Shangri-La
第40話
ぶつかり合う感情
2010/10/03 UP




  武装集団のボスに命令を受けた迷彩服の村田は天井裏から空調のダクトへと潜入し

 ようやく目的地に着き、状況を確認して驚いた。
 
 「こ、子供じゃないか?」 村田の第一声はこれだった。

 村田は銃を向ける龍児を見て、どうして少年と少女に先発隊がやられたのか?理解できなかった。

 が、チョロと坂下の死体を見て、確かにあの二人がやられたのだと言う事実を受け止めざるを得なかった。

 床には少女が一人うつむせに倒れており、もう一人の少女は壁にもたれて座っている。

 そして片腕の少年が拳銃を手に渋谷のバックを取ったというのか?

 「ありえない光景だな」

 逆に考えるとどうなったらこんな展開になるのか?

 それが知りたかった。

 まあ、村田にとってはこのドローエルフ達が一般の少女にしか見えないようだが

 そんな事は無い。

 ドローエルフが非常に残虐で危険な存在である事は龍児たちの世界では理解できないであろう。

 剣と魔法が現代科学の武器と、ぶつかり合った結果は、お互いの想像を超えていたのかもしれない。

 「ん?、目標のロッカーが開いている……」 村田はしっかり状況を把握していた。

 渋谷が手に入れたのか?それともこの正体不明の少年達が奪っていったのか?

 この時点で村田はそれが問題であった。

 「武装を解除してください」 龍児は震える手で拳銃を握っている。

 「よくもやってくれたわね……」 ハールギンが震える体で立ち上がり、前へ出た。

 そして腰元から茨でできた鞭(ムチ)を出した。

 「な、なんだ?」 渋谷は突然腰元から現れた鞭を見て驚いた。

 どう見てもかなり痛そうな鞭をハールギンは間髪居れずに振るった。

 「あうっ!」 渋谷は悲鳴を上げる。

 鞭打つハールギンを見ながら、これで良かったのか?という表情の龍児。

 渋谷は丸腰になり幾度となく鞭打たれる。

 「こ、これは……」 渋い表情で村田は言った。

 「ひっ!」 渋谷は甲高い悲鳴を上げる。

 ドローエルフの残虐さはこういった武器の選択にもあるようで

 相手を殺すだけではなく、いかに楽しんで殺すか?という内容が重要らしい。

 クイーンズスカージの鞭はそのデザインを見ただけで

 サディズテックな風合いが、かもし出されている。

 「いや、歴戦の古参兵がこの不始末……どう言う事だ?」 村田はあいた口がふさがらない。

 確かに、ムッツリとした漢(男)が丸腰状態で鞭を打たれているのだから

 そう言った特殊な羞恥プレイか何かとしか考えられない。

 「真面目にやっているのか?」 村田には理解不能である。

 とは言え、問題はここで出て行って良いものなのか?

