Shangri-La
第25話
起点
2009/07/21 UP




  霧に包まれた海の上を一隻のクラシカルなガレー船がゆっくりと移動している。

 ガレー船とは櫂(かい)でこぐ形の軍用戦で、こぎ手は3段〜4段に並び片側だけでも

 100名を超えるこぎ手が配置されている。櫂の長さは長いもので5メートルはある。

 このガレー船は3本のマストがあるほどの大型で乗組員も300名を超えている。

 そして、この船の最大の武器はこのこぎ手による船のスピードである。

 最速で8ノットを超えると言う。(時速約15キロ)

 「宝剣の在り処がわかったと言うのは本当か?」 

 扉を開くや否や隻眼で口ひげの船長は大声で言う。

 その船室の中にはゴシック調のいすに座った男が分厚い書物を読んでいた。

 「カフー ヒュー」 いすに座っている男はボロボロの襟のとがったローブに身を包み不気味である

 ヒューヒューと喉に穴が開いているか?良く聞き取れない声で答える。

 「いや、船の速力を維持するだけで300人は必要だ」 

 隻眼の船長はスリムな体系で、鋭い顔つきのまま煙管に火をともしながら言う。

 片方しか無いその目は、透き通ったカリブ海のエメラルドブルーを思い出させる。

 この目で睨まれれば、たちどころに戦意を喪失してしまいそうな凄みがある。

 また、口ひげがこれほどセクシーに見える男もそう居ない。

 そのセクシーな口元から自信溢れる笑みがこぼれている。

 この船長であればどのような困難な状況でも乗り切れそうな

 そんな風格がある。いや、実際そうだったのだろう。

 「コォフュー コォフュー」 
 
 「上陸して兵隊を集める?」

 「できるのか?」

 「コフュー」

 「空間の狭間?」 隻眼の船長の目つきが厳しくなる。

 この世界には我々が住める空間が存在する。

 立体である生命たちが生活を営む三次元とそれを超える四次元。

 異次元というものは存在する。

 この世とあの世の狭間

 人が死に、霊体となりあの世へ昇天するのだが、霊体は我々が住む空間ではなく

 この世とあの世の狭間に存在するという訳だ。

 それが『エーテル・プレーン』である。

 エーテル的な存在である霊体は物質世界の人間に直接介入こそは出来ないが

 思念、怨念など非物質な力を持って介入する事は出来る。

 悪霊に呪われると言った事がそれにあたる。

 霊体の中にも物質自体を動かせるものも居る。それがポルターガイスト現象である。

 超常現象的な力を自由に行使できる存在であればエーテル・プレーンから我々の住む空間の

 物質を移動させたり破壊したりできるであろう。

 「コォフュー コォフュー」 

 「エーテル・プレーンの事か?」 煙を輪っかにして吐き出す船長。

 ローブの男は机の引き出しから三角すいの綺麗な水晶で出来たアイテムを出した。

 「これがその空間の狭間、エーテル・プレーンを開くものか?」

 「コフュー」
 
 「俺はこれを展開するだけで良いんだな?」

 「シュー」
 
 「任せておけ」 自信が満ちた笑みを浮かべる船長。

 早急に部屋を出て甲板に向かう。

 三角すいの水晶はこの世とあの世の狭間であるエーテル・プレーンへの扉を開く事が

 出来る代物らしいが、それを使って何をする気なのか?

