Shangri-La
第23話
消え行く世界
2009/03/13 UP




  ゴシック建築の立派な教会の一室で、鎧を着た戦士と飾りのついたローブ姿の男性が

 ろうそくで照らし出される、わずかな明かりの中で深刻な話をしている。

 「ギルバード様、まず間違いないと思われます」 ローブの男が報告をする。

 「それは本当か!?ゴゼット!」 がっしりとした体格であるギルバードの鎧は全身を覆う

 フルプレートアーマーで、蒼と灰色を混ぜた色合いのサーコートと呼ばれる

 鎧の上からたしなむマントを羽織っている。

 このギルバードと言う戦士は、サーコートに印された紋章からして

 鋼と戦の神「クローム神」の聖戦士であり大司教である。

 「はい。バナザース大司教様がロケムの手に……」

 褐色の肌と頬のペイントからして、このゴゼットというローブ姿の男はシャーマンであろう。

 シャーマンとは精霊の力を借りる魔術師の事である。

 大自然と精霊の力は強大であり、他の魔術師たちからも一目置かれるほどである。

 ゴゼットは羽飾りやターコイズの装飾品を身につけているが

 ところどころ肌が露出している出で立ちであり、その肌は厳しい自然界で鍛えられた様にたくましい。

 魔術師にしては全身の体つきが戦士の様であるのは、ゴゼットがバーバリアンと言う種族だからである。

 バーバリアンとは彼らの世界では未開の地にて自然とともに暮らす一族で

 先進国の民族といささか折り合いが悪く、時より戦争になった歴史を持つ。

 強靭な肉体と精神力は先進国の軍隊も脅威を抱くほどであったと言う。

 「ギルバード様も早くお逃げください」

 「まて、ヤーン大司教はどうしたっ?!」

 「同じく行方不明です」

 「この非常時に行方をくらますとは」

 「パリス殿も既にこちらへ向かっていると思われます」

 「パリスは心配ない、クローム神の子息だから無敵だろう」

 「それよりも、すでに東の方角より世界が消えかけております」

 「神の怒りか?はたまた試練か?」

 「斥候の話では空間が闇であると、そしてそこに飲み込まれたら最後」

 「帰っては来れぬと言う訳か……」

 「まだ希望はありますぞ」

 「チェルビラの剣か……」

 「この世界を救うにはどうしてもあの剣の魔力が必要でございます」

 「何としても手に入れなければな」 

 「しかしギルバード様、ロケムもあの剣を探しております」

 「ちっ、行き着くところロケムか……」

 「シルバーウルブスのメンバーからの報告では、チェルビラの剣を探索しているものが」

 「知っている、ロケムに抹殺され続けているのだろ?」

 「はい、我々もゆっくりしては居られませぬぞ」

 そこへ斥候があわてた表情で帰ってきた。

 「報告いたします!エステリア王国が……消滅いたしましたっ!」

 「くっ、とうとうそこまで……」 絶望的な顔つきで唇をかみ締めるギルバード。

 「時間が無い、一刻も早くチェルビラの剣を手に入れなければ……」

 「確かに……」

 「ご苦労だったな、引き続き偵察を頼む」

 「ははっ!」 斥候は再び偵察に出かける。

 「我々の首都バッカスも危ない……」 二人の顔色は絶望に満ちていた。

 ろうそくの炎が揺れ動き、いくつかのカラスの羽が散乱する中、一人の少女が姿を現した。

 「カラスの羽?」

 瞬間移動か?何かの魔法か?

