Shangri-La
第35話
軽い引き金
2010/07/05 UP




  桜庭病院は謎の武装組織に占拠されていた。

 病院関係者、通院患者は別室に全員閉じ込められ

 入院している患者の部屋も出入りができない様に

 システムでドアをロックされている。

 「いいか!野郎ども!今から30分で物を確保する」

 「残り10分で撤退だ」

 「警備会社は10分でここへ来るが、警察は30分以上かかる」

 「SSセキュリティーさえ丸め込めば勝ったも同然という事だ」

 「とは言え、時間は無いっ!急げっ!」

 数人の男どもは一斉に散らばりだした。

 それぞれ物騒な武器を持ちながら。

 「コントロールセンター。見取り図から部屋の特定を急げ」

 「了解」

 進捗が良い事に口元がゆがむボス。

 「ボス、看護婦から薬を投与したい患者が居ると」

 若い男の声でボスに無線が入った。

 「悟、PDWを投与してやれ」

 「PDW?」

 「パーソナル・ディフェンス・ウエポンだ」

 「了解」

 「まあ、その患者も個人的に守ってやれや」

 PDWとは現代兵器において、重火器の性能が強力になったために

 開発された拳銃の強化版の事である。

 通常の拳銃の弾数が十数発に比べてPDWは数十発に増え

 連射速度もマシンガンを上回る。

 ただ、弾丸自体が小さいため威力はライフルやマシンガンよりは低い。

 とは言え、この国でこのPDWの威力がどうのこうの言えるような装備をしている

 一般人は存在しない。

 逆に言えば、この様な強化版の拳銃を持ち込んでいる武装集団は脅威的なもの

 以外の何者でもないと言う事だ。

 そして脅威的な存在のせいで、残念な結果になった。

 悟はPDWのセーフティーロックを外し

 ゆっくりと銃口を看護婦に向ける。

 下唇をかみ締めながら、悟は引き金を引いた。

 いとも簡単に、その患者も看護婦も射殺された。

 「静かにしろい!」 野球帽をかぶった男が叫んだ。

 部屋が一瞬静まり返った。

 息が詰まりそうな沈黙。

 この部屋を見張っているのは、野球帽をかぶった男と悟という名の青年だった。

 しかし、その沈黙を破った者がいた。

 「君たちは何が目的だ!?」 白衣の男が立ち上がった。

 「鵜飼教授、やめたほうが……」 女医が止めるのも聞かず

 中年の医師が今、この部屋の弱き者を守るべく脅威的な存在に立ち向かう。

 「悟君、話し合おうじゃないか?」

 「どうして俺の名前を知っているんだ?」 青年はPDWを医師に向ける。

 「そ、それは……私はき、君の事を知っているんだ」 青年の気を引く事に成功した医師は

 少しでも交渉を成功させるために話をあわせる事にした。

 「いつ?どこで?何時?何分?」

 「あ、う、それは……」

 「地球が何回まわったとき?」

 「わ、私は君のお母さんも知っているよ」

 「お母さん?」

 悟は豆鉄砲を食らった鳩のような表情をしている。

 うまく行きそうだと思った医師は口元をゆがませながら

 「そうだよ、君のお母さんだよ、きっと心配している」

 この部屋の誰もが雲間からの光を見た瞬間だった。

 この鵜飼教授はここまで苦労の連続で、ある意味こういった窮地を

 何度か切り抜けてきている。

 それは、確かに暴力沙汰ではないが、患者の命のやり取りをすると言う事では

 共通点がある。

 何人の命を救った事か?

 ここでまた、この場を穏便に切り抜けられたら、数十人の命を救う事になるのだ。

 「ブラフだな」 悟るは無表情で引き金を引いた。

 PDWの先端バレルには消音器が付いているので

 部屋に銃声は響きはしない。

 がしかし、その発射音はピシュピシュと拳銃らしからぬ音を立てる。

 まるでおもちゃの銃のような音である。

 鵜飼教授は一発でも十分なところ、必要以上に銃弾を受けて倒れた。

 床に大量の血液が流れ出し、身体は痙攣を起こしている。

 誰が見ても、もう助からない事が解る様な状態であった。

 「俺に母親は居ない……」 厳しい目つきで部屋中を見回しながら

 PDWのセーフティーロックを掛ける悟。

 人質全員が頭を低くして目を合わせないようにした。

 「悟、PDWは引き金が軽いから無駄だまを撃たないように気をつけろ」

 野球帽をかぶった男は言った。

「解ってますよ。でもこの男にはまだ足りないくらいですよ」

 と、その時、一人の子供が泣き出した。

 「亮ちゃん、静かにね」 母親が必死で止めるが

 幼い子供には、この場状況は理解できない。

 「うるせえガキだな」

 武装集団の野球帽をかぶった男が言う。

 「黙らないなら、俺が始末しますよ」 悟と言う青年は冷たい口調で言った。

 「どうか許してください!」 母親が覆いかぶさるようにして息子を守る。

 再びPDWのセーフティーロックを解除し、子供に照準を当てる悟。

 止めて欲しい

 誰もがそう願ったに違いない。

 人の命を何とも思わない

 どうしてこんなまねが出来るのか?