 渋谷を救出すべきか否か?である。

 「いや、待て、もう少し様子を見よう……」 

 様子を見るそうだ。

 一瞬体が動いた村田はぐっとこらえた。

 だが事態は急変した。

 「ほらっ!もっと苦しめっ!」 魔法的な治癒で体力を徐々に取り戻したハールギンは鞭を連打する。

 クイーンズスカージの鞭で打たれた者は、その傷口より黴菌(バイキン)が進入し

 高熱にうなされて死に至るという特典付きなのだ。

 モラですら、このクイーンズスカージの鞭で打たれたせいで高熱に犯され

 ボスであるクバードのもとへ逃げ帰ったほどである。

 渋谷は体のあちこちが徐々に腫れ上がり、とうとう立っていられなくなった。

 「どうしたっ!もう終わりか?」 倒れた渋谷に、お構いなしに鞭を振るうハールギン。

 鞭で打たれると言うと現代では半分冗談に描かれるが

 ここまでひどく打たれると正直言って、おぞましい。

 「も、もう止めてくださいっ!」 龍児が止めに入るが、ハールギンは一向に止めようとしない。

 「この私が…受けた屈辱を…倍返しにしてやるわ…」 息を切らしながらハールギンはまだ鞭を打つ。

 このハールギンも武装集団と同じく、人の命を奪う事に何のためらいも無い性格であった事を

 龍児は再認識した瞬間だった。

 「もう止めてくれっ!」 龍児はハールギンを片方しかない腕で押さえた。

 ハールギンは龍児を鬼のような表情で睨みつけた。

 「何故、お前のような奴が生き残っていられるのだ?」

 「え?」

 「我々はやるか?やられるか?の危険な状況を幾度と無く潜り抜けてきたからここに存在する」

 「それは……」

 「見ろっ!フレイラですら今はあの状態だっ!彼女ももう助からないかもしれないのだ」

 ぶつかり合う感情

 また、生きてきた環境が違う種族同士の不毛な討論が始まった。

 「邪魔をするなら、お前をまず先に葬ってやっても良いのだぞっ!」

 今にも龍児とハールギンの戦闘が開始されそうになったが

 チェルビラが止めに入った。

 「そうはさせないわ」 

 チェルビラは猫のような釣りあがった目でハールギンを睨んだ。

 《随分とこらえて来たが、龍児に手を出すのであれば全力で阻止する》

 「ん?テレパスか?」 ハールギンはチェルビラのテレパスによるメッセージを脳裏で受け止めた。

 ハールギンとチェルビラの睨み合いがしばらく続いた。

 緊迫した状況を打破したのはハールギンのほうであった。

 「ああ、やだやだ」 ハールギンは睨むのを止め

 「テレパスのお説教はうんざりよ」 捨て台詞を吐いた。

 「と言うか、貴方どんだけ魔力高いのよ……全てレジスト貫通して来たわ」

 ドローエルフには自分に影響を及ぼす外部からの魔法を遮断する

 魔法抵抗力と言う能力が生まれつき備わっている。

 マトロン候補のハールギンともなれば、その才能も高く

 外部より進入するテレパシーはほとんどシャットアウトできるはずなのだが

 チェルビラのテレパスはその抵抗力を上回っていたと言う事になる。

 「これだから太古のアーティファクトは厄介なのよ」

 ハールギンは吐き捨てるように言った。

 このやり取りを見ていた龍児は全く訳が解らない。

 自分では抑えられなかったハールギンをチェルビラがいとも簡単に抑えたのだ。

 「ロケム様が自ら来ればいいのよ」 

 この発言に対して聞き捨てならぬと

 「任務放棄ですか?」 ドュナロイが陰の中から声だけ掛ける。

 「もう姿を見せなさいよ」

 「その様子では随分回復できたようですね」

 「ロルス神のプリーステストの回復力を侮らないで欲しいわ」

 この会話より村田は、もう一人居る事に気が付いた。

 「男性がもう一人居るのか?姿は見えないが」

 目を凝らすがドュナロイの確認はできなかった。

 「光学迷彩か?」

 村田はここで二つの選択肢に思い悩んでいた。

 一つは奇襲攻撃を掛けて一人を拉致し、ターゲットの在り処を吐かせる。

 二つ目はこのままもう少し様子を見る。

 この少年達がどうも特別な存在であると判断した村田は

 もう少し情報を得る事にした。

 「会話の多いこの連中の事だ。うまく行けばターゲットの所在がつかめるかもしれない」

 懸命な作戦であった。


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  乾いた空気と灼熱の太陽。

 仰向けになった少年は壊れそうな馬車でどこかへ運ばれていた。

 《喉が……からからだ……水を……》

 少年は声にしようとするが体力的にそれが不可能だった。

 《どうしたことか?》

 薄目で馬車の中を見回すと、ホームレスの様に小汚い男が二人しゃがみこんでいる。

 《ここは……運搬車の中か?》 まさか馬車で運ばれているとは少年も想像が付かなかった。

 《ま、まてよ……どうして僕はここに居るのか?記憶が……》

 どうやら少年は記憶の一部が欠落しているようだ。

 《体がきしむように痛い……》

 考える事すら苦痛でならない少年の意識が薄れてゆく。



  次に少年が意識を取り戻したのは暗い部屋だった。

 《多少動けるようだが……》 まだ体中が痛む。

 「食えるか?」 男の声がした。

 見るとみすぼらしい身なりの男が皿を差し出している。

 欠けた小皿には何やらエビか何かの乾燥させたものが入っている。

 「水もあるぞ」

 少年は必死で食事を取った。

 すると部屋の扉が開き

 「十九番、出ろ」 がたいの大きな男が二人、それぞれ鉄棒のようなものを

 手に持っている。

 食事を勧めてくれた男は『十九番』と呼ばれていた。

 この物騒な巨漢はこの十九番をどうするのか?

