Shangri-La
第38話
乾いた瞳
2010/08/23 UP




  軽快な足取りで死体安置所へ向かう三人の男達はそれぞれ物騒な武器を装備している。

 その眼は乾ききった砂漠のようで、感情がない。

 強がって見せたところで、一般の人間はひと一人殺してしまったら

 どうだろうか?

 殺された家族の気持ち、命を奪ってしまった罪の意識。

 その後の人生は大きくか変わってしまうのではないだろうか?

 この武装集団は、そこの所は何と思っているのだろう?

 すでに、何人かの人を犠牲にしている。

 この乾ききった眼は非常に脅威である。

 「ボス、現場に到着しました」 島崎が無線で連絡を取る。

 「そこにバリケード築き上げて死体安置所から出た所を仕留めろ」

 「了解!」

 死体安置所を北側に出ると『T』の字に廊下が東西に伸びている。

 島崎達は部屋を出た左(即ち西)30m位の場所に机を運び込みバリケードを築いた。

 部屋を出て右(即ち東)は20m位、行った所で行き止まり。

 その先は外部へ出らる所だが、先ほどこの武装集団が外部から進入できる所を封鎖したので

 外へ出る事が非常に困難であろう。

 という事は、龍児たちはこのバリケードを突破しないと脱出は出来ないと言う事になる。

 塚越はバリケード越しにマシンガンを配置する。

 「バイポットを装着してきた甲斐があったな」 日焼けした顔とサングラスが特徴である塚越は

 白い歯をむき出しにして笑った。

 バイポットとは二本足でマシンガンを地面に固定する物で、カメラの三脚のような感じである。

 そして塚越はマシンガンのリフレックス・スコープの調整をし始めた。

 このスコープは精密射撃専用ではなく、どちらかと言うとマシンガンのような

 弾をばら撒くような重火器に装着する照準で、付いていると付いていないとでは

 命中精度は大きく変わる。

 島崎、塚越、渋谷の三人がバリケードを築き終わった。



  「扉が開いたままだ」 フレイラは出口にそっと近づいた。

 「気をつけて」 ドュナロイが心配そうな表情で言う。

 「ドュナロイ、私は外の様子を探る、貴様はロッカーの魔法の物品を調べてくれ」

 「どちらも非常に危険ではありますが……」 ドュナロイは浮かない顔つきで、渋々引き受ける。

 やはり、フレイラはこの部屋に魔法の物品が存在する事が気がかりでならなかった。

 一体何者がここに持ち込んだのか?

