Shangri-La
第21話
白銀の聖戦士
2009/02/02 UP




  夕方、部活動も終了し帰宅途中の龍児。

 ある程度の距離を置いてモラが付いて来る。

 龍児が振り向くとモラはプイッと横を向いて目を合わせない。

 「あのさあモラ」 龍児がモラに近寄って話しかける。

 龍児が近づいた分だけ離れるモラ。

 「手紙さあ」

 手紙と聞いてビクッとするモラ。

 「なんて書いてあったのか読めなかったんだ」

 「……」

 「内容を教えてほしいんだけど」

 あの手紙を書いた頃のモラは、まだ自分の任務の重要性を理解できていなかった。

 モラは軽はずみな行動であったと後悔していた。

 「もう忘れたわ」

 「全部じゃなくてもいいんだよ」

 「知らない」

 少し妙な間が空き龍児はこれ以上手紙の話をする事が出来なくなってしまった。

 龍児は最近のモラに関して言いたくても言えなかった事柄を

 勇気を振り絞って言う事にした。

 「モラさ、はじめて会った頃と、なんか変わったね」

 「べつに」

 夕日が二人の影を長く伸ばし始める。

 「あの頃、君はちゃんとぼくの目を見て話してくれた」

 「……」 目を合わせないモラ。

 「色々な事情があるのは理解したけど、相手の目を見て話ができないなんて」

 「だから何よ?べつにいいじゃない……」

 「自分に嘘をついていないか?」

 電撃が走るような龍児の意見は的を得ていた。

 モラは回答に困り口を閉ざした。

 「なあ、モラ……」 龍児はさらに声をかける。

 「なによ」

 モラは龍児の質問に対して嘘をついている事に引け目を感じていたが
 
 だからと言って弱音をはく訳にはいかない。
 
 「腹すかないか?」

 「べつに……」

 つぎの瞬間、腹の虫がなり二人は顔を見合わせる。

 いくらモラが強がっても、体は正直である。

 しばらく沈黙が続き、お互いのこっけいな顔に我慢ができなくなり

 そして

 「ぷっ…あはははは」 モラが先に笑い

 「はっ……わっはははは」 続いて龍児が笑った

 笑いはしばらく止まらず、二人は涙を流しながら笑い続けた。

 龍児はモラが笑ってくれたのがとても嬉しかったようだ。

 「この先の公園の近くに大判焼きが売ってる店があるから行こう」

 「大判焼き?」

 「クリームが入ってるやつがうまいんだよ」

 その聞き覚えのない大判焼きに興味のわいたモラの瞳が活き活きと輝きはじめた。

 「わるくないわね!」

 すると、胸のポケットからチェルビラが飛び出して

 「ずる〜い!二人で食べるつもり?」

 「知恵も買ってやるから」 龍児は笑みを浮かべて言う。

 「当然よ!」 ふくれっ面のチェルビラ。

 「やれやれ、若さゆえだがや」 ヤーンの剣も安堵のため息をついた。

 この光景をずいぶんと離れた所より監視しているフレイラは、唇をかみ締めて

 「杉村龍児も大変よのう」

 「なにが?」 クリスタルのタルが訊く。

 「あのような欲望丸出しの女狐どもに囲まれて」

 「フレイラの口からそんな言葉が出るとはね」

 「なんだと?」

 「ドローエルフの世界では、よくある事じゃないか」

 「ドローの女は欲深とでも言いたいのか?」

 「えっ?ちがうのか?」

 「生物と言うものは欲望、欲情から成り立っているのだ」

 「なんか、フレイラの言ってる事って矛盾してないか?」

 龍児たち三人は公園のベンチに腰掛けて大判焼きを食べる。

 おいしそうに、楽しそうに大判焼きを食べる、その光景はフレイラに昔の思い出を

 よみがえらせる要因となった。

 それは金髪のすがすがしい笑顔が特徴的な男性で

 白銀の鎧と盾と赤いマントを羽織った戦士であった。

 天に祈りをささげるその姿は美しく実直で高貴な輝きを放っていた。

 その男性が懐より取り出した、乾いたパン。

 恐る恐る手にして涙を流しながらそれを食すフレイラ。

 決してうまくは無い、いやカサカサでまずかったはずのそのパンが

 とてもうまく思えたのは何故だろうか?

