Shangri-La
第20話
ドローエルフ達
2009/01/21 UP


 

  イシュリッドに狙われている事を理解した龍児ではあるが

 それに対抗する手段がない。

 実際には暗殺者であるモラが、どこからともなく現れるそのイシュリッドを

 退治してくれているのが現状である。

 モラにはイシュリッドを感知する能力があるようだ。

 イシュリッドの襲撃に備えてモラは龍児の通っている高校に入学さえ

 してくるほどである。

 彼女の組織にはそこまでの力があると言う事だ。

 で、モラはと言うと……

 教室に龍児がいる時は机に顔をうずめて、眠ったふりをしていて

 龍児が教室から出ると、さりげなく尾行する。

 「なあ、モラ……男子トイレの前で待っていると言うのはやめてくれ」

 龍児もさすがに守られていると言うより、ストーキングされている気分である。

 「ほっといてよ」 モラは目もあわせない。

 「それと質問なんだけどさ」 龍児はうかない顔つきで問いかける。

 「なによ?」 つんとした表情のモラ。

 「もし、学校にイシュリッドとか言うやつが現れたら」

 「……」 横顔でじっと聞くモラ。

 「あの物騒な剣を抜いて、あばれるのか?」

 「……」 

 「どうなんだ?」

 「物騒な剣とは言ってくれるわね」

 「ええ?」 反論にたじろぐ龍児。

 「イシュリッドを抹殺するための武器なのよ」

 「はあ……」

 「物騒に決まってるじゃない」

 「おいおい」 開き直ったか?と言う顔つきの龍児。

 「それから、あばれると言う表現は撤回して欲しいわね」

 「なんだって?」

 「ただ単に暴れているんじゃない、龍児を護衛する任務なんだから」

 「ぼくを護衛する任務?」

 「仕方ないじゃない」

 教室に戻ると、またモラは机に顔をうずめた。

 「おみゃあさんターゲットとの会話は原則禁止じゃなかったのか?」

 ヤーンの剣はそっとつぶやいた。

 「原則的には禁止だけど、ターゲットを護衛するに当たって必要なら……」

 「……」

 ヤーンの剣の視線に目をそらすモラ。

 「いいじゃない……少しぐらい話したって……」

 
  この平和な学園生活を監視する遠眼鏡。

 「なるほど、あの小娘がイシュリッド・キラーか?」

 昼間にもかかわらず、影に溶け込みそうな漆黒の肌と白銀の美しく長い髪のフレイラは

 龍児よりチェルビラの剣を奪取するために目標の観察をしていた。

 「たわいもない小娘だな」 勝ち誇った笑みを浮かべる。

 「フレイラも外見的には小娘だけどな」 襟元に親指サイズの水晶柱が魔力よって浮かび

 フレイラにいやみを言う。

 「一緒にするなよ、タル」 フレイラは水晶柱に軽くにらみをきかせる

 「へいへい、フレイラはそう見えても御歳160歳でしたー」

 「解っていれば良い。あのような世間知らずの小娘と一緒にしてくれるなよ」

 「でもよ、あの小娘は今までに数多くのイシュリッド達を葬ってきた、つわものだぜ」

 水晶柱のタルはモラの実力を認識していない様子のフレイラに忠告する。

 「この私がそれ位の事を考慮していないとでも?」

 「いやー、油断大敵って言うじゃないか」

 「ふふふ、説明が必要らしいな」

 「いやその……」

 「小娘はイシュリッドを探知できるらしいが、私を探知できる訳ではない」

 「すなわち、こちから仕掛ければ、やつの最大にして最強のアサシネイトは無意味と化す」

 「まあ、そうだけど」

 「さらには、真っ向からの戦闘において、この私が暗殺者に負けるはずがない」

 「加えて、暗殺者などアサシネイト無しでは単なるローグ(こそどろ)以下だ」

 「まあ、なんと言う油断たっぷりの発言なんだ……説明にもなっとらん」

 「それにお前が居るではないか、アンパラにアンホーリーアベンジャーだ(鬼に金棒みたいな意味)」

 「わーはっはっはっは」 二人は顔を見合わせて大笑いする。


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  放課後、龍児はいつもの様にUFO研究会の部室へ向かう。

