Shangri-La
第32話
神の光
2009/11/08 UP




  「白鳥課長っ!六丁目の繁華街から通報ですっ!」

 「どうしたっ?!」 知的な眼鏡にさらりとした黒髪の白鳥。

 「カフェテラスでガス漏れと複数の浮浪者達が乱闘騒ぎを起こしているそうですっ!」

 「なっ!なんだと?」 白鳥の穏やかな顔つきが一変して険しくなる。

 「複数の浮浪者?」 野太い声で田中も聞き返す。

 通報内容としてはこうだ。

 カフェテラスで鼻を突く異臭を確認、吐き気、めまいなどの症状を訴える客が複数と

 浮浪者による椅子、机、柵などの器物損壊と乱闘事件が今も尚継続されている。

 浮浪者の人数については十数名ほどで、正に先日行方不明になった不良者の人数とおおよそ一致する。

 詳細を聞くや否や白鳥は目をギラギラとさせながら立ち上がり

 「いくぞ田中っ!」 言うが早いか白鳥は上着を抱えて駆け出した。

 「了解っ!」 田中も颯爽と出動する。

 灰色の覆面パトカーを田中が運転し、となりで手帳を読み返す白鳥。

 「浮浪者失踪事件がらみでしょうか?」 田中は運転しながら白鳥に尋ねる。

 「複数の浮浪者が一箇所に集まっている」

 「かなりの人数との事ですね」

 「集まる理由はなんだと思う?」 白鳥は手帳にメモ書きをしながら田中に問う。

 「集会でしょうか?」

 「人目を気にする浮浪者が比較的人通りの多い繁華街で集会とは考えにくい」

 「確かに……」

 「社会の『輪』と折り合いがつかず、ドロップアウトした彼らが集団で何か行動できると思うか?」

 「イベントか何かで景品が配られているのでは?」

 「景品を配る者から考えて浮浪者に景品を配る価値があるか?」

 白鳥はボールペンを自分の唇にコツコツと当てながら言う。

 白鳥が苛立つとこの仕草をする事を田中は知っている。

 あまりいい加減な発言をすると墓穴掘ると田中はあせりを感じ始めた。

 「信号赤だぞっ!」

 「あっ!」

 慌ててブレーキを踏む田中はかなり動揺している。

 「どちらにせよ、乱闘騒ぎとは穏やかではないな」

 「やはり宗教がらみの事件かも知れんな」

 「重要なのは現地での目撃者の証言を正確に取れるかどうかだ」

 田中は運転に集中して一言も話さなくなってしまった。

 「どうした田中?」

 「い、いえ、何でもありません……」

 「うーん、しかし異臭騒ぎは何らかの関連性があるのか?」

 白鳥は異臭騒ぎとの関連性までは全く想像もつかなかった。

 

