Shangri-La
第33話
閉鎖空間
2010/06/19 UP




  古びたローブに身を包まれた骸骨男と海賊船長は、いつの間にか消えていた。

 ドローエルフの三人、フレイラ、ハールギン、ドュナロイと龍児、チェルビラの合計五人は

 ドュナロイの開いた魔法の扉(ゲート)で戦場より離脱できた。

 扉の向こう側で龍児たちが食すはずであったケバブサンドとコーラがテラスで散乱し

 建物が炎を上げ、浮浪者の屍がいくつも倒れている。

 しかし、扉よりこちら側は極めて穏やかな別の空間につながっている。

 この扉を閉めてしまえば、いかなる戦況からでも脱出可能と言う事だ。

 そして徐々に扉が閉まり始めた。

  ゲートをくぐり抜けたそこは、学校の教室くらいの大きさの薄暗い部屋で

 どこかの資材置き場か?

 両サイドの壁には上から下までロッカーの様なものが数段設置してあり

 何かの研究資材と中央にはベッドが二台ある。

 「龍児……」 剣から人の姿に戻ったチェルビラは龍児を支える。

 龍児は床に座り込んでしまいぐったりとしている。

 「まだ戦いは終わっていませんよ!」 ドュナロイがドローエルフ独特の

 アーモンド形の目を細めて、厳しいまなざしで言う。

 緊迫した空気が張り詰める中、ドローエルフ達の前衛である

 フレイラとハールギンも戦意を喪失していた。

 ハールギンにいたっては、また意識を失っているようだ。

 「やめておけ」 フレイラは低い声で言う。

 「しかし……」 ドュナロイは呪文を唱えかけていたが中断した。

 「それよりここは何処だ?」 

 ゲートの先はアジトと言う設定にしてあるはずが、見たことも無い場所である。

 フレイラはドュナロイに確認した。

 「確かに……」 ドュナロイは腕組をして思案中である。

 「確かにではない」

 ドュナロイが出口を探すと、それらしきものは有るのだが、ドアノブが無い。

 「こちらからは出られないのか?」

 そう、この部屋は電子ロックされている特殊な部屋であった。

 ドュナロイは見たことも無いパネルをじっと眺めて

 「ウイザードロックだ」

 「魔法的に施錠されていると言うあれか?」 フレイラが聞いた。

 「その通り、今私がディスペルマジックで解除して見せます」

 二の腕を大きく振りながら呪文を唱えるドュナロイに

 フレイラの目が少しだけ希望の光を放つ。

 「……」

 首をかしげるドュナロイは数回試したようだが

 「これはかなり高レベルの魔術師の仕業です」

 「では、ここはその魔術師の住処という事か?」

 あせり口調のフレイラの額から汗が滴り落ちる。

 「非常にまずい状況です」

 「我々はその魔術師の研究施設に閉じ込められた状態と言う事か?」

 一難さってまた一難は、まだ続いていた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 

  「しかしひどい物だな……」 白鳥はハンカチで口元を覆う。

 捜索していた浮浪者達がこんな結末を迎えるとは捜査一課の誰が想像出来たであろうか?

 「課長、消火活動が完了したようです」 田中は報告しながら、えずきそうになる。

 「田中、吐くなよ。もらいそうだから」

 「しかし何が目的なんだ……」 シャープペンを唇に当てながら白鳥は考え込む。

 「集団殺人ですよ」 田中は低い声で言う。

 「解っている。さっき連絡があったが、この事件の指揮権は上に取られたわ」

 白鳥は納得のいかない表情を押さえられない。

 するとそこへ携帯電話が鳴った。

 「はい、白鳥です」 携帯電話の応対をする白鳥の表情が

 「猫柳警部っ」 明るいものと成った。

 「どうだい?元気でやっとるか?」 所々かすれた非常に低い声である。

 「それが……」

 「だいたい聞いてる、難航している様だな」

 「ははは……」 苦笑する白鳥。

 普段見せないその表情に田中が嫉妬のような苛立ちを覚える。

 「こないだの件、考えてくれた?」

 「え、まあ、前向きに検討します」

 「いや、今から来て欲しいんだけど」

 「今ですか?」

 「そう、もう指揮権は取られちゃったでしょ?」

 「そうですが」

 「じゃあ、佐藤警視にまかせなよ」

 「それより、彼女が来てくれるんだよ。これから」

 「あの女子高生ですか?」

 「そうそう、タロット占いのね」

 「猫柳警部、本気で彼女の事を信じてるんですか?」

 「待ってるから、じゃあ」

 「あ、まっ、切れた」

 携帯を納める白鳥。

 「いつも一方的なんだから……」

 一部始終を見ていた田中は、さっと背を向けた。

 「田中!」

 「は、はい」

 「後は任せたわよ」

 「え?あ、はい」

 そう言い残すと白鳥は現場を後にした。

 見送る田中は

 「ちっ!なんでやねん!」

 地団駄を踏んだ。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

  高速道路をもの凄い勢いで走る、一台のモスグリーンカラーのトラックがいた。

 トラックと言ってもワゴン車のようで運転席に三名、ワゴン領域に数名乗車している様である。

 フロントグリルにはダイムラーのエンブレムが光っている。

 そのトラックはウニモグと言う多目的作業車をワゴンに改造したものであった。

 高速道路から一般道に抜けてウニモグは、とある病院のロータリーに横付けする。

 桜庭病院。

 この地方では国立病院の次に大きな病院で、多くの患者が通っている。

 ウニモグの中から成人男性が八名ほど下車し

 病院の中へ颯爽と入って行く。

 ウニモグはその後、病院から出てある程度のところで停車した。

 サングラスをかけた先頭の男が合図をすると、若い男が二人

 カウンターを乗り越えオペレーター室へと侵入する。

 看護婦が悲鳴を上げ、患者達が騒ぎ始めた。

 騒動に気がついた警備員が二名かけ付け

 「何の騒ぎだっ!君達はいったい」

 その瞬間、先頭のグラサンの男が、コートの中からアサルトライフルを出して速射した。

 警備員の男は吹き飛ばされ、もう一人が慌てふためく様子にもかかわらず

 グラサンの男はアサルトライフルの先端に付いているグレネードランチャーをぶっ放した。

 グレネードランチャーは警備員の腹部に命中し床に転がり落ちた。

 警備員はその時点でうずくまったが

 床に転がり落ちたグレネード弾に男どもは気がつき、全員あせった表情で

 蜘蛛の子を散らすように、各々その場から離れた。

 グラサンの男は身動き一つしなかったため、爆発に巻き込まれた。

 一瞬耳が聞こえなくなるほどの爆音と火薬の匂いが鼻を突く。

 非常ベルが鳴り響き、出口のシャッターが下りはじめ

 騒ぐ患者達に、ライフルを天井めがけて撃ちながら

 「静かにしろっ!」 グラサンの男が叫んだ。

 あの爆発で警備員は吹き飛ばされたが、この男は平気だった。

 「ボスっ!コントロールセンター占拠完了っ!」 無線機より報告が入り

 グラサンの男はベルトから無線機を取り出し

 「引き続き外部からのインターアクセス関連を遮断しろ」

 「了解!」

 「この病院は最新のセキュリティーが施してあるからな」

 部下達が患者や看護婦達を一つの部屋へ連行する。

 「外部から進入できる場所を全て破壊して来い」

 「了解!」

 この病院全体を閉鎖空間にして

  いったい何を起そうと言うのか?




つづく

 



  戻る