Shangri-La
第36話
THE FOOL(愚者)
2010/07/11 UP




  「今日はずいぶん蒸すなあ」 片足を引きずりながら渡辺が言う。

 「雨が上がっただけマシじゃない?」 カノンは雲が多い夕暮れの空を

 眺める渡辺を見て一時の平和すら感じるのであった。

 カノンは組織を抜けたモラを追い、この世界まで来たが

 路頭に迷っていた所を渡辺に救われたのだ。

 そしてシャングリ・ラの話を渡辺から聞かされた。

 『夢を叶える』そんな場所がある。

 あまりに抽象的で、そんな場所へ行きたいと言う渡辺がすこし滑稽でもあった。

 カノンは借りを返すために渡辺に手を貸しているが

 今ではそれ以上の感情も少しずつ芽生え始めていた。

 「ねえ、お見舞いって、御花とか持って行かなくて良いのかな?」 カノンは渡辺に聞いた。

 「ははは、中村は林檎さえあればご機嫌さ」

 実はその中村は先日、マンションで留守番中に尋ねて来たフレイラに日本刀で斬られ

 病院送りとなっていた。

 が、しかし

 その病院が今、謎の武装組織に占拠されているとは、渡辺もカノンも知らなかった。

 「ん?あの車は……」 渡辺はこの場には不自然なくらい大きなワゴン車を発見した。

 それは謎の武装集団が乗りつけたウニモグだった。

 「カノン、ちょっとやばい事になってるかも知れねえ」

 「え?どいうこと?」

 「カノンは病院を偵察してきてくれ」

 「俺は、あの馬鹿でかい車に用事がある」

 渡辺は何か気がついた様であった。

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  「ボス、見取り図をプリントアウトして来ました」 迷彩服のマッチョな男が見取り図を手渡す。

 「おお、村田ちょっと見せろ」 ボスは机の上に見取り図を広げて考え込んでいる。

 「んー、ここだな」 

 「一番近いのは……」 無線を手にするボス。

 「チョロ、聞こえるか?」

 「へい」

 「そこから東へ行くと右手に電子ロックの部屋がある。そこに物がある」

 「ここを東ですね」

 「ゲットしろ」

 「了解!」

 「コントロールセンター。電子ロックの解除頼むぞ」

 「了解」

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 「ファート……ここなのかしら?」 甚目寺 霞(じもくじ かすみ)は息を切らしながら走り

 たどり着いたのが病院の前だった。

 紺色のセーラー服に後頭部で髪を束ねている霞は目玉のイラストのタロットカードと

 聞こえない言葉、テレパシーで会話をしている。

 辺りは、かなり薄暗くなっていた。

 猫柳と白鳥もようやく霞に追いついた。

 そして、霞の前に半透明の人型の物体が現れ、何やら霞と意思疎通をしている。

 これまたテレパシーの様なもで会話をしているので外部には何をしているのか解らない。

 「猫柳警部、彼女は何をしているんでしょう?」 まだ荒い息で白鳥は尋ねた。

 「しー、ここからだ」

 半透明の物体、それが何かの霊魂か?