 人形のように表情の無いその少女は美しく、さらりとした長髪で耳から伸びる髪の毛がカールしている。

 黒いシックな衣服と肩にとまる一羽のカラスが何処と無く魔の香りを漂わせ、可愛い顔つきとは

 反比例した不気味さを放っている。

 「チェルビラの剣はこの世界には存在しない」 少女が言う。

 「おお、リディルではないか」 ギルバードは安堵の胸をなでおろした。

 「リディル殿、ご無事で」 ゴゼットの顔も曇りを吹き飛ばすような表情に変わった。

 「コミューンでスター・マース様にコンタクトを取った」 無表情で少女が言う。

 「おおそうか、その手があったか?」

 「悪魔世界の存在、いわゆるパトロンとコンタクトが出来ると言うあれですな?」

 「で、チェルビラの剣の在処は?」 二人はこの上ない希望の笑みを浮かべる。

 「残念ながら、スター・マース様はディーモン共に拉致されている様で、音信不通だった」

 「な…なに?……」 硬直するギルバードは返す言葉を失った。

 「だから、スター・マース様は拉致されていて、私と話をするどころではないらしい」

 つかみ掛けた希望が手の内より滑り落ちたような、そんな絶望感がその場を襲う。

 「大悪魔であろう?拉致されるのか?」 豆鉄砲を食らったような目つきのギルバード。

 「大悪魔だろうと、複数のディーモンに囲まれれば危険な状況になる」

 「よわっ……」 まじめなゴゼットの口から本音が漏れた。

 「なんだと!スター・マース様を愚弄するのか!」

 「まあまあ、リディル押さえて、開放されるまで待てばよい」

 「悠長な事は言っておられませんぞ、ギルバード様」

 「ゴゼットも落ち着け」

 ひとつの希望が閉ざされると人は皆、混乱するものである。

 と、そのとき、部屋に男の声が響き渡った。

 「お話中に失礼いたします!」

 同じローブを着た者たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。

 「我々はセブンヘブン教の者です」

 宗教的に全員が同じローブ姿のため、はたから見るとかなり威圧的である。

 「なっ、何事だ!」 その威圧感に圧迫されたギルバードはただ事ではないと察した。

 「報告いたします!パリス様がお亡くなりになられました」

 一瞬、その場の時間が止まった様に静まり返った。

 「なにっ!パリスが?!」 ギョロリとした目つきでギルバードが睨みながら言う

 「そ、そんはずは……パリスが死ぬはずが無い!」 思わず否定するギルバード。

 ギルバードは報告に来た男の体を揺さぶる。

 「貴様、パリスは死なない男だ!知っているのか?貴様!」 

 報告に来た男はギルバードの力で押し倒されそうになる。

 「ギルバード様」 あわててゴゼットが止めに入った。

 ギルバードは床に膝を着き絶望した表情をあらわにした。

 「亡骸を預かってまいりました」 一人が手で合図する。

 「亡骸だと?」 ギルバードはあわてて外へ走り出た。

 大八車の上に白銀の鎧を着た男性が寝かされている。

 「パ、パリスっ!!」 手で顔をなでながら確認するギルバード。

 ゴゼットとリディルも不安な表情を隠せないまま近寄って行く。

 ギルバードはパリスの亡骸にすがりつき涙を流す。

 「私が付いていれば……おお、神よお許しください……」

 拳を握り締めギルバードは振り返った。

 「チーム・シルバーウルブスのメンバーはどうしたっ!パリスを死守できなかったのか?!」

 「ほとんど全滅です」

 「シルバーウルブスが全滅と……なんたる事」 ゴゼットも絶望する。

