Shangri-La
第31話
力強い第一歩
2009/10/18 UP




  アリシャン号と言う名のガレー船が魔法の力を原動力とし、次元と次元の狭間を移動している。

 「我々の住んでいた世界とこちらの世界とでは、ずいぶんと文明が異なりますな」

 ゴゼットはリディルに渡された書物を読んでいる。

 その書物には龍児たちの住んでいる世界の事柄が記されていた。

 褐色の肌と頬のペイントのゴゼットはローブ姿のシャーマンである。

 精霊の力を借りる魔術師の彼は羽飾りやターコイズの装飾品を身につけている。

 「その世界の日本と言う国にチェルビラの剣とパリス様が存在するとの事だ」

 人形のように表情の無いリディルは美しく

 さらりとした長髪で耳から伸びる髪の毛がカールしている。

 黒いシックな衣服と肩にとまる一羽のカラスが何処と無く魔の香りを漂わせ、可愛い顔つきとは

 反比例した不気味さを放っている。

 「ははは、さすがにパトロンが付いていると違いますな」

 体格の良いゴゼットは笑いながら言う。

 パトロンとは本来は主人、雇い主などの意味を持つ言葉であるが

 リディルは『スター・マース』と呼ばれるデーモンをパトロンとしている。

 スター・マースとリディルは共通の目的を持ち

 その目的のためにリディルは実行し、スター・マースはリディルの支援を行い、後ろ盾となる。

 単独の魔法使いとパトロンを持つ魔法使いでは雲泥の差がある事は言うまでも無い。

 それほど強大な力の持ち主なのだ。

 最終的に術者の実力がパトロンと並ぶか、超える時、不死の力を得てインモータル的な存在となり

 今度はリディルがパトロン側的存在になるのだ。

 「才能が無ければパトロンに認めてもらえる事すら無い」 冷たい表情のリディル。

 「……」 苦虫をかみ締めたような顔になるゴゼット。

 「異世界に潜入するのだ、それなりの準備をしなければ」

 「この衣装は?」

 「現地に着いたらこれに着替える」

 「ほう」

 黒いタキシードをゴゼットに手渡すリディル。

 「ゴゼットの役回りは執事だ」

 「執事?」

 「そう、この私の」

 「リディル殿?」

 気の進まないゴゼットではあるが、確かにシャーマンの姿のままでは目立ちすぎる。

 しぶしぶ着替える事にした。

 時間はかかったが着替え終わったゴゼット。

 正装をしたことが無かったゴゼット・チャベス、38歳

 鏡の前で少し赤くなる。

 「似合わないわね……」 リディルがボッソリつぶやいた。

 「いつからそこに……」 さらに赤くなるゴゼット。


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  「うっ!なんという強烈な匂いだ」 黒装束の男がビルの陰より姿を現した。

