Shangri-La
第37話
戦闘の前触れ
2010/07/23 UP




  「お前達!こんな所で何をしている?」 電子ロックを解除し、死体安置所へ進入して来た

 チョロと呼ばれていた背の低い男はびっくりしながらも、逆に強気な口調で叫んだ。

 まあ、話のあらすじを読み取っている者からすれば

 この背の低い男も含めて、謎の武装集団こそ『こんな所で何をしている!』と言いたい所だ。

 銃口を向けた瞬間、フレイラがポーチより日本刀を抜きつつ突進した。

 「こいつっ!」 背の低い男はアサルトライフルのトリガーを引いた。

 銃声よりも、跳弾する音のほうが激しく、また火花を散らして非常に危険である。

 狭い部屋での跳弾は自分に跳ね返る事もあり、銃を扱う者であればそれを認識している。

 ましてや、ドアのロックを破壊するために拳銃を用いるなどという事はもってのほかである。

 フレイラの動きを捉えられないその男は、あっという間に弾切れになった。

 「くそっ!」 慌ててマガジンを交換する背の低い男に間髪入れずフレイラの一撃が襲う。

 アサルトライフルの装弾量は30発である。

 5発も当てる事が出来れば十分相手は行動不能になるので、しっかり狙えば数人は倒せる。

 だが、背の低い男は予期せぬ戦闘にいつもの力を発揮できず、フレイラにやられてしまった。

 「チョロっ?物は確保したか?」

 ボスと村田は顔を見合わせて

 「ああ、坂下、聞こえるか?死体安置所でトラブル発生、直行しろ」

 「何が起きたか報告してくれ」

 「了解!」

 「コントロールセンター!再度、死体安置所の電子ロックをしろ」

 村田は眉間にしわを寄せる。

 「死体安置所だけに、ゾンビでも現れたか?」 ボスの余裕のジョークに村田は笑いもせず

 「俺も行ったほうが良いか?」 野太い声で言いながらマシンガンを手にした。

 「よし、村田は空調の見取り図を調べておけ」

 「坂下の確認後、トラブルが解決できない場合、空調から死体安置所へ突入してくれ」

 「諒解したぜ」

 「島崎、塚越、渋谷の三人は一旦ここへ戻れ」

 「了解しました」 三人の返答が来る。

 「あまり時間がないぞ、急げー」 急がせるボスの口元にはまだ、余裕の笑みが残っている。


  フレイラに斬られた背の低い男『チョロ』の体が動かなくなった。

 ドュナロイが死体から装備品を調べている。

 龍児はその光景をうとましく思った。

 死んだ背の低い男の表情はなぜか穏やかだった。

 この男にも大切な人が居たかもしれない、そう思うと心が痛くなる龍児。

 「殺さなくても……」 龍児はつぶやく様に言った。

 ドローエルフ三人に囲まれているだけでもありえない光景なのに

 龍児は目の前のドローエルフの残虐な行為に反論しようとしている。

 ドローエルフとは自分が生き残るためには手段を選ばない戦闘種族である。

 腹をすかしたライオンの群れに囲まれたシマウマが『食べないで』と言う眼差しをした所で

 ライオン達が『かわいそうだから逃がしましょう』と言うはずがない。

 人間社会に例えるなら……

 ここから先はチェルビラが龍児に話し始める。

 「龍児、無駄よ」

 「えっ?」

 「モラの時と同じで、住む世界が違うのよ」

 「でも……」

 「龍児だって、お肉を食べるじゃない」

 「牛や豚が命乞いをしたら、食べずにいられるの?」

 「まってくれ、相手は人間なんだ、意思疎通が出来ないものと一緒にするのはおかしいだろっ」

 龍児はチェルビラに反論する。

 「じゃあ、言葉が通じなければ殺してもいいの?」

 「そういう意味じゃ……」

 「人間はね龍児、感情移入すると手放せなくなる生き物なのよ」

 ドローエルフたちもチェルビラの話に注目している。