 霞にはそれが、はっきりと見えるようで、そのほかにも多数が漂っているようだ。

 そう、ここは病院だ。死んだものの霊魂が漂っていても不思議ではない。

 すると突然、霞は大粒の涙をポロポロと零し、膝を折りしゃがみこんでしまった。

 「どうして……そんなひどい事ができるの?」 霞はつぶやく。

 「許せないっ」 急に霞の目つきが厳しいものになった。

 「ファート、その青年『悟』の真実の名前をっ!」

 濃い澄んだ青色のハードボックスには銀色の縁取りがしてあり

 表面に目玉のイラストが描かれている。

 霞の命令に答えるがごとく、その目玉は光を放った。

 直視してしまった猫柳達は目が一瞬、見えなくなるほど強い光源だった。

 「ああ、凄い光だ」 低いかすれた声で猫柳はたまらず声にした。

 次に、ハードボックスがぼんやりと光を初め、その箱からタロットカードが

 一枚ずつ空中に飛び出し始めた。

 「んーなんだ?あれは」 少しずつ視力が回復してゆく猫柳と白鳥は

 まるで手品を見ているようであった。

 「どうやってあのカードを操っている?」 猫柳は驚きを隠せない。

 白鳥にいたっては言葉も出ないようだ。

 空中浮遊しているカードは22枚、これはタロットカードの中で

 メジャーアルカナと言われる代表カードである。

 そして徐々にカードはハードボックスの中に戻ってゆき、一枚のカードが残された。

 そしてゆっくり、そのカードはこちらに裏返り、絵柄が確認できるようになった。

 そのカードに描かれているのは、一人の若者が杖を持ち犬と一緒に歩いているもので

 若者は左上空を眺めているため足元には全く意識していないように見える。

 よく見ると、足元は崖になっていて、その犬が若者を止めようとしている様にも見える。

 そのカードの名は『THE FOOL』愚者である。

 カードにはそれぞれ番号があり、この愚者には『0』と言う番号付けになっていることから

 特別視される事が多い。すなわちジョーカー的な存在であると言うことである。

 若者は旅をしていると言う点から見ても、行く末はまだ解らないと言う事で

 崖から見ても、今現時点では極めて危険な状態である事がうかがえる。

 カードは天高く上昇してゆく。

 「この占い方だ」 猫柳は額に汗をたぎらせながら言った。

 「私には手品にしか見えませんが」

 「そうとも、手品さ」

 「はあ?」

 「これから手品が始まるんだ」

 「これからですか?」

 今、目の前で霞の手品的占いが終わったばかりなのに

 どうしてこれから手品が始まるのか?白鳥には全く意味不明である。

 「前回は確か正義とか言うカードだった」

 タロットカードと事件との何がしらの因果関係があるのか?

 それとも偶々、占いが当たったのか?

 猫柳はそれがどうしても確認したかったのだ。

 それにしても、これからいったい何が始まるのか?


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  「この部屋から出る事が最終目的です」 ドュナロイは力強く言う。

 「しかし、魔法の物品がこの様な場所にあること事態が不自然であろう」

 フレイラはこの魔力の出所をそのまま放置する事の方が危険と判断した。

 「だいたいこの部屋ですら、どういった部屋かも解らないのに」

 「解らなければ、調べろ」 フレイラは厳しく言う。

 「フレイラ、貴方はいつも、何の考えもなしに行動し過ぎではありませんか?」

 「なにお?」

 「う…うるさいわね……」 苦しそうなハールギンの言葉が二人の口論に割って入った。

 「おちおちと休息も出来やしないわ……」

 「す、すまない」 

 「ほお、フレイラが素直に詫びを入れるとは」 ハールギンは口元をゆがませるが

 その目つきは極めて苦しそうである。

 「この部屋がどんな部屋だって?」 ハールギンは何かわかった様で

 「この部屋には三十九体の死体があるわ」

 この台詞に全員が静まり返った。

 病気、呪い、死に関した事柄に詳しい宗教家の一言には、何事にもかえられない説得力があった。

 「どういうことだ?」 フレイラは尋ねる。

 「アンデッドでも養成してるんでしょうか?」 ドュナロイも、あわせて尋ねた。

 「さあね、この世界の事はマトロン候補の私にも解らないわ」 死体があることは解るが

 それ以上はハールギンですら解らないようである。

 「死体安置所ですよ」 龍児が答えた。

 「死体安置所?」

 「知っていたんですか?」

 「いや、カルテと死体と聞けば死体安置所と言う答えは出ると思いますが」

 「そうなのか?」

 「という事はここは……」 龍児は再びカルテを確認した。

 「病院、桜庭病院ですね」

 とその時、電子ロックが急に解除された。

 「ボス、扉が開きました。何番のロッカーに物はあるんですか?」

 「はっ!」

 それが、謎の武装組織の男と龍児たちが鉢合わせに成った瞬間であった。





つづく

 



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