 モラはある程度距離をとって尾行している。

 UFO研究会の部室の前で大岡美香にばったり遭遇した龍児にモラは中腰になり警戒態勢をとる。

 「やあ、大岡さん」 龍児は微笑みながら挨拶を交わす。

 「こんにちわ。杉村先輩」 美香も笑顔である。(大岡美香のイラストへGO)

 二人は部室へ入る。

 「なんか、すっごく楽しそう……」 モラはふくれっ面で言う。

 部室の外から様子を伺うモラ。

 「うちな最近、ダイエットしてんねん」 部室の窓から遠い空を見て美香はつぶやいた。

 「へえ、ぜんぜんそんな必要はないと思うけどなあ」

 「でも、あかんわ。授業中、空ばかり見てもうてな」 ゆっくりな口調で話す美香。

 頬杖をついて、ぼんやり空を眺める美香の横顔を見る龍児。

 「なんや、雲がおいしそうな綿菓子やらケーキに見えて……あはははは」

 一人でうけて大笑いをする美香。

 「何よ、あの小娘!なんかムカつく」 モラは短剣を抜きそうになる。

 「あ、そうそう、おもろい話したろか?」

 「え?ああ……」 

 「やっちゃんってな、指きりでけへんねん」 

 「やっちゃん?」

 「小指、つめてもうてなあ」 

 「ええっ!?」 どこがおもろい話なんだ?むしろ寒い話だろ!

 「おもろいやろ?あはははは」 また一人でうけてる。

 「お前の指、全部切り落としてやろうか!」 

 「まあまあ、押さえやあかて事」 激怒するモラにヤーンの剣が止めに入る。

 「なら、かわいい話ししたろか?」

 「まだあるのか?」 びくっとする龍児。

 「電車の中でな、鼻の横に大きいほくろのあるおばちゃんがいてな」

 「はあ……」

 「子供が大きい声でおばちゃん鼻の横に何かついてるでってな」

 「あかんわ、この話、かわいい話しちゃうわ」

 「ええ!?」

 龍児はもう話について行けない表情である。

 「あっ、なんや視線を感じる」

 美香は突然、なにやら気配のするほうを見た。

 「え?」

 「さっきから、なんか変な匂いするしな」

 「き、気のせいだよ」

 何でこの間抜けな小娘が?という表情で隠れるモラ

 「思い出した、ドローの匂いや」

 「ドローの匂い?なんだそれ?」

 「まあ、ええか」 一瞬、鋭い目つきになった美香は、すぐさまおっとりとした口調に戻った。

 だがしかし、たわいもない学園生活に恐ろしい影が忍び寄っているとは

 この時、誰も想像できなかった。

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  一方、ビルの建ち並ぶ街にようやく着いたハールギンとドュナロイは

