Shangri-La
第22話
神の癒しの手(レイ・オン・ハンド)
2009/02/28 UP





  黒装束の男が建物の陰より何やら様子を伺っている。

 「ドローエルフが三体か」 細い目が鋭く光を放つ。

 「戦士、魔法使い、聖職者か……」

 「ん?聖職者が動くのか?」

 「やはりあの鞭(ムチ)か?やっかいだな」 渋い声で渋く言う。

 男は腰のベルトの小瓶を確認している。

 「まあ最悪になっても問題ないが……」 

  
  公園のベンチに腰掛けて龍児とモラとチェルビラの三人は穏やかな時間を過ごしていた。

 「確かにクリームのほうがおいしいね」

 「あずきはどこにでもあるんだよ」

 背後より怒りの炎に包まれたハールギンが接近中とは龍児は思っても居なかった。

 「モラね魚の形のは知ってるよ」
 
 「ああ、それは『たいやき』って言うんだよ」

 「タイヤキ?」

 「チェルビラは知ってるもんねー」

 「ねえ、もっかい買いにいこ」 モラは立ち上がり龍児の手を引っ張ろうとした

 その時

 モラの瞳孔が開いた

 モラは声にならない悲鳴を上げた

 「モラ!」 龍児の顔色変わってゆく

 何がおきた?!三人にはまったく理解できない。

 「ウイップだっ!」 チェルビラが確認し叫んだ。

 「えっ?!」

 空気を切り裂くようなしなやかな鞭がモラの背中を襲ったのだ。

 崩れるように地面にひざをつくモラは苦しそうな表情である。

 間髪いれずに黒い猛禽類の鉤爪が空中にいきなり姿を現した。

 「あれはっ?!」

 龍児には黒いブーメランか何かが飛んできたとしか思えないが

 鷹か何かの鋭い爪が召還されモラに攻撃しているのだ。

 「フレッシュリッパー……」 チェルビラがつぶやいた。

 「やめろーっ!」 龍児は叫びながらモラの方へ走る。

 モラはその鋭い爪によって引き裂かれてゆく。

 「小僧、剣を渡してもらおうか」 

 片手に無数の刺のついた鞭を握り、不敵な笑みを浮かべてハールギンが龍児に接近する。

 「大胆な……」 距離を置いて様子を見るフレイラは状況次第では次の手を打つ準備をしなければならない。

 「貴方が言いますか?」 ドュナロイとしてはフレイラの出方を伺う感じである。

 ハールギンに加戦しても良いのだが、彼女のプライドもあってうかつに行動には出られないのだ。

 「ドローのエルフ関係ってのも考え物だな」 クリスタルのタルがいやみを言う。

 モラはうつ伏せになり身動きひとつしない。
 
 「ど、ドローかっ?!不意をつかれてまったがや」 あせった口調のヤーンの剣。

 イシュリッドであればモラの特殊能力で、その存在を感知できるが、そうでない敵を感知することが出来ない。

 対イシュリッドに特化したモラにとって、このドローエルフを相手にするのは

 いささか不利だという事になる。

 さすがのモラも黒い鉤爪に引き裂かれ大量の出血をし、瀕死の状態に陥っている。

 「その出血は止まらないわよ」

 人を簡単に殺せる世界から来た者たち……

 龍児には考えられない事だ。

 「やめろっ!モラが何をしたと言うんだ!」

 「ん?」

 「一方的に痛めつけて、そんな事をして許されるのか?!」

 「貴様、何を言っている?」

 ハールギンはこの状況で思いもしない発言をする龍児がこっけいでならなかった。

 「貴様、この女が何者なのか知っているのか?」

 「えっ?!」 

 「アサシン…すなわち、暗殺者だ」

 「アサシン……暗殺者……」 この単語に聞き覚えがあった。

 足の不自由な渡辺と言う男性が確かモラの事を暗殺者と言っていた。

 あの時はあまりのショックでまったく気にしていなかったが

 「これまでに、もう何人もの人の命を葬ってきている」

 「そ、それは……」

 「貴様だって、食す有機物はすべて生き物であろう?」

 「なに?!」 

 「今までにどれだけの生命を奪ってきた?」

 「そ、そんな……次元が違うじゃないか!」

 「次元だと?貴様の決めた次元か?」

 「一般常識だ!」

 「お前たちの一般常識だろ?」

 ハールギンはメイスに持ち変えた。

 「我々の一般常識はこうっだっ!」

 鋭いメイスの一撃は龍児の腹部に激打した。

 「がふっ!」 龍児は呼吸困難になり地面に這いつくばる。

 「たわいもない」 ハールギンは勝ちを悟り口元がゆがんだ。

 「もう一度言う、剣を渡してもらおうか」

 「お前なんかに……誰が……」 

 常識の通用しない相手からの一方的な暴行。

 龍児はこの時、それらに対して強い反発の意を抱かずには居られなかった。

 「面倒だ。一度殺して、魂に聞くとするか」

 「なんだと?」

 一度殺して魂に聞く、この言葉に龍児はぞっとした。

 何を言っている?そんなことが出来るものか?