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  「あ、こ、ここは?」 美香の意識が回復した。

 あれだけ傷を負っても、ライカンスロープの特性である超回復力のおかげで

 ほとんどの傷がふさがりつつあった。

 「大岡さん、良かった気がついたんだね」 吉岡と宮田は嬉しくてしょうがなかった。

 「ここまで離れていれば大丈夫さ。異臭もしない」

 「杉村先輩はどないした?」

 吉岡と宮田は顔を見合わせて悲しい表情をした。

 「龍児のやつ大丈夫かな?」 宮田が心配そうに言う。

 「肌の黒い女に左腕を……あいつら何なんだいったい」

 「あいつらはドローやねん」

 「ドロー?」

 「せや、とてもな邪悪な奴らやねん」

 「外人だったみたいだけど、マフィアか何かだぜきっと」

 「チェルビラの剣、千恵ちゃんを狙ろうとるんや」

 「び、美少女誘拐か?」 「少女でいいだろ」 

 「も、もどらなあかん」

 美香は重い体を引きずりながらカフェテラスへ戻ろうと試みる。

 「まだ、あそこに龍児が残ってるという事かい?大岡さん」

 「はよ助けに行ったらんと、大変な事になる」

 「そいはちかっぱ危険な事やけん、止めたほうがよかっ!」 思わず博多弁になる宮田。

 「そうだよ大岡さんも無茶苦茶にされたじゃないか」 吉岡も必死に止める。

 「うちは大丈夫や。ご主人様に何かあったら……」

 険しい顔つきから急に可愛い顔つきになる美香。

 「えらいこっちゃ」 テヘっと言う感じの美香。すごく可愛い。

 三ヶ国語が飛び交いながら結局龍児を救出に行くことになった。


  一方、龍児はチェルビラの剣を手にしていた。

 全身にみなぎる力が足の先から頭のてっぺんまで駆け上るのが解る。

 剣を握る握力がすさまじく、その力すら制御できそうにも無い。

 今すぐ剣を振り回して何かに歯を立てたい。切り裂きたい、突き刺したいという衝動が溢れてきた。

 「こ、これがチェルビラの剣の……」

 精神的に人並みはずれた忍耐力と正義感を持つ龍児でなければ、今頃正気を失っていた所だろう。

 龍児は、以前マラード・渡辺が人を斬りたくなり自らの足を斬り意識を保ったというあの話を思い出した。

 「僕は……負けはしない」 唇をかみ締める龍児。

 「龍児……意識を保てるなんて、さすがに正義感が強いのね」 チェルビラは嬉しそうな口調で言った。

 しかし、チェルビラの剣を握り締めた時、みなぎるオーラとは別のものが龍児の脳裏を刺激した。

 それはいったい何であろうか?

 遠い記憶の彼方より何か懐かしい事柄……

 コントロールしがたい感情波が思考を襲う。

 知っている……しっている……

 命の尊さ……

 知っている……

 家族を失う悲しみ……

 知っている……

 愛するものを失う辛さ……

 知っている……

 自然の摂理……

 知っている……

 剣の使い方……戦い方……

 知っている……

 神の教えと神の力……

 「クローム……」 龍児の口からつぶやくように漏れた神の名前。

 忘れていた記憶がよみがえるような

 でも思い出せないような

 そんなジレンマの中を龍児は一瞬のうちに何度と繰り返している。

 「何なんだこれは……」

  
  甲冑がこすれてきしむ様な音を放ちながら、ゆっくりとアンデッド・ウオーリアーは近づいてくる。

 左腕には、ちょうど上半身を覆うくらいの盾を持ち、右腕には見事なシミターを装備している。

 シミターとは三日月刀の事で起源はペルシャ、アラビアなどで良く使われた湾曲した刀の事である。

 その出で立ちも見事であるが、全身よりみなぎるオーラと骨がむき出しの恐ろしい形相に

 さすがのドローエルフも戦意を消失せざるを得なかった。

 浮浪者のアンデッドに囲まれたフレイラとハールギンはお互いの顔を見てうなずいた。

 「地獄の炎よ、我に力を貸し、さまよえる屍を葬り去りたまえ……」 

 ハールギンが呪文を唱えるとアンデッド・ウオーリアーは急激な速度で突進を始めた。

 「は、はやいっ!」 フレイラはその屍の素早さに驚いた。

 それもそのはずである。

 周りに居る数十名の浮浪者のアンデッド達は動きが非常に遅く

 この程度のスピードではフレイラの体に触れる事すら無理であろう。

 がしかし、アンデッド・ウオーリアーは浮浪者たちとは桁違いの素早さで突進を仕掛けてくるではないか?

