Shangri-La
第30話
タイムストップ
2009/10/04 UP




  神の一撃

 その一撃の威力は正に名前の通りであった。

 それを素手で受け止めるという選択肢はドローエルフ達にはまったく考えられず

 三人のドローエルフは戦いの中で瞬間的に我を忘れて呆然と立ちすくんでしまった程である。

 「ば、馬鹿な事を……」 フレイラは瞳を震えさせながら言った。

 一瞬、脳裏をかすめる昔の記憶

 「貴方はいつだってそうだ……」 龍児を見つめるフレイラの潤んだ瞳が綺麗に輝く

 クリスタルのタルが空中を浮遊しながら心配そうにフレイラを見るが、かける言葉が無かった。

 「他人をかばうにもほどがある……」 フレイラの刀を握る拳が震えた。

 その昔、フレイラは金髪の聖戦士に命を救われた。

 聖戦士は人の命の大切さをフレイラに語ったが、人間とドローエルフの考えかたが根本的に違ったため

 理解しあえなかった。

 しかし、その後も身をもって他人を救おうとする聖戦士の行動にフレイラは心を打たれ

 徐々に多種族の考え方をを受け入れられる様になったのだ。

 「生れ変っても……その姿は違えども……魂だけは変わらぬと言う事か?……」 フレイラは溢れる涙をこらえながら言った。

 激痛は龍児の神経を伝わり、ようやく痛覚を司る神経シナプスに到達した。

 「うわああああぁぁっ!」

 断末魔の叫び声が辺りに響き渡った。

 素早くネノが龍児のそばへ飛んできて龍児に肩をかす。

 「ネノ……」 龍児の目、鼻、口から分泌液が垂れ流し状態になっている。

 「予測不能……な行動」

 「龍児っ!」 チェルビラも驚きを隠せない。

 神の一撃で吹き飛ばされた傷口は黒ずみ、さほどの出血は無い。

 とは言え、歯を食いしばり口を真一文字に閉じる龍児の額からは汗がにじみ出している。

 「……」 龍児は気を失う寸前である。

 「愚かしい人間だこと、神の一撃を素手で止めるとは」 ハールギンは嬉しそうな顔つきで言う。

 龍児は朦朧とした意識の中、ハールギンをにらみつけた。

 「良い目をしているわね、好きよ……そういう目」 ハールギンは再びメイスを構え龍児に攻撃する。

 だが、そこへ血だらけの白銀の狼である美香が立ちふさがった。

 「この狼男が、まだ戦えるとは……」 ハールギンは白銀の狼の傷口を見た。

 あれだけ深手を負ったにもかかわらず、立ち上がることが出来るとは考えられない。

 「りっ、リジェネレイトかっ!?」 唇をかみしめハールギンは叫んだ。

 美香の傷口は徐々にふさがり、治癒しているではないか?

 生命体には自己回復能力があるが、これが目に見えるほど早く回復してゆく能力の事をリジェネレイトと言う。

 「さすがは狼男と言った所ね、生命力も半端じゃないわ」 ハールギンは言う。

 「しかし、それも想定内ですよ」 今度はドュナロイがそう言うと、また呪文を唱え始めた。

 美香の体は全快とまでは行かないものの、龍児を守るだけの力は残っている様だ。

 ドュナロイの詠唱が終わると同時に黒い霧が発生した。

 「目の前が……」 龍児は方膝をつき、あたりを見回した。

 かろうじてネノの顔が識別できる程度で1メートル先は暗闇である。

 「そして、この匂い袋を」 ドュナロイはハールギンの付けている香水の匂いがついた袋を辺りに撒き散らした。

 「スティンキング・クラウドでやられた嗅覚ではこの匂いは識別できまい」

 ドュナロイは拳を高く上げて勝ち誇った笑みを浮かべている。

 この暗闇の中、ドローエルフの視界だけは確保されているようだ。

 もともとアンダーダークと呼ばれる世界で暮らしてきた種族であるドローエルフは、暗闇はお手の物という所か?

