Shangri-La
第39話
特殊な占い
2010/08/30 UP



  グレネードランチャーの榴弾が龍児たちの居る死体安置所へ射出され

 次の瞬間、大爆発が起こり、辺りの物品は吹き飛ばされ、鼓膜の痛みと硝煙の臭いが龍児たちを襲った。

 「これはっ!」 龍児は目の前が真っ白になり、現状すら把握できない状況である。

 そして 「おらおら!お前らっ!全員死ねやーっ!」 渋谷が突入してきた。

 「そ、そうはさせぬっ!」 フレイラは気力を振り絞って日本刀を構えるが、足元がふらついている。

 グレネードランチャーの爆風がフレイラにダメージを与えていたのだ。

 「これは私が預かりますよっ!」 ドュナロイはマディーの書を自分のカバンに納めようとする。

 「そんなカバンに入るはずが……」 

 龍児は入りそうに無いカバンに、すっと魔道書が収まってゆく様を見て驚いていた。

 「はいった?」

 「おらおら!」 渋谷はアサルトライフルをばら撒く

 「そっちから飛び込んで来てくれるとは」 フレイラは精神を集中してサイキックパワーを使用する。

 足の裏にマグネットでも付いているかの様に壁を登る、フレイラの得意技だ。

 「なにっ!?」 渋谷は勢い良く壁を駆け上がるフレイラに驚きながらも、ライフルを乱射する。

 フレイラは横壁から天井へ猛ダッシュ

 フレイラの通った後をトレースする様にアサルトライフルの弾痕が残る。

 「ちっ!弾切れかっ!」 渋谷の顔色が青ざめる。

 天井からフレイラが素早く飛び掛ってきた。

 「覚悟しろっ!はああっ!!」

 「な、なら、これでも食らえっ!」 渋谷はこの至近距離で何と、グレネードランチャーを発射した。

 予測できなかった攻撃にフレイラはとっさに反応したが

 見事に腹部に直撃した。

 「あぐっ!」 

 フレイラは革を鋲で止めた軽装備の鎧を着しているが、この鎧の用途は

 鋭い刃物からの攻撃を防ぐ程度で、強烈な打撃は想定されていない。

 至近距離でグレネードランチャーを腹部に打ち込まれ、呼吸困難に陥ったフレイラは

 失速しながらも日本刀を振り下ろす。

 がしかし、その一撃には既に相手に傷を負わせるほどの威力は無かった。

 「ふ、不発か?」 渋谷は榴弾が炸裂しない事を確認した。

 タイミング的にはもう爆発してよいはずだ。

 「へへへ、まあ良いや」 目の前の敵を一人屠った事で満足した渋谷は

 榴弾の品質に関してはこの際、どうでも良いようだ。

 むしろ、この距離だと渋谷自体も巻き込まれていたはずで

 結果オーライと言う事だろう。

 嬉しそうにマガジンチェンジをする渋谷。

 「お前ら、全員殺してやるっ!」 また、渋谷の目が乾いた砂漠のようである。

 「フレイラっ!」 タルは精神を集中しフレイラの回復に努める。

 床に伏せてしまったフレイラを後に渋谷はドュナロイとハールギンの居る方向へと移動を開始した。

 「次はお前らだっ!」

 「やばいですよ、こっちへ来ます」 ドュナロイはあわてた口調で言う。

 「つぅ……、何を言ってるのよ」 苦痛に唇をゆがませながらハールギンが喋る。

 「ドュナロイ、魔力を温存するにも程があるわよ……」

 「ああ、しかし……」

 「地獄の第二領域から爪を召還しなさいよ」 

 もどかしく思ったハールギンは苦しみをこらえて力強く言った。

 ドュナロイは素早く呪文を唱え始めた。

 「小僧どもがっ!」 渋谷はアサルトライフルのトリガーを引く。

 そして、ドュナロイは瞬時に机の陰に溶け込み間一髪、弾道から逃れ

 結果、その背後に配置されていた研究道具の試験管やビーカーなどが粉砕された。

 「ああ?」 渋谷は目標を見失った。

 「シャドウ・ウオークで逃げたか?」 ハールギンはまぶたを閉じながら

 安心したのか?がっかりしたのか?どちらとも思える表情である。

 ウオーロックの基本魔法の一つで陰に溶け込む事で相手より姿を眩ます。

 しばらく渋谷はドュナロイを探すが見当たらない。

 納得いかない渋谷の怒りはハールギンに向けられた。

 龍児はフレイラを見た。

 まだ、うずくまったままである。

 「回復が追いつかねえぜ」 タルは苦虫をつぶしたような口調で叫んだ。

 「このままでは……みんな殺される……」 
 
 龍児はほふく前進で、先ほどやられた武装集団のチョロの死体まで移動する。

 渋谷は動けそうも無いハールギンを目の前にして

 「ヒャッヒャッヒャッ」 嬉しくてならなかった。

 「どうだっ!俺様一人で見事、鎮圧に成功したぞっ!」

 「島崎っ!塚越っ!ザマー見ろ!」

 睨みつけるハールギンの目はまるで鬼の様である。

 「な、なんだっ?!こいつはっ!」 渋谷はその鬼のような目に一瞬恐怖を感じた。