 「そうはさせんっ!」 呪文の完成を阻止するためにアンデッド・ウオーリアーが突進を仕掛けるのであれば

 フレイラは呪文を成功させるためにアンデッド・ウオーリアーの突進を阻止せねばならない。

 突進から繰出されるシミターの攻撃はかなり強烈で

 まともに命中したら歴戦の戦士ですら腕が使い物にならなくなってしまうであろう。

 フレイラはこれをうまく力を殺しながら受け流す。

 パリーと言う上級テクニックである。

 シミターと日本刀は火花を散らしながら幾度か合いまみえる。

 「待たせたわねっ!フレイム・ストライクっ!」 ハールギンの呪文が完成しアンデッド・ウオーリアーの足元より

 炎の柱が噴出し全身を覆い尽くした。

 辺り一帯はこの爆風で吹き飛ばされ、多少の炎が店に引火した。

 「わーっはっはっはっは」 船長が高笑いをしながら煙管を一吹かしする。

 アンデッド・ウオーリアーは炎に覆われながらシミターを振り回す。

 生命体であればこの時点で戦闘不能に陥るはずであるが、そこはアンデッド・モンスターだけの事はあり

 痛みや苦しみを感じない分、関係なく攻撃を続行してくる。

 戦意喪失とかモチベーションの低下と言う言葉が無い、ただひたすら任務をこなす職人である。

 最強の職人。

 雇いたくなる。

 「し、しかし、キャプテン・キーンの高笑いは何だったのだ?」 フレイラはキーンを睨む。

 「ちょっとは効いてるの?」 ハールギンはメイスに持ち替え接近戦の用意をする。

 時より邪魔に入る浮浪者のアンデッドをなぎ払いつつ、絶体絶命のピンチであるドローエルフ勢

 持久戦になればなるほど疲れを知らないアンデッドが有利になり

 間髪入れずに攻撃をしてくるアンデッド・ウオーリアーにハールギン達は徐々に押されて行く。

 「ああっ!」 ハールギンはとうとうシミターの一撃を腹部に受けた。

 ハールギンは一歩後退し、フレイラが今度は前衛を務める。

 「やっぱり分が悪いな」 ドュナロイは戦況を伺ってはいたが、撤退の準備まではしていなかった。

 ひょっとしたらアンデッド・ウオーリアーにも対抗できるかと期待をしていたのだが

 この時点で撤退は確定した。

 戦闘において撤退ほど難しいものはない。

 状況にもよるのだが、下手をすれば全滅する可能性も十分あるのだ。

 ドュナロイは呪文を唱え空間にゲートを開いた。

 彼一人であれば今すぐにでもこのゲートを潜り離脱は可能であるが、アンデッドの囲まれている

 フレイラと深手を負ったハールギンをここまで導くのは至難の業である。

 アンデッド・ウオーリアーの攻撃をフレイラが引き受ける。

 全身で呼吸をするハールギンは思ったより重傷らしく地面にふさぎ込んでしまった。

 自分で手当てする事はおろか、まともに動く事すら間々なら無い様である。

 「くっ!こんな所で……私はマトロンの地位をこの手に収め……」 ハールギンは視界がかすむ中

 ドュナロイの姿を確認する事が出来た。

 こっちへ来いと言う合図をし、ゲートを開き撤退の準備をしているドュナロイを見て

 「だめだ……バーバルもまともに口にでない」 ハールギンは悔しそうに言う。

 バーバルとは呪文詠唱の声である。

 通常の魔法はバーバル(声)、ソマティック(身振り)、マテリアルコンポーネント(媒体)の三種類が必要であり

 どれも正確に行う必要がある。

 一つでも不正確であれば魔法は完成しない。

 呪文詠唱中に邪魔されれると不正確になり呪文は完成しないのだ。

 「フレイラ……撤退して……ここは私が引き受ける」 ハールギンは震えながら立ち上がる。

 地面には大量の血が光っている。こんな量の血がこの小さい体の少女のどこに納まっていたのか?