 「ロケムの仕業か!」 ギルバードの唇が怒りで震える。

 「ロケムはこの世のものではありませんっ!あ奴は悪魔です」

 「しかし、不死身のパリス様がどうして」 ゴゼットが信じられない様子で言う。

 「パリス……どうしてこんな……」 ギルバードは再びパリスの頬をなでる。

 「クローム神の息子の証であるクロムソードを手にしているパリス様が死にいたる事は無いはず」

 ゴゼットはいつもは見せない、少し力が入った口調になる。

 「これは、呪いね」」 

 「呪いだと?」

 「しかも、かなり強力な呪いよ」

 「深い傷を負ったとしても、クロムソードがその傷を回復させてくれるはず」
 
 「クロームソードの神の力も効かないとは?そんな呪いがあるのか?」

 「デミゴット(神の息子)以上の存在が呪いをかけたという事になるわね」

 「お待ちくだされ、そのクロムソードが見当たりませんぞ!」

 ゴゼットの台詞に宗教的なローブ姿の男の一人が跪き口を開いた。
 
 「クロームソードはエルフのプロスト様が預かると言い残して去って行きました」

 「そうか…クロームソードのリジェネレイトが効かないと言う事が解ってプロストが確保したという事だな……」

 神がかりなクロムソードを敵の手に落ちる事を心配したそのプロストの行動は正解であった。

 神の力が宿るソードが敵の手に渡れば今以上に形勢は不利になるであろう。

 「しかしギルバード様、その呪いをかけたのがロケムという事は……」

 「ロケムはデミゴット以上の存在という事になるわね」 リディルがゴゼットの台詞に割って入った。

 「道理で人並みならない力を持っている訳だ」

 「大陸の中でも強者ぞろいだったシルバーウルブスを壊滅に追い込んだのも」 

 「バッカス軍の艦隊も流星群を呼び壊滅させたのも事実というのか?」

 ギルバードは途方にくれる中、何か打開策はないかと模索する。

 「ギルバード様、パリス様の亡骸をマディー様に預けてはどうでしょうか?」

 ゴゼットは提案した。

 「マディーにか?」

 しばらくギルバードは考え込んだ。

 「解った、彼女なら何か良い策があるかも知れぬ」

 「そうと決まれば我々はシップ・イン・ボトルでチェルビラの剣を探しに行きます」

 「シップ・イン・ボトル?あのアリシャン号のことか?」

 「はい、今は亡きアリシャン殿の忘れ形見でございます」

 「ゴゼット、今は亡きじゃなくて、アリシャンは自らの意思でリッチになったのよ」

 リディルが冷たく言う。

 シップ・イン・ボトルとはビンの中に入った船の模型の事で

 コマンドワード(呪文の言葉)を唱える事で、その模型は実寸の船へと変化する。

 船は小さめのガレー船で魔法の力で空間を移動するため、水夫たちが必要ない。

 この船は、シルバーウルブズのメンバーでリーダー的存在であったアリシャンと言う

 魔術師の所有物であったが、今はゴゼットとリディルが預かっているのだ。

 アリシャンはリッチ、すなわちアンデッド(生ける屍)に成り下がった様でチームを離脱している。

 この件については何か深い理由があるようで、二人はそれ以上アリシャンの話しはしなかった。

 「ささ、時間がございません。急がねば」

 こうして、ギルバードはパリスの亡骸をマディーのところへ

 ゴゼットとリディルはアリシャン号でチェルビラの剣の探索に出発する事になった。

 
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  文明の地よりはるかに離れた険しい山脈のなか、一人のエルフが危険を承知で足を踏み入れていた。 