 白銀の狼は腰が引けた状態で相手を識別する事が出来ずに、ただ怯えるだけだった。

 「勝負はついたな。チェルビラの剣を渡してもらおうか」 フレイラは言った。

 「龍児……」 チェルビラがポケットの中から出てきた。

 「剣を渡せば命だけは助けてやる」 フレイラのこの台詞に驚いたハールギンは

 「馬鹿な事を言わないでよフレイラ」

 「なにっ?」

 「全員皆殺しに決まってるでしょ」 ハールギンの士気は高い。

 残虐な性格で有名なドローエルフ族には駆け引きは成立しない。

 この驚き方からフレイラだけは駆け引きを本気でするつもりだった様だが

 ハールギンには全くその気が無いようである。

 「龍児……わたし行くね」 チェルビラはこの状況下で、龍児を救える手段は唯一

 自分がドローエルフのもとへ行くことだけであると悟った。

 ゆっくりとチェルビラが宝剣へと姿を変えてゆく。

 「待って」 ネノが立ち上がった。

 ゴーレムであるネノにとっては悪臭も暗闇も全く関係なかった。

 造られし者にとっては悪臭もただのデータにすぎず

 相手の位置を識別する手段も視覚だけではないのだ。

 「私が龍児を守る」 無表情のネノ

 しばらく龍児の顔をじっと見つめるネノ

 次の瞬間、素早い動きでドローエルフに突進した。

 「すっ!素早いっ!」 ハールギンがネノを視界に捕らえた時は既に攻撃をされていた。

 親指を曲げて他の指を伸ばして密着させた形で相手の急所を攻撃するネノ。

 ネノの手刀は恐ろしく素早い凶器である。

 「いかん、このままでは」 フライラは精神を集中させた。

 日本刀が光を放ち始め、フレイラの精神力が日本刀に充填される。

 ハールギンに襲い掛かるネノを後ろから攻撃するフレイラ。

 挟み撃ちの形になるとネノはハールギンとフレイラの両者からの攻撃に対応しなくてはならない。

 圧倒的にネノが不利である。

 「ネノ。バトルモード」 ネノが何かコマンドワードを唱えるとその姿が変形し始めた。

 「なにっ!?」 ハールギンとフレイラは驚いた。

 黒いバトルスーツ姿であったネノが鎧を着した戦士へと可変した。

 しかも四足でカニの様な動きをするではないか?