 「ハールギン……」 フレイラは死を決意したマトロン候補のプリーステストの瞳の中に潜む輝きを見た。

 この一瞬をアンデッド・ウオーリアーは見逃さなかった。

 いや、この場合はフレイラが気を取られただけで、アンデッド・ウオーリアーはただひたすらに攻撃を

 淡々と繰り返しただけだった。

 フレイラの太股はシミターによって切り裂かれたのだ。

 気というものを感じ取り戦闘するフレイラにとって、このアンデッド・ウオーリアーは厄介であった。

 現に今の一撃も対人であれば気を感じてかわす事ができたであろう。

 避ける動作が一瞬遅れたおかげで左足の太股を斜めに切り裂かれた。

 筋肉がきれいにスライスされたが、骨にまでは及ばなかった事が幸いである。

 フレッシュなピンク色の切り口から大量の血が噴出し始めた。

 「撤退は不可能か……」 フレイラはドュナロイに撤退の合図を出す。

 これは、撤退できる者は速やかに撤退せよという合図で、逆に言うと私にかまわず撤退しろという合図でもあった。

 「そ、そんな……私の見極めがもう少し早ければ……」 ドュナロイは歯を食いしばった。

 思い返せばもっと早く撤退の準備をしていれば全員助かったに違いない

 ドュナロイは今回の戦闘を振り返りどのタイミングが撤退にもっともふさわしかったか

 シュミレートしながら後悔した。

 「いいや、そうでも無いぞ」 渋い声が背後から聞こえてきたのにはドュナロイも驚いた。

 「お、お前はっ?」 ドュナロイは状況把握ができない。

 「あのドローエルフ達の戦いは、輪廻転生した魂を目覚めさせるには絶好の素材だ」

 黒装束の男、クバードは両腕を組みながら、まぶたを閉じる落ち着きを見せて語る。

 すると、暗闇が徐々に吹き飛ばされ、まばゆい輝きが辺りを覆い始めた。

 天高く振り上げられたシミターを一気に振り下ろすアンデッド・ウオーリアーの恐怖の一撃が

 フレイラの胸元に直撃した。

 と思いきや、何かが宙に舞った。

 良く見るとそれはシミターを持つ骸骨の右腕であった。

 突然、フレイラとアンデッド・ウオーリアーの間に龍児が割って入りアンデッド・ウオーリアーの

 右腕を綺麗に切り裂いたのだ。

 チェルビラの剣の切れ味を初めて見る者は、自分も一度手にとってみたくなる衝動に駆られる。

 それほど華麗に美しく腕を切断したと言う事だ。

 「命を粗末にするなと言っただろ」 フレイラは片膝を付きながら聞き覚えのある声と台詞回しを耳にした。

 チェルビラの剣を構える龍児?

 いや、聖戦士パリス?