 「ドローエルフが三体、この前の奴らだな」 遠眼鏡で様子を見るその男は渋い声をしている。

 神出鬼没なこの男の名はクバードといい、アサシンギルドのマスターである。

 「アンデッドだと?どこから現れた?」

 浮浪者のアンデッドに囲まれた龍児たちを確認し

 「左腕を失ったのか?……」

 少し黙り込みしばらく様子を見る

 「やはりモラの護衛が必要だと言う事だな……」

  強烈な腐敗臭が当たり一面を覆い尽くす。

 カフェテラス一帯は腐った卵、暗闇、ハールギンの香水、アンデッドの腐敗臭が混ざり合い

 とんでもない状況になっている。

 「状況が良く理解できぬ……どうして急に」 フレイラは浮浪者のアンデッド達を見回しながら言った。

 「とりあえず私は……」 ドュナロイはレビテートと言う魔法を唱えて、空中に浮かび上がり、いち早く離脱する。

 「私はマトロン候補のプリーステスなのよっ!」 キャスティングを始めるハールギン。

 「ゴーレムを先にっ!」 

 浮浪者のアンデッドに邪魔される前に何としてもゴーレムの破壊をしておきたいフレイラは

 間髪入れずにネノに刀を振り下ろす。

 「せいっ!!」

 超能力で尋常ならぬ破壊力を生み出すフレイラの日本刀はネノのブレストプレイトを破壊した。

 ハールギンは呪文で前方に居る浮浪者のアンデッド数体を仲間割れさせる事に成功した。

 「んー……しれてるな」 ドュナロイが上空よりぼやいた。

 「っるさいわねっ!」 ハールギン御立腹。

 白い素肌がむき出しになったネノの胸元。

 ネノのツボミの様な胸元にフレイラの刀がスッと挿入される。

 「こ、こんな……」 フレイラは驚いた。

 「こんなに柔らかいのか?」 フレイラの大きな瞳にネノの胸元が映りこむ。

 硬いカラに閉ざされた熟した果実のようだ。

 赤い液体を胸元から流出させながら倒れ込むネノの瞳孔は大きく開いたままになり、焦点は定まってはいない。

 「ネノっ!!」 龍児が叫びながら近寄ると、ネノは体を痙攣させながらも龍児の首に手を回した。

 「あああ……」 ネノは何かを龍児に言いたいのだろうが、言葉にならない。

 「ネノっ!」 龍児は片方しかない右腕でネノを抱え込みしっかり支えた。

 「ああ……ううぅ……」

 「もういいからっ!しゃべらなくていいからっ!」 溢れる涙で視界が確保できなくなる龍児。

 自分の体ですら満足ではない龍児が、ネノをかばうその姿にフレイラは胸が苦しくなる。

 「そいつは生命体ではない。造られし者、ゴーレムだと言うのに……」

 複雑な心境で自分の感情をコントロールするのが辛いと感じたフレイラは再び昔の事を思い出した。

 「こ、この胸の苦しみは……」

 命の恩人である白銀の鎧の聖戦士パリスとともに過ごした時間はフレイラに大きな影響を与えていたのだ。

 その結果、同族である残虐なドローエルフの存在にすら疑問を抱くようにもなった。

 「命の尊さは貴方より学んだ……」

 フレイラにはゴーレムであるネノを必死でかばう意味が理解できない。

 「フレイラっ!聞いてるのっ!」 

 ハールギンの声にフレイラはふと我に返った。

 「浮浪者のアンデッド共を何とかしなさいっ!」

 フレイラは目を閉じたまま

 「ロルス神のプリーステストが屍ごときに御乱心か?」 嫌味を言う。

 「いや、ロルス神だからこそ状況は不利なんですよ」 ドュナロイが上空から険しい顔つきで言う。

 「なぜだ?」 フレイラはこれくらいのアンデッドでは恐怖を感じる事も無い。

 「マトロン候補のプリーステストには生命体にダメージや苦痛を与える魔法に長けてはいるが」

 「そうかっ!既に死んでいる者にはその苦痛や病気などは全く影響しないと言う事かっ!?」

 「最後まで言わせてくださいよ」 ドュナロイは上空で不機嫌そうな顔つきに変わった。

 「ここは一時撤退か?」

  龍児の悲しみは頂点に達していた。

 「ネノ……」

 「り、龍児……」 かすかに龍児の名前を口にしたネノの視線は遠くを見つめている。

 異世界より現れた存在にとっては龍児たちの命の事をなんとも思っていない

 このままではやられてしまう……

 龍児を必死に守るために戦った

 美香も

 ネノも

 左腕の次は龍児の命が失われるであろう。

 戦っても生き残れるかどうかは解らない。

 龍児は葛藤の中、恐怖で言う事を利かない体に気合を入れる。

 「存在維持限界値まで……あと60秒……」 ネノは状況を報告しようとする。

 「もういい、わかったからもういいよネノ」 龍児は強く抱きしめた。

 「だめ……」 起き上がろうとするネノ。

 「無理をしちゃだめだっ!」 とめる龍児。

 後頭部よりカプセルを取り出したネノは龍児に手渡した。

 「こ、これは?」

 「もし、また会えたら……これを……」

 「え?どういうこと?」

 「わたして……」

 「何を言ってるんだネノ」

 「龍児に会えてよかった……」

 そう言い残すとネノは膝を付き倒れこむと同時に蒸発し始めた。

 「そ、そんな……」 

 支えていた龍児の右腕が徐々に軽くなる。

 「ううう……」 次々と零れ落ちる龍児の涙。

 ネノの体が蒸気へと変わり、龍児の腕をすり抜けて行く。

 「ネノぉぉぉっ!」

 あたりに響き渡る龍児の声に浮浪者のアンデッド(屍)達が反応し、徐々に近寄ってくる。

 浮浪者の群れの中より、ひときわ大きなアンデッドが前へ出てきた。

 ボロ服ではなく甲冑を着している。

 頭には左右両サイドに伸びた角が特徴の兜をかぶっている。

 剣と盾も装備している。

 「あらら、えらいのが出て来ちゃったよ、やばくないか?」 クリスタルのタルがフレイラに警告する。

 「あれは?」 フレイラの視線もその甲冑のアンデッドに向けられる。

 「あ、アンデッド・ウォーリアーじゃないかっ?!」 タルは焦り口調で言う。

 「な、何だとっ!」 フレイラも驚き口がふさがらない。

 アンデッド・ウォーリアーとは、屈強な戦士の死体をアンデッドにした物で、その能力は死体になっても衰えず

 成仏できない苦しみが更なる力を生み出すと言う、とても強力なアンデッド・モンスターである。

 兜から部分的に見える骸骨の顔はあまりにも恐ろしく、見るものを硬直させる。

 「わーはっはっはっは」 大きな笑い声とともに海賊船長が姿を現した。

 「この戦士の屍を手に入れるのには少しばかり苦労したっ!」 自慢げに話す海賊船長。

 「きっ、キャプテン・キーン!!」 フレイラは思わず声にした。

 「てめえら、全員死ねやっ!」 煙管を一吹かしする船長。

 船長の横には砂時計を持つ骸骨男、まさに最終回と思わせるような豪華な顔ぶれである。

 「まずいな……撤退できるかどうか」 ドュナロイは言う。

 「これはチェルビラの剣どころでは無いな」 フレイラは身を低く構え退路を伺う。

 「何を言うの!もう一息なのよ!」 悔しそうなハールギン。

 そのハールギンも必死で退路を探している。

 「千恵……いや、チェルビラ」 今まで見せた事も無い表情で龍児はチェルビラを呼ぶ。

 「龍児……」 剣の形になり地面に突き刺さった状態のチェルビラ。

 龍児はそのチェルビラの剣を地面より引き抜いた。

 「僕は……皆が平和で幸せになれると信じていたけど」

 龍児はチェルビラの剣を天にかざした。

 「相手を傷つける事はいけない事だと信じていたけど」

 聖戦士が神に忠誠を誓う敬礼の構えをする龍児。

 「ソリュウト!?」 チェルビラは思わず声にした。

 それは、クローム教の敬礼であった。

 「大切な人を守れないんじゃあ……意味が無いんだ!」

 この時、龍児は渡辺の言葉を思い出していた。

 「僕だって、出来る……出来るんだっ!」

 力には色々なものがあり、中でも重要なのが信じる力であると。

 「はじまったかっ!?」 クバードは、ほくそ笑んだ。

 龍児は剣を構えて、力強い第一歩を踏みしめた。

 「チェルビラの剣!僕だって出来るさっ!!」



 


つづく

 



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