Shangri-La
第29話
神の一撃
2009/09/19 UP




  公園の噴水が勢い良く噴出した。

 平和の象徴である鳩が飛び立つ。

 街の人々は灰色の建物が多いこの地域に唯一緑が茂る公園を憩いの場としている。

 まあ、そういった奇麗事は、よくこの公園を見てから言うべきであろう。

 家族が楽しくテントを張って、バーベキューをしているのかと思いきや

 そうではなかった。

 浮浪者(ホームレス)だ。

 一般の人が居ない原因を作っていたのはホームレスのネストになっていたからである。

 人生に生きる糧を見つける事が出来なくなり

 何もかもを投げ出している。

 1分1秒と自分の生命源が消耗されている事すら考えることも無い。

 人間の平均寿命は70歳前後でその半分は休息で使用する。

 年齢が40歳前後であれば残りの人生は30年。

 半分が休息であればあと15年しか有意義に過ごせる時間は残されていないのだ。

 5475時間しかない計算になる。

 有意義に過ごせない日もきっとあるだろう。

 まあ、彼等の人生にも、きっと理由があるのだろう。

 人間はいろんな形でこの世界に生存している。

 いかなる人間も無駄に生存しているわけではないのだ。

 役割分担が決まっている。

 人より身体能力が秀でている者

 すば抜けた頭脳で新たな発明にその人生を費やす者

 人を統率して、指導育成を行い、人類の文明を築き上げてゆく。

 おそらくはこの浮浪者のような存在にも意味があるのだろう。

 後に、チェルビラは、その役割について龍児に語る事になるのだが

 「白鳥課長っ!居ましたっ!ホームレスの生き残りが」 片桐は大きな声で白鳥を呼ぶ。

 「こらっ!片桐っ!なんて言い方すんだ!言葉に気をつけろっ!」 野太い声で田中はしかりつける。

 片桐の聞き込みで浮浪者の中に当時の事件を目撃した者がいると報告を受け

 自らその現場へ足を運んだ白鳥と田中はようやくその目撃者に会う事が出来た。

 噴水の貯水タンクへ通ずる地下室にその浮浪者は隠れていた。

 「うっ!かび臭い」 白鳥はたまらずハンカチで鼻を押さえた。

 片桐は懐中電灯で浮浪者を照らす。

 コンクリートの地面に膝を抱えながら震えているその浮浪者は何かをつぶやいている。

 「こ、これが目撃者か?」 白鳥の眼鏡の奥の瞳孔が開く。

 「おらは何も知らねえ……」

 「課長、良く聞いて下さい」 片桐は小声で言った。

 とても会話にはならなかった。

 がしかし、その浮浪者は何か物語を繰り返し話す語り部の様に当時の出来事をつぶやいていた。

 「空気が張り詰めて、みんな取り付かれたようになったんじゃ」

 「取り付かれた?」

 「どこからとも無く現れた男……そいつの仕業じゃ」

 白鳥たちは聞き取れる部分を必死でメモに残した。

 「その男が笑うんじゃ……」


  「わーっはっはっはっはっは」 男は海賊船の船長のような出で立ちをしていた。

 「いいか?野郎どもっ!お前らの亡骸は俺達が預かった」

 海賊船長の後ろには、襟がとがり暗い色合いの古びたローブ(羽織物)を着し

 フードをすっぽり被った不気味な男が立っていた。

 数十名ほどであろうか?浮浪者たちは呆然と立ちすくんでいる。

 その海賊船長は腰のバッグより三角すいの綺麗な水晶で出来た物体を出して地面に置いた。

 何かをつぶやいたと思いきや、オーロラのようなカーテンが頭上を覆いこみ

 徐々に景色の色が薄くなって行き、とうとうモノクロの世界に変わってしまった。

 辺りの景色は白と黒、色は一切無い。

 不思議に思い、浮浪者は色が無くなった公園の街灯の柱をつかもうとした

 驚く事に、それに触れる事が出来ない。

 慌てふためく浮浪者は次々と公園のオブジェクトに触れてみるが

 どれもすり抜けてしまうではないか?

 そうこうしているうちに

 古びたローブを着た男の懐から手のひらに乗る大きさの砂時計を出した。

 「ヒュー ヒュー コー」 喉に穴が開いていて、そこから空気が漏れるような声で

 フードをかぶった男が何かを唱えている。

 「お経のようなものか?」

 「いやあ、聞き取れやせんて」

 次の瞬間、風のせいでフードが急にまくれ上がった。

 何という事か?中から現れたのはほとんど骸骨で、残された皮膚は火傷でどろどろに解けたのか?

 それとも腐ってとろけ落ちたのか?

