Shangri-La
第27話
平凡と言う名の幸せ
2009/08/30 UP




  その日は朝から雨だった。

 気温こそ高くは無いが、湿度が高いため不快ではある。

 ベッドにうずくまる龍児を見てチェルビラがため息を漏らす。

 「何とか元気付けなきゃ」 チェルビラは心配そうにつぶやいた。

 「……」 龍児を見つめるネノは言葉も無ければ表情も無い。

 「おーい、龍児」 おもてから呼ぶ声がする。

 「迎えに来てやったぞー」 宮田と吉岡の声だった。

 龍児はここの所モラを探し続けていたため、学校を休んでいた。

 心配して家まで迎えに来る友達が龍児には二人もいる。

 「もうすく期末だぜ」

 「赤点だけは取るなよー」

 「そうか……そんな時期か……」 

 仕方なく学校へ行く事にし、急いで私宅にかかる。

 ついてくるネノを見て
 
 「学校へ行く気なのか?」

 「護衛が任務だから」 ネノは答える。

 「あのさぁ……」 

 困る龍児の様子を見てネノは答える。

 「大丈夫、半径200m以内で監視しつつ至近距離には出来る限り近づかない」

 「よ、ようするに、授業の邪魔にはならないと言う事なのか?」

 ネノはコクリとだけ、うなづいた。

 「龍児、わたしもっ!」 チェルビラが小人サイズに変身して龍児の胸ポケットに忍び込む。

 「お前らなー!」

 モラが居ないだけで、以前のドタバタは今だに続いている。

 「あっ、ネノ」 龍児はネノの頬が汚れている事に気がついた。

 「顔が汚れている事は気がつかないのか?」

 龍児はハンカチをぬらしてネノの頬をぬぐう。

 表情の無いネノ

 「これでいいだろう」

 「あ・り・が・と・う」 ネノは感情の無い言い方で答えた。

 「ネノ……」

 龍児はネノの棒読みの『ありがとう』を聞いた瞬間、胸が苦しくなった。

 と言うのは、以前彼女から同じ台詞を聞いたことがあるからだ。

 「あの時もネノは棒読みだった……」

 「龍児……」 チェルビラがポケットから顔を出す。

 「本当に覚えていないのかい?」

 「……」 ネノは答えなかった。

 「人間の心の傷はそう簡単には消えないのね」 悲しい顔でチェルビラはつぶやいた。

 つらい事を思い出したり、忘れたり

 それを繰り返して乗り越えてゆく

 人間はそう言った生き物である。

 「おーい、まだかー」

 「ああ、今行く」

 「どうした?龍児。顔色が悪いぞ」 眼鏡の位置を整えながら吉岡が心配する。

 「いや、なんでもないさ」 傘をひらき出発する龍児の足取りは確かに重そうだった。

 「そういや、龍児が休んでた間、大岡さんも部室に来なかったなあ」 宮田が膨れ面で言う。

 「そうなのか?」 ポタポタとたれる雨水。

 「二人で良い事ば、しよっと?」 興奮した宮田はつい博多弁になる。

 「何言ってるんだ」

 「まあ、期末前だからな。君らもうかうかしてられ無いぞ」 吉岡は部長らしく発破をかける。

 このやり取りに龍児は、自分の居場所を再確認できたような満足感を得るのであった。

 平凡な高校生活とクラスメイト。

 何不自由ない暮らしの中、何の問題も無く時が過ぎてゆく。

 これが一番の幸せではないのか?

