Shangri-La
第34話
タロットカード
2010/06/26 UP




  「いいですか?闇雲に部屋の物品に触れてはいけませんよ」

 ドュナロイは厳しい表情で言う。

 「私のディスペルが効かないという事は……かなりの魔術師の仕業」

 「それはさっき聞いた」 フレイラは机の上の書物を触ろうとした所を

 止められて、ムッとしている。

 「書物にも何がしらの魔法がかけられているかも知れません」 

 目を細めてドュナロイが言う。

 「問題はこの部屋からどうやって出るかだ」 口をとがらせるフレイラ。

 「フレイラ、最終目的は脱出ですが、早まってはいけません」

 「では、この書物の文字が読めるか?ドュナロイ」

 フレイラは先ほど手に取ろうとした書物を指して言う。

 「さわらないように」

 「解っている」

 ちょっとどいてと言う感じにドュナロイはフレイラの隣に来て

 「んー……」

 「どうだ?」

 「これは……」

 「これは?」

 「読めませんね」

 フレイラは二の句が告げなくなり硬直した。

 「私もアベリアン地方のヒューマノイドの言語をいくつか知っているが」

 フレイラがそう言いはじめる言葉をさえぎり
 
 「いや、私のほうが知っていますが」

 「解読不能」

 ドュナロイの自分が賢者であることを笠に着ていばるような発言にフレイラは

 「なら、魔法で何とかできぬか?」 売り言葉に買い言葉的な発言をした。

 「魔法言語解読は出来るのですが……」

 「結局理解不能か?」

 「結論からするとそういう事です」 ドュナロイは開き直った。

 「ああもう良いわ」 あきれるフレイラ。

 「しかし、魔法がかかっているか?調べてみましょう」

 ドュナロイは念のため、何がしら魔法がかけられているかを調べ始めた。

 魔術師がセキュリティー魔法、もしくは罠の魔法をこの部屋の何かに仕掛けているかもしれない。

 それが魔法であれば、ドュナロイは探知できるようだ。

 魔法探知の魔法は物理的な罠は探知できない。

 あくまで魔法によるものだけである。

 「物品、空間……」 ドュナロイは調べている。

 「な……なんと」

 「どうかしたか?」

 「この部屋のどこにも魔法の掛かった物品、空間は存在しません」

 「しいて言えば、貴方の装備品である、そのポーチと中に納められている刀と……」

 「はい、もう十分」 フレイラは人を食ったような言い方でドュナロイの発言を遮った。

 今更自分のどの装備に魔法的な力が込められているかは

 あえてドュナロイに説明して欲しくは無いと言う事だろう。

 それよりも、この部屋には魔法的なものは存在しない。

 この発言は重大発言である。

 「ドュナロイ、ならあのドアはどうして開かない?」

 「……まさか、私の魔法探知の魔法を相殺する力が……」

 「電子ロックですよ」

 結論の出ない討論に見かねて、龍児が回答をした。

 龍児が止めなかったら、おそらくずっと話は前に進まなかったであろう。

 「電子ロック?」 ドュナロイは自分達の世界には無い言葉に驚いている。

 「そうか、電子ロックか」 フレイラは少しだけ知っているようだ。

 「痛っ……」 左ひじの付け根を右手で押さえながら立ち上がる龍児。

 地面を両腕で支えながら立ち上がれない龍児は

 この時、左腕がひじより切断された不自由さを再確認した。

 そして、切断された先はどうなったのか?