 「パリス、お前の建っての願い……このプロストが聞き入れる」

 長い金髪と少年のような瞳のエルフで、腰に短剣と肩に弓を装備している。

 プロストはクロムソードを地面に置き、くわえタバコに火をつけた。

 「ここで、いっぷくだ……」 しばらく歩きずくめだったプロストも小休止をとる事にした。

 遥かに連なる山々、流れる雲、大自然を眺めるプロスト。

 「誰が創ったんだ?この大自然……」
 
 ぐるりと大自然を見回す。

 そこには、ありとあらゆる生命体の営みが伺える。

 小鳥のさえずり、小川の流れる音、青々と茂る植物たち。

 「消えてしまうのか?この世界が……」

 プロストはパリスと別れた時の事を思い出していた。


  「チェルビラの剣はどこにある?」 恐ろしい悪魔の形相のロケムは

 吐く息が白くドライアイスのような冷気を発している。

 ロケムは戦士の襟を鷲掴みにして宙に上げる。

 「知っていても貴様には教えん」 戦士は誇りを重んじ口を割らない。

 ロケムの蛇のような髪の毛がニュキっと伸び、戦士の目、鼻、耳より内部へと侵入してゆく。

 「あぐっ!!」 戦士の肉体が痙攣を始める。

 「ジーザスっ!」 思わず叫ぶプロスト。

 「そうか?貴様は知らぬか?いや、お前たちの誰もが知らないと言うわけか?」

 ロケムは強制的に戦士より情報を盗み出したのだ。

 戦士は地面に倒れて動かなくなった。

 「てめぇ!よくも!」 プロストは弓をつがえ、連射する。

 矢はロケムに命中しているが、まったく動じていない様子だった。

 突き刺さった矢は、ゆっくりと体外へ押し出され、ロケムの皮膚は傷ひとつおってはいない。

 「効かねえのか?俺の弓矢が?」

 動じていない所かロケムは違う事を考えているようだ。

 「シルバーウルブスだと?……チェルビラの剣を嗅ぎ回っているのか?」

 「ん?伝説ではチェルビラの剣にはこの世界が消え去るのを防ぐ魔力がある?」

 戦士から得た情報を整理し確認するロケム。

 「てめえこそ何でチェルビラの剣が必要なんだ?!」

 まったく無視のロケム

 「ロケム様、時間でございますあるよゲロ、一時お戻り下されゲコ」 ロケムの耳に声だけが聞こえる。

 「ヤバランか?もう少し待て、このエルフからも情報を抽出してからだ」

 「や、やめろ……」 地面に腰をつくプロスト。

 ロケムの触手がニョキッと伸び、プロストの体に触れるその瞬間

 「そうはさせぬっ!」 まばゆい光とともに一太刀の攻撃がロケムの触手を切り裂いた。

 「うぐっ!」 ロケムは身構える。

 「何者だ貴様」

 白銀の鎧と盾、そして赤いマント。金髪ですがすがしい目をした青年が立ちはばかる。

 「我が体に貫通する物質がまだ存在するとはな」 触手を切り裂かれたロケムは少し笑みを浮かべる。

 「我が名はパリス。鋼と戦の神の息子、クロームの聖戦士!」 名乗りつつ突撃するパリス。

 「たわけめ!」 ロケムはパリスの攻撃をよけつつ、サイキック攻撃を試みる。

 サイキック攻撃とは超能力の事で人間では考えられない攻撃を繰り出してくる。

 「なに?私の精神攻撃を防いだと言うのか?」 ロケムはいささか驚いた。

 「な、何がおきているんだ?」 プロストは今、何が行われたのか理解できない。

 そう、サイキック攻撃は目に見えるものと、そうで無いものとがある。

 例えば精神の力で対象に物理的作用を及ぼすことができるサイコキネシス(念力)を使って

 岩や鉄柱を相手にぶつける物理的攻撃。

 精神的なエネルギーで相手の思考を麻痺させたり、ショック死させるマインドブラストなど。

 どちらにせよ人間では考えられない攻撃がゆえに、効果が現れなかった場合は

 何がどうなったのかすら解らないのだ。

 サイキッカー同士の戦いは、はたから見ても何が行われているのかが解らないまま

 片方の一人が倒れて決着が付く場合が多い。

 「神の見えざる盾か?」 ロケムは口から凍りつくような冷気を発しながら言う。

 パリスはステップインし剣を突き刺した。

 「ガフッ!!」 ロケムは口から体液を吐き出す。

 「どうだ!魔物めっ!」

 「かかったな……」 ロケムは不敵な笑みを浮かべつつ手のひらをパリスの胸に押し当てた。

 「なっ!なにっ!」 パリスは吹き飛ばされた。

 「パリス!」 プロストが吹き飛ばされたパリスの方へ向かう。

 「ロケム様、もう時間がありませぬであるケロ」 あるのか無いのか?