 「あの小僧は……」 ハールギンは意識を失う寸前でありながら、龍児の姿を確認した。

 二人のドローエルフは立ち上がる事もできない状態で

 フニャフニャである。

 「フレイラよっ!出血が激しくて新陳代謝が追いつかないぜ」 タルはそう言いながらも必死でフレイラを治療する。

 龍児はチェルビラの剣を地面に突き立て

 「サンクチュアリーっ!」 天に向かい叫ぶ。

 「この呪文は……」 フレイラはつぶやく。

 「クロオォーム……」 龍児は神の名を口にした。

 するとたちまち、地面より聖魔法陣が光を放ち結界を張巡らせる。

 浮浪者のアンデッドはおろか、目の前のアンデッド・ウオーリアーですらこの見えない壁からの進入はできない様だ。

 「傷口を見せたまえ」 龍児は右腕をフレイラの太股に当てた。

 「あああぁぁ……」 可愛い悲鳴声を上げ、まぶたを閉じるフレイラ。

 「き、傷口があっという間にふさがってゆく」 タルは龍児の癒しの手に驚いた。

 龍児には確かにあの聖戦士パリスの面影がどこと無くあったが

 声はまだ少年であり可愛い声だった事と

 今まで観察してきたが聖戦士らしい行動は一切取った事が無く

 龍児とパリスの接点はもはや閉ざされたものだと認識していた

 しかし、聞き覚えのある声と呪文は正に聖戦士パリスのものであった。

 こんな事が理解できるはずは無い。

 龍児の、いやパリスの行動には理解しがたい事ばかりで

 「いつも貴方は私を悩ませる……ばか……」 フレイラは目をそらしてつぶやいた。

 「次は君の番だ」 今度はかなりひどく出血をしたハールギンの腹部に手をかざす。

 「ううう……やめろっ!異教徒の力は借りぬ……」

 龍児の右手は問答無用でハールギンの腹部を治療する。

 「生命の重さに宗教や人種の隔てはない」

 何かに酔っていたフレイラはこの言葉に我に返った。

 「そんなはずは無い」 フレイラが厳しい口調で言う。

 龍児がフレイラを見つめるとフレイラは目をそらし、うつむきながら口を開いた。

 「貴方の教団でも邪悪な者への治療は許されないはずだ」

 「なんだと……」 ハールギンは方目をつぶりながらフレイラの言葉を聞く。

 「貴方はそのせいで教団から身を引く羽目になったではないか」

 「私の行いは間違ってはいない」

 「またその言葉ですか」 フレイラは聖戦士の前では尊敬語を使うようだ。

 アンデッド・ウオーリアーが一部始終を見てはボロボロのローブの骸骨男のほうを見る。

 左腕に装備されていた盾に仕込まれた斧を取り出すと、アンデッド・ウオーリアーは盾を放り投げた。

 ローブの骸骨男は何か呪文を唱え始めた。

 「やめろ……この私に片腕まで吹き飛ばされたと言うのに……」

 ハールギンは奥歯をかみ締めながら言った。

 「ここはひとまず撤退されよ」

 この台詞を言う龍児の姿と聖戦士パリスの姿が重なって見える。

 「なぜ貴様は……」 ハールギンには全く理解できない。

 フレイラがハールギンに肩を貸す。

 骸骨男の呪文が完成し、結界は消滅した。

 龍児はチェルビラの剣を地面より抜き

 「クローム」 天に祈りをささげ敬礼をした。

 左腕を失い、右腕一本でチェルビラの剣を巧みに操る龍児はこの時、聖戦士の記憶の下に行動を取っていた。

 第三者に体を操られているという感覚ではなかったが

 自分の行動や言葉は完全に以前の龍児のものでは無いことだけは事実である。

 体が震えていたはずなのに今は違い、この骸骨戦士の前でも何とか戦える。

 無我夢中で、あたりの景色がゆっくりとスローモーションに見える。

 アンデッド・ウオーリアーの斧の攻撃をかわしながらチェルビラの一撃を放つ龍児。

 互角に戦える。

 浮浪者のアンデッドが徐々に龍児を取り囲む。

 「仕方が無い」  

 龍児は剣を天高くかかげて呪文を唱える。

 チェルビラの剣は七色の光を放っているが、その光がどんどん増殖し始め

 まばゆい光があたりを包み込んだ。

 「フォージョーライトっ!」

 この光に触れたアンデッドは粒子分解されてゆく。

 そう、神の光なのだ。

 浮浪者のアンデッドは次々と破壊されて行き、アンデッド・ウオーリアーも例外ではなかった。

 「やばいな」 船長は立ち上がった。

 ローブ姿の骸骨男も「コフューサー……」 あわてて呪文を唱え始めた。

 「何かすごい光が」 吉岡は目を細めた。

 「神の光や」 美香は嬉しそうに言う。

 「ご主人様は復活しはった」

 「は、はあ?」 理解できない吉岡と宮田。

 邪悪な力と正義の力が実世界で交差し合う時、その空間は維持できなくなり崩壊する。

 「いかんこのままでは」 龍児は駆け出した。

 ハールギンをゆっくりと運んでいるフレイラに手を貸す龍児。

 「急いでっ!」 龍児は言う。

 「こ、こえが……戻っている」 フレイラはもとの龍児の声に戻っている事に気が付き

 少しがっかりした。

 「はやく!急いで下さい」 ドュナロイが見せた事の無い嬉しそうな表情で手を振る。

 全滅と思っていたのに、全員生還できるなんて信じられないといった表情である。

 龍児、チェルビラ、フレイラ、ハールギン、ドュナロイの五人はゲートを潜り生還した。

 繁華街はまるで爆弾で吹き飛ばされたように崩壊されてしまった。

 そこへ白鳥と田中が到着し

 「こ、これはっ!」 白鳥と田中はこの光景に絶句した。

 「す、すぐに本部に連絡しろ」

 「は、はい」

 「場合によっては自衛隊の派遣を要請するのよ」

 無線で急いで連絡をする田中。

 「もはや暴動とかのレベルでは無いぞ。爆破テロの仕業か?」

 この夜、大小あわせて二十三台の消防車が出動した。

 
  「去り際も見事だなアリシャンとキヤプテン・キーン……」

 少し離れたビルの屋上からクバードは眺めながらほくそ笑んだ。

 「まあ、タイムストップがあれば何でもできると言う事か」

 懐から布切れを一枚出すと

 「パリスの奴、あわてた様子だったな、まだ完全では無いか」

 肉片、いや龍児の左腕を布切れに包み込み

 「忘れて行きやがった」

 丁寧に持ち帰るクバード。

 響き渡るサイレンの音にクバードは少し笑う。

 すでに戦いは終わっているにもかかわらず

 今頃になって街中大騒ぎになっていた。

 その光景がクバードにはおかしくてたまらなかったのだ。
 


つづく

 



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