 今頃、警察に発見されていたら、指紋とかで素性がばれるのでは?と気が気でない。

 また、フレイラは腕を押さえている龍児を見て過去を思い出していた。

  それは、白銀の聖戦士パリスがサーベルタイガーと言う珍獣と戦った時の話である。

 犬歯が長く、むき出しになり、まるで西洋刀の様である事からサーベルタイガーと

 呼ばれるその珍獣は、獲物を狩るために旅の途中であるフレイラと聖戦士パリスを襲った。

 野生の獣が本気で人間に襲い掛かってきた場合

 よほどの対策が練られていなければ人間に勝ち目はない。

 運動神経、反射神経、腕力、瞬発力といかなる能力値を数値化したとしても

 どのカテゴリーも人間が勝る事はない。

 サーベルタイガーはその鋭い牙よりも、瞬発力を生かした前足の爪による攻撃の方が

 遥かに強烈で、崖の上から飛び降りながらパリスに攻撃を仕掛けてきた。

 白銀の鎧がその爪の攻撃を防いでくれたおかげで

 不意打ちからのダメージはなかったものの

 押し倒された状態になったパリスへ牙が襲い掛かった。

 瞬時の判断でパリスは剣を抜くよりも先に盾でサーベルタイガーの攻撃を防御した。

 攻撃に転じる余裕は全く無い。それほどに珍獣の攻撃が早いのだ。

 人間の走るスピードは最も早いもので、時速約37km 10秒で約103m 移動可能

 サーベルタイガーは、時速約64km 10秒で約178m を移動する。

 さらにサーベルタイガーの跳躍は12mにも及ぶ。

 前足の力も強力である。パリスはあっという間に盾をはぎ取られてしまった。

 フレイラは慌てて剣を抜きサーベルタイガーの横っ腹に一撃を与えた。

 人間であればこの一撃で行動不能になるはずであったが、そこは野生の獣だ。

 次のフレイラの攻撃をかわしつつ、サーベルタイガーは飛び跳ねて距離をとった。

 パリスが立ち上がり剣を抜いた時点で、サーベルタイガーは素早く撤退した。

 本来の目的である獲物の確保が失敗した以上、無駄な戦闘はしないと言う事か?

