Shangri-La
第28話
狼か?大岡美香?
2009/09/13 UP




  「容疑者は次々と消えてゆく」 黒髪を後ろで束ねた白鳥は捜査が難航し悩んでいた。

 「一体どう言う事なんだ?」 女課長白鳥の知的な眼鏡の奥には綺麗な瞳が潜んでいる。

 「しかし課長、あの外人の姿も今はもう見当たりません」 田中は白鳥に報告書の内容を伝える。

 「ハンターと言う外人の事か?」

 タイトスカートと清楚なスーツは仕事一筋という感じがするが

 年上の部下達を引っ張ってゆくには容姿は非常に重要である。

 白鳥の場合は容姿だけではなく、気の強さと先見の明を持っている。

 人の考える常識の逆を良く考えているようだ。

 「はい、その外人が容疑者達を先導していたと思われますが」

 「何かの宗教的な組織ではないだろうか?」

 「猟奇殺人の容疑者達は何らかの集会で集まっていたとの報告もあります」

 「しかし、全員が姿を消している」

 「はい、外国へでも逃亡したのでは?」

 「ピンク色の制服の少女は?」

 「まったく掴めておりません。都内から県外まで枠を広げて捜査しましたが……」

 「制服とは関連が無いのか?」

 「課長っ!」 突然ドアがひらき、片桐が大声で入ってきた。

 「どうした!騒々しい」 野太い声で田中が叱り付ける。

 「す、すみません。公園の浮浪者が全員行方不明になったとの通報が……」

 「なんだと?」 白鳥は驚く。

 「浮浪者のことだ、移動させられたんじゃないのか?」 

 話の腰を折られた田中は苛立ちながら言う。

 「いや、どこの局に聞いてもその様な事はしていないと」

 「全員姿を消した……」 白鳥は考え込む。

 「たったそれだけで大騒ぎするほどでも無いだろう」

 「は、はあ、そうですか?」

 「いや待て、片桐、周辺の住民に聞き込みをしろ」

 「はい!」

 「課長?」 田中は何故この話に課長が食いつくか?理解できない。

 「皆、姿を消してゆく。どうも気に入らんな」

 「え?」 

 「猟奇殺人の容疑者と同じだ」

 「それはそうですが」

 「この現代社会からそう簡単に姿を消せると思うか?」

 「一人や二人じゃない。一斉にだぞ」

 白鳥はブラインドカーテンを人差し指と中指で押さえて外の景色を眺める。

 しっとりとした唇をかみ締める白鳥の知的な眼鏡越しの視線の先には

 大都会のビルたちが冷たく建ち並び、ここ最近の事件を解決できない白鳥にプレッシャーを与える。

 「この都会のノイズは行方不明になった者達の叫び声ですら、かき消すと言うのか……」


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  「雨も上がった事だし、そろそろ行くか?」 フレイラはハールギンたちに声をかける。