 ネノの片手には盾、もう片方の手にはガンランスを装備している。

 ガンランスとは文字通り銃とランスが組み合わさった武器であり

 四足の機動性とランスの一撃に加えて飛び道具、あらゆる戦況に対応できるスタイルである。

 ネノは距離をとり突進を仕掛ける。

 こうなると、挟み撃ちもへったくれも無くなり、人間離れした突進にハールギンとフレイラは苦戦する事になる。

  「宮田っ!大丈夫か?」 吉岡は暗闇の中、宮田に声をかける。

 「ああ、なんとか……」

 「しかしこの暗闇で何も見えないぞ」

 「龍児たちは?」

 「解らない、とにかく探し出そう」

 「しかしすごい悪臭だな、一度おさまったと思ったが……」 吉岡は口で息をする。

 「悪い、これ俺の屁だ」 宮田が頬を赤く染めて言う。

 客のほとんどが、この周辺から逃げ出し、店員は警察にも通報した。

 もうガス漏れとか言ってる場合ではない。

   ネノの正確な突進がハールギンを強襲した。

 「あああっ!!」 ハールギンは吹き飛ばされてカフェテラスの丸いテーブルとベンチにたたき付けられた。

 「おのれ……あの機動性では突進時にカウンターを狙うしかないか?」

 フレイラは精神集中をし、体の周りに薄いオーラがまとい始めた。

 「フォーススクリーン……どこまで耐えられるか?」 フレイラはネノの突進を真っ向から受け止める決心をした。
 
 フレイラの真剣なまなざしと表情からして次の一撃で勝負を決めるようだ。 

 ネノ顔つきが一段と無表情になる。

 フレイラの日本刀の輝きが増し、ネノの突進も勢いが増す。

 接近戦になる前にネノのガンランスが火を噴いた。

 これは直撃を免れない

 「スピードオブソートっ!」 クリスタルのタルが精神集中を行うことでフレイラにその能力を与える事ができる。

 「あぶないっ!」 フレイラはこれを超能力的な反射神経でかわした。

 間一髪、フレイラとタルの連携がガンランスの一撃をかわす事に成功したのだ。

 「おおおおぉぉっ!」 フレイラの日本刀の一撃は超能力によりコンクリートの壁をも破壊する威力である。

 ネノのランスは当たり所が悪ければその一撃で即死は確定である。

 「フォーススクリーンがっ!」 フレイラの瞳孔が開く。

 リーチの長さによりネノのランスが、まずはフレイラの右脇腹に直撃し、それとほぼ同時にフレイラの日本刀がネノを切り裂いた。

 右脇腹に命中した瞬間にフレイラの日本刀の軌道はそれた。

 「急所を外したかっ!」 フレイラは痛みよりも先に悔しさの感情で一杯であった。

 フレイラの一撃は急所こそ逸れたもののネノの左前足に命中し、その部分を粉砕した。

 ネノの左前足は切断された。

 「ネノ!」 龍児は痛む左肩を押さえながら叫ぶ。

 左肩を押さえる龍児の右手のひらが輝きだした。

 「龍児っ……」 宝剣に姿を変えたチェルビラが地面に突き立ったまま声を出した。

 「レイオンハンド」 癒しの手である。

 龍児の手のひらより傷を治す神の光が放たれた。

 さすがに切断された腕は元には戻らないが、痛みは少しばかり和らいだようだ。

 体制を崩したネノは三足で歩行する。

 「バランス設定変更」 ネノは何やら設定を変更したようだ。

 すると三足で機敏に動き始めた。

 「ドュナロイっ!あのゴーレムを何とかできないのっ!?」 ハールギンは立ち上がりながら言う。

 「仕方ありませんね、御二方には良い所を見せて頂きたかったんですが」 ドュナロイは呪文を唱え始めた。

 「むかつくわね、キャスティングの前に一言余分なのよ」 ハールギンはメイスを握りなおす。

 呪文が終わると、ネノの周りに魔法陣が現れた。

  「宮田っ!こっちに……」 吉岡は宮田を呼ぶ。

 「大岡さんっ!」 二人は美香を発見した。

 「ずいぶん怪我をしているようだ」

 「気を失っている」

 「そっと運び出すんだ」

 「わかった」

 過酷な戦闘とあまりの悪臭に美香は気を失ってしまっていた。

  魔法陣に囲まれたネノは身動き一つしない。

 いや、できないのだ。

 「やはりそうか……。この悪臭と暗闇にもかかわらず行動可能なクリエーチャー」 ドュナロイは語る。

 「おかしいとは思ったが、この魔法陣で呪縛できるレベルのゴーレムとは驚きだ」

 「しかし!いや、が故に!この魔法陣はアウタープレーンのクリエーチャーにはどうする事もできないのだ」 

 涙目で勝ち誇るドュナロイ。

 「ドュナロイ、今日はやけに良い所を持っていくわね」 ハールギンも満足そうな笑みを浮かべている。

 「インファーナルパクトを交わしている者の当然の結果ですよ」 ドュナロイは目を閉じて言う。