 非常に恐ろしく、この世の者とはとても思えない形相である。

 唇も腐り落ちて歯が直接現れている。どうりで空気が漏れるはずだ。

 「コヒュー サシュヒューサ……」

 浮浪者の中にはあまりの恐ろしさに耐え切れず、逃げ始める者もいた。

 すると、砂時計が空中に浮遊し光を放ち、サラサラと落ちていた中の砂が急に止まった。

 「時間が止まった?」

 「逃がさないという事か?」

 「かもしれぬ……」

 腐った顔の男は髪の毛は無く、頭に何か鉄のキャップをかぶっている。

 そのキャップを両手で外すと頭蓋骨に奇妙な文字が刻まれているのが伺えた。

 「ヒュー ヒュー ヒュー」

 詠唱が一区切りすると、文字の一つが異常な輝きを放った。

 「ニィー ッシィー サァー!」

 「その時……地面一帯の雑草や草花が枯れ果てたんじゃ」

 「枯れ果てる?何が起きたんだ?」

 何が起きたかは良く解らなかった。

 しかしその浮浪者たちは船長の次の合図に従って、ゆっくりとオーロラのカーテンの向こうに消えていった。

 「どこへ行ったんだっ!」

 「解らん……わしには解らん……」

 浮浪者は両手で耳をふさぎ横になったまま、それっきり話そうとはしない。

 「どうして、お前は助かったんだ!?」

 「もういい、片桐」 白鳥は片桐に撤収の合図を出す。

 「課長、しかし……」

 「これ以上は無理だ。それよりメモ書きを署にもどって分析するぞ」

 「了解」

 「こんな、いかれた男の情報を真に受けるんですか?課長」 田中はこらえきれなくなった。

 「骸骨だの呪文だの、常識外れにもほどがあります」

 「田中、このホームレスの真相意識を分析するんだ」

 「は、はあ?」

 「きっと、何か答えが隠されているに違いない」

 「が、しかし……」

 「常識はずれな言葉が並んでいるのなら、常識に囚われるな」

 白鳥は公園を見回し、浮浪者たちのダンボールの寝床を眺めた。

 「どうかしましたか?」 田中は白鳥に尋ねた。

 「やはり、消えたんだな……全員……」

 この一帯に居た浮浪者達の姿は無く

 浮浪者のいないダンボールの寝床がとても冷たく、寂しく見えた。

 市民の憩いの場として提供された施設にもかかわらず

 利用する者も無く、ただ、風だけが吹いていた。


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  「本当に大岡さん?」 吉岡も宮田もあんぐりとしている。

 「ごめんな、ゆるせへんかった」

 まあ、変わった子だと思っていた龍児も

 まさか、狼の着ぐるみを着てガラの悪い連中を撃退してしまうとは……

 吉岡と宮田も呆然としたままである。

 「はっ、ネノは……」

 龍児は今朝から危険を察知して龍児の護衛をしてきたネノが気になっていた。

 すると、電柱の陰でこっちを見ている。

 ネノは隠れながらも指先を電柱にあてて、こねくり回すような仕草をしている。

 表情こそ無いが、美香に良い所を持って行かれたと言う感じだ。

 一段落して龍児たちは落ち着きを取り戻しつつあった。

 「とりあえずさ、表通りのテラスで座らないか?」 

 吉岡は裏通りの危険性を再認識し、人気の多いところへ移動する事を提案した。


  「はい、コーラお待ち」 テラスに腰掛ける4人。

 「しかし、大岡さんすごいね」 吉岡はコーラを手渡しながら言う。

 「なんか格闘技でもしよっと?」 宮田が尋ねた。

 「うちな、お父ちゃんから護身術だけは習ろうとったんや」 ゆっくりな口調で可愛く話す美香。

 「護身術?き、厳しい家柄なんだね」 吉岡は少し驚きの表情だ。

 「ご主人様も守らなあかんし」

 「え?……」 

 宮田の反応は早かった

 「ご主人様?」 宮田にとっては聞き逃せない一言であった。

 「……」 宮田は美香のメイド姿を想像してニヤける。

 「どうした?」 吉岡が妙な顔つきの宮田に気がつき

 「い、いや何でもなか」 あせる宮田。

 ニコニコと笑顔の美香

 そのおっとりとした顔つきが急に険しくなった。

 「ドローの匂いや」

 「ドロー?」 龍児は以前にも美香がこの台詞を口にした事を思い出していた。

 ドローという言葉に胸ポケットからチェルビラも顔をそっと出した。

 龍児は前方からゆっくりと近づいて来る、二人の物騒な世界から来た者達を確認できた。

 フレイラとハールギンである。

 一難去ってまた一難という言葉があるが、まさにその通りだった。

 ガラの悪い連中にからまれた龍児たちは銀色の狼、いや、美香に救われ

 一件落着と言った所だったはずなのに

 今度は物騒な世界から来た、モラの仇的存在が奇襲をかけてきたのだ。

 フレイラはポーチから日本刀を抜きながら歩いてくる。

 ハールギンはメイスを振り回し、テラスの椅子や机を蹴散らしながら歩いてくる。

 他の客は何が始まったのか?理解できない驚きの顔で二人を見ている。

 店員があわてて二人に注意をしようと声をかけるがまったく無視。

 二人の視線は龍児たちのテーブルに一点集中している。

 「アルバステル・カーマスト・スティンキン……」 ドュナロイが物陰より呪文を詠唱し始めた。

 龍児の前に立ちふさがる美香の顔つきは鋭いが

 食いしばる口元から犬歯がチラリと顔を出し、なんとも可愛い。

 二人のドローエルフは突進してくる。

 突進(チャージ)