 その、悟と言う青年の精神的な構造は

 一般社会で生活を営む者とは全く異なっていたのだろうか?

 引き金は軽く引かれ

 無機質な発射音とともに複数の弾丸が発射された。

 「息子をかばう母親はこの世に存在しないんだ」

 「いや、存在しなくていいんだよっ!」 射撃を止めない悟に

 「おいっ!もうよせっ!」 野球帽をかぶった男がとめに入る。

 その場にいた全員が心臓を掴まれる思いであった。

 「全員殺してやる……」 悟のこの発言に野球帽をかぶった男でさえ

 硬直して動けなくなっていた。

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  ドュナロイは慎重に部屋を調査する。

 「この引き出しはいったい何でしょうね?」 

 部屋の両サイドの壁に下から上まで、引き出しが壁一面に並んでいる。

 引き出しのサイズは幅約1m、高さ約50cm位の大きい引き出しである。

 「何か、ひんやりとしてるな」 フレイラは目を細めながら言う。

 龍児は机の上の書類を手に取った。

 「これは、カルテだ」

 「カルテ?読めるのか?」 フレイラは言った。

 「患者とかの診断書じゃないかな?文字は読めるけど医学的な事ばかりで」

 「皆さんっ!」 ドュナロイが急に裏返った声を上げた。

 「どうした!」

 「この引き出しに魔法を感じますよ」

 いくつもある引き出しの中で、何故そこだけに魔法が掛かっているのか?

 「危険だな」

 「ちがう、引き出しに掛かっているのでは無く、この中に魔法の物品が入っている様だ」

 ドュナロイは確信した口調で淡々と語る。

 「どうしてこんな所に?」 チェルビラはこの龍児の居る世界に魔法の物品が存在する事の意味を知っていた。

 それは異次元世界より持ち込まれたという事を意味する。

 フレイラやドュナロイと同じ世界から来たものが、ここに隠したという事か?

 いったい誰が?

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  甚目寺 霞(じもくじ かすみ)は一人部屋に取り残され

 猫柳警部に本当のことを話すべきか?悩んでいた。

 正直言って、適当な事を話して煙に巻くつもりであったが

 それを話そうとした瞬間にブレイクされた霞は

 猫柳がただの警部ではない事を悟った。

 いったいどこまで知っているのか?

 目玉のイラストの付いたタロットカードの事を知られた以上

 後戻りは出来ない。

 「ファート……どうしたらいい?」 聞き取れないくらいの小声で霞はつぶやいた。

 カバンの中から目玉のイラストのタロットカードを少しだけ出して見つめる霞。

 タロットカードは十数世紀にヨーロッパで生まれたもので

 その発祥地はフランス、イタリアなどと言われている。

 しかし、霞の所持しているこのタロットカードは何か不思議な力があるようだ。

 深刻なまなざしで霞が眺めているタロットカードの目玉のイラストが急に輝きを発した。

 「ああっ!」 霞は驚いてタロットカードの箱を取り出した。

 濃い澄んだ青色のハードボックスには銀色の縁取りがしてある。

 そして何より印象的なのがその目玉のイラストである。

 「ファート、今度は何が起きたの?」 霞は驚いた事にその目玉のイラストと会話をしている。


  白鳥はコーヒーを入れて部屋に戻る所であった。

 急に甚目寺霞が、慌てた表情で部屋から飛び出してきた。

 危なくコーヒーをひっくり返しそうになって

 「霞さん、どうかしたんですか?」

 「ごめんなさい。急用が出来たのでこれで失礼します」

 「え?」 白鳥はあっけに取られているだけで、その後の声すら掛けられなかった。

 トイレから猫柳が出てきて

 「追うぞ」

 猫柳はハンチング帽をかぶると、一目散に飛び出した。

 「いったいどう言う事でしょうか?」 白鳥には意味が解らない。

 「いいから付いてきなって」 嬉しそうな猫柳は表情とは裏腹に慎重に霞を尾行する。


つづく

 



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