 インファーナルパクトとは地獄の盟約と言う意味で、ドュナロイはこの世の者ではない悪魔と契約を結び

 その力によって魔法力を得るウォーロックなのだ。

 ネノはボディこそこの世界に存在するが中身は他の世界につながっているため

 ドュナロイの魔法陣による呪縛が成功してしまったのだ。

 「悪いがこのゴーレムは今後のためもある。破壊させてもらうぞ」 フレイラは厳しい表情で刀を握り締めた。

 「フレイラ、ちょっと待て」 クリスタルのタルが精神集中を行いフレイラの左脇腹の傷を治癒し始めた。

 通常であれば致命傷であるこの左脇腹の傷を精神的な力で新陳代謝を早め細胞を再構築させる。

 フレイラの傷は見る見るうちにふさがって行く。

 「私に頼めば神の力で治して差し上げるものを」 ハールギンはサイキック以外にも仲間を回復させる手段がある

 と言う余裕な現状と、既に勝負は付いたと言う二つの事柄を相手に強制的に理解させようとする台詞回しで言った。

 日本刀が再び光を放つ

 フレイラの超能力が日本刀に充填されたのだ。

 「もう止めろっ!やめてくれっ!」 龍児は立ち上がった。

 「おーほほほ、片腕を失ったにしては威勢が良いわね」 ハールギンのターゲットは龍児に向いた。

 「どうして、こんな……」 龍児は涙が止まらなかった。

 「お前の世界の住人は弱い。弱すぎる」 ハールギンはメイスを肩にかかえながら余裕な表情で言う。

 「いつだって、どこの世界だって、弱い種族は滅びるのよ、いや、この世界は強い種族を求めているのよっ!」

 「それが、それが弱い者いじめだって……どうして解らないんだっ!」 龍児はハールギンを睨みつける。

 「わーおっ!その目つきゾクゾクするわ!またサティズムしたくなっちゃったわ」 ハールギンの目がトロンとしている。

 「いい加減にしろハールギン!これだから小娘は……私はゴーレムを始末する。貴様は宝剣を確保しろ」

 「言われなくてもそうする所よ。うるさいわね」 フレイラに指摘されたハールギンは宝剣チェルビラを渋々回収する。

 「では、覚悟っ!」 フレイラの日本刀が振り下ろされる。

 その時

 突然、襟のとがったボロボロのローブを着たあの骸骨男が空間より姿を現したかと思いきや 

 懐より出した砂時計が手のひらでひっくり返され、中の砂が止まった。

 「なんだっ?」 龍児は以前より感じる事があった、時間がゆっくりになる『あの感覚』を今ここで感じるのであった。

 「この感じは……あの時の……」

 この感覚の後、願いがかなうと錯覚していた『あの感覚』であった。

 良くは解らないが、今目の前で骸骨男が何か呪文を唱えている事と、周りの全ての者達が微動足りとしない事だけは理解できる。

 「た、タイムストップ……」 チェルビラが震えながら口にした言葉の意味を龍児は必死に分析する。

 タイムストップとはまさに時間を止めると言う魔法で、より力のある者が長い時間を止められる。

 これを行使出来る者は極めて高レベルな魔術師か

 もしくはこの世の生命体ではない、例えば悪魔や神レベルの存在のみと限定される。

 逆に言えば、今その強大な力の持ち主が目の前に現れたという意味である。

 そして、それを理解できるのは、この場においてはチェルビラだけであった。

 「時間が止まったのか?」 龍児も身震いを止められない。

 見ると、頭上には七色に輝く綺麗なオーロラのカーテンが現れて、そのカーテンをくぐって

 次々と浮浪者たちが現れた。

 「こ、これはっ!?」

 龍児達とフレイラ達はこの数十人の浮浪者等にすっかり囲まれてしまった。

 そして、砂時計の砂が再び落ち始めた。すなわち、時間が動き始めたのだ。

 「こっ!これはいったいどう言う事ですのっ!」 ハールギンは腰を抜かしそうになった。

 「何事だっ!?」 さすがにフレイラも度肝を抜かれた様な表情である。

 「何をしたのよっ!」 ハールギンはドュナロイに尋ねる。

 「私は何もしてませんよ」 こう囲まれるとキャスティングが出来ない不安で一杯のウォーロック・ドュナロイであった。

 数十人は居る浮浪者が一斉に襲いかかって来ようとしている。

 「ま、待てよ……こいつら……」 浮浪者たちを良く見るフレイラは気が付いた。

 「全員アンデッドだっ!」 フレイラは一歩さがらずには居られなかった。

 浮浪者たちは既に屍となり、その屍がこの骸骨男によって操られていたのだ。

 「という事は、まさか、あの骸骨男はリッチかっ!?」 

 あまりの急展開に全ての者達が、こんどは別の意味で微動足りと出来ない状況であった。




つづく

 



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