 「フレイラ?」 タルが呼びかける。

 涙をこらえるフレイラの瞳が潤んでいる。

 「またあの御方を思い出していらっしゃったんですか?」 いつもと口調を変えてタルが尋ねる。

 物思いにふけるフレイラを以前にも何度か見てきたタルは、察しがついている。

 「……」 無言のままのフレイラ。

 うつむいたままのフレイラは、またあの時の記憶を思い出していた。

 きな臭く乾いた空気の夜、忘れる事のできないあの記憶。

 組織の上層部から、ある町の用心棒達を抹殺する特命を受けていたフレイラは

 作戦に失敗し深手を負い動けなくなった所を人間共に取り囲まれてしまった。

 「この女はドローエルフだぞ!」 一人の若い男が必死な表情で訴える。

 「生かしておけば、ただじゃすまないぞ!」 もう一人の男も言う。

 「待ちたまえ、このドローエルフは私を狙ってきたのだ」 

 金髪で白銀の鎧に身を包まれた男性が言う。

 「そんなの関係ねええ!ドローエルフは皆殺しだぁ!」

 若い男は剣でドローエルフを滅多刺しにした。

 ドローエルフと言うだけで。

 若い男は実際にドローエルフを見るのは初めてであった。

 ドローエルフは災いの種族で人間界にその姿を見せるのは、侵略か強奪で

 分かり合うことができない価値観が原因で紛争は長い間続いてきた。

 ゆえに人間はドローエルフを見ると恐怖におびえ

 できれば排除しようと試みるようになっていた。

 つぼみの様に小さい胸元に無残にも剣が何度も突き立てられる。

 暗闇が視界を覆いつくし、フレイラは次第に息絶える。

 フレイラは自分の力の無さを思い知り、その悔しさだけが脳裏に焼きついたのだった。

 自分は強いと自信過剰になっていたのは事実だが

 実際のトレーニングでも悪くない成績を収めていた。

 にもかかわらず、実戦では予期せぬ事態が頻繁に起き

 その状況に臨機応変に立ち回る事ができず、ほんの小さな失敗が命取りとなったのだ。

 フレイラの奪われた視界が次第に回復し始めた。 

 ここは?……

 なにかいる……

 なんだろうか?

 混乱する中、フレイラは状況をつかもうと必死になる。

 良く見ると

 ありとあらゆる動物が、皆同じ方向へゆっくりと歩いている。

 その数は驚くほどで、数えきれない。

 なんだこれは?!

 一体どういう事なんだ?!

 フレイラは声を出そうとしたが、心の中で思う事しか出来ない。

 訳がわからない

 さっきまで私は確か……

 良く思い出せない

 ふと気がつくと、自分もゆっくりと皆と同じ方向へ歩き出しているではないか?

 体の色素が抜けているような色合いで、胸元に淡い炎がゆらゆらと光を放っている。

 これは!?……

 黄泉路か?!