 雨雲のせいか、夕方になるとすっかり暗くなってきた。

 太陽の光の下では本来の力を発揮できない種族の戦士が出撃する時は決まって夕方である。

 「行きますか?」 ドュナロイが勇ましく出てきた。

 「うっ!なんだこの匂いは」 フレイラは鼻を押さえる。

 「ちょっとっ!いくらなんでも、これほどきつく無いわよっ!」 

 ハールギンのつける香水の匂いが辺りを覆う。

 「香水もつけすぎると公害だぞ」 フレイラもたまらず嫌味を言う。

 「いや、これは作戦ですから、皆さん我慢してください」 ドュナロイが言う。

 「ドュナロイ!本当にこんなので、あの狼男を倒せるの?」

 ハールギンは両手の拳を強く握り、四本に束ねた銀髪を振り乱しながら言う。

 ハールギンは半信半疑でならなかった。

 「戦場にたどり着く前に気づかれそうだな」 横目で睨むフレイラ。

 「いやあ、もうすでに気づかれていたりしてな」 クリスタルのタルが浮遊しながら言う。

 「作戦の通りにお願いしますよ皆さん」 口元がほころぶドュナロイ。



  その頃、部活が終わり龍児たちはゲーセンツアーに出かける。

 「小腹すかない?」 宮田が嬉しそうに言う。

 「ああすいたね」 

 「ケバブサンド食べようか?」 吉岡が提案する。

 「いいねえ」

 「ケバブ?なんやばばちい名前やな?」 美香は食べた事が無いようだ。

 「牛肉と鶏肉、羊の肉をスパイシーに焼き上げるんだ」 吉岡は説明する。

 「お肉は好きやけど」

 「お肉ばかりじゃ太っちゃうよ」 宮田が笑いながら言う。

 「いやーん、最近ダイエット中やねんで」

 「お昼の弁当肉ばっかりだったじゃん」 龍児は肉はもういいと言った感じだ。

 「まあまあ、ケバブサンドは別だから」 吉岡はケバブが気に入っているらしい。

 「別か?本当に……」

 なんだかんだ言いながらも龍児たちは楽しそうにケバブの店に向かう。

 すると

 「最近の高校生は羽振りがいいじゃねえか?」

 あまりに楽しそうだった、その様子がどうやら気に入らなかったのか?

 ガラの悪い連中が龍児たちを取り囲んだ。

 「ちょっと金貸してくんないかな?」 怖い人相の若者が言う。

 連中は6人

 「そんな、君たちに貸すようなお金持ってませんよ」 吉岡が冷たい口調で言うや否や

 「おらっ!なめた口きくんじゃねえっ!」

 吉岡の腹部に膝蹴りが入った。

 おちゃらけや冗談では無く、どうやら本気のようだ。

 「がふっ!」 前のめりに崩れる吉岡。

 「吉岡っ!」 思わず龍児は叫んだ。

 急な出来事で龍児たちは戸惑いを隠せない。

 確かにゲームセンターが建ち並ぶこの地域には不良グループ達や悪がいる事には居るが

 こんな形で、たかりをされる事は今までになかった。

 「次、行かなくちゃならねえんだっ!さっさとしろっ!」

 「そうそう、高校生じゃ俺たちを満足させる額持っちゃいねえだろ?」

 「ううっ、シンナーくせえ」 宮田の鼻が曲がる。

 「だとおっ!」 シンナー臭い少年は宮田に蹴りを入れようとするが

 ふら付いていて自分でひっくり返った。

 「おいおい剛史、しっかりしろよ」 一人が笑いながら言う。

 「押さえつけろっ!」

 「や……、やめろ……」 龍児は全身が震えている。

 「あん?なんか言ったか?」

 「やめろと言っているんだ」

 「震えてるじゃねえか?」

 「お笑いだぜ、ちびってんじゃねえか?」

 「そうさ、ちびりそうだ。でも……弱いものいじめはいけない事だっ!」

 精一杯の力を振り絞って龍児は言った。

 「るせえんだよっ!」 喧嘩慣れしているガラの悪い連中は手を出すのが早い。

 龍児は何発か殴られて押し倒された。

 「綺麗な顔しやがって」 馬乗りになった少年は顔に傷があった。

 喧嘩で作った傷だろうか?

