Shangri-La
第19話
新入部員はおんなのこ
2008/11/30 UP




  黒い雲が遠い空に見える一日だった。

 今日も退屈な授業を終えて、龍児は部室へと向かう。

 「雷か?」 時よりゴロゴロと遠くで聞こえる。

 「雷の日は気をつけたほうが良いわよ」 ポケットの中からチェルビラが忠告をする。

 「なんだその脈絡の無い忠告は」 

 「太古より大きな雷雲が接近するときは嵐の巨人が潜んでいると言うわ」

 人形サイズに変身したチェルビラは今日もまた龍児のポケットに隠れて付いて来ていた。

 「どこの世界の話をしているんだ!」

 「龍児は狙われているんだからね」 チェルビラは少し心配そうな口調で言う。

 「またその話かよ」 しっくり来ない龍児はへこむ。

 廊下を曲がり部室に到着した。

 部屋のドアの横に女生徒が一人、しゃがんで待っていた。

 「ん?何か御用ですか?」 龍児は問いかける。

 女生徒は静かに立ち上がり柔らかい笑みを浮かべて

 「あんなぁ。うち入部したいんやけど」 ゆっくりとした喋り方だった。しかも関西弁。

 最近いろいろな出来事はあったけど、今一番の衝撃的な出来事はこれだった。

 「えっ?!」 龍児は部室の前で待っていた女生徒が突然口を開いたかと思いきや

 入部希望者だとは、モラが転校してきた事も衝撃的ではあるが、これもまた驚きである。

 「きみ…うちが何部か知ってるのかい?」 龍児は確認のために問いかける。

 「なにって、UFO研究会違うん?」 龍児の質問に驚いたようであんぐりとしている彼女は

 蒼とグレーのしなやかな髪が肩までのびていて、どんぐりのようなつぶらな瞳をしている。

 そして口元はかわいく笑みをまったく失わない。

 「うち星見るの好きやねん」 ちょっと棒読みで感情が入ってるのか?いないのか?
 