 死んだ者が黄泉の国へ行く道の事で、このまま行くと三途の川があるはずだ。

 フレイラは知識として、それくらいの事は知っては居たが、目の当りにするのは初めてであった。

 先を見れば暗闇に行列は吸い込まれ、消えているように見えるが、胸元の炎は光り輝き

 夜空の星屑のような神秘的な光景をかもし出している。

 美しい……

 黄泉の国をさまようフレイラは、このまま地獄へ行くはずだった。

 がしかし

 「クローム!」 クロームの神の名を叫ぶ、この声で意識をとり戻したフレイラ。

 白銀の鎧と盾、そして赤いマントを羽織る戦士。

 香の匂いとたいまつの明かり

 美しい光を放つ剣を片手に、乱れた髪と疲労困憊した眼差しで

 必死に祈りの言葉を繰り返す。

 全身からみなぎる汗は、鎧の上から湯気となって昇天してゆく。

 香の灰からして、かなりの長時間にわたって祈りを捧げていたに違いない。
 
 厳しい目つきからフレイラの復活を確認して、すがすがしい笑顔になる金髪の男性。

 クロームと言う鋼と戦の神に祈りを捧げている所からして、この戦士はおそらく

 聖戦士(パラディン)であろう。

 「お、お前は……」 そう言ったはずの声は、死から甦ったばかりのフレイラの唇にひっかかり

 吐息が漏れる空気の音だけで、言葉にならなかった。

 「何も言うな」 右手の指で、そっと唇をふさぐ。

 温かい指のぬくもりと、優しさが押し寄せるように伝わってきた。

 「千年から生きるエルフ族が、そんな若さで死んではならない」

 「私は、お前を抹殺するために来たのだぞ」 この声も言葉にはならない。

 「なのに何故、その私を……」 複雑な心境になるフレイラ。

 この時フレイラは、ドローエルフの崇拝する邪神ロルスには無い何かを感じるのであった。

 「もっと命を大切にしたまえ」

 フレイラの瞳から次々とこぼれ落ちる涙。

 あの頃、あの時、フレイラはこんなにも感情的で情熱的だった。

 それからフレイラは感情を捨てて剣の道に身を投じる事になる。

 その信念は強く、今のフレイラを構築したのだ。

 涙をこらえて唇をかみ締め、力強く刀を握り締めるフレイラは今ここに生きる。

 優れた剣術とサイコパワーにドローエルフの故郷にも右に出るものはまずい無いであろう。

 「そんな私は、あの命の恩人に、再び刃を向けようと言うのか?」 フレイラは自分に質問をした。

 「え?なんだって?」 タルが浮遊しながら問いかけるが、返事は無かった。

 そこへ二人のドローエルフが合流してきた。

 なんとも間が悪かった。

 フレイラは昔の思い出に、水をさされたような気分に苛立ちを覚えた。

 「久しぶりね……」 ハールギンが低い声で、鋭い目つきで言う。

 「こっちの世界には驚かされてばかりだ」 ドュナロイが言う。

 「……」 不愉快そうな顔つきでフレイラは言葉も出ない。

 「相変わらず無愛想なこと」 ハールギンは不敵な笑みを浮かべていう。

 「まずは状況を報告していただこうか?」 ドュナロイがそう言うや否や

 「待ってドュナロイ。調べは付いてるわ、あの杉村龍児という少年が例の剣を所持しているという事ね」

 フレイラが集めた情報を聞きたくないとばかりにハールギンは先へ進めようとする。

 「事は慎重に運ばねばならない……」 フレイラはハールギンを抑制するために発言するが

 「そんな事だから私達まで、かり出されるのよ」

 ドュナロイは『来た早々これかよ』と言う顔つきになった。

 「さっさと片付けるわよ」 そう言うとハールギンは鎚矛(メイス)を抜いた。

 そして、天にかかげて祈りを込める。

 「まて、もう少し状況を把握したほうが良いぞ」 フレイラは止める。

 「年増のエルフは動きが鈍くていけないわ」 

 「な、なんと……」 ハールギンの爆弾発言にドュナロイもたじろぐ。

 「少なくとも貴様は剣の詳細も確認できていないだろう」 冷静に対応するフレイラ。

 「あまいわね、この溢れる信仰心の前にはどんな障害もノープロブレムなのよ」

 二人のやり取りにドュナロイは発言すら許されず立ちすくむだけであった。

 「あああ、欲望丸出しのドローの女狐に囲まれたドュナロイのほうが、あの龍児より大変だぜ」

 タルはため息をついて言う。

 「今は偵察が任務だ!やめろハールギン!」 

 「他宗教者の手によって甦らされた者の言う事がどうして聞けようか?!!」

 「なんだと!」

 「私はロルス様に身を捧げたマトロン候補のプリーステスよ!」

 全身からまるで炎が立ち込めているような情熱的な勢いとは裏腹に

 ハールギンはゆっくりと歩き出す。

 彼女の目はすでにこの世の者とは思えないほど恐ろしい目をしていた。





つづく



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