 「やむを得んな」 ロケムはこれからと言う時に残念と言う表情でパリスを見た。

 「では、転送の準備をお願いあるよゲコッ」

 「チェルビラの剣を探る用心棒どもは全て始末してやる」

 「なんだと……」 プロストは背筋が凍りついた。

 「すぐ戻る、待っていろ」 不気味な笑みだった。

 あまりにも恐ろしい形相なので、笑っているのか?怒っているのか?良く解らない。

 そして、ロケムの体は大気中に分解されたように消えていった。

 「とりあえずは、助かったのか……」 消え去るロケムを確認し胸をなでおろすプロスト。

 「パリス!しっかりしろ」 プロストはクロムソードをパリスの手に握らせた。

 「ん?おかしい……神の光が放たれない」

 「プロスト……」

 「黙っとれ」 プロストは必死である。

 「そうだ、パリス!神の癒しの手はどうだ?お前の手のひらの癒しのやつ…自分で治せ……」

 「これは神の力では治らぬ……」

 「なんでや?!」

 「あの魔物は神に匹敵する力を持っているようだ……」

 「パリス様ー!」 同じローブ姿の男たちが数名こちらにやって来る。

 「セブンヘブン教の……」

 「お怪我を?パリス様を教会へ大至急!」

 「プロスト……」

 「なんだ?パリス」

 パリスは運ばれて行く中、プロストに頼み事をした。

 「この剣を、クロームソードを老龍ラキヌスに渡してくれ……」

 「あの龍にか?」

 「君も知っているだろう?彼と私は親子の契りを交わした仲だ……」

 「確かに…あの龍に渡しておけば安心かも知れんな」

 「プロスト……君しか頼めぬ……」

 「お前はどうなる?」

 「大丈夫だ……セブンヘブンの女神は我がクロームの神とも親密な関係だ」

 「わかった、必ず届ける…だからパリス、お前も死ぬなよ」

 こうしてプロストはクロムソードを老龍の所まで届ける約束をしたのだ。

  
  「さて、そろそろ行くか」 プロストは荷物もまとめて再出発する。

 ふと立ち止まり

 「誰が作り出したか解らないこの大自然を……」

 「誰が……何で壊しているのか?」

 そうつぶやくとプロストは、さらに険しい大自然の中へと足を踏み入れていった。


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  「マディー!マディーは居るか!」

 ギルバードは森の中にひっそりと建つ古びた小屋の前に立ち大声で呼んだ。

 すると長い金髪を風になびかせ、人並みはずれた美しい女性が姿を現した。

 「パリスを生き返らせてくれ!」 率直に言うギルバード。

 マディーはしばらくギルバードとパリスの亡骸を見つめていた。

 「この呪いは蘇生不可能だわ」

 「お前の力をもってしても無理だというのか?」

 「蘇生は不可能」

 肩を落とすギルバードは力の無い声で

 「パリスと私は幼い頃より共に修行を積んだ竹馬の友だ」

 「そしてパリスはクローム神の息子。ロケムに対抗するにはどうしても必要な存在なのだ」

 「今死なれては困る、何とか頼む……」

 ギルバードは涙を流しマディーに頼み込んだ。

 「蘇生は無理だけど輪廻転生なら可能性があるわ」

 「輪廻転生?」

 「リーンインカネーションの事よ」

 「そ、それは?」

 「リーンインカネーションは生まれ変わるという事よ」

 「生れ変る?そんな事が……」

 「わたしのこの体をマテリアルコンポーネントとすれば不可能ではないわ」

 「そうか……いや、しかしお前の体を媒体にするだと?」

 「パリスは再びこの世に生を受けるが、記憶を失ってしまうわ」
 
 「そんな事をしたら、お前の体はどうなるのだ?マディー」
 
 「パリスは、わたし達の事を覚えているかどうか……」

 「マディーっ!!」

 「わたしもクローム神には個人的に恩返しをしないといけないのよ」

 「そうなのか?マディー……」

 「その機会を伺っていたの」

 複雑な心境の中、ギルバードは笑顔で涙を流し

 「恩返しをしなければならないのは、私も同じだ……」

 志しが同じである事を確信した二人は、パリスを輪廻転生することに同意した。

 そのとき、突然、赤い肌をした爬虫類の化け物が四体姿を現した。

 蛙とワニを足したような生き物で、人間のように直立歩行し、手には各々武器を握っている。

 「こ、こいつらは?」

 「レッド・スラージ……」 マディーは言う。

 「レッド・スラージ?魔界の生物か?」

 「この世に存在してはならないものよ」

 「マディー!こいつらは私が引き受ける!はやくパリスを!」

 ギルバードは小屋の中にパリスとマディーを押し込めると扉を閉め、その化物と対陣した。

 「ここは聖戦士ギルバードが死守してみせる!かかって来い!!」

 スラージたちはゆっくりと前進してくる。

 
  小屋の中で乏しいろうそくの光の中マディーは魔法陣の中にパリスを寝かせると何やら呪文を唱え始めた。

 「パリス……」

 マディーは衣服を全て脱ぎ捨て裸体になった。

 そしてパリスに覆いかぶさるようにして魔法陣に入る。

 「貴方は、いつもがんばっていたわ……」

 「アンデッド・ウオーリアーとの戦いの時も……」

 「少年に勇気を与えた時も……」

 「自らの行いに迷った時、冷たい井戸水で頭を冷やしたあの時も……」

 「ゾンビになった村人を戸惑いながらデストロイしたあの時も……」

 「みんな忘れないで……」

 美しいその女体は光を放ちパリスを包み込む。

 魔法陣が光を放ち、徐々に魔法が完成して行こうとするその時

 扉を蹴破る音とともに一人の男が部屋に侵入してきた。

 「パリス……」 ボロボロになったギルバードがよろけるように部屋に入って来た。

 ギルバードは崩れるように地面に膝をつき、倒れるとその背後よりロケムの姿が現れた。

 「用心棒どもよ、これで終わりか?」 少し不満な笑みを浮かべながらロケムが言う。

 そして、ロケムは部屋の中の魔法陣を見て目の色を変えた。

 「こ、これは……リーンインカネーションの魔法陣!」

 マディーが勝ち誇った笑みを浮かべつつロケムを睨む。

 「なるほど、呪いがとけぬと判断した結果か……」

 ロケムはこの時、満足した表情と悔しい表情が入り混じった顔つきをしていた。

 魔法陣はより強く光を放ちパリスとマディーの体を包み込み

 やがて消えていった。

 「パリス……生まれ変わっても……わたし達を忘れないで……」

 最後にマディーが言い残した言葉は空高く……遥か遠くへと響き渡った。

 はたして生まれ変るパリスへ届くであろうか?……。

 





つづく

 



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