 既にこの時点で成功を確信している船長は笑いをこらえるのが必死のようだ。

 「いいかっ!野郎どもっ!上陸するぞっ!」

 片翼だけで100人を超える船乗りたちが一斉にオールをこいでいる。

 「気合入れて漕げやっ!」

 「おおおぉぉぉ!」

 船乗り達は汚れたローブに身を包まれているが

 良く見ると彼らは全員骸骨である。

 死んだ人間の皮や肉をすべて排除し、骨だけをコンポーネントとして作り出される

 アンデッド(既に死んでいる状態)クリエイチャーのスケルトンである。

 作り手に絶対服従であり既に死んでいるため、彼らは疲れることもなく任務を遂行する。

 我々の住む世界においても、この疲れを知らない兵隊は脅威となるだろう。

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  夕日が徐々に地平線に消えてゆく。

 もうすぐ雨季に入ると言うのにここ最近は晴天が続き、今日はやけに暑かった。

 結局この日も龍児はモラを見つける事は出来なかった。

 一般の高校生が行方不明の人を探すなどという事はとても難しい。

 まあ、名探偵を雇ったとしてもあのモラを探し出す事ができるとは思えないが。

 「龍児……」 チェルビラは龍児の手を引っ張る。

 「さすがだな……モラは」 

 公園のベンチに腰掛けた龍児は、肩を落としながらつぶやく。

 黒いライダースーツのネノは無表情で龍児を見つめている。

 「僕が見つけられるんなら、先に敵が見つけてるよな」

 「龍児……」 寂しそうな顔つきのチェルビラ。

 龍児はチェルビラの顔を見てふと我に返った。

 また悲観的な発言をしてしまった自分に怒りを覚える龍児。

 「大丈夫だよ千恵」 強く笑って見せる龍児。

 「僕は、ほら、前向きに考える事にしたんだ」

 迷いを断ち切った龍児の意思は力強かった。

 ただ、今現在の龍児の気持ちは一進一退を繰り返している。

 「決してあきらめない……」

 その表情を見てチェルビラの目に涙と唇に微笑が浮かび上がる。

 すごくいい雰囲気だったにもかかわらず龍児の携帯電話が振動した。

 「ん?メール……」

 「……」 横目で龍児を見るチェルビラ。

 《お久しぶりブチドラさん、元気にしてた?彼女はどうなった?》

 「文明の利器だか知らないけど、いつだって向こう側の者にはこちらの事情はお構いなしね」

 腕組みをして怒るチェルビラ。

 「お構いなし?」 ネノが珍しく口を開いた。

 「あんたもお構いなしだけど……」 

 チェルビラは怒りをちょっとだけゴーレムのネノに向ける。

 「でも人間というものもおかしなもので」

 再びチェルビラは腕組みをして語り始めた。

 「こういった状況で腹を立てる者と瞬時に切り替えて応対する者とに分かれるのよね」

 「逃げられた……っと」 メールを返信する龍児。

 「ああ、龍児は後者のほうだわ」

 チェルビラは冷たい視線で見る。

 「逃げられた……か……洒落になんないよ!こんな状況でメールもへったくれも無いやっ!」

 「ああ、腹も立ててるわ」

 あきれるチェルビラ。

 「現代社会ではこれが普通なのかもしれないわね……だから場の空気が読めなくなるのよ」

 姿こそ幼い少女ではあるが、長年生き続けているチェルビラの発言はいささか滑稽(こっけい)でもある。

 「場の空気?」 ネノが質問する。

 「人間のコミュニケーションには場の空気が重要なのよ」

 興味深くチェルビラの話を聞くネノ。

 「とくに愛の告白なんかはムードが無くちゃねー」

 「愛の告白?」

 「まあ、恋愛とかの感情もネノには無いか?」

 「理解不能」

 「長年生きていると自然と心で解るのよね」

 「老婆心……」

 「空気読めって、このゴーレムが!」

 再び龍児の携帯電話に着信あり

 《あらら。あたいは彼に振り回されっぱなし^^》

 「ぷっ!」 メールを読みながら龍児は笑う。

 チェルビラは笑う龍児を見つめた。

 「リハビリよ……」 チェルビラは小さくうなずく。

 「少しずつ流れを元に戻すための……」

 龍児が携帯電話の対応が出来るようになったという事は進歩であるとチェルビラは考えている。

 活力を取り戻す龍児のその姿にチェルビラは安心すら覚えるのであった。