 「ざけんなっ」 渋谷はハールギンの頭部を蹴り上げた。

 かすれた声で悲鳴を上げるハールギン。

 「セクシーな声じゃねえか?」 渋谷はアサルトライフルでハールギンの左肩を打ち抜いた。

 「もっとセクシーな声を出しちょうだいっ!」
 
 《なんて奴だ……こんな人間を許せやしない……》 龍児は心の中で叫んだ。

 龍児は焦りながらもチョロが腰に装備していた拳銃を何とか取り出した。

 「次はーーどこがいいかなーー?」 渋谷の目は血走っている。

 「もっ!もう止めろっ!!」 龍児は力いっぱい叫んだ。

 震える片手で拳銃を渋谷に向ける龍児。

 「え?」 渋谷は振り返った。

 「武器を捨てるんだっ!!」 龍児は必死に叫ぶ。

 形勢逆転の一瞬であった。


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  「彼の真実の名前とファートの名に置いて……」 甚目寺 霞(じもくじ かすみ)は何やらつぶやいた。

 タロットは光を発行して、やがて一枚のカードを弾き出した。

 愚者……

 そのカードには一人の青年が棒の先に旅支度をした袋をぶら下げて崖っぷちを危なげに歩いている。

 犬が足元に一匹、付いて来ているが青年は眼中に無い状態である。

 「貴方は正に窮地に立たされている状況……」

 霞は大きな身振り手振りで夜空の星にでも話しかけているようだ。

 「人間は愚かな生き物で、自分のしている事が良い事なのか?悪い事なのか?解らない……」

 木の陰から様子をうかがっていた白鳥が

 「何か言ってますね」

 「しー!」 猫柳は白鳥を黙らせる。

 「ここからが本番だよ。良く聞いてみ」

 青白く淡い光が霞の体を包み込む。

 そう、猫柳が最も知りたかった事

 甚目寺 霞の特殊な占いが、始まったのだ。

 「もし、その行いが周りの者や自分に災いだとしたら……それでもまだ続けますか?」

 ゆっくりとまぶたを閉じる霞は大きく息を吸った。

 「扉を閉ざしているのは貴方ではないでしょうか?」

 「誰と話をしているのでしょうか?」 

 白鳥は暗闇の中を目を凝らしてみるが、霞の近くには誰も居ない。

 「前回と同じなら、相手は霊か何かかもしれない」

 「霊……ですか?」 白鳥はため息をつきながら言った。

 確かに、署の中でも柔軟性のある考え方を持つ彼女だが

 解決できない事件を霊のせいにするなどとは考えられなかった。

 だがこの時、霞が話していた相手は霊ではなく

 武装集団の一員である『悟』という名の少年であった。

 「俺が引いたカードは愚者だと言うのか?」 悟は焦点の定まらない方向を見て吐き捨てるように言った。

 「おいっ!悟っ!大丈夫か?」 野球帽の男が心配そうに声を掛ける。

 悟は椅子に腰掛けてぐったりとしている。

 「こ、これはボスに連絡した方が良さそうだな……」

 タロットカードに詳しくない悟ですら、この愚者と言うカードが喜ばしいカードではない事くらい解っていた。

 「ふざけるなっ!」

 「貴方は勘違いをしていませんか?」 霞が冷静な口調で言う。

 「なにっ?」

 「愚者のカードは決して悪いカードと決め付けらる物ではありません」

 「どう言う事だっ!」

 「カードの中の青年は崖の先が絶壁とは気が付いていません」

 「はあ?」

 「いや、その絶壁の先の空を眺めています、希望と成功の青空を……」

 「解りやすく言えっ!」

 「そして、足元には青年に危険を先に知らせるように忠犬が寄り添ってきています」

 「犬は嫌いだっ!猫にしろっ!」
 
 「気に留めるか?否か?は貴方の行い次第です」

 「意味わかんねえ」

 「青年は棒をかついでいます」

 「棒だと?」

 「自分で選んで所持しているのか?それとも誰かに担がされているのか?」

 「自分で選んだに決まっているだろっ!」

 「棒は便利な道具でもありますが、凶器にもなります」

 「はっきり言ったらどうなんだっ!」

 「その袋の中には……」 霞の声が徐々に大きく頭に響いてくる。

 「何が入っているのですかっ?!」 

 「はっきり答えを出すのは……貴方ですっ!」

 この台詞は悟の鼓膜が破れるのではないかと思うくらいに

 頭の中で響き渡り、動悸が不安定になり、めまいが襲い掛かってきた。

 「ううう……」

 そして悟の意識は飛んでしまった。

 白い光が悟の視界を包み込み何も見えなくなり、悟は意識を失ったのだ。

 がしかし、これは特殊な占いの本番が始まった事を意味していた。



つづく

 



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