 自分たちの住んでいた世界とのギャップに混乱していた。

 「ここが例の剣が存在する世界か?」 フードをかぶった黒い肌のやせた男が言う。

 「馬車が異常に多いわね、なんなのあれ?」 同じくフードをかぶった女性が言う。

 「あれは馬車ではない、自動車と言うものだ。それにしてもすごい建築物だな」 

 「ドュナロイ、まずはフレイラと合流するわよ」 

 「解っているつもりだ、ハールギン」 やせた男はドュナロイと言い、片目が髪に隠れている。

 ハールギンは白銀の髪の毛を耳の上で両サイドとも束ねている女性で、同じく肌は黒い。

 そして耳の下へ流れる鬢(びん)も左右とも束ねていて、前髪はおでこを覆い眉毛は隠れている。

 この外見から彼女は『四本の銀狐の尻尾』と、いつしか呼ばれ恐れられるようになった。

 「フレイラがモタモタしてくれたおかげで、チャンス到来だわ」 ハールギンは嬉しそうである。

 「やはり手柄を奪うつもりだな?」 ドュナロイが言う。

 「当たり前じゃない、フレイラにはもう落ち目だと言う事を教えてやらないと」

 「だが、年の功と言う言葉があるぞ。油断は禁物だ」

 「あちらは三桁、こっちは二桁よ、若さはパワーなのよ」

 女同士の卑劣な争いは、どこの種族も同じようだ。まあ、このドローエルフという種族は

 特にひどく、組織を牛耳っている上層部は全て女性といった、女性上位の種族なのだ。

 その醜い争いは、すさまじいもので、時には相手を毒殺したり、暗殺したりするそうだ。

 また男性は、単なる種馬くらいにしか見てもらえず、その社会で生き残るのが非常に難しい。

 よほど優れた男性でなければ生き残って行けないのだ。

 このドュナロイという男は魔法の才能が認められている。

 彼はウォーロックと言う魔法使いで地獄の悪魔と禁断の契約をしているのだ。

 ドュナロイはいつも『パクトブレード』と言うクリスナイフのような波状剣と

 胸からぶら下げているアミュレットを大切にしている。

 パクトブレードとは盟約の短剣で、これはウォーロックの魔力を増大させる。

 アミュレットには女性の肖像画が刻まれている。これは……これについては彼は

 一切語ったことがないらしい。

 「リディル様……」 ドュナロイは時よりその女性の名を口にするだけである。

  
  ハールギンは典型的なドローエルフの女性で、高飛車な性格の聖職者である。

 聖職者と言っても邪神ロルスを崇めるプリーステスで、その中でも社会地位の高い

 マトロンと言う最上級の司祭を目指している。

 邪神ロルスから神がかりな力を得て戦うピュワキャスターで、残虐な魔法ばかりを

 使用する傾向にある。

 ロルスとは蜘蛛の化物のような外見をした神で、ドローエルフのほとんどが

 この神を崇拝している。

 そういった意味でも『ドローエルフに蜘蛛のエンブレム』を見たら逃げるが勝ちと言う

 ことわざがあるくらいで、もっとも最悪な状況と言う代名詞でもある。

 まあ、逃げ切れればの話であるが。

 いずれにしろ、異世界より物騒なやからが、平和な我々の学園生活を破壊しに来た訳だ。

 だが、彼らも意味もなく遥々遠い世界からやって来た訳ではない。

 ロケムの命令で、チェルビラと言う名の剣を奪取しに来たのだ。

 
 「しかし、その剣はどんな意味があるかしら?」 ハールギンは、おもむろに訊いた。

 「これは噂ではあるが、あるゲートを開くための鍵みたいなものらしい」

 「それは知っているけど」

 「ハールギンも見ただろ?私たちの住んでいた世界が崩壊し始めたのを」

 「ロルス様の教えでは、信仰心の不足した者への試練であると」

 「神はロルス様だけではない」

 「発言には気をつけなさいよ!ドュナロイ」

 「このエンブレムを侮辱するつもりなの?」

 「……」

 「あなたはスターマースと契約を交わしているとはいえ、日常生活における宗教的な行事には

 ロルス様が必要不可欠な事は理解しているわね?」

 「そういう意味ではない」

 「じゃあどういう意味よ」

 「信仰心が深いのは結構だが、自分の崇める神以外の存在に目を向ける事を忘れてはならない」

 「そんな事解ってるわ」

 「我々の世界が崩壊するのは時間の問題だが、それ以上に、ほかの世界も崩壊するのでは……」

 「どういう事?」

 「神々、あらゆる神々に何か起こっているのではないだろうか?」

 「我々のような小さい存在にはどうにも成らない様な事が始まろうとしているのでは?」

 「ドュナロイは信仰心が足りないわね、この平和ボケした世界を奪って、ロルス様に捧げるのよ」

 「それは今回の任務ではない」

 「そんな事だから出世できないのよ。チャンスとあらば実行せよ」

 「強欲な……これだから女は……」

 「何か言った?」

 「いや」

 「それより夜になるまでにフレイラと合流しないとね」

 不気味な笑みを浮かべるハールギンは妙に美しかった。

 虚ろな瞳でドュナロイは、胸のアミュレットを取り出して

 「リディル様……」 と、つぶやいた。

 しかし、その声は街のノイズにかき消されるだけであった。




つづく



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