 のんびりとした彼女の喋り方はとても特徴的である。

 「いや、星を見るのが目的では……」

 「広い宇宙には無数のお星様がおって、なんや悩み事も無くなってまうやろ?」

 なんかじれったいと思わせるような口調で淡々と語る。

 考えてみれば最近の龍児たちは、現実逃避ばかりして、ゲームセンターへ行ったり買い食いしたり

 部活らしい事は一切していない。

 それに比べれば彼女のほうがまだ宇宙のことを考えているようだ。

 「そうか……僕は二年の杉村 龍児、よろしくね」

 「一年C組の大岡 美香いいます。よろしくおねがいします」

 「大岡……変わった苗字だね……越前……?」 どうしても言いたくなった龍児は

 つい口が滑ってしまった。

 「大岡越前ちゃいますよ!」 美香は龍児に突っ込みを入れる。

 「がふっ!」 突っ込まれて苦しむ龍児。

 「……って関西やっ!このノリはホンマもんの関西人やっ!」 なぜか龍児も関西弁になっている。

 と、その時、宮田と吉岡が入ってきた。

 「ちーーーす。なんだぁぁーああっ!?」 挨拶と驚きが連携した宮田。

 「この方はどちらさん?」 吉岡は冷静に対応する。

 「入部希望者だよ」

 「入部希望者?」 二人ともやはり驚きは隠せないようだ。

 「はじめまして」 美香は神々しい光に包まれたような笑顔で

 「一年C組の大岡……越前です」

 「え?」 吉岡は聞き間違いと判断。

 「はっ?」 宮田は固まった。

 沈黙と言う二文字がその場の雰囲気を襲った。

 「あははは。大岡越前ちゃいますよ。大岡 美香ちゃんですよって、突っ込みいれもらわな」

 そう言うと美香は龍児にきついチョップをかます。

 「がふっ!」 チョップされて苦しむ龍児。

 何だこの変な子は、という名の空気が部室中に立ち込めた。

 「えーと僕は吉岡でこいつが宮田ね」 冷や汗をかきながら吉岡が話を進める。

 「じゃあこの用紙に名前等を記入してくれないかな」 吉岡が机の引き出しから用紙を美香に渡し

 彼女が用紙に必要項目を書き込んでる最中に

 「おいどうすんだよ」 宮田は小声で吉岡に話しかける。

 「なんだよ」

 「特別活動をしていないのに入部させるのかよ」

 「仕方ないだろ」

 「俺たちの活動内容が世間様にばれるんじゃないか?」

 「心配しすぎだ」「というか、やましい活動をしているのはお前だ宮田」

 「あっ」 その時突然、美香が何かに気がついたのか声を上げた。

 「あ?」 やばそうな顔つきで宮田が美香のほうを見る

 「……」 美香は固まったまま動かない。

 「この記入用紙……」 美香の口が再び動き出した。

 「……」 また固まった。

 「この記入用紙がなんだ?」 宮田は冷や汗をぬぐう。 

 「……」 妙な沈黙

 「性別記入する欄がないなあ?」 悠長(ゆうちょう)な口調で美香が言う。

 「だふっ!何だその妙な間は!」 問題ない美香の発言に張詰めた空気がいったんほぐれ

 ほっとする反面、今度は怒りが徐々にこみ上げてくる宮田。

 「ははは、ごめん。それ作った時は女性部員が入部してくると思わなかったんで」

 「吉岡にしては失敗だったな」 龍児がフォローする、が、それは満更失敗でも無いのでは?

 女子が入部して来る事は心のどこかで期待はしていたが

 厳しい現実から、あきらめを選択する事をを余儀なくされた結果

 作成された用紙には性別を記入する欄がぬけていたのだ。

 「なあ、吉岡。今日だってこの後、何活動するんだ?」 宮田が再び小声で話しかける。

 「いつも通りだよ」

 「いつも通りって、先週買ったフィギュアのお披露目をすると言うのか!」

 「あ、そうか」

 「宮田にとっては自分の趣味がばれる事を恐れていると言うわけか」 龍児はあきれ顔で言う。

 「なるほどね」

 「彼女は星に願いを宮田はフィギュアに願いをか」

 「何冗談言ってるんだ龍児」

 「書き終ったんやけど」 美香がゆっくりとした口調で話す

 「どもども」 吉岡は用紙をうけとる。

 「なんやぁ、いっぱい本があるなあ」 美香は部室の本棚に目をやった

 「や、やばい」

 「お星様の本とかあったら見たいなあ」

 「そんなものない」 宮田の私物がかなり置いてある本棚にはUFO研究会にもかかわらず

 真面目な宇宙関連の本が一切おいてなかった。なぜだ!

 「あるある、お星様の本」 あったのか!?

 「この、らき……すたなんか星のマーク付いてるし」

 「あーあーあー!」 言葉にならない宮田の叫び声。

 「それは、ちがいまーす」 声が裏返ってエレベーターガールのような口調になる宮田。

 「んなら、スターダストメモ…こっちのこれって宇宙の話やな?」

 「そうですけどちがいまーす」

 「スタートレっこれやな……UFOくんねん」

 「そうですけど、宇宙人も来ますけど、ちがいまーーーーす!」

 「星の…」

 「あ、それは絶対だめ!」 声が一段階でかくなる宮田はもう汗だく。

 遅かった……美香はその本を開いていた。

 「ほしのあき写真集」 なぜそれに限って開いている!?

 「あ、これは」 美香はその写真集の内容を見て固まった。

 「みられたかーーーー」 

 グラビアアイドルの写真集でかなり刺激が強い本である。

 「すごい胸やな……」 美香は自分の胸を押さえて少し落ち込んだ表情になる。

 「なぜその本だけは隠しておかなかったー」 後悔先に立たず

 「ごっつう……エッチやな……」

 その瞬間、校庭が光った。

 部室は光とともに固まり、まるで沈黙の魔法をかけられたように静まり返った。

 しばらくして雷の音がゴロゴロと響き渡った。

 「まだ固まってる……」 

 良く考えてみれば、長期戦になるより短期戦で決着が付いたほうがUFO研のためでもある。

 「あっ!」 美香が叫んだ。

 「あ?」 終わった、何もかも……。入部と退部が同じ日。

 もう少し何とかならなかったものかと宮田は本当に後悔していた。

 せっかく女子が入部して来たのに

 UFO研究会にとって千裁一遇のチャンスを宮田のおかげで失う事になろうとは……

 「今日はかえります」

 「今日は?」

 「洗濯物干してあんねん」 にっこりと笑う美香。

 「え?」 

 「それと、色々と迷惑かけるかも知れへんけど」

 「……」

 また間が空き、全員次の発言に注目してしまう。

 「よろしくね、先輩たち」

 妙な間ではあったが、今回のは逆に効果的であった

 おとなしく口調だって強くもないおんなのこなのに

 どうしてここまで強烈なインパクトがあるのか?

 しばらく三人とも心ここにあらずと言った感じであった。




つづく



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