 いや、黒い鉤爪といい、未知の力を持つこの女ならやりかねない

 単なる脅しではないと龍児にも理解できた。

 「……炎の世界より我に力を……」 ハールギンは何やら呪文を唱え始めた。

 「あの呪文はっ!フレイム・ストライクだがやっ!」 

 何とかしようにも、ヤーンの剣は距離的に間に合わない事を知っていた。

 「龍児っ!」 チェルビラも何も出来ない。

 爆音とともに地面より炎の柱が天高くつき上がった。

 辺りは一瞬真昼のように明るくなり目が眩み

 そのエリアに居たものは全て燃えつき、吹き飛ばされた。

 「龍児っ!」

 「あおぉぉぉー」

 「な、なんだ?!」

 狼の雄叫びが、あたりに響き渡った。

 見ると、直立歩行した狼が龍児を抱えている。

 「銀狼……」 フレイラはつぶやいた

 邪魔に入った新手にハールギンは、いらだちを覚え

 狼は龍児をベンチに寝かせると戦闘の構えを取った。

 「なんなの!この小汚い狼は」 ハールギンは怒りを抑えられず呪文を唱える。

 「いかんっ!キャスティングでは銀狼には勝ち目は無い」 フレイラは立ち上がった。

 ハールギンが呪文を唱えようとしたその瞬間

 狼は目にも留まらない速さで接近しハールギンに強襲した。

 「なっなんだとっ!」 ハールギンの呪文は途中で中断され

 狼の鋭い牙が足に食らいついた。

 「ガルルルルル」

 こう接近されると呪文は詠唱できない。

 狼は噛み付きながらハールギンを押し倒し、二人は転がる。

 鞭どころかメイスですら攻撃できる状況ではない。

 「やはり、一度出直したほうが良いのでは……」 ドュナロイが小さな声でつぶやく。

 「こうも早く、銀狼が姿を現すとはな……」 フレイラは戦闘する気は無いようで

 「撤退だ……」 そう言い残すとローブをひるがえした。

 絡み付く狼を必死で払いのけようとするハールギン。

 ドュナロイは呪文を詠唱した。

 あたり一面暗闇に包まれ、視界が奪われた。

 「こ、これは?ダークネスだがや?」 

 「龍児っ!しっかりして」 チェルビラが心配そうにベンチに横たわる龍児に近寄る。

 「ああ……僕は……?」 鳩尾に痛みが走り苦痛に顔をつがめる龍児。

 次第に視界が戻ったが、そこにはドローの姿と狼の姿は見当たらなかった。

 「も、モラ!」 龍児は痛みをこらえモラの状況を確認した。

 出血はいまだに収まらず、モラの顔は真っ青だった。

 「フレッシュリッパーの爪で引き裂かれると死ぬまで出血は止まらないわ」

 チェルビラは悲しげな表情で言った。

 ドローエルフの邪神ロルスの信者が好む魔法のひとつであるフレッシュリッパーは

 現代の医学の力をもってしてもその出血を止めることはできない。
 
 「モラ……」 龍児は青ざめたモラの顔をなでる。

 「死なないでくれ……」

 流れ出る血を手で押さえる龍児。

 人間の体にはこんなに血が入っているのかと思うくらいの大量の血が地面に溢れている。

 あたたかいモラの血。

 すぐ冷たくなる……

 「モラ!おきてくれ!」

 ひと一人、救える力も無い自分の非力さを嘆き

 心のそこより誰かを助けたいという気持ちでいっぱいだった。

 「僕にもっと力があれば……」

 「モラ!死ぬな!」

 すると、泣きながらモラをなでる龍児の手のひらが輝きを放ち始めた。

 「龍児!その手は?」 チェルビラが思わず声にした。

 「癒しの手だがや!」 

 神の力がその手のひらに宿り、傷を負ったものを治す。

 まさに神の奇跡であった。

 出血は神の奇跡により止まった。

 「どうしてこの少年が癒しの手を……」 ヤーンの剣も驚いている。

 「目覚めの兆候ね龍児……」 うれし泣きの表情で言うチェルビラ。

 建物の陰より様子を伺う黒装束の男の口元もほころぶ。

 「やっと始まるという事か……」 渋い声でつぶやいた。

 「うっ……」 モラが意識を取り戻した。

 「モラ!大丈夫か?」 龍児は泣きながらモラを抱きしめる。

 「龍児……」 力の無いモラの声。

 龍児はモラを守りたいという気持ちが強くなっていた。

 「異世界から君が来たとしても」

 「い……いたいよ龍児……」

 「モラ?」

 モラは少し嬉しそうな顔で微笑みながら、また倒れこむ。

 「ひ、ひどい熱だ」 龍児はモラの額に手を当てた。

 「龍児、モラの背中」 チェルビラが何かに気がつき

 「こ、これは?!」  

 見るとモラの背中が赤紫にはれ上がっている。

 「鞭だ!あの鞭だわ」

 「刺のついたあの鞭か?」

 「クイーンズスカージの鞭だったのね」 チェルビラは説明を始める。

 「黒く、蜘蛛の糸を編まれていて刺がいくつも付いているムチで、毒があるのよ」

 「毒だって?!」

 「正確には病原菌だけど、体内で増殖されてやがて死に至らしめる」

 一命を取り留めたモラであったが、このままでは危険な状態である。

 「ぼ、ボスなら小瓶に入った薬を持ってる……」 モラは必死で立ち上がろうとしている。

 しかし、意識も朦朧としまた倒れてしまう。

 「モラっ!」

 「とにかく、横に出来る場所へ移動よ」

 「このままでは……」





つづく

 



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