。

 「龍児……?」

 「この世界が崩壊する事と、そのシャングリ・ラの意味を」 真剣な眼差しの龍児。

 「え?」

 チェルビラは潤んだ瞳で見つめ返す。

 龍児の突然の発言にハールギンは間髪居れずに割って入った。

 「貴様はそんな事も知らずに……我々と戦っていたのか?」 ハールギンは驚いた表情である。

 「僕は一体何を背負っているんだ?神の力って?」

 「アベリアンの世界の者がこれほど接触していたにもかかわらず、重要な事は知らされていなかったのですか?」

 ドュナロイも驚きを隠せず思わず姿を現してしまった。

 「そうね……いくらでも情報を伝える手段はあったわ」 チェルビラは腕組をしながら言う。

 「がしかしっ!自分から進んで現実を見つめようとしなければ情報を与えても意味が無いのよっ!」

 幼稚園児くらいの外見で、えばった口調で話すチェルビラ。

 「特に平凡な人生を歩んで来た龍児にとっては、大量の情報を与えると拒否反応を起し危険な状態だったわ」

 確かに、初めてチェルビラに会った時は、ただ驚くばかりでチェルビラの話は良く理解できていなかった。

 「でも、今回の戦闘で聖戦士の覚醒も認められたし」

 「腕を失い、窮地に立たされた事が逆に良い方向へ働いたという事ですか?」

 ドュナロイは深く息を吸い込み考えながら言った。

 「私の神の一撃が引き金になったと言うのか?」 ハールギンも複雑な心境である。

 「がしかし、それは我々にとっては何の特にはなりません」 ドュナロイは苦い顔つきで言う。

 「でも龍児が覚醒しなかったら、あんた達も助からなかったと思うんだけど」

 「そ、それは……」 ドュナロイは反論できなかったのは

 あの時の撤退のミスに少しばかり責任を感じていたからである。

 「まあ、それはいいわ」

 「……」 さすがに黙り込むドローエルフ勢。

 「私はずい分前から一人の逸材に目をつけていたの」

 チェルビラは語り始める。

 神に祈りを捧げる一人の青年。

 金髪で白銀の鎧を着て赤いマントをひるがえしながら断崖の絶壁から青い空を眺め

 今にも吸い込まれそうなその大空に向かって敬礼をする。

 彼は鋼と戦の神『クローム神』の息子であり聖戦士であった。

 名をパリスと言う。

 「世界の大変動が始まった今、私はパリスと共にシャングリ・ラへ向かう事を決心したわ」

 「大変動って?」 龍児は問いかけた。

 「世界が崩壊する事よ」

 「この世界の者には理解できないだろうが、我々の住んでいるアベリアン大陸は消えつつあるんですよ」

 ドユナロイは深刻な顔つきで語る。

 「ロルス神を崇拝する事でそれは回避できるのだがな」 ハールギンは吐き捨てるように言う。

 「どうして世界が崩壊するんだ?何のために?」 龍児は目を細めた。

 「生命たちが一生懸命になって生きようとしているのに、世界自体が崩壊だなんて」

 「その意味が解かれば……」 ドュナロイは悲しい顔つきになる。

 「意味が解かったところで状況は変わらないわ」 ハールギンは胸の蜘蛛型のペンダントを握り締める。

 「あんまりじゃないかっ!」 龍児はまた回避できない理不尽さに怒りを覚えた。

 「龍児、人間も最後は死を迎えるのよ」

 「そ、それは……」

 「世界にも最後はあるのよ」

 「シャングリ・ラへ行けば、その崩壊を止められるのか?」 龍児はチェルビラに問いかける。

 「伝説ではそのはずですが」 ドュナロイが言う。

 密かに息を殺し様子をうかがっていた村田は、この会話を聞いて

 《どこかの宗教集団がよく世界の崩壊談をするという事は聞いたことがあるが、この少年達はその手のものか?》

 今一度、渋谷とチョロ、坂下の屍を見て

 《危険な組織かも知れん》

 やはり村田は冷静に状況を把握していた。

 《俺たちは、あらゆる状況に対応できるように特別な訓練を積んできた……素人にやられるようなヘマはしない》

 確かにそうであった。彼等の武装もこの日本では考えられない物ばかりである。

 《一体こいつらは何者なんだ?》


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  「むにゅう……」 モラはようやく目を覚ました。

 「ずい分とゆっくりなお目覚めだな」 

 「ぼ、ボス……」

 机の上にフルーツやうまそうな食材が入ったバスケットと

 ミルクの入ったビンをゴソッと置くクバード。

 「食って飲め」

 「ああ、お腹すいた……」

 すっかり回復したモラはその食べっぷりも良かった。

 「そんなに慌てると」

 「うぐっ!」 クバードの忠告が終わる前にモラは喉を詰まらせた。

 あきれた表情でモラを見つめるクバード。

 「だらしないぞ」 モラの口を拭いてやるクバード。

 まるで、男親一人で娘を育てているようなシーンである。

 「そういえば、龍児は?」 思い出してあせるモラ。

 クバードは小汚い布切れの包みを机の上に出した。

 「龍児の腕だ」

 「えっ!」

 「ドローエルフに切断された」

 「そ、そんな……」

 「一命は取り留めたが、全てはお前の失態の結果だ」

 「龍児……」

 「ほのぼのと大判焼きなんか食ってるからだ」

 モラは悔しさがこみ上げてきた。

 「その怒り、ぶつけて見ろ」

 「え?」

 「今から行くぞ」

 「ど、どこへ?」

 「コロッセオだ」

 クバードの背に大きく闘技場が浮かび上がってくる。

 そして、何とも恐ろしい顔つきと鋭い目つきでクバードは言う。

 「特訓だっ!」



つづく

 



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