 ドュナロイは魔法を唱え始めた。

 「危険が無いかだけでも解らないだろうか?」 大きく手を振りかざしながら、呪文を唱える。

 フレイラは扉の向こうに人気が無いか?慎重に調べている。

 近くには誰一人居ない事がわかったフレイラは扉の外にそっと出た。

 「ターゲット目視っ!」 三人はそれぞれの銃を速射した。

 その弾数は驚くほどで、しばらく止む事が無かった。

 フレイラは飛び道具による攻撃を予測していたので、素早く身を引く事が出来た。

 しかし弾丸が頬をかすめた様で、一文字に火傷のような跡が残った。

 「ちいっ!」 頬に手をやり悔しさを声にするフレイラ。

 「勝ったも同然!袋のねずみだっ!出て来た所を蜂の巣にしてやる」 塚越はここで早くも勝を宣言した。

 「タルっ!」 フレイラは何やらコマンドワードを唱えた。

 すると、クリスタルのタルが空中に姿を現した。

 「あんまり休息できなかったんだけど」 タルは渋い口調で言う。

 「状況は悪化している」

 「へいへい」 寝起きを邪魔された子供のような態度を取るタル。

 フレイラの相棒的な存在のタルは、超能力でフレイラに支援を行う。

 「袋のねずみ?それじゃつまんねえ」 渋谷はアサルトライフルを構えながらバリケードを乗り越えて

 死体安置所に突入するつもりだ。

 「渋谷、もう少し様子を見ろっ!」 島崎の助言に耳を貸さない渋谷。

 「へへへ、俺のアサルトにはグレネードランチャーが付いてんだよ、ぶっ放してやるっ!」

 ここで言う、グレネードランチャーとはアサルトライフルの先端に後付で装着する武器で

 弾数が少ないと言うデメリットはあるが、その破壊力は凄まじく

 複数の敵を瞬時に一網打尽に出来る榴弾を発射する。

 手榴弾に用途は似ているが、射程距離が桁違いで、最大射程は400mにも及ぶ。

 この謎の武装集団は部隊の統率力、最新鋭の武器の調達から扱い方までを見ても

 田舎の暴力団ではなさそうだ。

 どこかで特別な訓練をつんだ、現役の兵士達ではないだろうか?


  ドュナロイはロッカーの中にある、魔法の物品を調べている。

 ハールギンは床にお尻を着き、壁に寄りかかっており、苦しそうな表情である。

 龍児は失った左腕をかばいながら、机の陰で様子をうかがっている。

 そのすぐ後ろに心配そうな顔つきのチェルビラが龍児のシャツをつかむ。

 「あの距離からの飛び道具による攻撃では、懐にもぐり込む事も出来ぬ……」

 フレイラは地団駄を踏むしかない状況である。

 「こ、これは……」 ドュナロイが大きな声を上げた。

 「どうした?」 振り向くフレイラ。

 ドュナロイはロッカーの中から一冊の本を取り出した。

 それはB4位のサイズで分厚くかび臭い表紙はゴシック調の模様が施されている。

 「表紙には上質な子羊の皮が使われていますね」 ドュナロイが言う。

 子羊の皮は非常に柔らかく、こう言った物品の付加価値を上げる用途では定番である。

 その柔らかさに加えて、肌になじむ事から暗殺者などは、好んで子羊のグローブを使用する。

「魔法の媒体でも良く使われるんですよ」

 魔法の媒体とは呪文を完成させる時に必要なもので

 火縄銃で言うところの、鉛球、火薬、火縄に当たる物である。

 魔法を完成させるには、バーバル(呪文)、ソマティック(身振り手振り)、

 マテリアルコンポーネント(媒体)の三つが必要で

 このうちの一つでも欠落すれば、魔法は完成しないのだ。

 バーバルは言葉を正確に発音できなければならない。

 唱え違える事で魔法はとんでもない結果を生む事もある。

 良くありがちなのは、ソマティックをしっかりやる事に抵抗を感じる

 初心者魔法使いがいる。

 恥ずかしさのあまり大きく手を振り切れていなかったりすると

 魔法は完成しない。

 中には、ちょっと恥ずかしい振り付けもあるようで

 顔を赤らめてソマティックをしたにもかかわらず

 呪文が成功しないと、ちょっと所では無く、かなり恥ずかしい結果になる。

 「何かアルバムみたいですね」 龍児が言う。

 「それは……」 チェルビラの表情が急変し

 フレイラもドュナロイもチェルビラに注目する。

 「ま……マディーの書だわ……」

 チェルビラの瞳が小刻みに揺れ、声色が震えている事から

 周囲の者はその魔書が、ただならぬ物だと理解できた。

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  いとも簡単に人間を殺せる武装集団を前にして

 何の抵抗も出来ない人質達。

 抵抗を試みた教授と哀れな親子は虫けらのように殺された。

 考えてみようではないか?

 人がこの世に生まれる際、母親と赤ん坊は必死である。

 母親は一生で一番の苦しみを味わい、赤ん坊もまた生まれ出る事が出来なければ

 死を迎える事になる。

 母親の産道が細く出られない場合、赤ん坊は頭蓋骨を一旦変形させて、頭部の直径を小さくする。

 母親と子の連携と絆は、既にこの時から存在し成り立っているのだ。

 この悟という青年はそれを知ってか知らずか?