 普通に高校に通う龍児と傷の少年では住む環境が違ったのであろう。

 ここまで喧嘩慣れしているという事は、相当喧嘩ばかりしているに違いない。

 とても龍児が勝てるような相手ではない。

 馬乗り状態から何発も拳を繰出す傷の少年とそれを必死に腕で防御する龍児。

 「どうして、意味もなく暴力を振るわなければならないんだっ!」 

 龍児は殴られながらも少年に言う。

 「てめーらみたいな高校生見てるとむかつくんだよっ!」

 「自分かってじゃないかっ!」 龍児も負けずに叫ぶ 

 「るせえっ!何不自由なく暮らしてるくせによぉ!」

 異世界より襲い掛かってきた凶暴なあいつらに比べれば

 ただの人間に過ぎなかった。

 何度殴られてもたいした事ではない。

 物騒な武器を振り回し相手の命までも奪い去る。

 「それに比べれば何でもないさっ!!」 龍児は海老のようにのけぞり返り

 傷の少年を押し返そうとする。

 「こ、こいつ」

 「同じ人間同士で……どうして?」

 「なにっ?」

 「こんなふうに争わなければならないんだっ!」

 とその時

 「あおおおおおぉぉー!」 銀色の狼が姿を現した。

 街灯と暗闇のシルエットで、狼は姿以上の脅威をかもし出している。

 「なっ?なんだっ!?」

 「なんだ?」

 銀色の狼は傷の少年に襲い掛かった。

 龍児に馬乗りになっていた傷のある少年は弾き飛ばされた。

 「野良犬か?」 

 傷の少年は首をかまれたようで動かなくなった。

 「おいっ!佐藤っ!大丈夫か?」

 「どうした?」

 「なんだ?」

 なんだ、なんだと連中もこの展開には驚きを隠せないでいる。

 宮田と吉岡も状況を理解できないで居た。

 「あの狼は……」
 
 ただ、龍児にとっては二度目の出来事だった。

 「この野良犬がぁ!」 そう言いながら狼に仕掛けた怖い顔の少年も

 「いててててっ!!」

 あっさり噛まれて地面に這いつくばる。

 人間の動きでは野生の動物の反射神経には対抗できない。

 いとも簡単に勝負はついてしまう。

 「ガルルルルル」

 「こりゃやばいぜ」

 「おい、医者へ行ったほうがいいんじゃないか?」

 「血が出てる、血が出てる」

 喧嘩慣れはしていても、相手が狼では、よほどの訓練をつんでいなければ

 対応できないだろう。

 「とりあえず逃げろっ!!」

 連中は足早に逃げ始め、それを追いかけてゆく銀色の狼。

 湿気を含んだ空気が風に乗り吹き去ってゆく。

 「なんのなんや……理解しきらん……」 汗びっしょりの宮田。

 「吉岡、大丈夫か?」 龍児は心配して駆け寄る。

 かなり興奮はしたが、幸い三人ともたいした怪我はしていなかった。

 「ああ、大丈夫だ。それより大岡さんは?」

 「そう言えば姿の見えんけんのう」

 「どこへ行ったんだろう?」 心配になる三人。

 そこへ狼が戻ってきた。

 「うう……」 

 「やばい、戻って来たぞ、あの野良犬……」 三人は、襲われるのでは無いかと警戒した。

 舌べろを出して「はあはあ」と言いながら、こっちへ来る。

 「動くなよみんな……動くと噛まれるぞ」 固まる三人。

 「やり過そうぜ」

 狼はすぐ隣りまで来て

 「お願いだから……向こうへ行ってぇ……」 祈りをささげる三人。

 狼はスクっと立ち上がり、二足歩行になった。

 「えっ!?」

 ヨットパーカーのフードを脱ぐように

 狼のマスクを脱ぎ

 「ふう、悪い連中、みんな逃げて行ってもうたで」

 美香が顔を出した。

 「えええっ!!?」 仰天する三人。

 今のいま、喧嘩慣れした6人組の不良たちを

 野生の運動能力で玉砕した狼が

 まさか美香の着ぐるみだったとは、いくらなんでも可笑しすぎるだろう。

 「ありえない……」 宮田は現実逃避をし始めた。

 「どげん見ても本物の狼やったっ!!」

 しかし今良く見ると着ぐるみ?だ?。

 美香が入っている?。

 「どおなってるんだぁー!!」


  この光景を遠眼鏡で見ているフレイラ。

 「何か、もめ事の様だな……ん?」 

 「何をもめている?」 ハールギンが尋ねる。

 「フフフ……さあな……」 フレイラは少しにやけた。

 「狼も出てきたことだし皆さん行きますよ」

 ドュナロイは呪文を唱え始めた。

 「戦闘開始だ」 フレイラはポーチより日本刀を抜き出した。



つづく

 



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