 「例えそれが文字の配列、すなわちデーターであってもね」

 「言ってる意味が解らないよっ」

 「コンピュータのプログラムであっても削除できなくなるって事よ」

 いまいちピンとこない龍児。

 「龍児、貴方はネノが消えて行く時、泣いてたじゃない」

 「ネノ……」 龍児はつぶやく。

 「あれはゴーレムで感情もない人形なのよ」

 「そんな……」

 「なのに龍児は感情移入していたから別れるのが辛くなったのよ」

 触れられたくない話だった。

 「そ、それと今の現状と、どういう関係があるんだっ」 龍児は吐き捨てるように言った。

 「ドローエルフ族は感情移入して敵対する者を気にしたりはしないと言う事よっ」

 「殺すほど悪い人じゃないかもしれないだろうっ!」

 「龍児、貴方の世界で強力な武器を持っている者が、襲い掛かって来たのよ」

 「そ、それはそうだけど……」

 「その屍の魂にでも聞こうか?お前は悪人で間違いないか?と」

 ハールギンは我慢できなくなって発言をした。

 沈黙が部屋中を襲った。

 「魂に聞く?」 龍児は脳裏に電撃が走った。

 ハールギンにチェルビラの剣の事を聞かれた時、同じ事を言われた。

 「我々は敵対しているのです」 ドュナロイが淡々と言う。

 この時点で、つい先ほどまで、この三人と敵対していたと言う事実を再認識した。

 「意見が合わないことは当然でしょう」 腕組をするドュナロイ。

 そう、悠長(ゆうちょう)に敵の考えに反論し、説得している場合ではないと言う事だ。

 だが、ドローエルフと言えども、フレイラは少し違った。

 白銀の聖戦士パリスと旅する間に、命の重さについての考えを少し改め直したのだ。

 「杉村龍児……私には相手の性格が見破れる力を持っているのだ」 フレイラは龍児を睨み付けた。

 「性格を見破る?」 あんぐりとする龍児。

 「瞬時にあの男を調べた所、大変な悪漢であった」

 「私が制裁を下さねば、罪もない者を次々と襲うような輩であった」

 「そ、それは本当ですか?」 龍児は驚いている。

 色々な超能力を使うこのドローエルフたちだ。

 今、フレイラが言うような力を持っていても何の不思議な話でもない。

 息の荒かった龍児が次第に沈静してゆく。

 「何時からそんな力が……」 ハールギンはニヤけながら言う。

 「……」 ハールギンの冷やかしに気もくれずフレイラは無言で龍児を見つめていた。

 「命の重さを異常なまでに尊重すると言う性格だけは、あのお方と同じだな……」

 フレイラはこの台詞を唇で包み込み発言はしなかった。

 

  「こちら坂下、配置に付きました」

 「オーケー、電子ロック解除だ」

 坂下は腰のベルトに装着されていた手投げ弾を取り出し、安全ピンを抜いた。

 「まずはこれを食らいなさい」 ドアが開いたと同時に手投げ弾を投げ込む坂下。

 甲高い金属音とともに死体安置所の中に転がり込む手投げ弾。

 「ドアが開いた」 龍児はドアが開いた事は解ったが、手投げ弾には気が付いていない。

 次の瞬間、もの凄い勢いで煙幕が手投げ弾から噴出された。

 そう、この手投げ弾はスモークグレネードと言い、特殊部隊が突入時によく使用するものである。

 「こちら坂下、チョロっ!生きてるかっ?」 坂下はアサルトライフルを構えながら部屋に侵入する。

 部屋の中は煙幕が充満して視界が確保できない状況である。

 「あっ……」 坂下は足元にチョロの死体を発見した。

 「チョロ……」

 「ボスっ、チョロがやられてますっ!」 声のトーンを落としながら坂下は報告をする。

 「なにっ!?」 

 「何者かに鋭利な刃物でやられた模様」 坂下の表情が緊迫したものに変わった。

 「チョロをやった奴は居るのか?」 

 「たぶん……」

 電子ロックで封鎖された死体安置所にどうして?何者が?