 親子もろとも簡単に殺した。

 希望に満ちた人生を送るために生まれてきた命を、いとも簡単に殺したのだ。

 生き残っている人質達も、目立った行動を取ろうものなら

 次の標的にされるのではないかと、じっと沈黙に耐えるしかなかった。

 「お、お腹が痛いんで……トイレに行かせてください……」

 それは、か細い声で普段であれば人ごみの雑音でかき消されていただろう

 がしかし、この沈黙を保っていた部屋では、武装集団まで届くには十分であった。

 「な、なんだとう?」 野球帽をかぶった男は苛立ちを覚えた。

 間が悪いという事は誰もが一度は経験した事があるだろう。

 ただ、この場において『間が悪い』で済まされるにはあまりに不憫である。

 「前へ出ろっ!」 野球帽の男は怒鳴りつけた。

 清楚なブレザーに身を包んだその小柄の少女は、黒髪のおかっぱで眼鏡をしている。

 振るえながら前へ出る。

 人質達のほとんどが次の標的が決まったと思っているに違いない。

 「どうする?悟」 野球帽の男は悟に問いかけた。

 悟はじっと一点を眺めていた。

 「なんだ?放心状態か?」

 「トイレに……」

 「あほか?お前」 睨み付ける野球帽の男。

 「で、でも……」

 「殺されたくなかったら下がってろ。そして喋るな」

 しぶしぶ下がる少女。

 「悟だったら殺されていたぞ」

 「愚者だと?」 悟るが急に言葉にした。

 「ん?どうした悟」

 悟は椅子に腰掛けてぐったりとしている。

 「どうも様子がおかしいな」

 「はははは……」

 「しっかりしろっ!悟っ!」

 「この俺が……愚者だと?」 悟の目は何処か遠くを見ている。

 「ぼ、ボスっ!」 野球帽の男はボスに報告する事にした。

 「どうした?」

 「悟の奴が変なんです」

 「なに?」

 「き、急に独り言を言ったり、笑ったり……」

 「人質を殺したのか?」

 「え?あ、はい、悟の奴、三人も殺しました」

 「新米兵士によくある病気だ」

 「し、しかし……」

 「もう少し様子を見ろ」

 「りょ、了解……」

 「問題になるようだったら」

 「え?……」

 「殺せ」


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  「マディーの書?」

 「なんですかそれは?」

 チェルビラはこれがここに有る事が考えられない。

 龍児の世界にはあるはずの無いものである。

 「この魔道書に書かれている事柄は全て真実なのよ」

 「意味が解らないよ」 龍児はチェルビラに説明を乞う。

 「じゃあ、龍児、ここの病院の名前は?」

 「桜庭病院だけど」

 チェルビラは魔道書を開き調べ始めた。

 指で文字を書いている様子は、龍児の世界で言うタッチパネルの様である。

 「ああ、もう……文字が動いて読みにくいわね」

 そのマディーの書には魔法の文字が記されていて

 よく見ると、その文字が移動したり、文字が変化したりしている。

 「文字が泳いでいる……」 龍児は文字こそ理解できないが

 その、ちょろちょろと文字が動いている様を見て驚いた。

 「簡単に言うと、インターネットで物事を検索するでしょ?」

 「桜庭病院を?」

 「そうすると、その病院の説明や所在地などの詳細が表示されるじゃない?」

 「ああ、そうだね」

 「この魔道書はそれと同じで、検索がヒットすればその事柄の詳細が確認できるのよ」

 「へえ、まあ、まさにノートパソコンみたいなものか?」

 「あったわ」 チェルビラは目を見開いた。

 「便利だね、でもノートパソコンのほうがコンパクトで持ち運びが……」

 「桜庭病院最新情報、現在、オキュペイド……」

 「え?」

 「武装集団により占拠されていると出たわ」

 「なんだってっ!?」

 龍児、フレイラ、ドュナロイの三人が口をそろえて声にした。

 とその時

 ポンと筒から何かが飛び出すような音がした。

 「ふ、伏せろっ!」 フレイラは叫んだ。

 「おらおら!お前らっ!全員死ねやーっ!」 渋谷が突入してきた。

 また、乾いた瞳だ。

 渋谷の目は乾いた砂漠のような眼をしている。

 



 


つづく

 



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