 野性の世界で生き残るための術を心得ているのだ。

 しかし問題はこの後だった。

 パリスの左腕が引きちぎられていたのだ。

 フレイラは動揺を隠せなかった。

 しかしパリスは痛みをこらえつつ笑っている。

 そして、パリスは自分の剣に祈りを込めた。

 「クローム」 鋼と戦の神に祈ると

 たちまち左腕が治療されてゆく。

 その剣はクロムソードと呼ばれ、握りながら祈りを込めると

 神の力で細胞組織が再構築(リジェネレート)されて行く。

 「くっついた……」 フレイラは何度と無く聖戦士パリスの

 行いに驚かされたが、この時の印象はかなり強烈なもので

 フレイラは決して忘れる事が出来なかった。

 引き裂かれたパリスの腕を見て、胸が張り裂けそうであったフレイラは

 神の奇跡に感謝の念を憶えざるを得なかった。

 腕が見る見るうちに再生されて行き、それと同時にフレイラの

 心の痛みも徐々に回復していった。

 他人の傷が癒える事で、嬉しさが込み上げるといった感情は

 今までのフレイラには無かった。

 だから、フレイラはその時、初めて泣きながら笑った。

  今の龍児には、そのクロムソードも無ければ

 あの時のパリスのような余裕の笑みの欠けらすら無い。

 一杯一杯である。

 「クロムの剣は?今どこに?」 フレイラは思わず口にした。

 「クロムの剣?」 

 龍児の反応を見て、今の龍児にはパリスが居ない事を確信したフレイラは

 「失礼……した」 陳謝した。

 クロムの剣で反応したのはチェルビラの方だった。

 兼ねてより、その剣があれば話が早かったのだとチェルビラは思っている。

 『シャングリ・ラ』へ龍児を連れて行くと決意したものの

 まだ龍児の覚醒は始まったばかりである。

 クロムソードはあまりにも、その力が強力であるため、悪人の手に渡らないよう

 パリス自身が死を迎える寸前に友人であるエルフ『プロスト』に

 『老竜ラキヌス』まで届けるように依頼したのだ。

 フレイラもチェルビラもそれを知らないのだろう。

 いずれにしろ、クロムソードさえ手にすれば、龍児の左腕はリジェネレートすると言う事だ。

 「電子ロックは僕らの世界の文明の利器だよ」

 「確かに、建築物といい、エレクトロニックテクノロジーといい」

 フレイラは腕組をしながら目を閉じた。

 「こちらの世界の文明には驚かさせられる」

 「それは同感です」 ドュナロイも感心しているようだ。

 「とは言え、何としてもここから出なければ成らない」

 フレイラは厳しい表情で龍児を見つめた。


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  桜庭病院は最新の建築技術を取り入れた病院でそのセキュリティーは