 龍児はこの平凡な時間こそが自分にとって大切なものであると思うようになっていた。

 すると、向こうから走ってきた車が水溜りにはまり、思い切り水しぶきを立てた。

 「うげー!まじかよっ!!」

 「ひどい奴だなー!」

 「ちくしょう!ナンバー見る事のでけんかった!」

 「朝からずぶ濡れとはな」

 宮田と吉岡はずぶぬれの顔を見合わせて

 「わっはっはっはははは!」

 大笑いした。

 なんとも平和なワンシーンである。

 「あれ?」 宮田と吉岡は龍児を見る。

 「なんで龍児はぬれてないんだ?」

 「本当だ。すごい水しぶきだったのに」

 「運の良い奴だ!」

 「あははは……」 苦笑いの龍児。

 これには訳があった。

 一瞬の出来事であったため、宮田と吉岡には解らなかった様だが

 水しぶきが龍児にかかる寸前にネノが現れて

 ネノの持つ特殊な傘でほとんどの水しぶきを弾き返したのだ。

 ずいぶん馬鹿笑いした宮田と吉岡も、何かしらけてしまい静まり返った。

 「どげんして龍児だけの?気に入らんけんな……」

 「ごめん……」 宮田と龍児は、しばらくの間みつめ合う。

 「なして謝るかいな?」

 「……」

 物陰に隠れたネノは次なる災難に備える。

 「任務続行」

 ネノの目がいつもより輝いていた。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 
  
 
  「一時間目から体育ってのも辛いよなぁ」 

 「まだ体育館でバスケットボールってのが救いだぜ」

 「女子はバレーボールらしいな」

 教室では生徒が体操服に着替え始めた。

 「あ……体操服忘れた」 

 ドタバタしながらの身支度だったせいか龍児は体操服を忘れてしまった。

 「たいそうふく……」 ネノは龍児が体操服を部屋に置いて来たことを理解した。

 「杉村どうした?着替えないのか?」

 「あっ、体操服を忘れて……」

 「体調悪い事にしておけば?」

 「あ、ああ……」

 「今日は見学するか……」 仕方なく見学をする事に決めた龍児の足元に

 体操服が入った袋が飛んできた。

 「あれ?ぼ、僕の体操服……なんで?」

 校庭の木陰からネノは

 「任務続行」 表情は無いが目に輝きが溢れている。

 ネノが体操服をダッシュで取ってきたのだ。

 「やばい、時間が……」 急いで着替える龍児。

 「あわてると怪我するわよ」 チェルビラが心配して言う。

 「体育の先生が結構怖いんだよ」 片足で転びそうになる龍児。

 「ほらほら、あぶなーい」

 龍児はかけあしで、渡り廊下を走り体育館へ向かった。

 「間に合わない」

 そう口にした瞬間

 時間が

 止まった。

 「え?時間が止まった?」 チェルビラは時間が止まったことに気がついた。

 龍児は急いで走っていたので気がつかなかったようだ。

 「ああ、何とか間に合った」 息を切らし、みんなと合流する龍児。

 先生が授業を始め、男子生徒はバスケットボールのパスの練習を始める。

 女子はとなりのコートでアップのためのランニングをしている。

 誰一人として、時間が止まったことには気がついていないようだ。

 「確かに止まった」 チェルビラはここ最近味わった事の無い不安を感じた。

 「誰かが時間を止めたんだわ」

 と、その時

 「杉村ごめん!」 男子生徒の送球がそれて龍児に命中した。

 と、思いきや

 女子生徒の一人が、まるでカマイタチのようにそのボールを弾き飛ばした。

 「あああ……ネノ……」 龍児の額に汗が溢れる。

 「す、すごい……」

 「って、誰だ?」

 すばやく姿を消したネノ。

 「任務続行」 ネノの口元がゆがむ。ネノいま笑っちゃった?

 笑ったように見えただけであった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


  憂鬱な天気と湿度、授業を受けるだけで精一杯な龍児は、やっとの事で午前中を乗り越えた。

 「おーい、龍児よ、飯行こう……」 宮田が龍児を昼食に誘おうとした瞬間に吉岡が止めに入る。

 「杉村先輩」

 「ん?」 龍児が振り向くと、そこに大岡美香が立っていた。

 「ああ、大岡さん」

 「あんな、お昼一緒に食べようと思っとったんやけど」

 「え?あっ、じゃあパン買いに行かなくちゃ……」 あわてる龍児。

 「美香な、お弁当作って来てるんやけど、いっぱいあるんで、食べへんか?」

 「なんちゅうコテコテの誘い方だっ!」 宮田は思わず声に出す。 

 「まあまあ、良いじゃないか」 吉岡は微笑みながら言う。

 「ばってん、なして龍児だけモテモテなんや?ちょこっとぼんくらりはがいいな」

 「まあ、そう僻(ひが)むなよ、やあ、大岡さん僕達も混ぜてくれないかな?」

 「お、おい吉岡……しゃあないな」 宮田も仕方なく参加する。

 「ああ、先輩達、かまへんよ」 おっとり口調で美香は言う。

 「おお、テリヤキチキンうまそうー」

 「焼き豚、こってりだねー」

 「牛串、すげー」

 「って、肉ばっかりだね、しかもかなり豪華」

 「うまそうやろ?」

 「野菜も無いとビタミンが……」

 「大丈夫、馬刺しと若鳥の刺身や」

 「確かにビタミンは取れそうだけど……でも肉ばっかり……しかもかなり豪華」

 「えーやろ?わははははは」 美香は一人で受けている。

 「今日さ、部活終わったら久々にゲーセンツアー行こうか?」吉岡は盛り上がりついでに提案した。

 「いいねーそれ最高!」 宮田は即答

 「うん」 龍児も少し元気が出てきたようだ。

 これが平凡的幸せであると龍児は嬉しくなった。

 「龍児?泣いてるのか?」

 「い、いや何でもないよ」




つづく

 



  戻る