 そして自分はどうなるのか?

 少年は不安で一杯になり

 急に吐き気が襲い、今食した物を床に吐き出してしまった。

 《こ、これはっ?!》

 胃から出たものを良く見ると昆虫の幼虫であった。

 《何なんだっ!》

 疲労のあまり判断力に欠けていたとは言え

 自分が口にしたものがまさか幼虫であったとは

 いや、良く考えるとここに居る間はこれを食わざるを得ないのか?

 この後、少年は幾度と無く食しては吐くと言うことを繰り返す事になる。

 そして、記憶の戻らない状況が少年の心身をともに限界に落し入れた。
 

 
  どれだけ時間が過ぎたのか?少年には解らなかった。

 扉が開き十九番が戻ってきた。

 息が荒く興奮している状態だった。

 理解できないこの状況下では頭を働かせ想像するしかなかった。

 《何か拷問を受けていたのかもしれない》

 部屋の隅の腰掛に座った十九番は両手で頭を抱えている。

 《何をされたんだ?大の男が頭を抱える悩み事とは何だ?》

 ずい分と沈黙が続き色々と考え事をしていたら

 十九番は口を開いた。

 「私は今さっき人を殺してきました」

 少年はこの発言に驚いた。

 《僕は、今殺人犯と二人きりでこの小さな部屋に閉じ込められているのか?》

 少年はよろめきながら立ち上がり後退した。

 「安心しなさい……君には危害を加えない」 十九番は困り果てた顔色だった。

 安心できるはずは無いが、少年はそっと腰を下ろす。

 「血が噴出してきて、私の顔面にかかり、その時思い知ったのです」

 「なにを?」

 「血液って生暖かいんですね」

 「ええっ!」

 どうしてこんな話をしているのか?訳がわからない。

 「相手も死に物狂いで私に襲い掛かってきます」

 「いったい何をしていたんですか?」

 「大量に出血しているにもかかわらずですよ」

 「そ、そうなんですか」

 「なので、止めを刺さざるを得なかったんです」

 「……」 少年は言葉を失っていた。

 「動かなくなるまで首を締め付けました」

 一体なんて回答をしたらいいのやら?

 「なかなか動かなくなりませんでした」

 「……」

 「少しでも力をゆるめれば、反撃してくるんじゃないかって」

 少年はここから出たくて仕方なくなり出口を探したが

 出口はあの丈夫そうな扉だけであった。

 「ふと我に返ったときは相手は固くなっていましたが……」

 「私は全身の筋肉がつりそうになるまで力を込めていたので今でも痛いです」

 緊迫した空気の中、少年は何か声をかけなければ落ち着かない状況である。

 「肩でももみましょうか?」

 少年は冗談半分でボケるしかなかった。

 「死んだ相手は固くなっても尚、私のほうを見ていました……」

 無視されたっ!

 「私は視線から逃れようと左へ移動しましたが、視線は追ってくるんですよ」

 寒い!何という寒い話だ!

 「死んでるのにですよ?」

 その瞬間に、十九番の感情が少し理解できるようになった。

 「後悔しているんですか?殺してしまった事に」

 「別に、殺したかった訳じゃないんですよ」

 恐怖と混乱が渦巻く中でどうして十九番の気持ちが理解できたのかは謎であるが

 この場においては、差し支えのない事を言って

 逆なでするような発言は避けたいと思った。

 すると、突然その丈夫そうな扉が開いて

 「二十番、外に出ろっ!」 二人の巨漢が呼ぶ。

 この部屋には二人しか居ない。

 そして十九番ではなく二十番と呼ばれたという事は

 少年が二十番であり、そして外へ出るように命令されたと言う事である。

 「僕が何をしたと言うんですかっ!?はなせ」

 連行される少年に十九番が

 「生き残りたければ相手を殺せっ!!」

 「え?」

 眩しい光が降り注ぐ広い運動場へ連行された少年は観衆の下で大声援をあびる。

 「一体何が始まるんだっ!?」

 そして前方にもう一人男が立っていた。

 「どう言う事だっ!?」

 二人きりだ。

 そう、ここはコロッセオと言う闘技場のど真ん中であった。

 



つづく

 



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