 「お互い大変ですね……」 メールのメッセージを打ち込む龍児。

 そうこうしていると、公園の噴水の向こうから男が姿を現した。

 「やあ、龍児君」

 その男はステッキをつき、片足を引きずっている。

 「わ、渡辺さん」

 その男、そう、龍児にチェルビラの剣を渡したその人である。

 「マラード……」チェルビラの眉をひそめる。

 渡辺の後ろにもう一人、女性が居た。

 「ああ、紹介するよ。カノンだ、俺の彼女だ」

 美しい顔立ち。そして美しい長い髪が風になびく。

 この場にモラが居なかった事が幸運だった。

 このカノンはモラを抹殺すべく追跡していて

 前回、あと少しでモラがやられる所であった。

 カノンは、彼女だと紹介されて顔を赤く染めながら渡辺の背中を少しだけつねる。

 「こちらも紹介しますよ、ネノと千恵です」

 携帯電話のメールの返信ボタンを押しながらネノと千恵を紹介する龍児。

 「そうか、いやあれからどうなったのか?少し気になってね」

 「いやそれが色々とありました……」 色々とありすぎた龍児は

 溜まっていた物を吐き出すかのごとく話し始めた。

 「龍児っ!」 とっさに止めるチェルビラ。

 「どうしたんだ?千恵」

 渡辺は目を細めてチェルビラを見つめた。

 「どうかしたのかい?あの剣の事だ、何か問題が起きても不思議じゃない」

 「そうなんですよ」

 「龍児っ!話しちゃだめよっ!」

 「何でだよ。渡辺さんから受け継いだ事だろ?」

 「この男はだめなのよ」

 渡辺は眉間にしわを寄せた。

 一瞬、場の空気が凍ったように全員硬直した。

 次の瞬間、携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 「カノン、携帯電話はマナーモードにしろと、いつも言っているだろ」

 「この着信メロディ、気に入ってるのよ」 彼女は不機嫌そうに言う。

 「ははは、携帯電話は便利だけど、こちらの都合とか一切お構いなしだから困りものですね」

 渡辺はベンチに腰掛けるとタバコに火をつけた。

 「……」 自分と同じ台詞を渡辺が言うとは不機嫌この上ないチェルビラ。

 「あっと、ここは禁煙か……ごめん、ごめん」

 律儀にタバコの火を消して、内ポケットにしまい込む渡辺。

 辺りは少し薄暗くなってきた。

 「千恵は渡辺さんの事を知っているのか?」 龍児がチェルビラに問いかける。

 「この男は傲慢な野心家よ」

 「!?」

 「ひょっとして、そちらのお譲ちゃんがチェルビラかい?」 驚く渡辺。

 「渡辺さん千恵の事を知っているんですか?」 龍児も驚く。

 「この子が?」 カノンもやはり驚く。

 この状況下で驚いていないのはネノだけである。

 「人間の姿に化けていたのか?」 渡辺は渋そうな表情で言う。

 「私のかってよ!」 

 「龍児君を探し出してあげた恩を忘れた訳じゃないだろうな?チェルビラ」

 「ど、どう言う事なんだ?」 龍児は意味がわからない。

 「そろそろ出発はしないのか?チェルビラ」 渡辺はうつむきながら言う。

 「どこえ?」 龍児が問う。

 「シャングリ・ラだよ」 渡辺からこの単語が口にされるとは

 「まだよっ!」

 チェルビラの事を渡辺はどれくらい知っているのか?

 また、なぜ?と言う疑問で龍児は頭が混乱してきた。

 「一体どう言う事なんだっ!」 龍児は大声で叫んだ。

 「渡辺さんはチェルビラの事を知っていたんですかっ!?」

 「初めから知っていて僕に近づいたと言う事ですかっ!?」

 龍児の怒りが徐々に頂点に達してゆく。

 すると突然、渡辺が立ち上がった。

 龍児は身構える。

 そして、渡辺は夕焼けの空を指差した。

 一体何の事か?龍児には理解できない。

 しばらく渡辺は空を指したまま動かない。

 次に何が起こるのか?龍児は疑問に思ったその時

 「行ってみたいとは思わないか?龍児君……」

 「え?」

 「そのシャングリ・ラと言う場所へ……」

 渡辺の目はギラギラと輝き

 奥歯を噛締めたその口元は笑みを浮かべて

 そう、まるで楽しいイベントを前にした少年の様であった。


 


つづく

 



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