 一般の病院のそれとは桁が違う。

 「ボス、二十五箇所の出入り口は封鎖完了です」

 各地に散らばった数人の部下が戻ってきた。

 「コントロールセンター聞こえるか?」

 「聞こえてますぜ、ボス」 景気のいいしゃべり方で若いスキンヘッドの男が言う

 「可能な限り強制的に電子ロックを掛けろ。入院中の患者も外に出すな」

 「あと、モニターの確認も怠るな。出歩いている奴が居たら、面倒だ、殺せ」

 スキンヘッドの男は隣に居るひげの男と顔を見合わせて

 「怖ええなあ、もう」 嬉しそうに笑みを浮かべた。

 「よし、まだ時間に余裕はある」

 サングラスをした長髪にバンダナのボスは身長が180cm位で、がっしりとしたタイプである。

 「機動隊はおそらく南から進入するはずだ」

 「ボス、あそこは鉄の扉一枚なんで焼き切られると防げませんが」

 「お前等のサックには何が入ってるんだ?」

 「サック?ああ、そうか」

 「そうだ、扉を焼き切って侵入する者にはクレイモアをくれてやれ」

 クレイモアとは本来、西洋の両手持ちの長い剣の事であるが

 現代では対人地雷の事を指す。

 非常にコンパクトで携帯するにも設置するにも容易である。

 「コントロールセンター、そろそろ電話が掛かってくるぞ」

 「了解!」

 そう言っていると本当にコントロールセンターに電話が掛かってきた。

 「さっそくかよ」

 「はいこちら桜庭病院です」 若いスキンヘッドの男は電話の応対をする。

 ひげの男とスキンヘッドの男はお互い顔を見合わせながら笑う。

 「こちら、SSセキュリティーです。異常の報告が入っておりますが」

 「ああ、すみません、患者の子供さんが非常ボタンを押してしまって」

 「そうですか?」

 「今復旧している所です。いかんせ初めて緊急システムが作動したもので…ははは」

 「解除の仕方は解りますか?」

 「すみません、もし解らない事があったら、また連絡しますんで」

 「解りました、ああ、失礼ですがお名前を」

 「はい、オペレーター室の高橋です」

 「高橋さんですね」

 「はい、どうもよろしくお願いします」

 受話器を置いた後にひげの男が

 「高橋じゃなくて棚橋だぞ、おい」

 「はあ?……どっちでもええやん!」 逆切れをするスキンヘッドの男。

 ひげの男は書類を引っかき回して

 「おいおい、予定通り高橋は本日休みになってるぜ」

 「先に言えよ」

 「ブリーフィングで聞いてなかったのか?」

 「知らねえよ」

 「どうかしたのか?」 無線より声がする。

 「何でもないっすボス。電話応対完了!」

 ボスが笑みを浮かべて立ち上がる。

 「そろそろ六時になるな。では目的の物の探索に入るぞ」

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  現場より白鳥が署に戻った。

 フロアーで響き渡る、たたき付ける様なヒールの音で

 白鳥の焦っている事がわかる。

 「帰りは送っていきますよ」

 猫柳がかすれた低い声で女子高生に話し掛けていた所だった。
 
 「ああ来た来た」

 「すみません、遅くなりました。白鳥です」

 「こちらが、甚目寺霞(じもくじ かすみ)さんだ」

 「はじめまして」 霞は丁寧におじぎをした。

 黒い髪のポニーテールで濃い紺色のセーラー服を着ている。

 「では早速で悪いんだけど、君の占いは当たるらしいね?」

 霞はコクリとうなずいた。

 「タロット占い……ですよね?」

 「はい」

 「一度私を占ってもらえませんか?」

 霞はカバンからタロットカードを取り出した。

 「何を占いますか?」

 「じゃあ今後の仕事について」

 「抽象的ですね」

 タロットカードをテーブルの上でマージャンパイをかき混ぜるように

 かき回し始めた。

 タロットカードはトランプとは違い、カードの向きが重要になる。

 絵柄が正位置の場合と逆位置の場合では意味が異なる。

 念入りにシャッフルした後、霞はこのうち四枚を引き出した。

 「四大元素スプレッドで占います」

 一枚目は一番上部に、二枚目は二段目の左、三枚目はその右、最後は一番下段に

 展開してゆく。

 「……」 猫柳は口を真一文字に閉ざしたままじっとカードを見ている。

 そして、霞が一枚目をオープンする瞬間に

 「このやり方ではなく」

 霞の顔つきが厳しくなった。

 「例のほら、大河内さんの事件の時にやったやつ」

 「どこでその話を?」 

 「猟銃を持った男が親子を人質にビルに立て篭もったあれですよ」

 猫柳は三白眼の鋭い目で霞を睨みつけながらタバコに火をつけた。

 「猫柳警部、それは半年前の事件で、数時間後に犯人が自首してきた……」

 白鳥は記憶に新しかったその事件を語り始めた。

 「親子の命は助かったけど、確か最初におばあさんが犯人に撃たれて亡くなった……」

 「ああ、喜久子さんなあ」

 「……」 霞は猫柳の鋭い視線から目をそらす事も無くじっと見つめている。

 「あの人は良い人だったよなあ」

 「……」 猫柳の鋭い視線に対して、霞の力強い視線がぶつかり合っている。

 「来たんでしょう?喜久子さん」

 「……」

 「射殺された喜久子さんの魂が来たんでしょ?」

 「え?」 白鳥は妙な展開に思わず声を上げた。

 「娘と孫を助けて欲しいと言う依頼が」

 常識はずれの事件に対して、時には常識では考えられない様な

 手段で事件の糸口を探る事がある白鳥も、この猫柳の発言には度肝を抜かれた。

 「喜久子さんの魂より依頼が有りましたよね?」

 「どこまで御存知なんですか?」

 この発言に猫柳は勝機を得た武将のごとき勢いで話し始める。

 「やっぱりそうですよね、いやあの事件、私も現場に居ましてね」

 「現場に?」

 「タロット占いをしていた貴方を見かけているんですよ」

 「……」

 「甚目寺霞さん……あの時の不思議なタロット占いをやって欲しいんですよ」

 「あの目玉のイラストが書かれているハードカバーの入れ物に入ったタロットカード」

 霞は黙り込み、猫柳と白鳥は次の霞の言葉を待ち、しばらく沈黙が続いた。

 ただおもむろに時計の針の音だけが部屋に響き渡る。

 「あれは、無闇に人を占ってならないものなんです」

 「あれは……」 霞が説明をしようとしたが

 「ああ、ちょっと休憩しませんか?コーヒー入れてきます」

 「……」 霞はうつむいたまま口を閉ざした。

 部屋を出た猫柳に白鳥が

 「猫柳警部。あれでは尋問じゃないですか?」

 「まあまあ、白鳥君、おいしいコーヒーを入れてきてくれ」

 「何が目的なんですか?」

 「ちょっとトイレ行って来る」

 白鳥は背を向けた猫柳に、これ以上の質問が出来なかった。

 それは、また想像も付かない突拍子も無い事を言われるのでは無いかと

 不安が心中に渦巻いていたからである。




つづく

 



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