 すなわち助走して勢いを一撃にこめて相手に与えるダメージを向上させる戦法の事で

 戦士としては基本攻撃の一つである。

 とはいえ、経験の無いものがこれを行えば、バランスを崩し逆効果であろう。

 その勢いからフレイラが大きく刀を振りかぶり、美香めがけて攻撃を仕掛ける。

 美香は軽く身をかわした次の瞬間、ハールギンのメイスの一撃が横っ腹に命中

 したと思ったがこれもかわしている。

 なんとも人並みはずれた反射神経だろうか?

 「獣の反射神経は人間の比では無いと言われるが……」 ハールギンはつぶやきながら

 メイスをぶん回すが、その攻撃も軽くかわされる。
 
 「こうも圧倒的にかわされると、逆に気持ちいいわね」 地面にメイスをたたき付け

 ハールギンは怒り笑いしている。

 その接近戦闘が繰り広げられる中、ただひたすらに驚いている龍児たちめがけて呪文が炸裂した。

 辺り一面に黄ばんだ霧の様なものが立ち込め始めた。

 「なんだっ!これはっ!?」

 それはとてつもない悪臭を放つ霧で、目がかすみ涙が止まらず

 加えて咳き込みと吐き気が襲ってきた。

 「なんだ、なんだ」 他の客もこの一大事に非難し始める。

 「ガスだっ!ガス漏れだっ!」

 「119番に通報しろ」 店員達も大騒ぎとなった。

 「ケホケホッ!」 白銀の狼、美香は咳き込む。

 人間の100万倍以上ある狼の嗅覚はこの悪臭に猛烈に反応してしまった。

 全身がしびれて自由に動けなくなり、判断力すら低下してしまったのだ。

 「あかん……このままでは」 

 「アルヴェルト ロルッソ……サティズム」 ハールギンは呪文を唱えた。

 「動きさえ止まればなんてことは無いわね」 ハールギンはすかさず攻撃を開始する。

 「まずはその忌々しい足から」 メイスの攻撃は美香の後ろ足を強打する。

 ハールギンの唱えた呪文は攻撃の回数を重ねるごとに威力が増すという呪文で

 動けない狼の後ろ足から股にめがけてメイスを連打。

 ダメージはどんどん倍増して行く。

 なんとも悲惨な光景である。

 後ろ足は晴れ上がり、肉がえぐれて出血をし始めた。

 太い血管がメイスの打撃で破裂したのだろう。

 なおも繰り返される連打に、とうとう骨がへし折れて肉を突き破り飛び出した。

 「はあ、はあ、サティズム……最高でしょ?」 息を切らし口元からよだれを垂らしながら

 ハールギンはものすごい形相で言った。

 このサティズムと言う呪文は邪悪なロルスの神を崇めるプリーストは好んで選択する傾向にあるのだが

 攻撃が命中するたびに相手に与えるダメージが増加して行くだけではなく

 その武器を握る手のひらに相手の傷口の生々しさが伝わってくる。

 初めはなんとも無いのだが、徐々にその感触が快感になり

 エクスタシーを感じるものも少なくは無いという。

 「ああぁっ!」 ハールギンも声を上げてしまう。

 急所を外して邪悪なプリーストたちは、しばらくもてあそび

 このエクスタシーに耐え切れなくなると止めを刺す。 

 人間の性行為と同じような感覚をドローエルフは残虐な行為で味わう種族なのである。

 「ふう、もういいでしょ?そろそろ頭をかち割ってあげるわ」 虚ろで三日月のような目つきのハールギンは言う。

 素早い動きを武器とした白銀の狼の最後であった。

 「ヴェル ヴァル ハンマ」 ハールギンは呪文を唱えた。

 「ロルスの神よっ!我に力をっ!スマイティングアタックっ!」

 ハールギンのメイスが光を放ち美香の頭上めがけて急降下する。

 メイスは見事に頭に命中した!

 と思いきや

 「もうやめるんだぁぁっ!!」 龍児がそのメイスの一撃を腕でかばった。

 ロルスの神の一撃は強烈な力で、その行き場は龍児の左腕に焦点を絞った。

 「なっ!なんだとっ!」 ハールギンは割って入った龍児に驚いたが

 この神の一撃を素手で受け止めた事自体に度肝を抜かれた。

 その場に居合わせた全員が硬直し、空中を飛ぶ物体に注目した。

 「んっ?!」

 「あれはっ?!」

 「腕が……」

 龍児の左腕が宙に舞った。



 


つづく

 



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