 考えられる事柄を瞬時に並べてみたが、坂下は理解不能だった。

 そしてただ、理解できないと言う不安だけが込み上げて来た。

 坂下は部屋から一旦出る事に決めた。

 「今度は、煙幕じゃねえぞ」 腰の手投げ弾に手をかける坂下。

 その時、煙幕の中からフレイラが飛び出してきた。

 「こいつっ!どうして俺の位置がっ?」 坂下は手投げ弾をあきらめて、アサルトライフルを速射した。

 実はドローエルフの肉眼は温度を見る事が出来る。

 すなわち、サーモセンサーの機能を備えているという事だ。

 目を凝らすと、冷たい金属などは青色で、体温のある生命体は黄色、温度の高いものは赤色に見えるのだ。

 煙幕で視界が遮られた時、おそらくドローエルフ達はこの機能に切り替えていたのだろう。

 この煙幕は坂下にとって逆に仇となったと言うわけだ。

 フレイラは日本刀の間合いに入り込むと、アサルトライフルごと坂下を斬り付ける。

 「はああーっ!」

 フレイラの持つ日本刀が光を放っている。

 これはフレイラがサイキックパワーを込めたと言う事を意味している。

 サイキックパワーが込められた日本刀はコンクリートですら破壊するほどの威力がある。

 「せいっ!」 気合の入った掛け声とともに振り下ろされる刃は見事に坂下を捕らえる。

 「がふっ!」 あまりの威力に坂下は吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

 アサルトライフルは真っ二つに斬られて、いや、破壊されて部品とマガジンから弾丸が散らばった。

 「坂下、チョロをやった奴は居たのか?」 無線でボスが問いかける。

 しかし、坂下の返答がない。

 「村田、ステージ2へ移行だ」 ボスの顔つきが厳しい表情に変わった。

 「諒解」 迷彩服に包まれた筋肉質の体がまるで喜んでいる様にも見える村田はマシンガンで武装している。

 「島崎、塚越、渋谷は死体安置所へ向かえっ!ステージ2だ、いいな?」

 「了解!」 勢いの良い返答がそれぞれから送られてきた。

 本格的な戦闘の前触れと言う事か?

 
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  「『真実を見る事が出来る』と言われたタロットカードが15世紀の後半にイタリアの北部で伝説として

 残っており、今も研究家の間では取り上げられている。

 タロットケースには目玉がモチーフとなった紋章が刻まれていて、なんとも不気味な印象を与える。

 当時、そのカードを使用していた占い師はビザンティン(現代のイタリア)の王様に呼び出されて

 王様が敵対するチュートン(現代のドイツ)を破る事が出来るかを占うように命令された。

 占い師は、結果次第では自分の命がない事を悟りながらも、占う事を決意した。

 いや、家族を囚われていたので決意せざるを得ない状況だったらしい。

 そして最終的に引いたカードが『THE FOOL』愚者だった。

 そのカードの意味を王様も知っていた。

 王様と占い師はお互い目を合わせながら沈黙が続き

 そして、王様は一言

 「誰が本気で占えと言った」

 この言葉からして王様は公然の席で勢いをつけるような結果を望んでいたのだろう

 嘘でも良いカードを出すべきだったんだ。

 傲慢な王様が次に残した言葉は

 「打ち首にせよ」 だった。

 占い師は衛兵に連れて行かれ

 王様は愚者のカードを手に取りしばらく見つめていたが

 感情を抑えられなくなり力を込めて破り捨てたと言う。

 だが、その夜……

 王様は夜中に突然、寝具のままの姿で兵舎まで

 占い師の処刑を中止するようにと、じきじきに申し出た。
 
 そのありえない光景に衛兵達も驚き

 夜中にもかかわらず、城の中は大混乱になった。

 王様の身に何があったのかは謎のままだが

 残念な事に、その占い師は既に処刑された後だった。

 王様は刎ねられた占い師の首を抱きしめながら陳謝したと言う。

 後に愚者が欠落したそのタロットカードは行方不明となるのだが

 色々な説が入り混じり、現在も発見されていない、とされている」

 猫柳は白鳥に淡々と語った。

 「でもどうして、霞さんがそれを?」

 「さあ、それも謎だ」

 「それに、その愚者のカードが欠落していたのなら、さっきの占いでどうして、愚者のカードが……」

 白鳥の話の途中で猫柳は

 「そうとも、あのタロットでは普通占いは成立しないはずなんだ」

 「そ、そうですよね、カードが足りないし」

 「欠落したカードは一枚だけじゃないらしい」

 「そうなんですか?」

 「何か、特殊なやり方だと欠落したカードに関係なく占いが出来る」

 「手品か何かじゃないんですか?」

 「それを確かめたいんだ」

 猫柳の目つきは霞を捉えてはなさい

 その真剣な表情から、何かオーラの様なものを感じる白鳥は

 まだまだ自分が未熟である事を悟った。



つづく

 



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